小田原潔
自由民主党・無所属の会 · Japan
“自由民主党の小田原潔であります。 質問の機会をいただき、ありがとうございます。 質問に入る前に、十五年がたちました。東日本大震災で被害に遭われた方々へのお見舞いと、犠牲になられた方々への哀悼の誠をささげます。 一年四か月ぶりに国政に復帰させていただき、高市政権最初の本予算の審議で締めくくり総括に立たせていただくこと、大変光栄に存じます。全力で責務を果たします。 先月の選挙でお約束した政策パンフレットに、高市政権が本予算を通じて実現しようとする国の姿が描かれていると受け止めます。受け取ってくれた有権者の皆さんもそうでありましょう。 特に、子供さん向けのパンフレット「令和八年のやくそく」には、分かりやすくどういう国にするかが描かれています。未来への種まきでみんなをヒーローに、…”
“仕事があるから行けなかったと言うわけにもいきません。 申し訳ない気持ちを抑え切れず、東北自動車道が再開した翌日に、当時たまたま自家用車の燃料が満タンでありました、給油せずに行って給油せずに帰ってこられるぎりぎりの場所、かつ県外のボランティアを受け入れると言ってくれた場所が、唯一、宮城県の七ケ浜町でありました。そこへ向かい、朝着いたとき、口にできない惨状でありましたが、今思えば、こんな私が少しでも復興に関与できて感謝している、そういう町であります。 寺沢町長は、私が活動していた頃、町の復興課長でいらっしゃいました。恐らく、私が現場で活動しているところを軽トラで何度か御覧になっていたんだと思います。初当選を果たし、七ケ浜町ではトライアスロンの大会をやっていまして、その大会に久…”
“ありがとうございます。 最後に、復興予算についてお伺いいたします。 先月の選挙で、私の選挙区に、全く予期をしていませんでした宮城県七ケ浜町の寺沢薫町長が応援演説に駆けつけてくれました。初めてのことであります。 今まで人前でお話をしませんでしたが、十五年前、落選中だった私は、一年以上、テント生活をしながら、ヘドロをかき出し、使えなくなった家財道具を運び出すというような活動を続けていました。 浪人中に地震が起きました。テレビを見て、大変なことになったと思いながらも、三日目ぐらいでしょうか、あのACのコマーシャルばかりの二十四時間、皆さんも同じだったと思います。東京にいながらも、不安と大ごとだという何とも言えない不確実な思いを思っていましたが、だんだん、五体満足な成人男性が、し…”
“だからこそ、高市政権の円安対策というのは、人の体に例えてみれば、もしかしたらすぐ切れるかもしれないカンフル剤を打つのではなく、走り込み、筋トレ、食事と睡眠で本格的な体力、すなわち生産力をつけるということであろうと解釈をしています。日本の製品やサービスを買いたいと思う外国人は、まず日本企業や日本人に払う日本円を買うからであります。日本製品に対する需要は、日本円への需要です。だからこそ、本当の円安対策は、生産力強化、輸出力強化ということでありましょう。 輸入材の値段が上がるのは申し訳ないですし、輸出入は両方大事であります。しかしながら、本当に日本全体を、全員が集団として豊かになるにはどちらを優先するべきなのか。輸入材を買うお客様は日本に住む最大一億二千万人、他方、輸出のお客様…”
“不確実性に挑むお二人の首脳に、大いに期待するところであります。 さて、高市政権になってから、日経平均株価は上昇基調であります。冷静に見れば、値上がりしている銘柄の数は、毎日ちょっとずつ変わりますけれども、日経銘柄全体のうちの約半分とちょっと。どういう銘柄が上がっているか、それは、高市総理の総裁選の演説と国会の質疑に答えが書いてあるようなものであります。六つの国力、外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力、人材力を高めると約束されました。 結果的に、防衛関連の銘柄や、運輸、塗料、インバウンド関連の観光、宿泊、エンターテインメントなど、国の予算をつぎ込んでも力を入れるという関連の銘柄の企業収益を投資家たちが将来まで計算して、その現在価値を一株に引き直した分まで買う。今のように原…”
“ここへ来て、さらに、イランへの攻撃とホルムズ海峡の状況で更に原油価格は上がり、物流の供給ショックが懸念されています。だからこそ、外交力を高めて、国際社会の安定に貢献する国であるべきだというのが総理のお考えとお察しします。 昨年十月二十八日、トランプ大統領との初会談。幾つか本質と関係なさそうなコメントをメディアで耳にいたしました。高市外交のいわば第一打席の本質を確認させていただきたいと存じます。 迎賓館赤坂離宮では、まず英語で大統領をお迎えし、我が国の総理大臣とアメリカ合衆国の大統領が同じヘリコプターに乗る、前代未聞でありましょう。世界を引っ張る二国の首脳に万が一のことがあれば、大ごと、国際的な混乱を引き起こす懸念があったでしょう。事務方や外交官の方々が心配し、反対があって…”
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“ありがとうございます。 私は七ケ浜町という町に御縁をいただきましたので、余り、ほかの被災地に行くのは個人的には不謹慎な気がいたしまして、ほかの町は見ませんでした。また、写真も一枚も撮りませんでした。それでも、初当選をしてから、どうしても復興を最後まで見届けたいという思いで、初めの八年間、東日本大震災復興特別委員会のメンバーに入れていただき、七ケ浜町の復興の姿を見ることもできました。これからも、微力ながら、風化させることなく、支えてまいる所存であります。 委員長、時間は少し早いですけれども、私の質問をこちらで終わりたいと思いますが、よろしいでしょうか。 ありがとうございました。”
“仕事があるから行けなかったと言うわけにもいきません。 申し訳ない気持ちを抑え切れず、東北自動車道が再開した翌日に、当時たまたま自家用車の燃料が満タンでありました、給油せずに行って給油せずに帰ってこられるぎりぎりの場所、かつ県外のボランティアを受け入れると言ってくれた場所が、唯一、宮城県の七ケ浜町でありました。そこへ向かい、朝着いたとき、口にできない惨状でありましたが、今思えば、こんな私が少しでも復興に関与できて感謝している、そういう町であります。 寺沢町長は、私が活動していた頃、町の復興課長でいらっしゃいました。恐らく、私が現場で活動しているところを軽トラで何度か御覧になっていたんだと思います。初当選を果たし、七ケ浜町ではトライアスロンの大会をやっていまして、その大会に久々に出場したときに、今度、寺沢君が町長に立候補するんだよということで、再会をいたしました。見事に町長に当選され、それから、毎年上京するたびに、七ケ浜町のおいしいノリを、品評会でも随分高評価を得ているようであります、必ず持ってきてくれる、そういう心の通い合いを続けていました。”
“ありがとうございます。 最後に、復興予算についてお伺いいたします。 先月の選挙で、私の選挙区に、全く予期をしていませんでした宮城県七ケ浜町の寺沢薫町長が応援演説に駆けつけてくれました。初めてのことであります。 今まで人前でお話をしませんでしたが、十五年前、落選中だった私は、一年以上、テント生活をしながら、ヘドロをかき出し、使えなくなった家財道具を運び出すというような活動を続けていました。 浪人中に地震が起きました。テレビを見て、大変なことになったと思いながらも、三日目ぐらいでしょうか、あのACのコマーシャルばかりの二十四時間、皆さんも同じだったと思います。東京にいながらも、不安と大ごとだという何とも言えない不確実な思いを思っていましたが、だんだん、五体満足な成人男性が、しかも、当時は仕事がない、テレビを見ているだけでいいのかという思いになりました。贖罪の思いというんでしょうか。また、もしかしたら、いつか、特に外国の方に、あのときあなたは何をしていましたかと聞かれるんじゃないかという気もしました。そのときに、胸を張って答えられるのかどうか。”
“だからこそ、高市政権の円安対策というのは、人の体に例えてみれば、もしかしたらすぐ切れるかもしれないカンフル剤を打つのではなく、走り込み、筋トレ、食事と睡眠で本格的な体力、すなわち生産力をつけるということであろうと解釈をしています。日本の製品やサービスを買いたいと思う外国人は、まず日本企業や日本人に払う日本円を買うからであります。日本製品に対する需要は、日本円への需要です。だからこそ、本当の円安対策は、生産力強化、輸出力強化ということでありましょう。 輸入材の値段が上がるのは申し訳ないですし、輸出入は両方大事であります。しかしながら、本当に日本全体を、全員が集団として豊かになるにはどちらを優先するべきなのか。輸入材を買うお客様は日本に住む最大一億二千万人、他方、輸出のお客様は、考えようによっては最大八十億人いらっしゃるわけであります。生産力のある国の通貨は、魅力的な財・サービスを手に入れることのできる価値ある引換券であり、紙くずにはなりません。 遠回りに見えても本格的な円安対策に臨む高市総理の御見解を伺います。”
“ありがとうございます。 次に、いわゆる円安対策についてお伺いします。 本委員会でも、物価高に関連して、その原因を円安に帰する方が多く見られました。 為替決定の理論は、専門家同士でも、長期から短期まで大まかに、購買力平価説、アセットアプローチ、フローアプローチ、金利平価説と四つあるとするのが定説でありますが、金利はどちらかといえば短期の理論であります。 それに、金利が経済成長の鏡なのか、金利が経済を動かすのか、時と場合によって専門家の間でも意見は分かれます。金利を多少動かしても、ちょっとやそっとじゃ為替は動かないという人もいれば、中央銀行の姿勢を評価して市場が反応するという人もいます。また、仮に少し効果が出て円高になると、輸入材は値下がりするかもしれませんが、金利を上げて住宅ローンの金利が上がれば、家を買わなくなる人が増える、住宅が売れなくなる、裾野の広い建設関連産業が景気が悪くなるかもしれないというような副作用すら懸念される、そういう見方もあります。”
“他方、石油、穀物、肥料など、世界で取引されている物の値段を一国の政策だけで動かすことは不可能でありましょう。だからこそ、値上がりを止めるという発想よりは、購買力を高めるという政策にかじを切っているものと理解いたします。 責任ある積極財政はそのためにもあると受け止めますが、財務大臣の御見解を伺います。”
“不確実性に挑むお二人の首脳に、大いに期待するところであります。 さて、高市政権になってから、日経平均株価は上昇基調であります。冷静に見れば、値上がりしている銘柄の数は、毎日ちょっとずつ変わりますけれども、日経銘柄全体のうちの約半分とちょっと。どういう銘柄が上がっているか、それは、高市総理の総裁選の演説と国会の質疑に答えが書いてあるようなものであります。六つの国力、外交力、防衛力、経済力、技術力、情報力、人材力を高めると約束されました。 結果的に、防衛関連の銘柄や、運輸、塗料、インバウンド関連の観光、宿泊、エンターテインメントなど、国の予算をつぎ込んでも力を入れるという関連の銘柄の企業収益を投資家たちが将来まで計算して、その現在価値を一株に引き直した分まで買う。今のように原材料の供給危機が起きそうであれば、想定の被害、収益の毀損をそれぞれが計算し直して、今の株価よりも低いと判断すれば今日は売る、危機が杞憂に終わりそうであれば、また収益を計算し直して、そこまでなら買うということの個別行動の集積でありましょう。”
“日本の総理大臣がアメリカ合衆国の空母の上でアメリカの兵隊さんに向けて演説するというのも、前代未聞。軍人は自国のために命を懸けるからであります。それでも、大統領が、彼女は勝者だ、今日は日米共に株価は最高値だ、日米同盟は世界で最もすばらしいものの一つだと紹介したからこそ、米兵の皆さんが拍手喝采をしたのでありましょう。なぜ株価に触れたのか。日本の国益はアメリカ合衆国の国益だということを兵隊さんたちに分かりやすく説明するためでありましょう。 恐らく、空母の上は独特の雰囲気だったとお察しします。それでも堂々と演説され、総理の姿を見てお声を聞いた隊員たちの心をつかみました。最大の同盟国の国家元首と軍隊の心をつかんだことは、その後の他国との会談、交渉にも大いに資するものがあると受け止めます。 来週予定されている訪米、こういう混沌としたときだからこそ、直接会うべきでありましょう。日米首脳会談に臨む総理の見解をお願いします。”
“ここへ来て、さらに、イランへの攻撃とホルムズ海峡の状況で更に原油価格は上がり、物流の供給ショックが懸念されています。だからこそ、外交力を高めて、国際社会の安定に貢献する国であるべきだというのが総理のお考えとお察しします。 昨年十月二十八日、トランプ大統領との初会談。幾つか本質と関係なさそうなコメントをメディアで耳にいたしました。高市外交のいわば第一打席の本質を確認させていただきたいと存じます。 迎賓館赤坂離宮では、まず英語で大統領をお迎えし、我が国の総理大臣とアメリカ合衆国の大統領が同じヘリコプターに乗る、前代未聞でありましょう。世界を引っ張る二国の首脳に万が一のことがあれば、大ごと、国際的な混乱を引き起こす懸念があったでしょう。事務方や外交官の方々が心配し、反対があってもおかしくなかったと想像いたします。それでも、短時間であっても運命を共にして、私は命を懸けて日米同盟の大切さ、同盟を大切にし、我が国の国益を守るという覚悟、いわば体を張った思いが受け入れられたからこそ大統領の信用を得たものと存じます。”
“自由民主党の小田原潔であります。 質問の機会をいただき、ありがとうございます。 質問に入る前に、十五年がたちました。東日本大震災で被害に遭われた方々へのお見舞いと、犠牲になられた方々への哀悼の誠をささげます。 一年四か月ぶりに国政に復帰させていただき、高市政権最初の本予算の審議で締めくくり総括に立たせていただくこと、大変光栄に存じます。全力で責務を果たします。 先月の選挙でお約束した政策パンフレットに、高市政権が本予算を通じて実現しようとする国の姿が描かれていると受け止めます。受け取ってくれた有権者の皆さんもそうでありましょう。 特に、子供さん向けのパンフレット「令和八年のやくそく」には、分かりやすくどういう国にするかが描かれています。未来への種まきでみんなをヒーローに、物の値段が上がっても暮らしを守る、何があっても食べ物に困らない、いつでも電気に困らない、作る力を強くする、新しい力で未来を明るく、みんなの幸せ。そのための予算でありましょう。 まず、物価高とそれに関する高市外交の関連についてお伺いします。 四年前のウクライナ侵攻で、穀物、肥料、エネルギー価格が上昇しました。”
“あくまでも応援をしております。そういう人材、なかなか難しいと思いますけれども、私も含めて、外資系の投資銀行というのは突然首になりますし、安定志向の強い優秀な方が育って、そういった目利きになってくれることを願ってやみません。 最後に、ちょっと時節柄ではありませんけれども、一つお聞きしたいというか、申し上げたいことがあります。 私は東京都民でありますし、東京都選出の国会議員であります。平成二十一年度から東京都は、今は制度が変わって、地方法人税の見直しの結果でありますけれども、年間一・三兆円、累計九・二兆円、都で上げた税収を国に差し上げてきております。地方法人税の税額が東京都は一番高いということは事実でありますが、東京都も一自治体であります。 東京都は要人警護に、ここ多分四十年間ぐらい、国から十五億円予算をいただいておりますが、東京都が支えている要人警護を含めた警察に対する予算というのは六千八百億円で、下水道は千七百億円、消防は二千八百億円、こういった、国を支える、消防、上下水道、警察に要する経費だけでも一・一兆円かかっております。”
“月給が額面百万円の人が、一%の利ざやの案件をつくって、本人一人分の給料を稼ぎ出すには、十二億円の貸出しがつくり上げられなければいけない。 さて、事業継承、シャッター商店街にしたらいけないというような、ショッピングモールに負けない小売店にするんだというようなところに、本当にこういった案件が当てはまるのか。事業継承だとか中小企業とおっしゃっておりますけれども、どれぐらいの案件を想定した制度なのか教えてください。”
“スタートアップは、ちょっと不謹慎になるのを覚悟して言いますけれども、例えば、大谷選手が大化けするかどうかというのをプロ入りのときに見定めるぐらい難しい。 あの頃、テレビを見ていた皆さんも覚えていると思いますけれども、日本のプロ野球で首位打者を何度も取った大御所が、テレビに出るたびに、二刀流なんか絶対やめろ、必ず故障して、打者でも投手でも何の記録も残せない選手にしかならないと、三、四年言っていらっしゃいましたかね、今テレビに出てこなくなりましたけれども、それぐらい難しいわけです。 それで、例えば、スタートアップ、株式会社オオタニにほれて、企業価値が一千億になりますよ、常務と言って、その常務の席にあの大御所が座っていたら、融資は成り立ちません。そういうものだと思うべきではないでしょうか。 もう一つ、それほど難しい案件で、例えば、日本の銀行というのは利ざやが大体いいときで一%ぐらい、優秀な銀行員が、スーパーマンで、一つの案件を一か月でやり遂げたとしましょう。それで、貸す。物すごくおいしい、金利、利ざや一%を抜けたとする。”
“大いに励ましたいと思います。 しかしながら、直感は、そういう人材育成ができて、企業価値算定にたけた人が出てきたとすると、多分その仕事を辞めて、自分でお金を集めて投資する人になるんじゃないかと思います。 前回、馬渕参考人に階委員が少し疑問を呈したやり取りがありました。私も実は全く同感でありまして、MAをするときは、相手の会社が欲しいから、ただでくれとは言わないわけです。買手はできるだけ安く買おうとするし、売手のアドバイザーはできるだけ高く売ろうとするから、企業価値の算定のやり取りが生まれ、取引が成立するわけですけれども、融資をする人は余りそういうインセンティブはありません。買う人は、買った新しい会社が金を稼ぐから欲しいわけで、融資をする人は、そこが潰れなくて金利を払ってくるというかすかなうまみのために、こういった努力や才能を磨くということになります。 うまくいくといいなとしか言いようがないんですけれども、同時に、スタートアップの会社が特にそのメリットがあるというようなことが書いてありました。”
“事ほどさように、企業価値を融資する側が算定するというのは、実は余りインセンティブというか、よっぽど利ざやを稼げる案件でもない限りは難しいんじゃないか。そんなことをして銀行は何の得があるんだという話にはなりやしないかということが疑問なんでありますが、これもまた事務方で結構でありますので、そういう企業価値を算定する人材がどこにどれだけいるという前提なのか、教えてください。”
“僕は前職で、ちょっと職業替えをして、MAのアドバイザーをやったり、IPOをしたり、政府の持っている民営化の案件の引受けをしたりという仕事をして、そのときは確かに企業価値は算定しました。しかし、現実の銀行の支店や営業部の取引先の中で、例えばディスカウントキャッシュフローを計算する、モデルをつくるのはそんなに難しくありませんが、これから八年間一律で七%売上げが成長するなんというきれいな会社が世の中にあるか。また、そういったモデルを回したとして、判こを押す課長さんや融資担当の役員はそれを信じるかどうか。 さらには、例えばディスカウントキャッシュフローを回したとしても、その割引率が、大体、リスクフリーレートで国債にするわけですが、一%を切っているような割引率で割り引き返すと、ほんのちょっとだけ割引率を変更すると、価値がばんと上がったり、だんと下がったりします。したがって、割引率の恣意性みたいなのを、多分、担当者と上司が対立する現場があちこちで出ると思います。”
“それが、エリートたちが集まる国際金融の一番最高、富士銀行の中では最高峰のニューヨーク支店が扱う花形案件が、債券を発行して借金を返すということにも大変驚きました。当然、ノンリコースローン、担保はありません。 私は、不動産金融の係に回されました。隣にプロジェクトファイナンスの係がありました。二つともノンリコース、担保は取りません。しかし、両方とも、企業価値を計算したというよりは、キャッシュフローを計算して、返済能力があるというようなことをしていました。まだまだ、商業銀行という言い方が正しいかどうかは別として、銀行法上の銀行が企業価値を算定して、それに基づいて担保価値を設定して、その範囲内でお金を貸すという世界はありませんでした。 今般、よく目利き目利きというふうにおっしゃいますけれども、企業価値を算定して、その範囲内で担保を設定するということであります。大歓迎でありますが、果たしてそんなことをできる人がいるのかどうか。”
“一九八九年の一月ですけれども、そのとき、金融界の一番大きな話題は、KKRによるRJRナビスコの買収でありました。そのつなぎ資金に、日本の銀行、当時は大手二十一行と言っていた頃でありますが、それぞれ数百億円ずつ融資をするという事案が一番ホットな話題で、事務方の、案件に関係ない先輩方も、LBOとは何ぞやということを語れないと格好悪いみたいな雰囲気がある頃でありました。 利ざやは二五〇ベーシスポイント、物すごくうまみのある貸出しでありましたが、その買収したお金の返済資金は何なんですかとアメリカ人の課長代理に聞いたら、彼女は、ゼイ・イシュー・ボンズと言ったんですね。債券を発行して返すんだと。要するに、今死語になりましたけれども、ジャンク債をSPCが発行して、それで日本の銀行につなぎ資金を返す。 これまた、当時入社二年目、三年目の若手行員でありました。融資の基本でやっちゃいけない三つのことのうちの一つが、ほかから借金して貸金を返済する、そういう客には貸してはいけませんというふうに習いました。”
“ただ、それは、企業価値というよりは、割引手形というのは、手形・小切手法上、裏書人に順次、不払いが起こったときに遡求ができるから、別のルールを盾に貸してもよかろう、したがって、裏書人が信用できそうなところかというところが手形割引の最大のポイントというか、基礎の基礎でありました。 同時に、当時はバブルの前夜であったこともあって、手形を持っているということは売上げがあったということでありますから、その売上金を銀行に差し上げたとしても、金利を差っ引かれたとしても、まだうまみがある、すなわち、商売の利ざやの幅が大きかった時代だからこそ、手形の割引ができた。今はもう約束手形そのものが消滅しますから、そういうことにはならないわけですけれども、いずれにせよ、手形割引も運転資金もキャッシュフローであって、企業価値とは関係ないところでありました。 ここ、一本目の布石なのであります。 それから二年後、三十六年前、私は、富士銀行の当時ワールド・トレード・センターにあったニューヨーク支店に赴任になりました。”
“それでは、法案に関する質問をさせていただきたいと思います。 事業性融資の推進等に関する法律案でありますが、私自身は大歓迎。もう今から三十八年前になりますが、富士銀行の江戸川橋支店に入行をしたとき、やはり、私の直接の取引先ではありませんけれども、取引先が資金繰りに詰まって夜逃げをされた事案がありました。誰だって夜逃げしたくて夜逃げしたわけではありませんし、その担当者は、それから一か月ぐらい、もう本当に大変な御苦労をされて、資金回収の手当てをしたり、その損金処理の手当てをしたりということでありました。そういったことは世の中からなくなってほしいと思う気持ちは、恐らく皆同じでありましょう。 ただ、当時から、代表取締役の個人保証をもらわなくても、また、お住まいの不動産を担保に取らなくても、できる融資はありました。僕たちが当時、融資の基本として一番初めに手をつけるのは、手形の割引、それから運転資金ですね、売掛金と在庫の金額を足して、買掛金の金額を差っ引いた、その金額までは無担保で貸してもいいだろうというイロハを学びました。”
“ありがとうございます。 植田総裁、どうか、御退席いただいて結構であります。ありがとうございました。”
“同時に、配当利回りと、今のところ、原案というのは、受け取る配当の半分が研究開発に行き、半分は利払い変動の予備のお金にしておくということですが、その配当利回りが実際の国債の利払いの金利よりも足りなくなるかもしれないというリスクもあり、そんな莫大な金額の金利に、スワップのカウンターパートというのは、現実的には世の中に、まあ、いません。 そうすると、金利のリスクコントロールも同時に政府はしなければいけないし、含み損からスタートするということに対して国民に理解を求めなければならないということになろうかと思います。ただ、日銀にしては、永久債の金利が入ってきますし、悪い取引ではなかろうと思います。 さて、この項目の最後に、金融政策正常化の筋道の一環として、また、日本銀行の貸借対照表の健全性に責任を持つ日銀の総裁として、植田総裁に、ETFの今後の取扱いについて、御所見があれば頂戴したいと思います。”
“それは、当時は、市場に潤沢な資金を供給するのが一番大事なことなんだということであったからETFを買い入れたというふうに思いますが、金融政策の正常化が進み、国債の買入れを鈍化する若しくは売却していくということになると、日銀の貸借対照表に占めるETFの比率がどんどん上がっていきます。これはさすがに、金融政策の正常化をするというのであれば、手をつける順番は考えなければいけないということになろうと思いますし、黒田総裁が就任される前の日銀による株式の売却のペースを、仮に同じペースで売ったとして、市場に影響を与えないように、そうすると、二百何十年かかる計算になってしまいます。 なので、原則は市場に悪影響を及ぼさないように上手に売っていくということしかお答えは今は出ないと思いますけれども、そう簡単には売れない。いつかは何か抜本的な対策を打たなければいけない。”
“やはりそうであろうというふうに思います。 提案をしていただいた方、元々はアセットマネジメントのストラテジストの方でありました。また、渋沢さんも、ファンドマネジャーではありますけれども、こういった商品を作り上げる、業界ではストラクチャリングというような言い方をいたしますが、ストラクチャリングの経験がないということは御本人たちも認めていて、もし将来こういったスキームを考えていただけるのであれば、専門家の意見を大いに取り入れたいというお話でありました。 ただ、時価で譲り渡すと、原則は、これは政治の力が必要だと思いますけれども、政府が、日銀が享受するETFの含み益、多分四十兆円ぐらいになると思いますが、その分の含み損を覚悟の上で、長期成長基金のようなものをつくるんだという立法措置が必要になろうかと思います。 でも、それは、二つの事象の、問題のトレードオフ、どっちかを選ばなきゃいけないということでもあります。”
“そこで、ちょっと気になるのは、日銀は、持っている国債は持ち切りが前提ですから、時価評価をせず、簿価で評価をいたします。しかしながら、ETFを、現物が、元々は現物は株でありますし、価格変動をし、また持ち切りという世界でもありませんから、これを譲渡、移換する際に簿価で移換するということが現実的なのか、ちょっとたらればではありますけれども、事務方で結構でございますので、所見をいただきたいと思います。”
“したがって、これは出どころは別の方の発案なんですけれども、お互い意気投合してコメントを出されていると御本人から伺っています。スキームを御提案されています。それは、日銀が簿価で、政府のつくるいわば長期成長基金というようなものをつくり、それにETFを移換する。変動金利つきの永久債を政府から受け取る。これは直接日銀というわけにもいきませんから、現実的には民間の金融機関を経由してということになろうと思いますけれども、日銀の貸借対照表にはETFから永久債に置き換わるという取引であります。 基金は、これもカストディアン等を通じてETFを、株の現物化をして、配当金の半分を永久債の利払いの準備にし、また、残りの半分を成長資金、研究開発機関や大学に拠出する、こうやって新しい明るい未来をつくっていく財源にしようじゃないかというのが提案の骨子でありました。 面白い提案でありますし、また、新総裁になられて金融政策の正常化にかじを切られているということでありますので、一考に値する、すぐにできるとは私も思いませんけれども、一考に値すると思います。”
“自由民主党の小田原潔であります。 質問の機会をいただきまして、ありがとうございます。 法案審査の前で恐縮なんですけれども、総裁のお時間を勘案させていただきまして、一つお伺いをしたいことがございます。 今年の七月になりましょうか、日本銀行券が更新をされます。一万円札には渋沢栄一翁が登場するということであろうと思います。その渋沢栄一翁の五代目の子孫、渋沢健さん、もう随分な有名人になられていますけれども、お配りをいたしました資料の二枚目、おととしでありますけれども、政府の第十回の新しい資本主義実現会議の委員としてコメントをされています。 そのコメントの中に、当時は黒田総裁でありましたから、金融緩和を大胆にしていく、その継続の真っ最中でありましたから、深く取り上げられないと言うと不謹慎ですけれども、聞きおかれたというコメントになっていると思いますが、日銀が持っているETFについて、いつまでも持っているわけではないだろう、さはさりながら、今既に八十兆円ぐらいの時価になっているはずでありますので、そう簡単には、株式市場に影響を及ぼさない格好で売るというのは難しいであろうと。”
“国益のため、全力で支えてまいりたいと思います。 終わります。ありがとうございました。 ―――――――――――――”
“日本食が十日ごとに変わる旬を、初めに初物の走り、一番おいしくて値段も手頃な盛り、そろそろなくなる名残をそれぞれの料理人が提案し、十日ごとの同じものをいただいている一期一会の料理だということが伝わるものなんだということが大まかに書いてあります。欲しい方には後で幾らでも差し上げたいと思いますし、私もぱくっているので、どうか十年前から知っているふりをしてしゃべっていただきたいと思います。 そうやって大勢の外交官が、その外交官と食べるといつもの和食が倍おいしい、そういう経験をしてくれると、恐らくその人は日本が嫌いにはなりません。芸風は柔道であろうが和食であろうがいろいろなやり方があると思いますが、そういった外交官を育てていただきたいと思います。 中国の話をする前に、一問だけ。 さはさりながら、心配なのは、円安が進み、国際会議に出張するときに、ホテルの格にこだわるつもりは余りありませんけれども、遠いとか治安が悪いとか、そういうところに泊まらざるを得ない、そういったことを何とか立法府で守ってさしあげたいと思っております。苦労した御経験がもしあれば、官房長、おっしゃってください。”
“むしろ、講道館柔道の達人で、柔道を教えたりとか強かったとか、生き方が立派であったからたたえられたということであろうと思います。 今も現職の職員で、例えば、今のメキシコ大使はまさにミスター・メキシコみたいな人であります。また、ついこの間までペルーの大使をされたKさんは、「遙かなる隣国ペルー」という本を書かれて、ペルーだけじゃなくて南米全体に極めて詳しくて、その造詣には頭が下がる思いがします。しかし、どうせだったら、そこになじむということに加えて、我が国の文化や産物で魅了してほしい、日本のファンを現地でつくってほしいという思いがあります。 私が副大臣のときに、和食マニアなものですから、来られる外国の要人は九割が日本食を御所望になります。それがおいしいとかヘルシーとか、我が国では高いとか、そういう理由で選ばれたとしても、前菜の練り物をこれは何だろうなと思いながら飲み込んでしまうのはもったいないので、私は、外務省の職員の方にも役立つと思って、今日は不謹慎だから配付資料にはしませんでしたけれども、ゲストと共に和食を二倍楽しむレジュメというのをA4判一枚にまとめました。”
“しかしながら、最後の最後、選ぶべきは国益であろうと思います。 例えば、日露戦争の広瀬武夫中佐は、駐在武官としてロシアに行き、アリアズナとプラトニックな恋仲でありながら、部下の手前、手を出さなかったという手紙を書いていたことからすると、それも事実なのでしょう。戦死し、しかも情報をロシアから持ち出してロシアを負かした張本人のうちの一人であるにもかかわらず、その遺体は、アリアズナの兄たち、お父さんもお兄さんたちも海軍の軍人だったということでありますが、に引き揚げられ、陸上で手厚く葬られたということであります。 私が申し上げたいのは、最後の最後、せっかく仲よくなった外国の親友を裏切ってでも国益を守るという行為は、決してその国の人たちから恨まれ、蔑まれるということではなく、その生き方によっては敬意を表されることがあろうということであります。 だからこそ、最後にブイの話も聞きたいわけですけれども、ブイを取り払ったら中国の人が怒るじゃないか、中国で働きづらくなるじゃないかという判断はしてほしくないわけであります。 広瀬武夫はロシア語がぺらぺらだったという伝説は余り残っていません。”
“ありがとうございます。 それでは、外交官の人材、それから一か国同士の外交についてお聞きしたいと思います。 私自身は、少年時代、外交官になりたいなと思った頃がありました。これまた個人的なことですが、しかしながら、大学に入るのに大変苦労しまして、中学生の頃から全ての青春を犠牲にして必死に受験勉強にいそしみ、何とかぎりぎりでひっかかりましたけれども、疲れ果ててしまって、もう二度と人生で試験のために勉強するのは勘弁してもらいたいというふうになって十八歳を迎えました。同級生で外交官になった立派な人もいますが、とてもじゃないけれども、大学四年生のときにもう一回、無味乾燥と言うと失礼ですけれども、受験勉強する気力は湧かず、こういった人生を歩んでしまいました。 今般、大学の同級生が外務次官になりました。これまた大変感慨深いものがございます。国連の演説は彼が書いてくれました。熱意を感じる原稿に胸を打たれながら国連総会で演説をさせていただきました。 外交官若しくは外交の仕事は、その担当の国と仲よくならなければ仕事にならないし、その文化を熟知していると仕事がしやすいと思います。”
“しかし、同時に、大使が言わんとしたことは、人質を取り返すというのは、武力であろうが何であろうが徹底的に懲らしめて降参させて、何でも言うことを聞くから勘弁してくださいと言わせない限りは人質は返ってこないんだという強い決意も感じました。それがいいとも悪いとも言いませんが、国を守るとか国民を守るということの感覚が私たちと全く違う人たちが世界にはたくさんいる、むしろ、そういう人たちの方が多いということであろうと考えた次第であります。 そこで、お聞きします。 人道的には立場は揺るがないわけですが、我が国のこの事案に対する対処というのは、国としてはどうしても国益を重視するわけですが、どういった国益を重視して今対処しているのか。日・イスラエル関係なのか、日・パレスチナ関係なのか、若しくは日米関係なのか、はたまた日・アラブ社会の関係なのか。どれも軽視していないという前提ではありますが、どういったバランスで今の対処が選ばれているのか、教えてください。”
“表敬というのは名ばかりと後から思ったわけですが、団長はパレスチナの大使で、見るに堪えない悲惨な写真を回付しながら、どれだけ人道的にひどいか、また、我が国が全くイスラエルを非難しないというのは世界が我が国を見る目が変わるぞ、今までは民主的で良心的な国だと思ったのにがっかりだというようなことを言われたことがありました。 人としては大変胸の痛むことでありましたが、十日後、案の定、今度はイスラエル大使が来られまして、百八十度真逆の主張をされました。それで、ここにもいらっしゃるので言いづらいんですけれども、理事のお一人が、分かったけれども、国連決議があるだろう、真摯に考えてもらえませんかというふうに発言されました。それは全く僕も同感でありましたが、イスラエル大使は、もしその決議をのんで停戦したら、人質はどこか知らないところに連れ去られて、取り返すのに何年かかるか分からない、皆さんは青いバッジをしているけれども、そのバッジをつけたら拉致被害者は帰ってきたのかと、かなり辛辣なことを言われ、場の雰囲気は凍りつきました。”
“例えば、近年では、アウン・サン・スー・チー政権を支えたタン・ミン・ウーさんが書かれたビルマ、危機の本質、ザ・ヒドゥン・ヒストリー・オブ・バーマとか、アミタフ・アチャリアというインド系のアメリカン大学の教授が書いたアメリカ国際秩序の崩壊、ジ・エンド・オブ・アメリカン・ワールド・オーダーとか、今のインドの現職の外務大臣が書かれたインド外交の流儀、ジ・インディア・ウェイ、二冊目がホワイ・バーラト・マターズ。バーラトというのは、今年になってモディ首相が国際会議にインディアと書かないでバーラトという国のプレートを書くようにしました。それぞれ書評で大変絶賛されていて、こういうのを参考にいたしますと、民族も違う、言葉も違う、宗教も違う、でも国である一国をまとめるのがどれだけ大変かという苦労が伝わってくるものであります。 昨年十一月七日、勝俣委員長を中心に、外務委員長と衆議院の理事を表敬するという名目で、在京のアラブ外交団が二十一か国来られました。”
“ありがとうございます。 人道的な観点から深く憂慮するのは我々も全く同じでありますが、私たちも日々いろいろな専門家から勉強させていただいております。受ける印象は、双方とも全く引く気がないということであります。 ちょっと言いにくいですし、いろいろなことを主観をもって話すわけではないのですが、私たちは、我が国に地上の国境がありません。大まかに見た目がよく似た人たちででき上がった国で、ほぼ日本語しか交わさない国であります。また、宗教や何かの価値観で殺し合いになるような大きな対立もありません。こういった国は、世界で百九十何か国あるうちの多分物すごく少ない貴重な国であろうと思います。 ただ、同時に、ほかの圧倒的多数の国は多民族、多国家、多宗教で、しかも、多くの国が一時植民地になり、強制的に引かれた国境で地域性や文化は全く関係ない国ができ上がってしまったが、百年、二百年たっている間にそこで新しい秩序や権益が生まれ、今更元に戻せない、こういった苦悩を抱えながらの国が圧倒的だということであります。”
“ありがとうございます。 中立性を重んじるのは、建前と言うと失礼ですけれども、十分理解いたしますが、例えば、ユネスコの世界遺産をめぐるやり取りで、時々、委員の中に特定の地域や国やバックグラウンドを持つ方々が我が国に対して何らかの意思があるような行動や論文を出す事例も散見されています。私たちがその中立性に貢献できるような戦略的な人材育成と派遣を期待してやみません。 この国際社会の状況に関連してでありますが、昨年十月七日の事件から、ガザ地区の状況は我々も特に人道的な観点から胸を痛めるばかりでありますが、また昨日も新しい報道がありました。現状の認識を教えてください。”
“選挙で選ばれるトップと、その機関を支えるというか、実際にかじ取りのお世話をする幹部の役割、そして、その幹部の構成を完全に自然体に任せてプロパーの日本人が集まるように祈るというのもなかなか難しいでしょう。かといって、外務省から出向された人が本当にその国際機関全体でいつまでも当てにされているのか、どうせ帰ってしまう人だと思われてはいないのか。そういったことも含めて、今後、国際機関を通して我が国の国益やそれぞれの国際機関が果たすべき役割にどのように貢献していくのか、人材育成や派遣の戦略について所見がございましたら教えてください。”
“それは、その間中、赴任の期間で我が国の国益を反映させたり目的に貢献するということだと思いますが、後で官房長にも伺いたいと思いますが、外務省の職員の方は、国際機関に出向して、ビルマの竪琴みたいにそっちが面白くなって退職して、そこでずっと偉くなろうという人は多分余りいないんじゃないかと思います。国際機関に行ってそこで経験を積んで、箔をつけてと言うとちょっと下品ですけれども、外務省に戻って外務省で国益のために働きたい、だから我が国は国際機関に外務省の職員を幹部として送っているのではないかと思うんです。そうでなければそのとおり言っていただきたいと思いますが。 さらには、先ほど大臣がトップの話をされました。国際機関のトップの選ばれ方は様々であります。現在の国連の事務総長は元々学者さんでありますし、その前も学者さんでありましたし、例えば、WHOの事務局長は某国の外務大臣だったし、その前は某国の首相だったし、我が国の精神科医の方がお務めだったこともありました。”
“ありがとうございます。増加傾向にあるということは、恐らく好ましいことなのであろうと思います。 実は、批判するつもりで言うわけではないですけれども、この質問のレク、やり取りをしている際に、幹部職員というのは外務省から行っている人の数でしょうか、それとも日本人全体でしょうかというお問合せがありました。私は、そこに我が国の戦略性をもう少し突き詰めるべきだと考えているポイントがあるんです。と申しますのは、国際機関の幹部職員が外務省から来ている人というのが大事なのであれば、増やすべきであろうと思います。 また、実は昨日、国連の事務次長さんが来られていました。彼女は元々プロパーでありますし、個人的に話したときも、国際機関は完全に日本じゃないから精神的に非常にやりやすいのよみたいなことを言ったことがありました。外務省が精神的にやりにくいと言っているんじゃないですけれども、外務省からなぜ国際機関に出向するのか。”
“千人弱の方々が勤務されていて、そのうちの一割ぐらいが幹部だということであります。 大臣にお伺いします。私は、何に対して多い少ないという観点は非常に難しいと同時に、それをはっきりすることによって多いと考えるのか少ないと考えるのかが重要だと思います。大臣の御所見をいただきたいと思います。”
“それとも、扱っている課題、例えばGDPの金額とか順位に比べて日本人が少ないと言っているのか。さらには、例えばCO2の排出量が多い順になっていないとか、いろいろな尺度があると思います。また、人材の出どころも、どういうふうにすれば、日本人で国際機関に勤め、そして人生をそれにささげたいという人を培うことができるのか。そういった裾野の広い努力も必要だと思います。 まず、伺います。聞き方が漠として恐縮ですけれども、現在、主な国際機関において日本人の幹部というのはどれぐらいいるのでしょうか。”
“現在は、卓越した個人の力やチームの力だけではなくて、一か国同士の外交にとどまらず、近年ではクアッドとかFOIPとか、同盟国とまでは申しませんけれども、ライク・マインデッド・ステーツというんですかね、価値と目的、国益を共有する国々で枠組みをつくっていく、そういう力、さらには、国際連盟ができてからは、地球上の秩序を守ったり、もっとよくしたり、人類共通の課題を力を合わせて解決していく、そういう力も求められていると認識いたします。 さて、私が七年前、外務大臣政務官を拝命した直後、我が党の中でも、国際機関に働く日本人の幹部の数が少ないんじゃないかという議論がありました。それについて少し取り組んだこともありました。この話題は、恐らく七十年近く、起きては収まり、起きては収まりという課題だと思います。 ただ、少ないんじゃないかと言う方も、そして、それを構築する方も、無責任ではないかと思うことがちょっとあります。国際機関に働く日本人幹部の数が少ないというのは何に対して少ないと言うのか。例えば、拠出している金額の割合に対して幹部の数が少ないのか。”
“ということもあって、沖縄の返還は、一発の銃弾も発射せず、一滴の血液も流さず、戦争に負けて取られてしまった領土が返ってくるなんて、外交と政治の力はすごいと思いました。 私は庶民の家でありましたし、十三年前に初当選させていただくまでにそれから四十年かかりましたけれども、それも天命でありましょう。本日は、ちょっと僭越ですけれども、我が国の独立と平和を託す外交を担う皆さんの在り方、生き方、そういったところまで質問できればというふうに思います。 私は、プロフィールとか略歴とか、そこはいいことしか書かないんですけれども、尊敬する人物のところには必ず陸奥宗光公を挙げています。 ついこの間まで、日経新聞の朝刊の小説に陸奥公の青春時代のお話がありました。かみそり陸奥と言われてはいるものの、女郎屋通いをしたり、政府転覆のたくらみがばれて山形に投獄されたり、紆余曲折がありましたけれども、不平等条約を解決し、私たち日本人に夢と希望を与えてくれた立て役者であろうと思います。 また、陸奥宗光公に見出された小村寿太郎大臣も、退官直前であったところ、その才能を買われたということであろうと思います。”
“おはようございます。自由民主党の小田原潔であります。 御指名をいただいて本日質問させていただくのですけれども、本日この場で質問させていただくことに格別の感慨がございます。それは理由があります。私がこの仕事をしたいと思ったきっかけが、五十二年前の今日、一九七二年五月十五日の出来事だったからであります。私が八歳のとき、沖縄が日本に返ってきました。大変感激いたしました。 個人的なことで恐縮ですけれども、私の父親は自衛官でありました。当時、自衛隊に対する風当たりは必ずしも今ほど、例えば、国民の支持が九二%とか、そういう時代ではありませんでした。それでも、自衛官の子供というのは、私に限らず、平時であっても、いざというときは親が命を失うかもしれないという覚悟を持って育つものであります。名誉ある殉職であれば残された家族は胸を張って生きていけると思いますが、できれば、ばかな思いつきとか無謀な作戦で犬死にしてほしくないという切実な子供心がありました。”
“だけれども、そんなおっかないこと、ほとんどの人はできないし、飛び込んだとして、成功できるという可能性はありません。しかし、その起業家が成功して経営者になれば、その人は新しい価値を世の中に提供し、そして、雇用をつくり、日本人に夢と希望を与え、何よりも、ああなりたいという若い裾野を広げます。だから起業家は宝であります。 しかも、教育でできるんじゃない、生まれてくるんです。頭がよくて、前例にとらわれなくて、失敗にめげなくて、しかも運がいい、こういうのは、生まれてくる。だから大切にしなきゃいけない。 そこで、聞きます。 グーグル、フェイスブック、ストックオプション、役員や創業者は兆円単位でもらっていると思います。グーグルやフェイスブックを出したいと言っている我が国が、今、適格な、限度額が千二百万円、今検討されている法案でも三千六百万円。桁が二つか三つ違うんじゃないかと思うんですけれども、新しい起業家を育て、経済を刺激するという意味で、ストックオプションを拡大する意気込みを大臣から聞かせてください。”
“だからこそ、成長戦略の本当の核心は、新しい起業家の邪魔をしないということであろうと思います。 いつまでたっても我が国からグーグルやフェイスブックが出ないという声がよく聞かれます。グーグルやフェイスブックは、アメリカ合衆国のお役人や大統領が考えたことではないと思います。みずみずしい起業家が今たくさん増えています。昔のように早くIPOして早く金持ちになりたいという人は少なくて、自分の考えついたアイデアを世に試したい。 皆さん御存じの宇宙ごみを回収する元お役人とか、我々の元同僚だった参議院議員で弁護士ドットコムを立ち上げた人とか、お二人は別の場所で同じことを言いました。こういう起業をするから今の組織やめますと言ったら、先輩方が、ばかを言うんじゃない、おまえのことを思って言うんだぞ、やめとけ、市場がないと言われた、そうしたら、その二人は、二人とも、ラッキー、市場がないということは競争相手がいないということだと思ったと、二人とも僕に言いました。 経営指南書にそう書くのは簡単です、市場がないと言われたら競争相手がないと思え。”
“この十二年間で資産は倍になったということでありましょう。自国の株価が上がるのを嘆くというのは、必ずしも正しくないということであろうと思います。むしろ、そういうことよりも、どうやって経済を発展させていくか。今月、政府の発表した月例経済報告からアベノミクス三本の矢に関する記述がなくなりました。それがどうのこうのというよりは、元々、二本の矢はうまく放てたという評価が多かった。三本目の成長戦略の矢がいつまでも飛ばない、私もそうだと思います。 なぜなら、私が言うのは不謹慎ですけれども、政治家や役人が成長戦略を考えたところで、大したものは出やしません。なぜなら、例えばシュンペーターのイノベーション五種類、どれも、どうやったら安く作れるか、どうやったら新しい商品が作れるか、どうやったら新しい市場に売れるか、三百六十五日二十四時間考えているビジネスマンや創業者はごまんといる。その人たちに、僕らの仕事は、一時間ごとに変わる議題を決めていくのが仕事です、思いつきでしゃべったことは大体既に検討されているし、既に努力もされているはずであります。”
“ありがとうございます。 よく、株価が上がっても金持ちばかりがほくほく顔で、一般庶民には何の恩恵もないじゃないかと言う方がいらっしゃいます。一部否定はしませんけれども、私たちが頼っている年金、GPIF、私どもが初当選したときに新しいCIOが来て、多くの国会議員が、大事な国民の資産を株とか外国株とか、ばくちにつぎ込むなんて何事だと言った先生が随分いらっしゃいました。 あれから十二年、GPIFの資産状況、収益状況、どうなっているか教えてください。”
“三つは極めて密接に、また複雑に連動しているものであるからであります。 次に、株高と言われている現状について、二十六日の日経一面では、株主還元が二年連続最多で二十五兆円、NISAなどを通じて個人にも恩恵という記事が出ています。配当のみで三兆円が今年家計に入るということになっております。 まず、今年に入って、海外からの日本株への資金流入はどれぐらいあるんでしょうか。”