有田芳生
中道改革連合・無所属 · Japan
“一般市民が政府の政策を批判する最大の基準は、戦争につながるか否かの一点を問題にし、自明のこととして戦争につながるものを否定する、この基準が公理化したのです。戦後八十一年にしてこの高い数字であることに注目しなければなりません。 二項、戦力不保持、交戦権否認は、改正の必要がないが四八%、あるは四七%と拮抗しています。 ここから議論になるのは、一九五〇年の朝鮮戦争の勃発をきっかけに警察予備隊が結成され、保安隊から実力組織としての自衛隊へと発展し、今に至っていることです。 憲法九条二項に規定された戦力と自衛隊の関係を憲法解釈上どう判断するのか。日本周辺の国際環境の大きな変化の中で、九条第二項から導き出された専守防衛をどう位置づけるのか。防衛白書令和七年版では、専守防衛について、保…”
“中道改革連合の有田芳生です。 先ほど國重徹幹事が発言したように、私たちは、憲法九条の第一項、第二項を堅持することを基本的立場としています。 一九四七年に憲法が施行されたとき文部省が発刊した「あたらしい憲法のはなし」は、戦争が終わったことを、二度とこんな恐ろしい、悲しい思いをしたくないと思いませんかと問いかけ、日本の国が決して二度と戦争をしないように二つのことを決めましたとあります。戦争放棄と戦力の不保持です。 この九条の主語は「日本国民は、」です。ここが原点です。私たちは、一九二八年の不戦条約を起点とする九条の普遍的価値を変更する意思はありません。 ただし、戦後八十一年、国際環境も一九四七年当時とは大きく変わりました。憲法九条に対する国民意識は今いかなるものか、メディアに…”
“非核三原則を掲げていた日本がそれを変更したなら、被爆国日本もついに核を認めるのかと、国際社会に重大な影響を与えるでしょう。 二〇二五年十月の高市早苗政権発足以降、広島県議会、広島市議会、長崎市議会など少なくとも七十三の地方議会から堅持を求める意見書が国に提出されているのは、平和国家日本への強い願いの反映です。 自衛隊の政治的中立性も課題です。自衛隊法第六十一条第一項で、隊員の政治的行為が厳しく制限されています。隊員は、選挙権の行使を除くほか、政令で定める政治的行為をしてはならないのです。 施行令第八十六条、第八十七条で、政治的目的、政治的行為が具体的に定義され、例えば、特定の政党、政治団体を支持、反対する目的で集会に参加して公に意見を述べることなどが禁止されています。自民…”
“つまり、一連の事件について菅家さんは疑われていたんだけれども、冤罪であった、無罪であった。だけれども、菅家さんに何度もお話を伺いましたけれども、自分が冤罪だと晴れたのはうれしいんだけれども、じゃ、真犯人は捕まっていないじゃないか、どこかにいるんじゃないかということを今でもおっしゃっている。 この事件ですけれども、足利市の駅を降りると、すぐに織姫山という標高百八十メートルの小さい山があるんですよね。そこに登って周りを見渡すと、目の前には渡良瀬川が流れている。今御説明いただきましたけれども、織姫山から渡良瀬川を見て、右側を見ると畑がある、そこで一九七九年に五歳の女の子がリュックサックの中から遺体として発見された。 その同じ織姫山から、渡良瀬川の畑から直線で、川の向こう、二百メ…”
“最初にお聞きしましたけれども、足利事件で菅家さんが冤罪、無罪が明らかになったのも、DNA鑑定の手法が物すごく精度が高まった、MCT一一八からSTRに変わったことによって、これは菅家さんじゃないぞということが明らかになったわけですけれども、それと同じように、今御説明いただきましたけれども、指紋照合についてもかなり精度が高まってきている現状の下で、グリコ・森永事件については、これはどことは言いませんけれども、重要な人物についての指紋が既に捜査当局に通報が行っているはずなんです。 私が気になるのは、北関東連続幼女誘拐殺人事件についても、四兆七千億人に一人というぴったりの鑑定がなされているにもかかわらず、二〇一一年ですから、もう十五年間も放置されている、捜査当局によって。グリコ・…”
“目撃証言などによって、その不審人物は二回、県警によって事情聴取されたんだけれども、菅家さんが逮捕されたものだから、それで終わってしまったんですよ。 だから、繰り返しますけれども、菅家さん、あるいは被害者の御家族たちにとっては、誰が真犯人なのかというのは、いまだ悶々とした悲しみの中にいらっしゃる。パチンコ店で姿を消した横山ゆかりちゃんの御両親なんかは、その事件が起きた七月七日になると、今でも泣いていらっしゃるんですよ、未解決だから。でもそれは、殺害されたあとの四人の女性たち、女の子たちについても同じでしょう。 だから、本当に真剣に捜査を進めていただかなければいけないんだけれども、菅家さんの冤罪が晴れたのは、DNA鑑定で、それまでの鑑定方法と違うSTR法によって、菅家さんのD…”
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“だけれども、目的は、職業選択の自由じゃなくて、さっき言ったような大きな、日本の国家体制を変えるためにいろいろ工作をしてきたのが統一教会なんですよね。だからこそ、そういうところとはきっぱりと関係を絶たなければいけないという問題なんですよ。 時間の関係で急ぎますけれども、統一教会は、初め、アメリカの政界工作をやったんですよ。だけれども、失敗した。日本では大成功した。そのやり方で韓国でやろうとしたけれども大失敗して、今、刑事事件になっている。 外務省にお聞きをしますけれども、一九七〇年代にアメリカで起きたコリアゲート事件とは一体何だったんでしょうか。”
“先ほども言いましたけれども、統一教会というのは、ここぞという議員の皆さんのところに、野党も含めてだけれども、接近していって、さっきお伝えしたような目的のために、文鮮明教祖の表現によれば、秘書となって入って、そして弱みを握るんだというようなことまで言っている。実際に、一九八六年には京都の嵐山で秘書養成講座が全国九十一人の女性信者によって行われて、それを一回目として、国会議員の秘書、私設秘書、公設秘書も含めて入ってきている。今だって、そういう方がいらっしゃる。職業選択の自由だからそれは自由だと言うことができるんだけれども、特別の目的を持って政治の世界に来ている人たちは今もいるんですよ。 だけれども、茂木さんが当時行った調査、アンケートについては、あなたの職場には信者の皆さんはいらっしゃいますかなんということはないんだけれども、それが適切かどうかは別にして、実際にいらっしゃって、そして、ある元大臣経験者によれば、有田さん、優秀な人が多いんだよというふうにおっしゃっている。”
“昨日は、そういう具体的な金額まではお答えになっておりませんけれども。 もう一つびっくりしたのは、教団の施設に行ったと昨日の委員会で発言なさっていますけれども、教団の施設というのは何をしに行かれたんですか。いつですか。”
“二〇二二年八月二十六日、茂木幹事長の下で、旧統一教会及び関連団体との関係についてということで、皆さん、アンケートに答えられたと思います。その中で、旧統一教会関連団体の会合への出席、これは三番目の質問ですけれども、議員本人でなく秘書が出席した会合もあったと昨日大臣はお答えになっていますけれども、その関連団体というのはどこなんですか。”
“じゃ、なぜそういう団体が、松本大臣を始めとして、多くの政治家の下に接近してきたんですか。”
“申立人として松本大臣が一番最初に名前が出ていて、東京高裁の決定が出たわけでしょう。そこに、統一教会とは何かというのは明らかに書かれていますよ。その認識を聞いているんですよ。”
“だから、大臣にとって、この決定に至る経過の中で、統一教会とは一体どういうものとして認識されていたんですか。まず、お答えください。”
“そんなことはできやしないにしても、その目的で政治家にずっと近づいてきたのが、これまでは明らかになっていなかったのが内部の機密文書で明らかになり、今、韓国の裁判で実際に証拠として扱われている文書なんですよ。だから、これは問題だろうということをやはり強調しなければいけないと思うんです。 かつて、一九七〇年代に、一水会という民族派の鈴木邦男さんが、統一教会、国際勝共連合というのは日本にとって敵なんだという論文を書いたときには、保守的な政治家の皆さんたちも距離を置いたんだ。だけれども、風化していく中で、彼らはそういう目的を持って自民党を始めとした保守的な政治家の皆さんに近づいていった。だから、こういう団体とはやはりきっぱり決着をつけなきゃいけないですよということで、茂木幹事長が二〇二二年に調査をされたんでしょう。 だから、そのことを前提に置いて文科大臣にお聞きをしますけれども、今回の宗教法人解散命令に対する抗告事件で、原審申立人の筆頭に文部科学大臣松本洋平と書かれている。それは御存じですよね、当然。”
“時間が回っているので、質問を続けますけれども。 要するに、これまで統一教会が、皆さんも含めて、一九八〇年代からずっと、特に自民党を始めとした保守的政治家の方々に近づいてきた。その目的は何だろうかと私たちはずっと疑問だった。日本の政治をゆがめるためなんだろうか、それとも、自分たちの政策を国政に反映するためだろうか。いろいろあると思う。いろいろな評価はやってきたんだけれども、この統一教会の最高機密文書の中には驚くべきことが書いてあったことを、昨日、早稲田ゆきさんがこの委員会で明らかにした。 時間もありますから簡単に言いますけれども、この報告の二千六百四十六ページにはこう書いてある。つまり、統一教会の目的ですけれども、長期的な視点で見ると、日本国民がまことのお父様、お母様、これは文鮮明夫妻のことですけれども、まことのお父様、お母様にお仕えすることができる日本国民になるためには、当然、天皇制は将来撤廃されなければならない、こんなことが書いてある。しかも、将来は二世の信者が国会議員にいっぱいなってもらう、そして最終的には総理にも信者になってもらう。”
“じゃ、何で昨日はよかったんですか。昨日はよかった理由を述べてくださいよ、質問をする前提なんだから。”
“いや、駄目だ。同じ資料を、早稲田ゆきさんが出したものは使っていいけれども、今、有田芳生が質問しようとすると何で駄目なんですか。おかしいでしょう。質問権の制限でしょう。違いますか。”
“だから、その理由がおかしいでしょう。同じものを、昨日はよくて、今日は何で駄目なんですか。”
“昨日はどうして使ったんですか。何でですか。冗談じゃないですよ。どういうことですか。同じ資料ですよ。名前が違うだけですよ。職権、職権、職権ですか。おかしいでしょう。”
“これが全文なんだけれども、両面印刷していますから、このぐらいの高さがあるんだけれども、この中の二千六百四十六ページ、日にちでいうと二〇二一年十月六日の、統一教会の徳野英治会長から韓鶴子総裁への書信報告というその部分だけを、早稲田ゆき議員がハングルとそして日本語訳としてこの委員会に提出をして、そして、ここで質問をされ、議論もありました。 ところが、驚くべきことに、私が今日同じ資料を提出しようとしたところ、与野党が折り合わなかった。最終的に委員長が決めたということなんですけれども、どういうことなんですか。昨日と同じ資料を今日出しているのに、早稲田ゆきさんはよくて有田芳生は駄目なんですか。どういうことですか。説明してください。”
“有田芳生です。 世界基督教統一神霊協会、略称、統一教会、それが日本では二〇一五年に世界平和統一家庭連合、略称、家庭連合になりました。その教団に対して、三月四日、昨年三月二十五日の東京地裁に続いて、東京高裁で解散命令が下されました。 このことを、これから清算が始まっていくときにおいて、一体どういう課題があるのか、何を解決しなければいけないのか、そして、そもそも統一教会というのは何なんだと。私は、マスコミは旧統一教会と言いますけれども、本質は変わらないので、統一教会と表現させていただきますけれども、統一教会とは一体何なのかというのを今日限られた時間でお聞きをしたいと、この場に立っております。 その質問に立つに当たっていろいろ準備をしましたけれども、私はどうも解せないことがある。後でお話をしますけれども、TM特別報告、トゥルーマザー特別報告、トゥルーマザーというのは、まことのお母様、統一教会の韓鶴子総裁を指しますけれども、TM特別報告について、昨日の委員会で早稲田ゆき議員が資料を出しました。”
“御異議なしと認めます。よって、長島昭久君が委員長に御当選になりました。 委員長長島昭久君に本席を譲ります。 〔長島委員長、委員長席に着く〕”
“ただいまの深作ヘスス君の動議に御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“これより会議を開きます。 衆議院規則第百一条第四項の規定によりまして、委員長が選任されるまで、私が委員長の職務を行います。 これより委員長の互選を行います。”
“二〇二二年の一月十一日に、当時の岸田総理が安倍元総理とパレスホテルの和田倉で食事をしながら話を、拉致問題はどう解決すればいいのかというお話をされているんですよ。安倍元総理は、当時、拉致問題というのはどこかで決着をつけなければいけないというふうにおっしゃっている。だけれども、非常に難しい問題だから一つ一つ解決しなければいけない、そういう禅問答も含めてあったんだけれども、だから、具体的に田中さんの問題、金田さんの問題をどうするのか。 そして、今の問題でいえば、一九四二年の二月三日に山口県の長生炭鉱で百八十三人の方がお亡くなりになったんだけれども、そのうち朝鮮半島出身者が百三十六人なんです。その遺骨も、もう見つかっている。韓国政府は物すごく今積極的なので、北朝鮮にいる被害者の遺族も見つかっているので、そういう人道問題を進めていくことによって、日朝問題の風穴を空けていただきたいということを茂木大臣に期待をしまして、もう時間が来ましたので、質問を終わらせていただきます。”
“だから、当時の外務省の幹部も、一つ一つ解決していくことが大事だという思いがあったけれども、政治の方でそれを拒否されたから、今に至っている。 これは、人権問題、人道問題ですよ。横田さんが生存しているという伝達があったら飛んでいくでしょう、当たり前でしょう。何で田中さんだったら行かないんですか。そこを聞きたいんですよ。”
“政府認定拉致被害者、久米裕さんはもう百歳ですよ。田中実さんも七十七とおっしゃいましたよね。本当に時間がないんですよ。 ましてや、さっきも言いましたけれども、結婚相手は日本人、これは誰なのということがあるんだから、日本政府はやはり担当者を平壌に派遣して、本人の意向を聞くべきなんですよ。あなたの奥さんは誰なのですか、拉致された人ですか、ここから進んでいくじゃないですか。そういう交渉をやってほしいんですよ。 だから、茂木大臣には、外務大臣として、ここではお答えできないと思うんだけれども、やはり、日朝交渉を進めていく、大きな人道問題、人権問題として、高市総理に、進めた方がいいんじゃないですかということを進言していただきたいんです。 私は、安倍さんの時代にこのことが進んでいれば、安倍政権の大きな成果だったと思うんですよ。さらに、そこで拉致問題は終わるわけないですよ。横田さんたち、田口さんたち、有本さんたち、まだ残っているじゃないか、まだ次やりましょうよということになっていく。”
“北朝鮮からの調査報告の中にそうした情報が入っていた、つまり田中さん、金田さんが生きているという情報が入っていたのはそのとおりです、ただ、それ以外に新しい内容がなかったので報告書は受け取りませんでしたとお答えになっている、斎木さんが。 茂木さん、このことをお認めになりますか、外務大臣。”
“斎木さんは、二〇一四年、日朝のストックホルム合意のときには事務次官でした。そして、そのストックホルム合意、二〇一四年の十月に、北朝鮮側は日本政府に対して、政府認定拉致被害者の田中実さん、さらには同じラーメン店で働いていた金田龍光さんは平壌で生きていると通告してきている。二回通告してきているんですよ。だけれども、安倍政権は、そんなことは一切知らないという、全く答弁してくれなかった、今に至るも。 だけれども、これは非常に大事な話で、実は、小泉訪朝から二十年になる二〇二二年の九月十七日、朝日新聞が一面を使って、この田中実さん、金田龍光さんについて記述があるんだけれども、政府は田中さんが生存しているというのは認めたという記事なんですよね。だけれども、その日、同じく二〇二二年九月十七日、朝日新聞のデジタルでは、斎木昭隆さん、ストックホルム合意のときの外務次官がこう答えている。”
“私は、参議院の予算委員会で安倍総理に当時聞きました、田中実さんというのはどういう方ですかと。ラーメン店員ですと安倍さんは当時お答えになりました。 神戸の小さなラーメン店に勤めていたんだけれども、店主の工作員に唆されて、一九七八年六月六日に、成田からオーストリアのウィーンに行った。オーストリアの北朝鮮の情報機関の手によって、陸路でモスクワに行って、そして平壌に入った。 大事なのは、その平壌に入った、今、政府認定拉致被害者の田中実さんは、初めは嫌だったんだけれども、向こうで結婚をして、その相手が日本人の女性なんですよね。一人の男の子が生まれている。では、この政府認定拉致被害者の田中実さんと北朝鮮で結婚した日本人女性は一体誰なのか。これは、ひょっとしたら拉致されている人かも分からない。大事な話ですよ。私は、松本京子さんかも分からないと思っている。だから、田中実さんというのは大事なんだけれども、次に行きます。 外務省にお伺いします。斎木昭隆さんというのは、拉致問題でどういうお仕事をされてきたでしょうか。”
“まず、質問をしたいのは、二〇〇二年九月十七日に、小泉当時の総理が訪朝され、北朝鮮側が初めて拉致を認めました。五人生存、八人死亡。 まず、ちょっと細かいことで恐縮なんですけれども、この間、国家公安委員長の大臣所信を聞いていて、かねてからそうなんだけれども、計十三件十九人を拉致容疑事案と判断している、これは前からそうおっしゃっているんだけれども、政府がこれまで言ってきたのは、政府認定拉致被害者は十七人ですよね。なぜ、警察庁は十九人なんですか。”
“先ほどの質問にもありましたけれども、これは、安倍さんの時代、菅さんの時代、岸田さんの時代に、水面下で、例えば岸田さんのときには、タイのバンコクで政府関係者が北朝鮮側と二回にわたって水面下の接触を行った。それで前に進む局面があったんだけれども、残念ながらそれが進まなかった。 この高市総理の発言というのは、もう既に首脳会談をやりたいと伝えているというんだけれども、私が調べた結果では、これまでの北京ルートであるとか、北京大使館とかモンゴル大使館とか、そういうルートで北朝鮮側に接触をしたのではなくて、ある第三国から高市政権では首脳会談をやりたいということであって、私の理解では、水面下の接触があったとか交渉がある、そういう現状にはないと思う。だからこそ、今、大事なのだと思います。 それはなぜかといえば、昨年の三月二十六日に、金与正朝鮮労働党の副部長、金総書記の実の妹さんが、これは岸田政権のときなんだけれども、日本側とはもう接触も交渉もするつもりはないと、ここから状況は変わっていないんですよね。だからこそ、今、大事な局面にあると思います。”
“御異議なしと認めます。よって、小宮山泰子君が委員長に御当選になりました。 委員長小宮山泰子君に本席を譲ります。 〔小宮山委員長、委員長席に着く〕”
“これより会議を開きます。 衆議院規則第百一条第四項の規定によりまして、委員長が選任されるまで、私が委員長の職務を行います。 これより委員長の互選を行います。”
“御異議なしと認めます。よって、牧義夫君が委員長に御当選になりました。 〔拍手〕 委員長牧義夫君に本席を譲ります。 〔牧委員長、委員長席に着く〕”
“ただいまの石橋林太郎君の動議に御異議ありませんか。 〔「異議なし」と呼ぶ者あり〕”
“これより会議を開きます。 衆議院規則第百一条第四項の規定によりまして、委員長が選任されるまで、私が委員長の職務を行います。 これより委員長の互選を行います。”
“違うんですよ。日本人の犠牲者もある、名簿だってあるわけだから。例えば沖縄の犠牲者は五人なんだ。沖縄のテレビなんかはこの五人の犠牲者の家族はいませんかって、何度も沖縄のテレビはやっているんですよ。そういう努力を民間がやっている。さっきも言いましたけれども、韓国政府はもうDNA鑑定さえ準備をしている。創氏改名の名前だって本名を探して遺族に接近しようとしているのに、日本政府は遅れ過ぎているんですよ。 まず、政務官、ちょっと今御体調がお悪いのは分かるんだけれども、政務三役あるいは厚労省の方々、現地に行ってくれませんか。自分の目で見てくれませんか。自分の耳で波の音を聞いてくれませんか。あの沖合に日本人と朝鮮人が今も冷たい中にいるということ、それを民間が努力して収容しようとしているということ、その現実を現地に行って見てくれませんか。基本だと思うんですよ、現場に行くことは。いかがですか。”
“日本政府は恥をかきますよ。おととい、さっきの写真でお見せをしましたけれども、上の右の方、ピーヤという排気口、その沖合の排気口の中に入った別のダイバーですけれども、水深三十四メートルのところに横穴が発見されたんですよ、つい数日前に。そこから十五メートルから二十メートル横穴で入っていくと、本坑道に到達するんですよ。本坑道に到達したら、遺骨がある場所に到達するところまで今来ているんですよ。 そして、そのダイバーたちは、もう既に、六月十八日、六月十九日、さっきお示ししました伊左治佳孝さんが入っていく。さらに、七月二十九日から三十一日には、もう一度、伊左治さんが単独で遺骨を収容、発見するために入っていく。八月二十四日から二十六日には日本と韓国の潜水調査が行われるんですよ。そこまで来ている。 だから、皆さんが、調査、調査、調査、安全、安全、安全と言っているうちに遺骨が発見されたら、本当に日本政府は今まで何をやっていたということになりますよ。そう思いませんか、政務官。”
“安全性、安全性、安全性。だけれども、何度も繰り返しますけれども、市民団体は自らダイバーを雇って何度も海の中に潜って、遺体を、遺骨を収容しようとしているんです。 だから、今政務官がおっしゃった伊左治佳孝さん、実際に潜っているダイバーですけれども、話を伺ったとおっしゃいましたが、これは去年の十二月十一日ですよ。だけれども、その後に別の専門家に話を聞かれているという答弁なんだけれども、何で一緒にできないんですか。実際に潜っている人の意見を、今、ほかの専門家と聞くべきじゃないですか。違いますか。”
“さらに、五月二十日になると、福岡厚労大臣は、民間がクラウドファンディングでこれまでお金を一生懸命集めて、それで潜水する人を探して、その前には、さっきも言いましたけれども、坑口を見つけて、そして潜水して、この間なんか、クレーン船を雇って、中にあるいろいろな妨害物を取り除いて、更に進もうとしている。だから、そういうことに対しても、福岡大臣は、財政的支援だって検討していく余地はある、あり得るという答弁をこの間なさっているんですよ。 だから、そういう下で、何で実際に潜っている専門家の話を聞かないんですか。今専門家の話を伺っているとおっしゃいました、土木、潜水など。そこに何で実際に潜っている人の話を聞かないんですか。”
“安全性、安全性、安全性とずっと言ってきて、民間の人たちは、自分たちでお金を集めて専門家を雇って、何度海に潜って遺骨を収容しているんですか。政府の対応は大問題ですよ。 だけれども、この間の国会での質問に応じて、例えば三月二十一日は、岩屋国務大臣、外務大臣が、長生炭鉱の件については、もう遺骨の回収ができるものなら、本当に一日も早くさせてあげるべきだと。だけれども、安全性の問題とおっしゃっていた。これが三月二十一日。 だけれども、さらに、四月七日になると、今度は石破総理がこう言っている。民間がそうやって努力をして遺骨を収容しようとしていることは尊いことだと総理がおっしゃった。危険があるということを政府が承知していながら、そういう方々がそういう作業をしておられると、そうしますと、自己責任ですからねみたいなことを言うわけにもならないと言っているんですよ、総理は。さらに、いかにして安全が確保できるかということは、技術は進歩するものでございますので、政府としてもこれは勝手にやってくださいという話にはならぬと思っています、総理はそうおっしゃった。”
“だけれども、韓国政府は、この間、韓国の各地方自治体と共同で調査を行って、この人たちの本名まで調べ上げたんですよ。十人の中の五人までは、今、明らかにした。 それだけじゃないんですよ。いずれ遺骨が収容されるということを前提にして、もうDNA検査の準備もしているんですよ。二十九人、DNA調査実施遺族がおります。さらに、DNA鑑定、遺骨が収容されたら行いたいということで二十六人申請をしていて、今、韓国政府は合計五十五人の遺族の方のDNAを採取、保管することになるんですよ。韓国の方はそこまで進んでいるんだけれども、日本政府は今どうなっているのか。 まずお聞きをしたいのは、これは細かいことですから厚労省にお聞きをしますけれども、今どういう状況に政府の取組は、長生炭鉱についてなっていますでしょうか。”
“つまり、朝鮮人の遺骨であっても、それが発見をされて、今、日本全国の寺院にあったものについては、その返還の問題などが課題にはなってきたけれども、だけれども、海に沈んでいる長生炭鉱の朝鮮人労働者百三十六人については対象になっていないんですよ。そんなことでいいのかということなんです。 今から核心部分を政務官にお聞きをいたしますけれども、実は、二月一日に行われた現地での追悼式、私も行きましたし、平岡議員もいらっしゃいました。そこには社民党の議員、共産党の議員の方もいらっしゃいましたけれども、何と、韓国政府からも出席しているんですよ。韓国人の、朝鮮人の犠牲者の遺族の方も二月一日の追悼集会には来ているんですよね。だけれども、日本政府はそういうことをやっていない、やろうと今もしていないんですよ、残念ながら。 先に政府の問題点を挙げておきますけれども、追悼集会には韓国政府からの代表が来ただけではない。日常的に調査を今も行っていて、この名簿の中には、当時は創氏改名ですから、石原さん、徳山さん、共田さん、中村さん、永山さん、廣田さん、星山さんという日本名の方々の犠牲者もいらっしゃるんですよね。”
“つまり、先に答えを言ってしまうと、寺院にある遺骨でないと対象にならないわけですよね。”
“二〇〇五年の日韓合意の中で、朝鮮人労働者の遺骨についてはどのように位置づけられていますか。”
“そういう文書が今でも残っているんですよ、一九四〇年に作られた。具体的に言うと、長生炭鉱鉱業所鉱務課が出した渡航鮮人に対する注意事項という文書なんですけれども。 これは当時の日本では当たり前なんだけれども、銃後にいる人たち、つまり前線にいる人たちだけじゃなくて、銃後にいる人たちも日本のために戦ってきたという位置づけだったわけですよね。これはもう常識ですよ。ですから、この長生炭鉱の鉱業所鉱務課が出した渡航鮮人に対する注意事項を読んでも、戦場の兵士と同様の役割を担っている、つまり、長生炭鉱の日本人も朝鮮人労働者も。 渡航鮮人、朝鮮人に対しても、鉄砲や大砲や弾丸や軍艦などをたくさん造らなければならない、当時の戦争中ですから。そのために石炭が必要だ。そのために、全国に炭鉱があったけれども、長生炭鉱も海底炭鉱として存在していた。そこで働く人たちも同じ位置づけなんだ、戦争をしている心持ちなんだ、そういう位置づけなんですよ。当時の日本はそういうことでしたよ、総力体制の下では。だけれども、朝鮮人労働者はいまだそうやって法律の中からは排除されている。 外務省にお聞きをします。”
“そのように長生炭鉱で亡くなった人たち、日本人も含めて朝鮮人も戦没者の定義に入っていないんですね、この法律の中では。だけれども、そんなことを言っていられるかどうかということ。 次に、経産省にお聞きをしたいんですけれども、当時は商工省でしたけれども、例えば、長生炭鉱鉱業所鉱務課が渡航鮮人に対する注意事項という文書を残しているんですけれども、これは確認されていますでしょうか。”
“まず、厚労省に伺いますけれども、二〇一六年、議員立法で成立した戦没者遺骨収集推進法、この収集という言葉が、私は物すごく違和感があって、遺骨は収集じゃないだろう、ごみ収集じゃないんだから収容と本当はするべきだと思いますけれども、法律としては戦没者遺骨収集推進法、二〇一六年、この中でどのように犠牲者たちは位置づけられているでしょうか。具体的に言えば、その中に朝鮮人労働者は位置づけられているのでしょうか。まず政務官にお尋ねいたします。”
“このことを、市民団体が一九九一年から努力を重ねて、自分たちでクラウドファンディングをやってお金を集めて、何度も努力をして坑道入口を見つけた。そして、見つかったから、海の中に自分たちで雇った水中探検家の方に入っていただいて、何とか日本人、朝鮮人の遺骨を収容しようじゃないかという努力を長年なさってきた。そこに対して日本政府がどう関わるかということを今からお聞きをしたいというふうに思います。 犠牲者名簿もちゃんとあります、日本人、朝鮮人。日本人の平均年齢は四十二・〇九歳、中には二十歳の方あるいは五十七歳の方がいらっしゃいます。朝鮮人の犠牲者、二名は名前が不明ですけれども、平均年齢でいえば三十・八一歳、二十一歳、十八歳の青年もこの炭鉱で、徴用で日本に来て、炭鉱の中で一九四二年に命を失った。ここに政治がいかに手を差し伸べることができるかということをこれから伺っていきたいというふうに思います。”
“今日は、これから時間をかけて、長生炭鉱、山口県宇部市にあった海底炭鉱の遺骨収容の問題について細かく質問をしていきたいと思います。 皆さんのところに資料はもう届いていますよね。まず見ていただきたいんですけれども、これが山口県宇部市にある長生炭鉱の現場です。今年の二月一日に犠牲者の追悼集会が行われました。一番大きな写真を見ていただければ分かりますけれども、これが坑道。これは市民団体がいろいろな長年の努力を重ねて、これが坑道入口だろうということを、五メートル、いろいろ証言者あるいは電気調査などを行って、ようやく見つけた坑道の入口の写真です。ここから潜水をして、今、遺骨収容のための努力がなされております。 上の写真が、右側がピーヤ、海底炭鉱ですから空気が入る穴が要る、それがピーヤというもので、沖合と手前のところに今も現地に行けば分かるようになっております。ここに、一九四二年の二月三日に海底炭鉱で落盤事故が起こりました。そのために日本人四十七名、朝鮮人百三十六名、合計百八十三人が今も海の中に、救出されないまま遺体、遺骨が残っている。”
“今、大臣は、全ての方々とおっしゃいましたけれども、その中には日本の植民地支配下にあった朝鮮人あるいは台湾人も入っていますか。”
“有田芳生です。 今年は、戦後八十年、そして昭和百年に当たります。石破総理が談話を出されるのかどうかというのを注目しているんですけれども、戦後の日本で様々な戦後処理が終わっていない課題が多い。例えば、私がずっと取り組んできた問題の一つとしては、BC級戦犯。植民地支配の下では、台湾人あるいは朝鮮人がBC級戦犯に問われた。だけれども、戦後処理の中でそのことが十分解決してこなかった。 これは、二〇〇九年、一〇年の段階で、議員立法として法律ができたんだけれども、何と民主党政権のときでもそういう法律を通すことまで至らなかった。結果的に、同進会という朝鮮人BC級戦犯の組織の責任者などはもうお亡くなりになった。本当に時間がないまま、八十年たってしまった。 まず、大臣にお聞きをしたいんですけれども、これは大臣としてではなくて、戦後問題についての認識を議員として、まずお聞きしたいと思います。”
“今お示ししましたように、法律案というのはもう既に十年以上前からできているものですから、これをやはり日韓議連を中心にしながら各党で十分に検討して、速やかにこれを実現しなければいけないという思いを強くしたということをお伝えして、質問を終わります。”
“できるだけ急いで結論を出したいと思います、できるだけ早く結論を出したいと言って、もう十一年たっても困っている人たちがまだいらっしゃる。やはり、日本の政治の、ここは問題点、克服しなければいけない課題だというふうに思っているんですよ。 ですから、確かに議員立法を成立させなければいけないんだとは思うんだけれども、それをもっと促進させるために、法務大臣のお気持ちを少しお聞かせ願えればなと思うんですが。”
“そうすると、法律を変えるしかないんですよ。 これは、日韓議連などでずっと、自民党、公明党の皆さんも含めて、野党も取り組んできた問題で、実は、公明党の遠山清彦元議員がこの問題に熱心に取り組んでいらして、もう既に、二〇一四年段階で法律案を作られているんですよね。公明党さんはもうそのときに党内手続を終えているんですよ。 ほかの党も検討したんだけれども、平和条約国籍離脱者等地位喪失者に係る日本国との平和条約に基づき日本の国籍を離脱した者等の出入国管理に関する特例法の特例に関する法律案というのができているので、これは立憲民主党も党内手続をもう既に終えていて、賛成なんですよ。だから、そこを進めていくしかないというふうに思っているんですよね。 二〇一四年の衆議院法務委員会の質疑の中で、当時の谷垣法務大臣は、遠山議員の質問に対して、どういう措置を取ることができるのか、改めて、最も適切な方法について真摯に検討せよと指示をした、法務当局に指示をしたと。これは二〇一四年五月なんですよね。”