森屋宏
自由民主党 · Japan
“ありがとうございます。 次に聞こうとすることを若干触れていただきましたけれども、中小企業の従業員が賃上げの恩恵を手にすることができるよう、賃上げの原資の獲得を政府全体で後押しをすることが重要と、こういう思いで来たわけであります。 ですから、先ほども言いましたように、親会社というか発注者側は、やっぱりどんどんどんどん新しいところの技術革新をしながら新しい分野にどんどん挑戦をしていかなければいけない、そしてそれを受けていく受注者側も、中間のところが人件費が安いから、工場立地のための地価が安いから海外へ行ってしまうというふうなことではなくて、国内にこうしたしっかりとした産業のクラスターができることによってまた新たな、新たというか、従来あったこの中間層、ここのやっぱり中間層の人た…”
“そうした中で、特に、今日、米国のトランプ大統領が二期目をスタートした中において、まさにこの失われた中間層を取り戻すべく、流出をしてしまったサプライチェーン、国内の中で、米国内の中でしっかりとかつてはあったこのサプライチェーンの部分を取り戻す政治姿勢を私は強調されているんだろうなというふうに思います。 そこで、トランプ大統領が一月に誕生して以来、強烈なメッセージを世界に発して、世界中がこのトランプ大統領の発言に戦々恐々としているような中でありますけれども、一たび我が国の姿勢ということを考えたときに、これはやっぱり、アメリカとの関係性というのは大変重要な、経済にとっても安全保障にとっても大変重要な関係性であります。 トランプ大統領の一連の経済政策に対して、我が国への経済への影…”
“ところが、日本型の、製造業だけじゃなくて、今、私の地元でどういうこと起きているかと。飲食業、飲食業で、自宅があって、奥に自宅があって道路沿いにいいお店があると、中華とかいろんな、それで、お客さん入っているんですよ。お客さん入って、みんな、地域の人も喜んでそこに行くんです。でも、店主が、もう八十近いし、もうここでやめるというふうなことで、じゃ、誰かにその場所を使ってもらえばと言っても、いやいや、自分の家と一緒だからこれはもう人には貸せないというふうなことで、だから、うまい、スクラップ・アンド・ビルドのこういう地域経済の好循環がそこには生まれてこないなというのが日本型のそういう、まあ日本型と言って正しいか、地域にはあるなというふうなことは思います。 ですから、いろいろ調べてみ…”
“当然、やっぱり受注者の方にも努力してもらって、技術革新をしたり、あるいは従業員の研修も進めていただいたり、努力をいただいた結果、そこには自由経済の中での競争ということもあるわけでありますので、これは、日本の自由主義経済国家あるいは資本主義の根本を守るためにも、お互いのウィン・ウィンの関係性をいかに築いていくのかということが私は大切な論点ではなかろうかというふうに思います。 そこで、今回の下請法改正では、受注者を保護する観点から、発注者に対して一方的な価格設定等を禁止をしますが、一方で、企業の経済活動の自由、健全な発展の観点からは、下請法の執行や価格転嫁対策や取引の適正化対策において、まあ何と言ったら、言い方が非常に難しいです、これどっちかを守るという意味じゃなくて、お互い…”
“ありがとうございました。 日本型経営というのを、先ほどお話ししましたように、私の地元で見ると、かつては自宅の横に織物の工場があって、それを、織物の織機を外してそこに工作機械を入れてというふうな形で、それがだんだん大きくなっていって自宅敷地の中に、成功して大きく工場も拡大していくみたいな人の場合は、先ほど紹介したように、自宅と連結してそういう場所がありますから、なかなかこれを、お他人さんにこれを事業承継なりMアンドAでお渡しするというところの垣根というのは、日本の場合は、日本型と言って正しいのか、世界を知っているわけじゃありませんから。ただ、アメリカみたいのは、起業して大体が、僕もアメリカ、アイオワとか山梨が姉妹都市をしているところに何度も行っていますけれども、そういうとこ…”
“明治になりまして、まだこの織物が、江戸から作られてきた織物が明治になって殖産事業として大きな事業をし、山梨で作られた絹織物が八王子にまず集積をされて、群馬から作られた、富岡とかああいうところから来たものがまずは八王子に集積されたものが横浜に運ばれ、横浜から船に乗って海外、アメリカやヨーロッパに行って女性のストッキングになった。そのことによって山梨県は、産業の乏しいところでありましたけれども、そこで財を得た人たちが財閥化をしていって、例えば根津嘉一郎の東武鉄道であったり、小林一三の阪急ですか、であったり、それから若尾逸平。ですから、電力、金融、鉄道、こういうところに投資をして財閥を形成をしていくのが山梨県の歴史であります。 戦後もずっと続いてきたわけでありますけれども、実は…”
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“ありがとうございました。 私の何か直感的な質問に真摯にお答えをいただきまして、ありがとうございます。皆さん方のこれからの御努力を期待を申し上げますとともに、委員の先生方にはまた御指導をいただきますようにお願い申し上げまして、私の質問とさせていただきます。 本日はありがとうございました。”
“今、自民党の方で、新しい資本主義会議の中でこのPTを作っていただいて、上月さん中心にこの議論も、まずはいかに地方や国や県や市町村がやっていないかというのを表に出そうということをやられているようでありますけれども、国としてもこの問題については認識をしていただいて、政府全体で対策を講じるようにということでありますけれども、現在の進捗状況、今後の対策をお伺いをしたいと思います。”
“最後になりますけれども、こうして民間企業の皆さん方に対しては価格転嫁を強く求めてきたのが政府の姿勢でありますけれども、実は一方において、国や地方自治体自身が価格交渉や価格転嫁に応じていなかったりとか、そういう事例がたくさん出てきているわけであります。 最もここを、価格転嫁や交渉に応じないできたのは公的な機関がその最たるもの。実は、これは私は上月前経済副大臣に本当に強く言われて、このことを今やらなきゃ駄目ですよというふうな、彼のライフワークでしたからね。じゃ、副大臣会合をやりましょうということで、終盤になって副大臣会合開かさせていただいて、これを皆さん方で共有して取り組んでいきましょうというふうなことを着手はさせていただきました。”
“是非、先ほども言いましたけれども、従来のやり方にはやっぱり、欠陥と言ったら失礼だけれども、やっぱり行き届いていないという前提の中で、じゃ、何が新しくできるんだと。 それから、私はやっぱり、商工会の青年代表がいますけれども、商工会であったり、それから、あとは地方の金融機関のマインドが今変わっていますね。昔のようにお金を貸し付けるだけじゃなくて、やっぱりもう少し政策的な、そういうところにコミットして、地域でそういうお仕事の人が、さっき言ったように、まだ利益も出ているような会社が、工場が畳んじゃったら金融機関だって、地方の金融機関困るんですから。そこに一生懸命残ってもらって存続してもらわなきゃ困るというマインドは、相当今地方の金融機関に高まっているなと思います。 ですから、事業承継とかMアンドAとか、こういうのを一生懸命パンフレットを持って歩いていますよ、今。だから、こういう人たちに、そういうマインドを持った専門家を育てていくというのも一つのやり方ではないかなというふうに思います。”
“でも、実は、本当の現場の皆さん方の声を聞けば、実はせっかく用意したものでも、そこにやっぱり目詰まりが起きてしまっている。これは、ここまでやったから十分だというところは恐らくないと思うんですね。もう不断にこれを続けていくしかないというふうに思います。 この努力を是非忘れずに続けていただきたいと思いますけれども、いかがでしょうか。”
“特に、いつも宮本君や松村さんからも教えてもらっていますけど、商工会なんかも指導員の方がいて細かくやっているんだけど、でも現場に行ったら、親方、社長さんがいて、二人か三人の従業員がいて、もちろんそこに総務なんてやる人はいないわけで、奥さんが給料勘定したり書類勘定して、そんなようなところに、では、とてもじゃないけど、いや、インターネットで中小企業庁のホームページから見てくださいとか、そのレベルではやっぱり届かないんですよ。 だから、やっぱり、これだけせっかく今回のことも、下請の皆さん方を励まして、皆さんも努力してください、でも政府は皆さんを見捨てませんという宣言をしているわけですよね。でありますから、是非、これをいかに周知をしていく、今までのやり方ではもう足りないと思う。やっぱりこれをもう一工夫何か新しい工夫をして、例えば、そういう研修会をやりますから、地域で細かくやります、たしかブロックに分けて、そういうのをみんなで組んで、どうやったら周知できるかってやってもらってきましたよ。”
“ありがとうございました。 いろんな、この分野だけに限らず、経済関係でいろんな取組、施策あるいは税制措置、予算措置、財政措置、いろいろやっていただくんですけれども。 私、官邸にいるときに、総理補佐官として矢田稚子さん、おいでになりました。この方が、常に全国を回られて、それぞれ国や県のそういう機関を回ったり、あるいはそれぞれの企業を回ってきて、必ず帰ってくると私の部屋に来ていただいて、森屋さん、こんなでしたよ、残念ですよ、残念というかびっくりしましたよという、いつも報告されるのは何かというと、やっぱりなかなか地方の細かいところまで、そういう支援とかそういう情報が届いていないんですよ。”
“もちろんそこには、先ほど来何度も言っておりますけれども、健全な自由経済の下での競争というものはこれは欠かすことのできない、競争がないところには新しいマインドは生まれてきませんから、新しいマインドをもっと応援するための競争、健全な競争ということだというふうに思います。 官邸の中においても、中小企業庁や公取の皆さん方と、先ほど来副大臣おっしゃっていただきましたけれども、いろんな議論をしてきたというふうに思っています。私もそれを見させていただいて、今回の法律がまさにそうでしたけれども、ああ、法律というのはこういうプロセスを通して最終的にはこの分野を法整備をしなければこの政策は進まないんだなという議論が役所や官邸の中であって、初めてそこに法律という形として皆さんに御理解をいただく、国会議員の皆さん方に御理解をいただくという、こういうプロセスで物が進んでいくのだなというのを初めてというか、そこで実感をさせていただいたところでございます。”
“ありがとうございます。 次に聞こうとすることを若干触れていただきましたけれども、中小企業の従業員が賃上げの恩恵を手にすることができるよう、賃上げの原資の獲得を政府全体で後押しをすることが重要と、こういう思いで来たわけであります。 ですから、先ほども言いましたように、親会社というか発注者側は、やっぱりどんどんどんどん新しいところの技術革新をしながら新しい分野にどんどん挑戦をしていかなければいけない、そしてそれを受けていく受注者側も、中間のところが人件費が安いから、工場立地のための地価が安いから海外へ行ってしまうというふうなことではなくて、国内にこうしたしっかりとした産業のクラスターができることによってまた新たな、新たというか、従来あったこの中間層、ここのやっぱり中間層の人たちが健全な消費者、一番の消費者でありますから、この人たちが地域の中でやっぱり消費活動をしていただく、そしてまた地域が、経済が好循環をしていくというふうなことをまた再び、昔の私たちが、私、昭和四十年代が小学校、中学校、高校、五十年代で大学出てきて、家に帰って、そのときはバブルを経験したみたいな世代ですから、まさにまだあのときの日本にはしっかりとした健全なこの産業クラスターがあって、中間層の人たちも豊かであり、そういう中で生活をさせていただいた者としては、また再びそういう強い日本を取り戻す、そのためのやっぱり努力を進めていかなければいけないというふうに思っています。”
“当然、やっぱり受注者の方にも努力してもらって、技術革新をしたり、あるいは従業員の研修も進めていただいたり、努力をいただいた結果、そこには自由経済の中での競争ということもあるわけでありますので、これは、日本の自由主義経済国家あるいは資本主義の根本を守るためにも、お互いのウィン・ウィンの関係性をいかに築いていくのかということが私は大切な論点ではなかろうかというふうに思います。 そこで、今回の下請法改正では、受注者を保護する観点から、発注者に対して一方的な価格設定等を禁止をしますが、一方で、企業の経済活動の自由、健全な発展の観点からは、下請法の執行や価格転嫁対策や取引の適正化対策において、まあ何と言ったら、言い方が非常に難しいです、これどっちかを守るという意味じゃなくて、お互いがウィン・ウィンで、そこで健全な経済活動が行われてほしいというための、当然、親会社というか発注者側だって大きくなってもらわなければいけないわけでありますので、そこに配慮をしつつ、この法律の施行を進めていかなければいけないというふうに感じるわけであります。”
“是非、まだ手を差し伸べていく余地はあるんだという是非認識を忘れずに御支援をいただきたいと思います。 それでは、法案について何点かお聞きをしてまいりたいと思います。 冒頭お話しさせていただいたように、参議院らしいということを常にずっと頭の中に置いて政治活動をさせていただいていますけれども、そうした意味でも、衆議院の法案の議事録を、まあゴールデンウイークもありましたので一通り読まさせていただいて、何か違う質問ができないかなというふうなことで考えましたのは、実は、いわゆるこれは受注者サイドを守っていく、当たり前のこと、発注者側の力をもって下請たたきなんということが起きてはいけないことです。しかしながら、一方において、やっぱり発注者と受注者のやっぱり健全なそこには関係がそこに築かれなければいけないということがあると思います。”
“だから、この人たちが、まだ手を伸ばしていけば、地域の支援機構であったり金融機関だったりがしっかり相談に乗ってあげて支援をしていけば、まだ地域の経済を支えているそういう人たちを守っていくというか、次に好循環をそこに生んでいく余地は十分にあるなというふうに思っているわけであります。 是非、地域経済を支えている事業者が政府の用意した支援策をしっかりと理解をしていただいて、必要な事業者が、支援が行き届いていくようにこれからも引き続きの支援をお願いを申し上げたいと思いますけれども、政府の決意をお伺いいたします。”
“ところが、日本型の、製造業だけじゃなくて、今、私の地元でどういうこと起きているかと。飲食業、飲食業で、自宅があって、奥に自宅があって道路沿いにいいお店があると、中華とかいろんな、それで、お客さん入っているんですよ。お客さん入って、みんな、地域の人も喜んでそこに行くんです。でも、店主が、もう八十近いし、もうここでやめるというふうなことで、じゃ、誰かにその場所を使ってもらえばと言っても、いやいや、自分の家と一緒だからこれはもう人には貸せないというふうなことで、だから、うまい、スクラップ・アンド・ビルドのこういう地域経済の好循環がそこには生まれてこないなというのが日本型のそういう、まあ日本型と言って正しいか、地域にはあるなというふうなことは思います。 ですから、いろいろ調べてみますと、先ほどした、本来だったら事業承継やMアンドAをしていただければもっと続いていくその会社なり企業あるいは雇用も失われてしまう、黒字にもかかわらずいまだに休廃業や解散をしたという割合は、先ほど副大臣のお話もありましたけれども、減少傾向にあるものの、まだ五〇%以上の高水準にあると。”
“ありがとうございました。 日本型経営というのを、先ほどお話ししましたように、私の地元で見ると、かつては自宅の横に織物の工場があって、それを、織物の織機を外してそこに工作機械を入れてというふうな形で、それがだんだん大きくなっていって自宅敷地の中に、成功して大きく工場も拡大していくみたいな人の場合は、先ほど紹介したように、自宅と連結してそういう場所がありますから、なかなかこれを、お他人さんにこれを事業承継なりMアンドAでお渡しするというところの垣根というのは、日本の場合は、日本型と言って正しいのか、世界を知っているわけじゃありませんから。ただ、アメリカみたいのは、起業して大体が、僕もアメリカ、アイオワとか山梨が姉妹都市をしているところに何度も行っていますけれども、そういうところで見ても、自宅と大体そういう現場って離れているんですよね。大体、よく昔言われたのは、アメリカ人のは、起業して五十ぐらいになったら、その会社を売っ払って、あとは悠々自適に過ごすのがアメリカンドリームだと、だから自宅とそういうのは離れているんだ、みんなね。”
“しかし、地域経済を支えたそういう人たちが、みんながそうやって、じゃ、今のうちに畳んでしまおうと思ったら、一気に経済、地域経済は崩壊してしまうわけですから、これを一たび立ち止まってもらって、いや、こういう方向、形で残していきましょう、従業員の皆さん方も雇用も守っていきましょうというのがこの続けてきた事業承継へのいろいろな税制支援であったりMアンドAであったというふうに思います。 改めてここで、これまでの取組、それから実績、成果あるいは課題をお聞きしたいと思います。”
“これが、高度成長期につくられてきたこの皆さん方がいよいよ七十代、八十代、九十代というところに来ているなと思います。ですから、いつも、事業承継という十年前ぐらいから始まった議論の中で、仕事もある、お客さんもいる、現場にはいい現場の工場長もいる、でも、創業した方が子供たちに継ぐ人もいない、もういいときだからもうこの会社は畳んで、しっかりと従業員たちに、ずっと自分の会社に尽くしてくれた人たちにしっかりとした退職金を払って、このもう仕事は私はやめるんだというふうなところがありました。 そのときには、恐らくその人たちに、頭の中には、事業承継とかMアンドAなんという手法があるなんということは恐らく想像力がそんなになかったと。真面目な人たち、機械を使って物を作って寝ずに仕事をするような人たちは本当に真面目な人たちですから、もう世間に迷惑掛けないように、いいときに畳んでしまおうというふうなマインドがあったというふうに思います。”
“ですから、中学校、高校辺りは二十四時間、私の家の周りは常にガッシャン、ガッシャン、ガッシャンという音が聞こえた中で育ってきた私でありますけれども、それが徐々に衰退をしていって何に転換していったかというと、織物工場の家屋は残したまんま、中の織り機を外して、そこに旋盤、NCみたいな機械を入れて、今度は機械工作の会社に転換していくというふうな時代を見てまいりました。 そういう中で、実は今日、理事会に行きましたら、岩渕先生がこういう資料を提出されて、先生、これ貸してもらって、向こうで話ししていますけど、貸してくれますかと言ったら、いいですよと許可もらったので。ですから、そういう意味で、かつての高度成長期にはこういう産業クラスターがあって、これは車社会ですけれども、大きな産業クラスターがあって、例えばトヨタというメーカーがあっても下に徐々に、中間があって、一番の下のところまでこういうしっかりとしたクラスターがあって、みんなが豊かに成長していくというのが高度成長期であったというふうに思います。”
“明治になりまして、まだこの織物が、江戸から作られてきた織物が明治になって殖産事業として大きな事業をし、山梨で作られた絹織物が八王子にまず集積をされて、群馬から作られた、富岡とかああいうところから来たものがまずは八王子に集積されたものが横浜に運ばれ、横浜から船に乗って海外、アメリカやヨーロッパに行って女性のストッキングになった。そのことによって山梨県は、産業の乏しいところでありましたけれども、そこで財を得た人たちが財閥化をしていって、例えば根津嘉一郎の東武鉄道であったり、小林一三の阪急ですか、であったり、それから若尾逸平。ですから、電力、金融、鉄道、こういうところに投資をして財閥を形成をしていくのが山梨県の歴史であります。 戦後もずっと続いてきたわけでありますけれども、実はこの戦後の高度成長期に乗った中でこの織物がだんだん衰退して何になっていったかというと、織物工場自体が、実は織物というのは、そこに置かれている機械はもう最先端のマシンです、マシンでありました。私の近所にも自動織機にされた織物工場がたくさんありました。”
“これも、この十何年、いつも私は、宮本さんが私の本会議でいつも隣ですから、宮本さん、これ教えてくれ、これ教えてくれと言って、事業承継、あるいはMアンドA、これをやられてきたのをですね、本当に専門的なところから、知見からいつも御指導いただいてきたわけでありますけれども、地元の話をさせていただきますと、私のところは、山梨県というのは、山梨県全土がほぼ富士山、八ケ岳、その前に茅ケ岳というやっぱり大きな火山がありまして、ほぼ全土が火山灰で埋もれたような地質を持っています。ですから、古来、お米がなかなか取れない、砂地みたいなところですから、そういうところです。 江戸時代から織物が盛んで、桑畑が山梨県中にあったというふうなところです。それが、結局は、明治の後半になって、桑畑にあった中山間のこういう斜めのちょうど山の山腹みたいなところが、裾野みたいなところが、結局はそれがブドウや桃という果実に転換をされていって、今、日本を代表する果実の産地だというところです。”
“ありがとうございました。 どういう発言を、どういう思惑で発言をされているのか、あるいはその発言のもととなる米国内での経済の、いわゆる先ほどお話ししたクラスターの喪失、中間層の喪失、こういうところをやっぱり見て、あっ、こういう思いでトランプ大統領は発言されているんだというバックボーンを私は理解することが大切だなと思います。 とかく東海岸の情報を見てアメリカ全体を語ることがありますけれども、決してアメリカという国はそういう国ではなくて、あくまでも五十一の州の集まった集合体ですから、やっぱり、見失いがちのラストベルトと言われた地域や中西部とかですね、この辺の、やっぱり本当にこういう国内の労働者、産業はどうなっているのか、あるいは農業はどうなっているかということを見ることによって、私はトランプ大統領の発言の真意というものがそこに見えてくるのではなかろうかというふうに思いますので、どうかそうした観点からの御努力をお願い申し上げたいと思います。 一転、国内でございます。”
“そうした中で、特に、今日、米国のトランプ大統領が二期目をスタートした中において、まさにこの失われた中間層を取り戻すべく、流出をしてしまったサプライチェーン、国内の中で、米国内の中でしっかりとかつてはあったこのサプライチェーンの部分を取り戻す政治姿勢を私は強調されているんだろうなというふうに思います。 そこで、トランプ大統領が一月に誕生して以来、強烈なメッセージを世界に発して、世界中がこのトランプ大統領の発言に戦々恐々としているような中でありますけれども、一たび我が国の姿勢ということを考えたときに、これはやっぱり、アメリカとの関係性というのは大変重要な、経済にとっても安全保障にとっても大変重要な関係性であります。 トランプ大統領の一連の経済政策に対して、我が国への経済への影響について、経産省は特別相談窓口を設けるなど調査を行ってきたというふうに聞いておりますし、大臣、副大臣、政務官が各メーカーに自ら足を運ばれていろんな御意見も伺ってきているというふうに聞いております。 現状の政府の認識と今後の対応について総論としてお話を聞きたいと思います。よろしくお願いいたします。”
“その中で、要するに何かというと、格差は、要するに、従来、社会が、経済が発展したときにまさに産業クラスターができて、そしてしっかりとした中間層が、豊かな中間層がいて、この人たちがやっぱり積極的な消費者であったり健全な消費者であったりということで社会の経済が動いていくんだというふうに思いますけれども、今日、世界経済においてサプライチェーンのいわゆる国際分業化が進んでいって、そして各先進国においては特にこの空洞化が、中間層の空洞化が進んできたんではないか、そこに格差が生まれてきている。深刻な問題となっていて、失われた中間層をいかに取り戻すかというのが世界のリーダーたちの今日的な課題である。それに移民であったり外国人労働者の問題であったり、それぞれ事情はありますけれども、そういう現状があるんだろうなというふうに思っております。”
“でも、それから、以来ずっとその方は私に親切に教えていただいてきたのは、ついこの間といってももう二十六年もたちましたけれども、そういう中で来た人間でありますので、本当に皆さん方のような見識を持っての質問ができるかどうかというのは不安なところでありますけれども、是非、ふだん、一人の参議員ですけれども、地方選出の議員としてふだん感じているところをお話しをさせていただきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いを申し上げたいと思います。 まず最初に、これも大きな話から入りますけれども、世界経済というふうなことをちょっとお話しさせていただきたいと思います。 先進国各国、特にG7の首脳の皆さん方が今ずっと言われていることは何かというと、それぞれの国に格差があるんだと、格差はこれをどうやって乗り越えていくのかということを大きな問題点として抱えていらっしゃるなというふうに思います。そういう発言が多く出ている。まあ選挙のたびにそうであります。”
“どういうときだったかというと、一九九〇年の後半に経済対策で、県の保証協会付けの担保をもらって五千万円上限の融資というのがあったんですね。それが三年の期間をもって、猶予期間があって、三年たって返済が始まるというときがちょうどその一九九九年の秋だったと思います。そのときに地元の会社の経営者の方から、いや、先生、いよいよ返済が始まるので保証協会に是非助言をしてくださいというふうな、何社か私のところにお話しに来た社長さんがおいでになりまして、実は私はそのときに保証協会って何するところかは知りませんでした、分かりませんでした。それで、初めて紹介されて、県の保証協会の出張所が私の地元にありまして、そこに行って、その当時の所長さんに、申し訳ありません、今度県会議員になった森屋と申します、保証協会は何をするところから教えてくださいと言ったら大笑いされまして、そんなことを聞きに来た県会議員は誰もいないと。”
“皆さん、おはようございます。自民党、森屋宏でございます。 私は、この十二年間の参議院の生活の中でこの経産委員会に所属させていただきますのは初めてでありまして、今日もまたこうして質問の機会をいただいたことを感謝申し上げたいと思います。そして何よりも、私は、昨年の秋から、そして今年の通常国会の中、今日まで、この経産委員会のそれぞれの委員の先生方の専門性の高さ、そして中身の濃さ、本当に感銘を受けております。 私の経済系の先生は松村さん、先生であったり、宮本さんであったり越智さんだったりが、それぞれいつも法案であったり、あるいはやっぱり、田舎出身の県会議員出で、私でありますから、地元の悩みをいつも相談させていただくのはこの三人なんですけれども、の方々に本当に御指導いただいてきたわけでありますけれども、こうして、こうして与野党の先生の御議論を聞いている中で、本当に私自身教えていただくことがたくさんあってすばらしいなと。”
“これから、地球温暖化に伴う気候変動の影響により更に頻発化、激甚化が予想される水災害に対応するため、治水対策の強化が必要とされるこの時期に、参議院のみならず国政にとっても必要とされる先生が御逝去されたことは、誠に痛恨の極みであります。 足立先生が精力を注ぎ続けた気候変動による豪雨災害の激甚化から国民の命と暮らしを守るという御遺志は、今後国会の場において、我々議員一同が引き継いでまいります。 ここに謹んで、在りし日の足立敏之先生の篤実なお人柄と数々の御功績をしのびつつ、本院を代表して御冥福をお祈り申し上げ、哀悼の言葉といたします。 ─────・─────”
“公共工事の品質確保の促進に関する法律を含むいわゆる担い手三法の改正に御尽力をされたほか、全国各地で発生する大規模災害の現場に直ちに入られ、災害の最前線で尽力をされている建設産業の現場や被災地の切実な声を的確にまとめ、国会に報告されてこられました。 これまで足立先生が関わってこられた御功績を挙げれば尽きることはありません。そのことは全国の皆さんが評価され、感謝をされています。 足立先生、通夜、葬儀には全国から先生のお仲間や関係者の皆さんがたくさんおいでいただきましたね。先生への感謝の気持ちを伝えようと、尽きることのない長い列が続きました。 そして、先生は議員会館が隣の部屋である私の部屋にもよく寄っていただきました。いつも私のことを先輩、先輩と言って、三つ年下の私を立ててくださいました。全国の災害現場を回ってこられた話を熱く話され、何よりも減災のための事前対策が大切なんだと訴えられた先生のその言葉は今も私の耳から離れません。”
“日頃から、ありがとう、お疲れさまとねぎらいの言葉を掛けるのはもちろんのこと、課題が多く厳しい現場へ赴任する職員については、赴任先に対して、自分が信用している職員だからと紹介されるなど、不安に思う職員の心情を理解され、温かく送り出されていたそうです。また、先生は、顔の見えるコミュニケーションを大事にされ、宮ケ瀬ダムの所長時代には、地元の方々や施工業者の方々と膝を突き合わせて議論をし、様々なイベントを共にすることで信頼関係や連帯感を築いてこられたそうです。現場作業員も含めてダム建設に携わった全ての方々の名前の入った記念碑を設置されるなど、関わる人全てに対し深い配慮と愛情を持ちながら接し、現場の人全てが一体となったチームをつくり上げられていたそうです。 さらに、足立先生は、「建設産業の再生なくして、日本の再生なし」、「インフラの再生なくして、日本の再生なし」をキャッチフレーズとして、建設産業や現場の声を代表する観点からも御活躍をされました。”
“河川計画課長時代に注力され、平成十九年八月に立ち上げられた社会資本制度審議会気候変動に適応した治水対策小委員会では、実に二十二回もの審議を重ね、平成二十七年八月に、水災害分野における気候変動適応策のあり方についてという答申を最終的に取りまとめられました。答申では、気候変動を見据えて、想定最大規模降雨に備え、施設では守り切れない事態を想定し、社会全体が災害リスク情報を共有し、施策を総動員して減災対策に取り組むという現在の流域治水の原型とも言える考え方に結実されていました。その成果として、国土交通省を退官後の平成二十七年には水防法が改正をされ、想定最大規模降雨を基本としたハザードマップを作成することが法的に義務付けられたのであります。 また、先生は、災害対策特別委員会にも長く在籍をされ、自然災害が発生した際には災害現場にいち早く駆け付けて被災状況の調査を行うなど、治水対策、防災、災害対応などの諸課題に取り組んでこられました。 先生は、一緒に働く職員、とりわけ部下をとても大切にされる方でした。”
“欧州における水害調査の際にドイツで災害対応に当たる技術支援隊の存在を知った先生は、河川計画課長時代の平成二十年四月、大規模災害発生直後より、被災地方公共団体等が行う災害応急対応に対する技術的な支援を円滑かつ迅速に実施するための緊急災害対策派遣隊、テックフォースを創設をされました。創設時には約二千五百人だった隊員が、令和六年四月現在では、全国で約一万七千人にまで強化されました。昨年の能登半島地震では、多くの隊員が被災地に派遣をされ、早期復旧等を支援をしました。また、能登半島地震から復興途上で発生をいたしました九月二十日からの大雨の際にも、発災直後から多くの隊員が被災地に派遣されるなど、大規模自然災害時に被災地の早期復旧等を支援するため、今やなくてはならない存在になっています。 そして、先生の御功績で忘れてはならないのは、地球温暖化に伴う気候変動により豪雨災害が激甚化することへの対応をライフワークとして活動されてきたことでした。”
“足立先生は、本院におかれまして、国土交通委員会、財政金融委員会、議院運営委員会、決算委員会、予算委員会、災害対策特別委員会、東日本大震災復興特別委員会、政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会、国民生活に関する調査会、憲法審査会など、所属された委員会、調査会は多岐にわたりました。 ダムや防災分野を専門とされる先生ではありますが、二期目には、財政金融委員会で委員長として御活躍をされました。 また、特に、国土交通委員会は、財政金融委員長であられた期間を除いて、任期中一貫して在籍された、先生の議員活動の中心でありました。 先生は、御自身が土木技術者であることから、一貫して追求してこられたのは、防災・減災、国土強靱化への取組でした。強靱な国土づくりをより強力に進め、国民の皆様が安心して暮らせる社会をつくりたいとの強い思いから、情熱を傾けてこられました。”
“そして、兵庫県庁への出向や、秋田県の東北地方建設局玉川ダム工事事務所、神奈川県の関東地方建設局宮ケ瀬ダム工事事務所長を務められるなど、常に第一線で活躍してこられました。その後、平成十八年には河川局河川計画課長、平成二十一年には四国地方整備局長、平成二十三年には中部地方整備局長、平成二十四年には水管理・国土保全局長を務められ、さらに、平成二十五年には技術系のトップである技監に就任をされ、平成二十六年に国土交通省を退官されるまで三十五年の長きにわたりインフラ整備や防災、建設産業の振興などに多大な貢献をされてこられました。 こうして国土交通省で御活躍をされていた先生に大きな転機が訪れます。平成二十八年に第二十四回参議院議員通常選挙に比例代表から立候補し、当選をされました。 そして、令和四年に第二十六回参議院議員通常選挙において再び当選を果たされ、八年七か月にわたり、国政に全力で取り組んでこられました。”
“本院議員足立敏之先生は、昨年十二月二十七日、モルディブ共和国における不慮の事故のため、御逝去されました。享年七十歳、誠に哀悼痛惜の念に堪えません。 今回、同国を訪問されたのは、御家族とのプライベートでの訪問だったそうですが、平成十六年にスマトラ島沖で発生した地震に伴う大津波の際、日本の技術で整備された防波堤が首都マレを守り、一人の死者も出さなかったという事実があり、その事前防災の効果や離島のインフラの状況などを視察された上で帰国後に報告される予定だったとお聞きしており、余りに突然のお別れでありました。いまだに信じることができない思いであります。 私は、ここに皆様のお許しを得て、議員一同を代表し、正四位瑞宝重光章故足立敏之先生の御霊に対し、謹んで哀悼の言葉をささげます。 足立敏之先生は、昭和二十九年五月二十日、兵庫県西宮市にてお生まれになり、和歌山県立桐蔭高等学校を経て、京都大学工学部交通土木工学科に進学をされました。 その後、昭和五十四年に京都大学大学院工学研究科修士課程を修了されたのち、旧建設省に入省をされました。”
“総理大臣という仕事は、こうした世界の地域情勢や経済情勢が激動する中において、いかに日本という国を平和で皆が安心して暮らせる国にしていくのか、非常に重い仕事をなされているというふうに思います。 先ほども述べましたが、石破総理は国会議員となられて、恐らく、どの国会議員よりも多くの地域を訪問され、多くの皆さんと会話をされてきた方だというふうに思います。全国で多くの皆さん方が石破総理に期待をされています。今まで養われてきました石破総理らしさを忘れることなくこれからも取り組まれていきますよう御期待申し上げまして、私の質問を終わりといたします。 ありがとうございました。”
“ありがとうございました。 私、昨年九月に、岸田総理とともに初めて国連総会に出席をさせていただきました。その折、岸田総理は、一般討論演説におきまして、人間の尊厳こそが国際社会の未来を照らす中核的な理念となるべきことを指摘をしつつ、人間の尊厳を強化するため、力を結集し、協調のための国連を実現したい旨の決意を述べられたところであります。 不勉強であります私は、人間の尊厳という言葉が国連の場でどのような国も否定することができない言葉であるということを初めてそのときに知りました。同時に、一緒に行った皆さん方から、国連の場では民主主義という言葉ではコンセンサスを得ることは今はできないということも教えられたわけであります。私は、それは、世界では民主主義ではない国の方が多いんだということを知り、ショックを受けた次第でございます。 現実的にも、国連安保理の常任理事国であるロシアがウクライナに侵攻して、年が明ければ三年となります。中国や北朝鮮も目を離すことはできません。”
“ありがとうございます。 そこで、大臣、いよいよ実施中期計画を作っていただくという段取りになってくるわけでありますけれども、私、大切なことは、やっぱり、この事業を請け負っていただく民間事業者の皆さん方の予見性を持って設備投資や人材確保、育成をできるように、規模をしっかりと示し、期間もそうでありますけれども、そのことが大切だと思います。 次期の実施中期計画において着実に計画が実施できますよう、先ほど言いました物価変動等を考慮いたしまして、五か年加速化対策を大きく上回る規模の計画にすべきであると考えますが、大臣のお考え方を聞きます。”
“最後にですね、ありがとうございました。最後に、国土強靱化についてお聞きをしたいと思います。 私が今更申し上げるまでもなく、近年の気候変動で毎年災害が頻繁に起きているわけであります。 昨年の国会におきまして国土強靱化推進基本法の改正がされました。私も当時、自民党政務調査会の内閣第一部会長として、この手続を、党内手続を手伝わさせていただきました。 そこでまず、現在実施をしている五か年計画、加速化計画を今進めているわけでございますけれども、これをしっかりと進めていただくことが大切だというふうに思います。その上で、現状の課題として、物価、人件費等が大変高まっている。これ、いろんな分野でそうであります。国交省が公表している建設工事費デフレーターによりますと、五か年加速化対策、今やっている、中に、これら、その物価が二割上昇したというふうに言っているんです。 五か年加速化対策の目標を達成するためにも、資材価格や人件費の高騰などをしっかりと踏まえた予算措置が必要と考えますが、担当大臣のお話をお伺いしたいと思います。”
“改めて、我が国の森林、林業が二〇五〇カーボンニュートラルの実現にも貢献できるよう、森林・林業・木材産業政策をどのように進めていかれるのか、農林水産大臣にお聞きをしたいと思います。”
“戦後植林された森林が伐期を迎え、森林、林業の復活の必要性が叫ばれまして、多くの時間がもう経過をしてしまいました。 ちょっと山梨のついでの話をしますと、山梨は昭和三十年代に財政破綻をいたしました。そのときに、先ほどお話ししましたように、県有地の中に県有林がたくさんありましたから、これを売却することによって財政が復活したという歴史を持っているところであります。 国の政策としてCLTなどの木材利用の推進も図られ、東京駅前の丸の内地域では国内最大の木造による高層ビル建築も始まっています。徐々にではありますけれども、木材の自給率も上がっているというふうに聞いております。 そこで、政府は、二〇五〇までの温室効果ガスの排出を全体としてゼロにするカーボンニュートラルを目指されています。カーボンニュートラルの実現のためには、排出するCO2を削減するだけではなく、森林や、植林や森林管理などの吸収量を上げる取組も欠かせません。森林は林齢を重ねるとともにCO2吸収量が減っていくということでございます。”
“明治維新になりましたらそのまんま今度は天領になりまして、天皇陛下の持ち物ということになったわけでありますけれども、明治四十年代に度重なる災害が起きまして、大変な災害が起きましたときに天領をこの山梨県に恩賜をいただいたというのが、この山梨県の県が所有している面積が多いという根拠でございます。また、その多くはほとんどが森林であります。 ところで、山梨県は、御存じのとおりに、東京の西側に隣接する山梨県でありますし、それが一大森林県ということでございますから、春先に西風が吹き出す頃には多くの花粉が山梨から東京に運ばれているということで、多くの皆さんに大変な御迷惑をお掛けしているというふうには思います。 昨年、岸田内閣では、関係閣僚会議を開催をいたしまして、花粉対策のための発生源対策として、杉材需要の拡大、花粉の少ない苗木の生産拡大、林業の生産向上及び労働力の確保など、初期集中パッケージを取りまとめまして、さらに、重点区域を定めるなど、森林の集約化、伐採、植え替えの一貫作業を加速化し推進するということを決めてまいりました。”
“伊東大臣、ありがとうございます。数少ない大学の先輩ですから、期待を申し上げたいというふうに思います。 次に、森林・林業・木材産業政策について、農林水産大臣にお聞きしたいと思います。 余りよく知られていない話だと思いますけど、我が山梨県が持つ県有地面積、つまり、山梨県という県があって、その中で実は三六%が県有地なんです。これは全国で一番、断トツの一番です。ちなみに、二番目に多いのは、北海道が、道の面積のうち北海道が持っているのは八%、これが二番目。三番目に多いのが、神奈川県が四%です。ですから、いかに山梨県という県が多くの県有地を県内に持っているかということであります。 これは、歴史的にいいますと、山梨県という県は、江戸時代の行政区域と今変わりません。ですから、江戸時代は、山梨県は全土が幕府の領地、つまりは幕領でした。”
“後段の部分につきましては、私、二十五年前、六年前に県会議員になりましたときに、そのときに自分で作った言葉でパイロットプリフェクチャー、子供のときに、中学校のときに社会科の勉強でパイロットファーム、実験的先進農業という言葉がありましたけど、私、これ使って、山梨県がパイロットプリフェクチャー、どこの県もやっていないけど山梨県がまずやって、その成功を全国に展開していきましょうよということで、山梨はパイロットプリフェクチャーになるべきだというふうなことを言わさせてもらったことがあります。そうしたことであります。 今回、地方創生を最も理解する、先導してこられた石破総理の下で、特区制度の活用を、地域をどのように支援をされていこうと考えていられるのか、また、先ほど言いましたように、特区として成功されたところの横展開をどういうふうに図られようとされているのか、お聞きしたいと思います。”
“総理、さすがですね。七百人の村、頑張っていますよ、小菅村。私の高校の同級生です。是非一度見に行ってやってください。村長が、村長が私の同級生です。 次に、伊東大臣に、特区制度の活用による地域の取組支援についてお伺いをいたします。 そうした地方の独自な動きや地域のやる気を最もよく表しているのが私は特区制度だというふうに思っています。特区制度には二つあるというふうに思っていまして、一つは、特区制度を受けて、他のどの地域もまねができないような、その地域ならではの個性を磨き掛けて成功事例にすることと、もう一つは、他に先駆けて取組を成功させて、これを全国に横展開をしていく、この二つの在り方があるのかなというふうに思っています。”
“そこで、まず、総理となられて、これまでの取組を振り返り、今の率直な感想をお聞きしたいと思います。その上で、総理として、肝煎りの本部を立ち上げられた意気込みをお聞きしたいと思います。”
“あれから二十年以上が経過し、途中、地方創生事業が生まれ、税制面でもふるさと納税制度が開始され、制度面は大きく変化しました。そして、今回、石破総理は地方創生二・〇を打ち出しておいでになります。 そこで、総理にお伺いをいたします。 今回、総理は、地方こそ成長の主役のキーワードの下、内閣に新しい地方経済・生活環境創生本部を設置をされました。初代大臣に就任されてから十年、少子高齢、人口減少の流れに歯止めが掛かる気配はありません。さらに、当時盛んに議論されていました東京一極集中も更に加速されているようにさえも思います。 以前、石破総理が山梨へ講演でおいでいただいた帰りに、私は列車を御一緒させていただきまして、総理のかばんをちゃっかりのぞかさせていただいたことがあります。総理のかばんの中には、そのとき、たしか韮崎市であったと思いますけれども、韮崎市のファイルだけではなく、周辺の幾つかの市の名前が書かれたファイルが並んでいるのを見て、私は驚きました。どの国会議員よりも多くの地域を回られている総理は、地域の理解者として大きな期待も寄せられています。”
“しかし、現在、十分であるとは言えませんけれども、自らの地域を自らで考えデザインしていく、そうした動きも多く出ているのも事実です。 私の地元、山梨県都留市は、生涯活躍のまち・つるを挙げ、政策を推進しています。平成二十八年六月には、生涯活躍のまち(日本版CCRC)構想の実現を進める全国先進地域七団体に選定をされまして、現在も継続的に事業を進めているところであります。私の地元は都心から一時間半と近く、一方で自然環境に恵まれていることや、市立の都留文科大学という大学がございまして、この大学との連携も盛んに進められているところであります。 私は、一連のこうした地方の自立への動きの原点は二〇〇〇年の地方分権一括法の施行であったというふうに思っています。国、都道府県、市町村が対等な立場になり、他人任せではない、自分の地域は自分たちで考えるという流れが始まったと思います。地方が独自の条例を制定し、さらには、議員からの条例提出要件も緩和されまして、議会も自ら議員提出の条例を競うようになりました。”
“さらには、労務費の価格転嫁についても、政府の方針は周知されておらず、特に三次下請以降では古い商慣行が残ったままだと。大変厳しい報告を私も受けてきましたし、今も盛んに全国回られていると思います。 是非、こうした、せっかく官邸の中にはこうした人材がいます。官房長官もおいでになるし、総理もおいでになりますから、是非矢田さんの報告をまた真摯に受け止めていただければというふうに思います。 それでは次に、地方創生についてお伺いをいたします。 石破総理が誕生いたしまして私がまず一番に期待させていただきましたのは、地方創生への取組であります。かつて、石破総理が初代地方創生大臣を務められていました。その時期に、私は、総務大臣政務官として国会の委員会で何度か陪席をさせていただきました。総理はいつも、用意された原稿を見ることもなく、説得力のある語り口で熱く地方創生を語られている姿を今でも思い出します。 かつての地方自治は、金太郎あめとよくやゆをされました。どの地域行っても国の言うとおり同じ取組をやっているということでしょうか。”
“私は、官邸に置いていただいたときに、中小企業等の活力向上に関するワーキンググループを主宰をさせていただきまして、中小企業が持続的な賃上げを実現するための価格転嫁、取引適正化に向けて、各省庁が一丸となって取り組むよう議論をしてまいりました。 現在は各地域にブロックをつくっていただきまして、ブロックごとに関係省庁、全ての関係する役所の皆さん方や支援機関などが集う、連携する支援体制、中堅企業等地域円卓会議なるものを整えまして、それぞれの地域で今、出された課題やニーズを取りまとめ、対策を進められているというふうに思います。 いろんなことをやっていただいているんですけど、一方、こうした政府のいろいろな取組について、実際に地方の現場に足を運び、現状を見ていただいている方がいます。それは何よりも矢田総理補佐官であります。 矢田総理補佐官は、政府の支援を受けていただきたいと思う企業ほどその企業に情報が届いていないんだと。また、中小零細企業の現場では、専門に行政に対して申請する係の人がいないと。”
“これまでも、事業承継を始め、多くの財政面、税制面での両面からの支援を行うことで、時代変化に対応し、継続的に発展していく企業を応援してきました。 一方、現場の声を聞きますと、人手不足を訴える企業が圧倒的に今増えています。外国人の活用につきましては今回は触れる時間がありませんから触れませんけれども、社会の変化やニーズに対応し、成長した企業にとって、人手不足は現在深刻な問題であります。 昨年の補正予算におきましては、人手不足解消に向けて汎用製品のカタログ注文の施策を、促進のための予算を確保いたしました。徐々にではありますが、自動券売機やレストランでロボット配膳など、身近なところで目にする機会が増えてきたような気がいたします。私の地元山梨におきましても、生産過程の自動化など、省力化のための新たな投資も多く見られるようになってまいりました。 更なる省力化やデジタル化に向けて、これからどのように中小企業の稼ぐ力を強化し、生産性の向上を図られようとしているのか、お聞きをいたします。”
“総理、ありがとうございました。 午前中、立憲民主党の小沢議員が質問されました、今総理もおっしゃっていただいたように、就職氷河期の皆さん方の対策でありましたり価格転嫁、これ、もう全てを、全ての世代、それから全てのここに関わる企業が、労使が全てでやっぱりこれ取り組んでいかなければいけない。私は、午前中の小沢議員の質問をそのとおりだなというふうに拝聴させていただいたところでございます。 実は、ちなみに、山梨に帰りましたら、小沢議員は立憲民主党の代表であり、私は自由民主党の県連会長でありますけれども、まあそういうことではなくて、やっぱり総力を挙げてこれに取り組んでいく、私は大切なことを皆さん方に訴えたいと思います。 次に、中堅・中小企業の生産性の向上、特に省力化、デジタル投資について、加藤経済産業大臣政務官にお伺いをしたいと思います。 成長と分配の好循環を本格的に稼働させていくためには、我が国産業の多くを担い、我が国の雇用の七割を超える中堅・中小企業の活性化は欠くことができません。”