青木愛
立憲民主・無所属 · Japan
“御答弁ありがとうございます。 東南アジア諸国へのオイルの供給が途絶しますと、ナフサ等、アジア各国への輸出も止まってしまいます。経済活動の継続や医療分野で不可欠な石油製品の安定供給は各国共通の課題であり、日本への期待に応えること、またアジア各国との関係強化は重要と考えております。 それでは、続いての質問に移らせていただきます。 海外協力隊の人員不足について、前回の質疑でもお伺いをしたところでございます。令和六年度の長期派遣については、途上国からの要請人数二千九百五十一人に対し、派遣者は九百二十九人にとどまったことに対しまして、茂木大臣からは、外務省としても、応募していただく方を増やすことは極めて重要だとの認識が述べられました。身分を維持したまま参加できる制度、個人だけではな…”
“よろしくお願いを申し上げます。 そして、帰国隊員による起業支援についても伺っていきたいというふうに思います。 私の地元千葉県南房総にも海外協力隊の参加者が活躍してくださっています。中央アジア・キルギスに派遣された御夫婦が、キルギスで見た一面に広がるカレンデュラの花畑をヒントに、一大生産地である南房総市に移住し、現在約二千平方メートルの畑でカレンデュラを育てています。カレンデュラとはキンセンカのことですけれども、また違ったイメージでハーブティーやコスメにも加工され、地元でもオンラインでも人気商品として親しまれています。 また、アフリカ・ルワンダで理数科教師として派遣された方も、地域おこし協力隊として夫婦で南房総に移住し、観光政策やIT系サービスの事業化を進めてくださっていま…”
“文科省の話では、令和七年度から募集時期を春から秋へ変更した結果、応募者数が増えたというふうに聞きました。来年度からの人事の見通しが立つということで、秋に変更しただけで応募者数が増えたということであります。 しかし、この制度で派遣される教員の数が東京でも二、三名、各道府県、各県ごとに一名程度だというふうに伺っておりまして、今六十七枠とのお話ございましたけれども、もう少し枠を広げていくことを考えられてもよいのではないかなというふうに思います。より多くの希望者に参加していただくために、例えば一年あるいは半年程度の短期派遣、こういった工夫ですとか、複数回派遣される場合には語学研修を免除するなど、派遣しやすい仕組みを設ける工夫ができないかとも考えます。 また、現場は、代替教員の確保…”
“立憲民主・無所属、青木愛です。本日もよろしくお願いいたします。 今日は、日本のODAの功績と海外協力隊の意義について伺っていきたいと存じます。 外務大臣は、これまで数多くの外国訪問を重ねられ、また各国の高官が来日の際にも多くの会談の機会があったと存じます。その中で、日本のODAやJICA海外協力隊の活動に対して、各国からの評価を受け止めてこられたと存じます。 私は、二〇一九年の十二月に、参議院の公式派遣でラオスを訪問いたしました。ラオスは、JICA海外協力隊が世界で初めて派遣された国であり、一九六五年十二月の最初の五名がビエンチャンに降り立って以降、これまでに延べ一千名以上の隊員がラオス各地に派遣されてきました。 我々がラオスを訪問した際、国民議会のパーニー議長は、日本は…”
“ありがとうございます。 一層の強化に努めてまいるとの御答弁をいただきました。茂木大臣がいつもおっしゃっている顔の見える外交ということでございます。相手国の価値観や主体性を尊重した、そうした支援の積み重ねが日本に対する信頼につながっている。ODA、海外協力隊が果たしてきた外交上の意義を更に継続、進化させ、新たなチャレンジが始まることを御期待申し上げております。 次の質問は、かなり戦略的なこちらは話になるかと思います。ODA予算の強化、そして経済安全保障について伺ってまいります。 本年五月二日、高市内閣総理大臣は、ベトナムでの外交政策スピーチにおいて、進化した自由で開かれたインド太平洋、新FOIPを表明されました。重点分野として三点を掲げ、日本が取り組む具体策として、四月十五…”
“また、パンカム国家副主席は、日本のODAの重要性に言及された上で、自身は青年海外協力隊の活動を特に評価しており、住民に一番近い立場にある隊員の活動は、両国の相互理解の進展に貢献するとともに、日・ラオス関係の基盤になっているとまで述べられました。 私も、こうした経験を通じて、ODAや海外協力隊の活動は、単なる経済協力にとどまらず、日本に対する信頼とそして親近感を育み、長期的な友好関係を築く重要な外交資産であることを実感いたしました。 現在、これまでに派遣された協力隊経験者は約五万八千人、派遣された国の数は約百か国に及ぶそうです。日本と百か国の国々との間には、協力隊を通じて育まれた五万八千もの確かなきずなが結ばれています。物やお金だけではない、心のきずなもまた日本を守る一つの…”
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“全会一致と認めます。よって、本案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。 この際、森屋君から発言を求められておりますので、これを許します。森屋隆君。”
“他に御発言もないようですから、質疑は終局したものと認めます。 これより討論に入ります。──別に御意見もないようですから、これより直ちに採決に入ります。 奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興開発特別措置法の一部を改正する法律案に賛成の方の挙手を願います。 〔賛成者挙手〕”
“奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興開発特別措置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 本案の趣旨説明は既に聴取しておりますので、これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。”
“政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興開発特別措置法の一部を改正する法律案の審査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、国土交通省国土政策局長黒田昌義君外五名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“ただいまから国土交通委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 本日、木村英子君が委員を辞任され、その補欠として大島九州男君が選任されました。 ─────────────”
“ただいま議題となりました法律案につきまして、国土交通委員会における審査の経過と結果を御報告申し上げます。 本法律案は、奄美群島及び小笠原諸島の特殊事情に鑑み、その基礎条件の改善並びに地理的及び自然的特性に即した振興開発を図るため、奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興開発特別措置法の有効期限を令和十一年三月三十一日まで延長するとともに、奄美群島及び小笠原諸島への移住の促進を図るため、それぞれの基本方針及び振興開発計画に定める事項として移住の促進に関する事項を追加する等の措置を講じようとするものであります。 委員会におきましては、奄美群島及び小笠原諸島の振興開発の現状及び今後の支援の在り方、両地域への移住・定住促進策、防災対策の推進の必要性等について質疑が行われましたが、その詳細は会議録によって御承知願います。 質疑を終局し、採決の結果、本法律案は全会一致をもって原案どおり可決すべきものと決定いたしました。 なお、本法律案に対し附帯決議が付されております。 以上、御報告申し上げます。(拍手) ─────────────”
“以上で趣旨説明の聴取は終わりました。 本案に対する質疑は後日に譲ることとし、本日はこれにて散会いたします。 午後一時二十一分散会”
“奄美群島振興開発特別措置法及び小笠原諸島振興開発特別措置法の一部を改正する法律案を議題といたします。 政府から趣旨説明を聴取いたします。斉藤国土交通大臣。”
“ただいまから国土交通委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日、田村智子君が委員を辞任され、その補欠として吉良よし子君が選任されました。 ─────────────”
“国土交通省、平岡航空局長じゃないですね。(発言する者あり)運輸安全委員会。失礼しました。 運輸安全委員会高桑事務局長。”
“国土の整備、交通政策の推進等に関する調査を議題とし、国土交通行政等の基本施策に関する件について質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。”
“政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 国土の整備、交通政策の推進等に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣府大臣官房審議官上村昇君外十七名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“ただいまから国土交通委員会を再開いたします。 委員の異動について御報告いたします。 本日、浅田均君が委員を辞任され、その補欠として藤巻健史君が選任されました。 ─────────────”
“御異議ないと認め、さよう決定いたします。 午後一時二十分に再開することとし、休憩いたします。 午後零時二十四分休憩 ─────・───── 午後一時二十分開会”
“以上をもちまして、令和六年度一般会計予算、同特別会計予算、同政府関係機関予算中、国土交通省所管についての委嘱審査は終了いたしました。 なお、委嘱審査報告書の作成につきましては、これを委員長に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“以上で予算の説明の聴取は終わりました。 これより質疑に入ります。 質疑のある方は順次御発言願います。”
“去る十五日、予算委員会から、本日一日間、令和六年度一般会計予算、同特別会計予算、同政府関係機関予算中、国土交通省所管について審査の委嘱がありました。 この際、本件を議題といたします。 政府から説明を聴取いたします。斉藤国土交通大臣。”
“政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 委嘱審査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣府規制改革推進室次長渡辺公徳君外十二名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“御異議ないと認めます。 それでは、理事に吉井章君を指名いたします。 ─────────────”
“理事の補欠選任についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“ただいまから国土交通委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、田中昌史君及び藤巻健史君が委員を辞任され、その補欠として鶴保庸介君及び浅田均君が選任されました。 ─────────────”
“国土の整備、交通政策の推進等に関する調査を議題とし、国土交通行政等の基本施策に関する件について質疑を行います。 質疑のある方は順次御発言願います。”
“政府参考人の出席要求に関する件についてお諮りいたします。 国土の整備、交通政策の推進等に関する調査のため、本日の委員会に、理事会協議のとおり、内閣府大臣官房審議官田辺康彦君外七名を政府参考人として出席を求め、その説明を聴取することに御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“ただいまから国土交通委員会を開会いたします。 委員の異動について御報告いたします。 昨日、鶴保庸介君が委員を辞任され、その補欠として田中昌史君が選任されました。 ─────────────”
“以上で所信の聴取は終わりました。 本件に対する質疑は後日に譲ることといたします。 この際、尾崎国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官から発言を求められておりますので、これを許します。尾崎国土交通大臣政務官兼内閣府大臣政務官。”
“国土の整備、交通政策の推進等に関する調査を議題といたします。 国土交通行政等の基本施策について、斉藤国務大臣から所信を聴取いたします。斉藤国務大臣。”
“国政調査に関する件についてお諮りいたします。 本委員会は、今期国会におきましても、国土の整備、交通政策の推進等に関する調査を行いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“御異議ないと認めます。 それでは、理事に吉井章君を指名いたします。 ─────────────”
“理事の補欠選任についてお諮りいたします。 委員の異動に伴い現在理事が一名欠員となっておりますので、その補欠選任を行いたいと存じます。 理事の選任につきましては、先例により、委員長の指名に御一任願いたいと存じますが、御異議ございませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“委員の異動について御報告いたします。 昨日までに、足立敏之君及び梶原大介君が委員を辞任され、その補欠として宮本周司君及び豊田俊郎君が選任されました。 また、去る一月十九日、室井邦彦君の逝去に伴い一名欠員となっておりました本委員会の委員として藤巻健史君が選任されました。 ─────────────”
“ただいまから国土交通委員会を開会いたします。 議事に先立ち、一言申し上げます。 本委員会委員室井邦彦先生は、去る一月三日、逝去されました。誠に哀悼痛惜に堪えません。 また、この度の令和六年能登半島地震及びその被災地の救援活動に向かう途中での航空機事故により尊い人命が失われたことは誠に痛ましい限りです。 犠牲になられた方々とその御遺族に対し哀悼の意を表しますとともに、被災された皆様に心からお見舞いを申し上げます。 ここに、お亡くなりになられた方々の御冥福をお祈りし、謹んで黙祷をささげたいと存じます。 どうぞ御起立願います。黙祷。 〔総員起立、黙祷〕”
“はい。大変丁寧な御答弁いただきまして、ありがとうございました。 平田参考人、お伺いしたかったんですが、時間が来てしまいまして、また改めて御指導いただければ有り難く存じます。 ありがとうございました。”
“大変よく分かりました。ありがとうございます。 それでは、渡邊参考人にお伺いをさせていただきたいと思います。 先ほどの御説明いただいた中に、これからプロセスライセンサーを目指されるということであります。これまでの高温高圧、また大型施設でのアンモニア製造から、低温低圧、小型でしかも地産地消でアンモニアを作れるということで世界も視野に入れられているということなんですけれども、このライセンサーを目指す道筋ですね、どの時期の目途でありますとか、そこに向けての課題とか、もしあればお聞かせいただきたいし、その後の、企業との連携であったり、ラオスのお話もございましたけれども、世界を視野に入れた今後の見通し、ビジョン、改めてお聞かせをいただきたいと思います。また、食料生産の肥料として提供したいというお話だったんですけれども、一応その安全性についてもお聞かせいただければ有り難いと思います。”
“立憲民主党の青木愛と申します。 本日は、三名の参考人の先生方、本当に貴重なそれぞれのお立場からの専門的なお話を拝聴させていただきまして、ありがとうございました。 今日のお話、また資料は今後の活動に是非参考にさせていただきたいと思っております。ありがとうございます。 それでは、秋元参考人からお尋ねをさせていただきたいと思います。 今日のお話の中では特に触れられていなかったかもしれませんけれども、カーボンニュートラル達成に向けて、CO2の排出量削減とともにCO2の回収というものも一方で大切な視点かと思います。 秋元先生の御本を読まさせていただきますと、CO2の回収だけではなくて、さらにそのCO2を利用してメタンを作ると、合成メタンを利用促進していくことが大事な視点だというお話がございます。 このメタネーション技術、これは今後社会でどのように役に立っていくのか、社会実装に向けて残る課題は何なのか、その辺をお聞かせいただければ有り難く思います。”
“ここに、謹んで、在りし日の故室井邦彦先生の篤実なお人柄と数々の御功績をしのびつつ、本院を代表して御冥福をお祈り申し上げ、哀悼の言葉といたします。”
“周りの先生方だけではなく、政府の皆さんや職員の皆さんなどにも分け隔てることなく、ユーモアを交えた優しい語り口で話しかけられ、その場の空気を自然と和らげてくださいました。 このように、室井先生は、国会、政府及び党において、政策の実現に向けて奔走されておられましたが、昨年の一月頃から、体調が大変厳しい状況にあったと伺いました。今思えば、昨年末、国土交通委員会のいつものお席に座っていらっしゃったのは、国会議員としての責務を果たそうとする一念であり、私たちに国会議員としての大切なものを伝えてくださっていたのではないかと改めてそう思うのです。 年初の地震により甚大な被害を受けた能登地方を始め、日本全体を元気にしていかなければならないこの時期に、参議院のみならず国政にとって必要とされる先生が御逝去されたことは、誠に痛恨の極みです。 室井先生が精力を注ぎ続けた大規模自然災害から国民の命と暮らしを守るというその御遺志は、今後国会の場において、我々議員一同が引き継いでまいります。”
“また、室井先生は、心のふるさとがお父様の御出生地である福島県南会津郡下郷町ということもあり、東日本大震災と原発事故で甚大な被害を受けた福島の復興再生に向けて、被災者の皆様の気持ちに寄り添い、一日も早くかつての暮らしやなりわいを取り戻すことができるよう、国土交通大臣政務官としてはもちろん、退任されたその後も全力で取り組んでこられました。福島の真の復興再生には、観光振興による地域活性化が重要な政策課題であるとの信念の下、広域周遊観光の促進を実現すべく、会津縦貫道を始めとした交通ネットワーク整備の推進に心血を注いでこられたのであります。 さらに、党におかれましては、日本維新の会国会議員団の参議院幹事長、参議院会長代行を務められました。先生は、常々、若い議員の方々に御自身の経験を伝えたいと語っておられたそうです。 私たちも、先生にお目にかかりますと、いつも温かみのある語り口で声を掛けていただき、先生に見守られているように思えたものです。”
“かねてより国土交通省の現場力の重要性を認識されていた先生は、一年間で出先機関である北海道開発局、八つの地方整備局、九つの地方運輸局、十一の管区海上保安本部の全てに足を運び、第一線の職員に対し、直接、感謝と激励のお言葉を掛けられました。 先生は、御自身が阪神・淡路大震災の被災者でもあることから、一貫して追求してこられたのは国民の安全、安心の確保でした。強靱な国土づくりをより強力に進め、国民の皆様が安心して暮らせる社会をつくりたいとの強い思いから、情熱を傾けてこられました。 東日本大震災の発災から間もない時期には、災害に強い物流ネットワークの構築を目的とする日本海側拠点港の形成に関する検討委員会の座長を務められ、日本海側拠点港の選定及びフォローアップを目的とする十九の拠点港の視察を行い、港湾行政の充実強化にも御尽力されました。”
“その後、平成十七年のいわゆる郵政選挙で苦杯をなめることとなりましたが、先生は持ち前の不屈の精神で、平成十九年七月の第二十一回参議院議員通常選挙において当選、再び国政の場へと返り咲くこととなったのです。 以来、連続三回の当選を果たされ、両院を通算して十八年五か月の長きにわたり、国政の舞台で御活躍されたのであります。 室井先生は、本院において、国土交通委員会、議院運営委員会、国家基本政策委員会、懲罰委員会、災害対策特別委員会、政治倫理の確立及び選挙制度に関する特別委員会、国際・地球温暖化問題に関する調査会など、多岐にわたる委員会、調査会等に所属されました。懲罰委員会及び国家基本政策委員会では委員長を務められ、国会役員の要職を歴任されました。 中でも、国土交通委員会は、衆参両院を通じ、任期中一貫して在籍された、先生の議員活動の中心であり、平成二十三年九月には、野田内閣において国土交通大臣政務官に御就任されました。 先生は、政務官として、安全・危機管理、海上保安、住宅、海事、港湾、航空、観光の陸海空と多岐にわたる分野を担当されました。”
“そして、昭和五十八年四月、三十六歳で尼崎市議会議員に当選、さらに、平成三年四月には兵庫県議会議員に当選され、以後二期にわたり県政において御活躍されました。 その間、福祉生活常任委員会副委員長、警察常任委員会委員長の要職を務められました。 また、先生は、二十五歳のときに入会された尼崎青年会議所において理事長を務められた際には、幾多の困難を乗り越え、尼崎国際ハーフマラソンを実現されました。議員生活を通じ、一貫して国と地方との橋渡しを担われたのは、リーダーを志す青年経済人の社会活動を通じて得られた幅広い知見と、御自身の強い使命感に基づくものでありました。 先生は、こうした御経験を踏まえて、地域を、そして、この国をこのままにしておくことはできないとの強い思いに駆り立てられて国政選挙に挑戦します。失敗しても、それに負けず、四度目の挑戦で平成十五年の第四十三回衆議院議員総選挙において当選を果たされ、国政に活動の場を移されることとなりました。衆議院議員となられた室井先生は、国土交通委員会の場で御活躍されたのであります。”
“本日、この本会議場に室井邦彦先生のお姿を拝見できないこと、この上なく寂しい気持ちでいっぱいです。 私が、昨年十二月十三日の国土交通委員会の終了後、室井先生に駆け寄り、御挨拶をさせていただいたのが最後となりました。年明けに届いた訃報は、余りにも突然で、いまだに信じられない思いであります。 本院議員室井邦彦先生は、去る一月三日、肝細胞がんを原因とする肝不全のため御逝去されました。享年七十六歳、誠に哀悼痛惜の念に堪えません。 私は、ここに皆様のお許しを得て、議員一同を代表し、従三位旭日重光章故室井邦彦先生の御霊に対し、謹んで哀悼の言葉をささげます。 室井邦彦先生は、昭和二十二年四月十日、京都府京都市にてお生まれになり、兵庫県尼崎市立大庄北中学校、兵庫県立尼崎西高等学校に在学されました。 その後、追手門学院大学文学部に進学された後、御両親が経営されていた室井運輸株式会社において社業に従事されるとともに、尼崎青年会議所に所属し、地域社会にも貢献されてこられました。”