尾辻朋実
チームみらい・無所属の会 · Japan
“チームみらい・無所属の会、尾辻朋実です。 冒頭、委員の先生方各位に本日も意見の時間を賜りました御配慮に感謝を申し上げ、また、各回御出席くださいました参考人各位に敬意を表しながら、意見を申し述べます。 四回の議論を通じまして、私は、中長期的には人口減少にどう対応するのか、そして社会保障の持続のために何をすべきか、また地域の暮らしをどのように守るのかという課題があり、他方で、直近の課題としては働き手不足があるのだろうと、このように感じたところであります。 人口減少は中期的には止めようがないと思います。団塊ジュニア世代をロストジェネレーションにしてしまったことは社会全体にとって余りにも大きく、取り返しの付かないことであります。多くの委員御指摘のとおり、これからは人口減少という現…”
“食料自給率は食の安全保障であり、ナフサや半導体の確保は経済の安全保障である、このことは理解が広がっているように感じますが、有人国境離島が次々と無人島になってしまったときのリスクについてはまだ理解が十分でないように思います。この日本の美しい海岸線の津々浦々に人々の暮らしがあって、その営みが守られることは肝要だと私は考えます。島の基幹産業を守ることは国土を守ることであって、国防にとっての一大事であると申し上げたかったのであります。私は、我が国の政治が余りにも新自由主義的になっていやしないかと心配しています。 最後に、人手不足について私の思うところを述べます。 経済合理性、今の方たちの表現で言えばタイパやコスパの視点からすれば、医療業界の直美、直接美容整形外科や直産、直接産業医…”
“生産年齢人口の減少幅だけでは、ここまで一斉に人手不足の悲鳴が上がっていることは説明し切れないように思います。若い皆さんたちに、余りにも強く自己責任、タイパ、コスパ重視の考えを当然のように思わせてしまったのではないかと危惧するのであります。 自己責任で、強い者が勝ち上がっていく。そうすると、強い者が社会経済全体を引っ張っていくので、結果として国家の競争力が高まるという理屈は理解します。しかし、それが行き過ぎて、社会の構成員全員がそればかり目指してしまえば、社会は土台を失います。これからしばらく人口減少傾向が続くことが予想される中、改めて、誰も置いていかない社会のために何ができるのか、社会が安心できるものであればこそ、若い方たちも結婚に踏み切るのであろうと考えます。 様々なお…”
“いわゆる大きな政府か小さな政府かでいえば、国民負担率が五〇%に迫ろうという現在、我が国はもはや大きな政府の入口に立っています。 では、この国に暮らす皆さんがそれに見合っただけの安心を得ているか。この国に生まれたら、ある日事故に遭って急に働けなくなっても、あした病気が見付かって収入が急に失われても、もう今日学校に行くために起きてお母さんにおはようと言えなくなっても、大丈夫、安心していいよと迷わず言える国なのか。真に弱者に優しい国に近づいているのか、真剣に自問し、真摯に議論を重ね、同時に、国民の皆さんにひたすら誠実に説明する必要を感じています。 地域の暮らしについては、議論の中で一度、サトウキビは国防だと申し上げました。言葉足らずであったと思いますので、この機会に補足をさせて…”
“ありがとうございます。 重複した質問でありましたけれども、御丁寧な答弁を感謝を申し上げますが、地方消費者行政強化交付金について、私、今手元に資料を持っておるんですけれども、昨年度補正で十七・六億円、今年度当初で十五億円積まれていることを確認いたしております。 この中の支援メニューが、消費生活センターの運営を継続できるような支援というのが第一番目にございまして、第二番目に、広域連携による、先ほど、広域連携、生稲委員からも御指摘ございましたけれども、広域連携推進のための予算、それから地方消費者行政推進型(定額)、ここまでが全額国、さらに、相談・見守り連携強化型、広域連携強化型、担い手確保、人材育成、重点課題対応型と、パッケージでいっぱい入っておりまして、なかなかぱっと見て難し…”
“ありがとうございます。 本当にここ大事なところだと思いますので、是非今後とも取組をますます強化していただきたいと思いますし、今やっぱり高齢化という表現があったんですけれども、ネットに相談の内容を入力するというのでも、若い方はぱぱぱっとできることであったりしますけど、それはそれぞれ個々人の特性というのはありますけれども。 やっぱり、私も決してネットに生まれたときから触れていた世代ではないので、やっぱり若い方たちにはどんどん負けていくというところでいいますと、PIO―NETも二重に入力すると今日聞いて大変驚いたところでありますので、是非、そこは自治体のシステムと連携して、すぐそれが飛ぶというようなことは難しいのかもしれませんけど、できなくはないだろうと想像はするので、そんな二…”
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“チームみらい・無所属の会、尾辻朋実でございます。 本日、先ほどの村田享子委員、同郷でございまして、御質問をお聞きしておりまして、大臣、非常に御担務多くございますことを驚きを持ってお聞きをいたしておりまして、それでというわけではないんですが、私は政府参考人の御答弁をお願いしておりますので、どうぞ今日はゆっくりとお聞きをいただければと存じます。 さて、予算でございますので、来年度、消費者庁が食品ロス削減、食品寄附等の促進として計上されておられます〇・六億円、これに関連して本日は質問を申し上げたいと思います。 食品ロスでいいますと、我が国は年間食べられる食品だけで四百六十四万トンが廃棄されていると推計されております。これ、推計とされていますのは、半分が家庭内で廃棄されている食品ロスでございまして、家庭から廃棄されるごみの内容について、これ全世帯分を把握するというのは事実上不可能でございますので、拡大推計、一部をサンプルとして調査して、それを拡大推計するということで推計値が公表されているものと理解をいたしております。”
“これは、環境省の五十年史という冊子も私読みまして、本当に御苦労をなさってこられたと思います。長い時間の中で時代背景も変化し、医学も進歩して、時の政権や積み重なる司法判断によって解釈、運用にも変化があったはずだと思います。 他方で、行政がやすやすと変えましたなどということも言えないことも理解しております。ただ、もう公式発見から七十年、工場排水の停止からも六十年が経過しまして、先ほど申しましたとおり、原告のうち四百名余りが既にお亡くなりになっている現実を前に、この七十年という節目を、本当の意味での水俣病の被害に遭われた皆さんをあたう限り全て救済につなげる年にしたい、切に願います。 今日の質疑をお聞きになられた大臣の感想をお願いして、私の質問を終わります。”
“そしてさらに、先ほどの話に若干戻るのでありますけれども、最後にいたした質問に対して環境省さんは、政治解決等の当事者は水俣病被害者であって、水俣病患者ではないとおっしゃられたと思います。いずれにしても救済する、そのお気持ちもお聞きをいたしました。しかし、平成二十五年判決は、水俣病認定の義務付け訴訟であります。そこで原告の主張は認められております。そして、この基準は、環境省さんが公健法に基づく基準と定めるものよりも緩やかな基準で認めたものであります。そして、今、環境省さんはその緩やかな基準に基づいて水俣病被害者を認定するということであると私は認識しております。そうしますと、最高裁が水俣病患者と認める基準に環境省が準拠した基準で認定する方は、環境省さんはその方を水俣病被害者と呼ばれて、一方、司法の判断では、その方たちは水俣病患者さんとなる、こういう乖離も生じていることを指摘しておきます。 ここまで長い時間を、質問よりも説明に重きを置いてまいりましたのは、つまりは、長い闘いなんだということに尽きるのであります。この間、環境省さんも両当事者や関係省庁と非常に困難な折衝を重ねてこられました。”
“加えて、日本弁護士連合会も、会長談話の中で、平成二十五年最高裁判決を受けて、昭和五十二年判断基準の抜本的改定を急ぐようコメントしています。 この昭和五十二年の判断基準というのは、医療界からも法曹界からも司法からも、かなり言葉を選んだとしても、少なくとも異論が出ている。ここまで申しますと、であればこそ、平成二十六年の総合的検討通知によって一定程度緩やかな基準に緩和したとおっしゃられるかもしれませんが、ここで皆様には先ほどの資料四、もう一度御覧になっていただきたいのであります。一番下の行です。 これは、一番最近の救済法である特措法による救済の申請受付終了日でございます。平成二十四年七月に受付を締め切りました。その後に平成二十六年の通知が出されております。したがいまして、直近で救済された皆様は平成二十六年通知の以前の基準で判断されたのではないか、この点も指摘をいたしておきます。 大臣、質問ではありません、お願いであります。この事実を前に、私は、いま一度救済の道を開くべきだと思います。是非熟慮をお願いいたします。”
“これに対して環境省は、昭和五十二年の判断条件は否定されていないと、先ほど来の繰り返しになりますが、おっしゃられますけれども、昭和五十二年の判断条件を用いた以前の基準での判断では症候の組合せは必須であった、そうであればこそ、最高裁は判決理由中の本文において明文でわざわざ、昭和五十二年判断条件に定める症候の組合せがなくとも水俣病と認定することはできると明確に否定したものだと私は理解いたしております。これ、これでもなお否定されていないというのはちょっと苦しい言いぶりではないかなと思いながら指摘をさせていただきます。 これについて、公益社団法人日本精神神経学会、これは医師も含め全国で会員数二万人を超える組織でありますけれども、現在もホームページ上に掲載されている声明文において、この環境省が昭和五十二年は否定されていないという論理に対して、環境省における論理のすり替えでしかないと強く非難しています。更に踏み込んで言えば、日本精神神経学会は、そもそも、昭和五十二年判断基準にはその医学的根拠となる具体的データが見出せず、症候の組合せに基づく診断は科学的に誤りであるとまで声明の中で明記しています。”
“同じ轍を踏みそうなので、急ぎます。 ここまで環境省の見解をお聞きいただきました上で、最高裁の判決、特に今日は平成二十五年四月十六日の判決について内容を若干御説明申し上げたいと思います。 ここでまず問題にしたいのは、今し方おっしゃられました昭和五十二年判断条件でございます。これについて補足的に最高裁否定していないということで伯野部長から御発言ありましたけれども、これ、環境省さんは徹底して一貫した見解でおられます。しかし、昭和五十二年判断条件がメチル水銀の暴露に加えて感覚障害を含む症状の組合せを必要としてきたのに対して、最高裁は、昭和五十二年判断条件に定める症候、症候群の症候です、症候の組合せが認められない四肢末端優位の感覚障害のみの水俣病が存在しないという科学的な実証はないと明確に判決理由中本文で否定しております。”
“ありがとうございます。 昭和五十二年の判断条件に平成二十六年の総合的検討通知を加味したものという理解でおります。 そこで、追加で質問でございます。 私が質問の前提として申し上げました中のこの経緯に表記しておりますけれども、政治解決や特措法で救済された皆さんについて、環境省公式見解として水俣病患者と認定しておられますでしょうか。”
“ありがとうございます。 思いのほか長い御答弁をいただきましたので、少し早口で参ります。 次に、質問申し上げます。水俣病の判定基準、条件についてお聞かせをください。”
“それから更に現在まで、三十年の時間が経過いたしております。今なお救済を求める方が大勢いらっしゃるこの事実を直視しなければならない、私はそのように考えております。 最後にもう一度触れる予定でございますけれども、現在、訴訟を係属中の原告、千六百三十四名いらっしゃいます。平均年齢は七十五・五歳。裁判の審理の途中で亡くなられた原告は既に四百二名を数えています。 この事実を前提として、現在の政府見解について、政府参考人にお聞きをいたします。まずは、水俣病とはどういう病気をいうか、そこから教えてください。”
“それから原因企業が排水をやめるまで、ここではアセトアルデヒドの製造中止と記載しておりますが、実に十二年の歳月を要しました。この間、被害は拡大し続けたのであります。 また、この資料からは漏れてしまっておりますけれども、製造中止の翌年から旧救済法、またこれを引き継ぐ形で公害健康被害補償法、一般的に公健法と略される法律でありますが、これに基づく患者認定がなされました。この頃、公健法で救済の対象として認定されましたのは、いわゆるハンター・ラッセル症候群、我々が教科書などを通じてお姿を拝見するだに痛ましい、そういう劇症型の患者さん方でありました。それがおよそ一九七〇年代の話であります。公健法の認定というのは、今申しましたとおり、判断条件がかなり厳格でありましたから、全国で救済を求める訴訟は相次いでおりました。 そういった経緯の中で、自社さ政権において、一九九五年に一度目の政治解決が図られることとなります。ここまで申し上げておりましても気が遠くなりそうであります。公式確認から公健法による救済まで二十年近く掛かっています。そこから更に二十年経過して、ようやく一度目の政治解決が図られました。”
“そして、まだその闘いが終わっておりません。昨年は、さきの大戦から八十年の節目の年でございました。戦後史とほぼ変わらない長い時間の苦しみと闘いの話でありますので、委員の先生方にも、今日までどのような経緯があって、そして今日、この話がどうなっているのか、若干の背景も含め、私の調べた範囲で補足申し上げながら質問いたしたいと考え、また、前回の反省も踏まえまして、本日は政府参考人に幾つかの質問と、そして大臣には今日の質疑を受けた総括を最後にお願いできればと存じます。 まずは、資料でございます。お手元にお配りしております四枚つづりでございます。前回の資料をほぼそのまま配付させていただいておりますので資料の説明は割愛させていただきますが、新しく委員になられた先生方もいらっしゃいますので、資料の四ページ目、資料四だけは御一緒に再度御確認をお願いしたいと存じます。 七十年前でございますから当然だとお叱りを受けることは承知でございますけれども、一九五六年でございます、昭和三十一年に水俣病は公式確認をされました。”
“チームみらい・無所属の会、尾辻朋実でございます。 前回の委員会質疑の中で、大臣御自身、自ら環境大臣を御希望なさったという御発言ございましたので、本当はその理由もお聞きしたかったのですが、私が通告に入れそびれまして、申し訳ありません、今回は見送りました。是非次回以降お聞かせいただきたいと思いますので、よろしくお願いを申し上げます。 前回、御就任の際の所信的御挨拶の中でも、引き続き真摯に取り組むとおっしゃいました水俣病について、今回の所信表明におかれましても、今年で公式確認から七十年を迎えるとなさった上で、引き続き真摯に取り組み、国民の安全、安心を確保してまいりますとおっしゃいました。 したがいまして、本日も水俣病についてお聞きをいたします。 質問に先んじまして、委員会御出席の皆様におかれましては、前回初めての質問ということで詰め込み過ぎまして、質問時間を超過し、委員長始め皆様に御迷惑をお掛けいたしました。おわびを申し上げつつ、本日の質問に入らせていただきます。 水俣病公式確認から七十年と一言で申しますには、七十年です、余りにも長い長い闘いの歴史であります。”
“ありがとうございます。 時間を過ぎてしまいましたので、大変申し訳ありませんが、これで質問を終わらせていただきます。”
“今日のお話の中にもありましたけれども、更新投資をすべきときに来ているということで、先生、東京オリンピックのお話もされたと思いますが、公共事業だけではなくて、東京オリンピックに向けて植えたソメイヨシノの桜の木もみんな樹齢、寿命が来ているというようなこともありますし、そういうのってやはりいっときに偏って来てしまうものだなということを実感しているんですが、その更新投資が必要だという点と、この建設業が労働生産性が上がっているということ、つまり、この更新投資が必要な時代において、建設業にもっと人が働きたいと思ってくれたらば、それはうまくリンクができて、より良いことにつながるのではないかと思うのですが、なかなかそうはつながっていない。 であるとすると、建設業に従事していないけれども興味があるかもしれない方たちに、この労働生産性がなぜ上がったのかということをもしかして啓発してあげられればいいのかもしれないと思うので、お尋ねをしたいんですが、この数字にあるように、建設業で労働生産性が上昇している原因になる事情などがあれば教えてください。”
“質問はこれとはちょっと関係のない話なんですが、今日のお話の中で、その労働生産性のお話がメインで結構あったと思うんですが、この先生の資料で、十六ページ、十七ページにお示しをいただいております建設業についてちょっとお尋ねをしたいなと思って拝見をしておりました。これ、建設業は、ここ十年において労働生産性が比較的に、相対的に上昇している。他方で、就業者シェア増加率でいうと低下を、低下の一途をたどっていると。”
“ありがとうございます。 ソフト面への投資と言いながら光ファイバーに代表されるようなやはりハードに投資をしようとしてしまうというのはこの日本社会で結構繰り返されてきたことかなと思いますし、ドラスチックに意識改革をもうしないといけない時代なんだなということを非常に感じながらお話を聞かせていただきました。ありがとうございます。 吉川先生にお聞きをしたいんですが、今日、本当にありがとうございました。 特に、創薬分野ですとかAIなど開発段階において人権問題と抵触するような分野においては、中央集権国家が関与する場合の方がプロジェクトとして進みやすい。結果、今そういった分野で世界をリードしている国家というのは、中央集権国家も多く含まれている状況。と同時に、他方で、先生がおっしゃられたように、大人用紙おむつですとか、資本主義国家であればこその、自由社会であればこその経済の発展もあるということで、今日は非常に大きな示唆をいただいて、お話を聞かせていただいておりました。”
“しかし、その先には泥沼が待っているんだみたいな議論が本格的に始まったのがその頃から、今、日本は改めてインフレ局面に直面して、日本経済が大きな動揺を、日本経済に大きな動揺が走っているというのが現状かなということを前提に質問を、今日のお話をずっと聞かせていただいてまいりました。 先生の今日のお話の中で、それで、インフレというのは必ずしも悪い側面だけではない、やはり実質賃金がきちんとこれに追い付いていくのであれば経済成長を伴うものであるということを前提に御質問を申し上げたいと思うんですが、先生の恐らくずっと主張してこられたことであろうと思います、供給側面が大事であるというお話の中で、円高の時代に日本の工場が外国に流出した、これを日本国内に取り戻そうと、今円安ですので、取り戻そうとするとタイムラグが非常に大きい。これ、設備投資の一般的な、何というんですか、日本では伝統的な設備投資というとこの話になるんですけれども、それに対して、先生が主張しておられるようなソフト面の投資であれば、そこまでのタイムラグはない。”
“本日、三月十一日に当たりまして、亡くなられた大勢の皆様に心よりお悔やみを申し上げ、また、今日も悲しみとともに歩みを続けておられる皆様にお見舞いを申し上げながら、質問に入らせていただきたいと思います。 参考人お三方におかれましては、二十分という大変短い時間の中で示唆に富んだお話を聞かせていただき、心より感謝を申し上げます。 私は政治経済学部を卒業しておりますけれども、政治学科でありまして、隣接学科、経済学の単位が取れずに大学に五年通いましたので、今日は、子供が質問に来たと思って是非お答えをいただけると有り難いと思いながら質問を申し上げます。 宮川参考人にお聞きをしたく存じます。 経済学で指標上どうかということと、置いておきまして、国民の感覚として、私の実感としては、体感としては、およそ小泉総理、小泉内閣の頃に日本がデフレ局面に本格的に入った。その当時、たしか、マクドナルドのハンバーガーが一つ、一個六十五円とか七十円になって、これから金利も安くなると。”
“ありがとうございます。是非またそういった視点での数字もありましたら、いずれか教えていただけると。 やはり今のお話をずっとお聞きをしていても、およそ三十年前に第一期エンゼルプランから始まった厚生労働省の少子化対策が都市部では一定の効果を見ていると。他方で、地方でこれからどういうふうな少子化対策を打っていくべきなのかという点、まあ社会動静のお話、社会減の話とかも非常に参考にさせていただきながらですが、考えなければならないので、ちょっともしそういったデータが今後あればということであります。 山田参考人にこれを聞くのは酷なのかどうなのか分からないんですが、私は今四十五歳でして、私が社会に出た頃というのは、ちょうど女性が男性と本当に肩を並べて働く第一世代の最後の方ぐらいなんですね。同時に、我々の世代が、本来、団塊ジュニア世代なのにもかかわらず子供を持たないでいる、私も、私自身がそうですが、方が多い世代であります。”
“先ほど来申しているとおり、非常に男女間がいろいろ差がある地域で生まれ育っているものですから、参考人の今日の資料の三十六ページのこの質問ですが、子供が三歳ぐらいまでは母親が仕事を持たずにおうちにいるべきだという、まあこれはアンケート結果でありますけれども、他方で、この側面だけではなくて、もう一方で、子供が三歳ぐらいまでの間は母親にこだわらずに一定の大人の見守りの目が必要だという視点からで、こういう調査をした場合にどのぐらいの意識というか、もしお分かりであれば。済みません。”
“ありがとうございます。 改めて、先ほど来のお話の中でも、結婚をした男女においての生涯の子供の数には余り変動はないんだけれども、まず結婚に至る個人が減っているという話で、当然、当然に結婚するかどうかは個人の自由だということを大前提に申し上げる話ではありますけれども、今インターンのお話があった中で、鹿児島県の保育園でも地域の中高生にインターンで来ていただくと。そうすると、中高生が子供たちに接する機会が昨今減っていて、実際に小さな子供たち見ると、すごくかわいいって、将来結婚して子供を産むことが楽しみになりましたみたいな話があったりすることを聞くものですから、今のインターンの話ももうまさにそのとおりだなと思いながら、ありがとうございました、お伺いをしておりました。 あと、藤井参考人にお尋ねをしたいと思います。 これは決して、別に難癖を付けるということではありません。”
“その中で、しかし一方で、やはり地元にいると地位が上がらないということで、特に国家資格などを持っておられる女性陣は人口流出止まらない状況にありまして、参考人の今日のお話をお聞きしながら、首が痛くなるぐらいうなずいておりました。 先ほど製造業のお話でもありましたけれども、何かこういうことでいい事例がありましたみたいなことがあったらお願いします。”
“無所属の尾辻朋実と申します。 本日は、大変お忙しい中、また持ち時間二十分と大変短い中で非常に貴重なお話を聞かせていただきまして、誠にありがとうございます。 順番は相前後いたしますけれども、私は鹿児島県の選出でございまして、私の父が長いこと参議院でおりまして、更に遡りますと、先生、年寄りとおっしゃられましたけど、もっと父は年寄りでございますので。五十年前に私の父が初めて県議会議員選挙に挑戦をいたしましたときのポスターのここに書いておったフレーズがお婿さんの見付かる鹿児島県という、これ今、天野参考人のお話の中にあったんですけれども、先生の十四ページのところで、コロナ以降もう大きく転出しているのがこれ九州でして、これ今インターネット上でさす九と言われておりますけれども、非常に私にはこれ身につまされるように分かるんです。 まあ、言葉を選びながら申し上げますけれども、九州地域においては、女の子は進学しなくてもいいと、親元にいた方がいいということが近年までずっと続いております。”
“それから、時間がないのでまとめてまいりますが、先ほど環境省の責任で作られたとおっしゃられましたこの申請の手引、申し訳ありません、再度、これ、いつ作られて、いつお配りになられましたか。”
“今まさに丁寧な運用と大臣から言っていただきましたけれども、私、この水俣病の問題、今後の委員会でも引き続き質問をさせていただきます。それは、特措法が認める、特措法が求めるあたう限り全て救済というのが法の運用によって随分と阻まれている、そのように感じる点が多くございます。そのため、この質問重ねてまいります。 今大臣おっしゃられました三年以内にという点ですが、どうぞ先生方、資料の一ページ目の第七条第二項、一番下の行でございます。恐らくここを引いておられますので読みます。「政府、関係県及び関係事業者は、早期にあたう限りの救済を果たす見地から、相互に連携して、救済措置の開始後三年以内を目途に救済措置の対象者を確定し、速やかに支給を行うよう努めなければならない。」。 この条文、素直に読みますと、三年以内の速やかな解決を求める努力義務を政府等に負わせる条文であります。それに基づいて被害者である申請者の申請期限を短く区切った。私はこれは、全く納得する説明だとは思っておりません。”
“ありがとうございます。 そこで、大臣、お尋ねをいたします。済みません、もう一つ、一点指摘をさせていただいてから質問させてください。 実は、この二ページ、資料二ページの閣議決定、御覧いただくと、一番下に申請の受付についての政府方針も閣議決定の中で指摘されて、明文化されております。ここで、済みません、時間がないのでちょっと一気に読ませていただきますが、一行目中ほどからです。平成七年、すなわち九五年の政治解決に際しても、その内容を十分に知らなかった、次の行です、などの事情で申請漏れをした方がいると指摘されていることを考慮して、そして最後の、申請受付の時期は見極めることといたします。 このように、閣議決定でも九五年の政治解決じゃ救済から漏れてしまった方がいたことを十分認識されていた、しかもそれは、申請内容についての告知が不十分で漏れた方がいたということを御承知でありながらでございます。 大臣、大変恐縮でございますけれども、その前提の下でなぜこんなに短い申請期間にしてしまったのか、お答えをお願いします。”
“ところが、先生方のお手元の資料の、申し訳ありません、三ページにお戻りをいただきたいんですが、一番下を御覧ください。これは申請の手引のそのままを書き写しております。申請の手続、受付開始日平成二十二年五月一日、受付終了日平成二十四年七月三十一日、この救済の受付はたった二年で打ち切ってしまっておられます。 関連して一つお聞きをいたします。 申し訳ありません、この資料、申請の手引と先ほど来私が申し上げているものでございます。この資料は、環境省の責任において作成し配付されたものだという理解でよろしいでしょうか。”
“そして、公式発見から十二年の間、有機水銀の排出が続けられました。そして、公式発見からおよそ四十年も掛かって、九五年、平成七年の政治解決につながります。その後に、その政治解決において、やはりこの政治解決では受け入れられないとされた関西訴訟を継続された原告の皆さんが、二〇〇四年に最高裁の判決を得ました。これにおいて国の責任は明確に認められることになります。その判決を受けて成立したのが、先ほど来申し上げております水俣病被害者の救済及び水俣病問題の解決に関する特別措置法、いわゆる特措法であります。 引き続き、特措法とその運用について環境省にお尋ねをいたします。 先ほど大臣に救済における国の責任についてお聞きをしたときに、特措法は、救済を受けるべき人があたう限り全て救済されることを旨として成立したものであるという趣旨の御発言がございました。この救済法は、今申し上げたとおり、九五年の政治解決でも救済から漏れてしまった方々がいた、その反省に基づいて、あたう限り全て救済するために成立したものだと私も信じております。”
“是非、大臣におかれましては、私の知る限りでも、例えば平成十六年に小池環境大臣が環境委員会で、被害の拡大を防止できなかったことについて真摯に反省をいたしております、このような悲惨な公害を決して再び繰り返してはならないという決意も新たにしたところでございますとなさいました上で、この訴訟の当事者を始めとして、長年にわたって苦悩を強いられてこられた多くの方々には誠に申し訳ないというその気持ちに尽きるわけでございますとおっしゃられておられます。 これ小泉政権下での御発言でありますので、是非今後、改めて大臣に責任についてお聞きをしました際にはこのように明確に謝罪をしていただけますと、被害者の皆様の気持ちが救われます。 そのことを申し述べて、次の質問に参ります。 本日お手元にお配りをした資料を少し、四ページ目、まためくっていただきまして、御覧をいただければと思います。 先ほど来申し上げておりますとおりに、水俣病の公式発見はもう七十年前でございます。そして、最高裁の認定によれば、公式発見から三年の後には国は対策を講じることができたけれども、これを怠った。”
“ありがとうございました。 この大臣の御答弁にこだわりまして再度お願いを申し上げましたのは、この表現が特措法の一部文章と非常に似ているからでございます。 先生方、お手元の資料一、一番最初の丸でございます。前文の一部抜粋でございます。時間がないので途中だけはしょって読みますことをお許しくださいませ。判決において、国及び熊本県が水俣病の被害の拡大を防止できなかったことについて責任を認められたところであり、政府としてその責任を認め、おわびをしなければならないという条文構成でございます。 先ほどの御答弁と共通なさっておられますのは、最高裁で責任を認められたことは環境省としては御存じであると。しかし、それで責任を認めておわびしますとは積極的におっしゃってはいただけません。”
“地元の鹿児島県にも、今なおまだ救済されずにおられる多くの被害者の皆様がいらっしゃいますので、水俣病被害者の救済に関する質問から始めます。 まず、大臣にお聞きをいたします。先週の衆議院の環境委員会で、救済における国の責任についての質問がございました。それに対する大臣の御答弁、恐縮でございますが、重ねてお願い申し上げます。”
“尾辻朋実でございます。 本日、人生で初めての質問の機会を頂戴いたしております。どうぞよろしくお願いを申し上げます。 まず、先生方、お手元にお配りをいたしております四枚のホチキスつづりの資料を確認させていただきとうございます。一枚目が水俣病の救済に関する特措法の条文抜粋でございます。二枚目、おめくりをいただきまして、これを受けた救済措置の政府方針、閣議決定がなされたものの一部抜粋でございます。三ページ目がそれに基づいた申請手続、水俣病被害の皆様がこの申請手続に基づいて申請をなさいました申請の手引の一部抜粋でございます。そして、四ページ目に、水俣病は公式確認から七十年が経過しております。水俣病の被害者の皆さんが歩んでこられたこれまでの経緯、大変長うございますので、時系列をまとめております。資料を随時参照しながら質問をさせていただきます。 石原大臣、御就任、誠におめでとうございます。 大臣の所信的御挨拶の中に、水俣病を始めとする公害健康被害対策にも引き続き真摯に取り組みますという表現がございました。”