寺田学
立憲民主党・無所属 · Japan
“そういう意味を含めて、本来であればもっともっと自分の政治の世界の中での時間と労力を割くべきだった事柄であるにもかかわらず、中途半端になってしまったことにじくじたる思いがあるとともに、今回、こういう機会でお二人からお話を聞く機会を持ったことをもって、自分の残された任期と、あとは、任期が終わった後は、今日ここにいらっしゃる、これからも政治の世界で働かれる皆さんが、今日を機会に、真剣により一層取り組んでいただけることを心から願うものであります。 斎藤参考人にお話をお伺いしたいと思います。 非常に、今まで私も、いわゆる矯正行政の中において、刑務所等の視察はありましたけれども、刑務官の方々からのお話を聞くという機会が多かったんですが、やはり、その中に入られて受刑されていた方から話を…”
“単純に、刑務所から出て職に就いたということをもって更生をしたのだというふうに捉えがちではあるんですが、様々な経歴を拝見すると、刑務所から出ても、当然、暴力団をやめた後であっても、いろいろな苦労、山あり谷ありだったというふうに伺っております。斎藤参考人にとって更生とはどのような状態を指しているのか、我々は何を目指すべきなのかということをお話しいただきたいのが一点。 もう一点。四十代になって、広島の福山にあるフジゼミというところに通って、慶応に合格されて、今、司法試験を受けられて、聞くところによると、短答は通ったという話は聞いていますけれども、フジゼミで教育を受けた、勉強を受け直した、学び直したということ自体が、いわばそういう更生の途上にある、更生という枠組みの中にある人にと…”
“立憲会派の寺田です。 まずは、今福参考人、斎藤参考人、御多忙のところ本委員会に足を運んでお話を聞かせていただきましたこと、心から感謝申し上げたいと思います。 ちょっとだけ個人的な話をしますけれども、私自身、今期をもってこの政治の世界から身を引くことを決めましたけれども、自分の中で未練があったりやり残しがあるということが問われると、真っ先に、このいわゆる保護行政、社会復帰の問題に取り組んで十分な時間を注げなかったということを、ある種、後悔はしています。 私自身は、非常に幸運なことに、恵まれた家庭に育つことができて、自分自身の努力は否定しませんけれども、このような場に座って質問する立場に立っているのは、まさしくそういう幸運があったからだと思っています。”
“寺田です。質疑時間、ありがとうございます。 本日は三件について、法務大臣の、先ほども言及ありましたけれども、ゴールデンウィーク中の海外出張についてと、来月からですかね、変わります矯正処遇の在り方、刑の在り方、刑務所の中での役割の在り方の理念的な変更も含め、最後は、今制限されている受刑者の選挙権の行使について、この三点を質問します。 附属する資料がありますので、お手元で後ほど御覧になっていただければと思います。 まず、法務大臣のゴールデンウィークというのは、一般的な意味で、海外出張について、国会をやっている間においては確かに国会との関係の中で様々議論があっていいと思いますが、今回の件とは別に、まず一般論として申し上げると、私は、本当に国力が残念ながら衰退しかねない我が国にと…”
“ちょっと記事を、一部抜粋なので、是非とも見てほしいんですが、共用のリビングスペースには大きなテーブルやソファーがあって、私が一番びっくりしたのは、そこに、自分たちで食事を作ったりするんですが、ナイフもありました。それで、自分だけの個室があって、自分で鍵を閉める。基本的に様々なことが許されていて、一枚目の表の下ぐらいには、一人ずつに与えられている居室のほか、DVDや本が整然と並んで、音楽室も見たんですが、本当になかなかの設備でした。ここの一番下に、所長が言っているのはそのとおりだなと思うんですが、釈放されたときに趣味があるのが絶対大事だ、薬より音楽にはまる方がはるかにいいと。 裏側を見てほしいんですが、模範囚含めて、家族との面会も日本に比べてはるかにありますし、個室で会えま…”
“日本であるならほとんど考えられないことなんですが、その下の方に、これは所長の言葉なんですが、外では朝、家で起きて、オフィスや学校に行って、同じだ、ここはミニ社会なんだと。朝、居室の鍵が開けられると、リビングで食事をし、作業していくんだと。午後、様々作業をした上で、夜は自分の部屋に戻るんだと。とにかく、受刑者が外と同じように、そのミニ社会の中において、その社会の一員として生活するということを徹底的にここでトレーニングをしていく。 そこまでするのはなぜかと中段にあるんですが、もう徹底的に更生と社会復帰、再犯の防止のためでした。我々視察団も、余りに環境が想像以上だったものですから、ここまでするってどういうことなんですかと言われたときに、同じように、法務省の副大臣かな、から言われ…”
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“ありがとうございました。 短い時間ですので次に進みますが、さきの質問でも申し上げましたけれども、今回の法案の製作過程というか成り立ちは、本当に、法制審の中でも大きな意見対立がありましたし、与党の中でも大きな意見対立がある中で、賛否がある中で、ある種、玉虫色にするところで合意点を見出して、提案を国会にされたというものでした。ですので、玉虫色がゆえに、様々な独自の解釈をして、拡散をし、それを知ることになり、誤解が進んだということも懸念事項の一つでした。ですので、この国会の審議を通じて、この法案の立法者の意思をしっかりと示していくということが何より大事だということで、多くの議員が時間を割いて、大臣及び民事局及び最高裁も含めて御答弁いただいたものだと思います。 ですので、全ては拾えませんでしたけれども、これまでの主な委員会答弁ということで、事務所の者に協力してもらってピックアップしました。衆議院においては最後の機会ですので、是非ともお手元を見て振り返ってほしいんです。大臣も振り返ってください。全ては拾えませんでした。”
“立憲民主党会派の寺田です。 採決を前に、最後の質問となりますので、合意した修正案について、そしてまた、今まで重ねてきた質疑の答弁について、今日、お手元の方に事務所の方でまとめた答弁資料、ピックアップしたものがありますので、是非とも御覧いただきたいと思うんですが、それとともに、非常に大きな法案、価値観が分かれる法案、懸念が多く寄せられた法案でもありますので、最後に一言述べたいと思います。時間どおり終わりたいと思いますが、そういう機会でもありますので、柔軟に御対応いただけたら幸いです。 まず最初に、今回、修正案を我が党含めて合意をしました。幾つかありますが、その中でも、やはり大事だと思われる子の監護に関する広報啓発についてと、私はより大きいものだと思っていますが、この検討事項の中にある一つ、父母の双方の真意に出たものであることを確認するための措置、これを修正合意した趣旨というものを提出者に御説明いただきたいと思います。”
“モラルハラスメントもよく言われますけれども、お互い、食卓に着いても一切言葉を交わそうとしないであったり、交わすにしろ、夫婦間であるにもかかわらず物すごく冷たい言い方でしか言わないとか、すぐ部屋に閉じこもってコミュニケーションを取ろうとしないとか、様々そういうケースがあると思いますので、制度上、どういういきさつかは別として、本人合意がない中においても裁判官が共同親権を審判できるという仕組みにしているんですが、DVやDV以外のことについても十分考慮して、そういう慎重な判断をするということについて御答弁をいただければ。”
“最後、大臣にちょっと聞きたいんです。 今、DVの件は非常に大事なので、DVやDVのおそれがある場合においては共同親権を避けて単独親権にするという仕組みにすること自体は当然というか大事なことだと思うんですが、ちょっと、ややDVやDVのおそればかりに集中をして、また、推進される方々においても、いや、それは当然ながら除外すべきだという言い方をしているんですが、私は、夫婦間においては、DVやDVに準じるような、そのおそれも含めた行為だけではなくて、本当の不和というものもあると思うんです。 全くもって価値観が違うとか、全くもってコミュニケーションが取れない。それは威圧的な態度じゃなくてもです。”
“だから、脅迫や欺罔を使って何とかという構成要件があると思いますが、安易に、やはりさっき言ったとおり、特段の理由というか、その人の理由があってそういう行為をしていること自体を、その理由があるなしをほぼ捨て去って、子を連れて別居した状態のことをそういうふうに言う人が物すごく多くて、私に対しても指摘をする方も多くて、非常にこれ自体は先ほどの共同親権を認める要素の人格を尊重する義務にも私はもとると思いますし、大臣も一般的にはそういう相手を犯罪者と言い放つこと自体が人格、協力義務を損ねているという判断がありましたので、こういうこと自体は本当にクールダウン、クールダウンという言い方がいいのか、そういうような主張を繰り返すこと自体を厳に慎んでしっかりと真実を認める関係というものがあるべきだと私は思います。 子連れ別居の際に、その理由があるかないかみたいな話をしていますが、特段の理由ということも、民事局、質問者に答える形で理由をお話ししていますが、この特段の理由、急迫の事情ですけれども、それにはどういうものがあるのかというのを列挙していただけますか。”
“なので、フレンドリーペアレントルールが何なのかということは、それぞれの解釈はあると思いますが、そもそも、今申し上げた、一方が子の心身に云々というところは父母間の協力義務を定めたものではないという、当然ながら、当たり前ですけれども、見解がなされました。 この手のことも含めて、様々なこと、私が非常に危惧しているのは、先週の議論の中でも、特段の理由なく、ここはすごく大事な言葉なんですけれども、特段の理由なく子供を連れ去ったということは精神的なDVになるかということを、特段の理由なくというところはなしに、子供を連れ去ったこと自体が精神的DVになるのだとか、子供を理由なく引き離して相手側に会わせないということを、相手側に会わせないということ自体は略取誘拐にもなるのだみたいな、特段の理由とか、子供を理由なくとか、そこが物すごく大事なことであるんですが、そこをある種重要視せずに、後段の、子供を連れ去ったとか、引き離した、相手に会わせないということをもって精神的DVということが成り立つというふうに答弁されたのだと誤解される方々も多くて、ここは本当に、特段の理由というのは民事局的には急迫の事情ということになるとは思いますけれども、しっかりとそこを踏まえた上で正しい理解を広げていかないと、結局のところ、誤解に基づいて訴訟を起こされる場合においては、全くもって本当に負担、本質的にはしなくてもいい負担をするケースが増えますので、そういう正しい見解というものをしっかりと告知していく必要があると思いますし、そういう意味では審議というのは物すごくこれからも大事であると思います。”
“いろいろあるんですが、一点、自民党の先生の中で、これは先々月ですかね、ツイッターで発信された内容ですけれども、党の法務部会で、家族法改正案の条文審査の中で、子の利益のための父母(離婚後含む)の協力義務に加え、一方が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるときは他を親権者とされるとなっており、フレンドリーペアレントルールが採択されたというふうに解釈をして発信をされて、かなり多く広がっているんですよね。 このフレンドリーペアレントルールに関しては、再三、民事局の方が決まった定義はありませんということを言われているので、今定義を聞いたところで意味はないのであれですが、この方が発信されている、一方が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるときは他を親権者とされるとなっており、フレンドリーペアレントルールが採択されたと言っていますけれども、一方が子の心身に害悪を及ぼすおそれがあると認められるときは他を親権者とされること自体は、父母間の協力義務を定めたものですか。”
“今回、この法改正自体が、先週も申し上げましたけれども、法制審の中においても、そして与党の議論の中においても慎重派と賛成派の方々の激しい意見を重ね合わせた上で、お互いが了解できるところということで出されてきた部分があるので、物すごく玉虫色になっている部分があります。その玉虫色の部分をこうやって審議の中で一つ一つ整理をしていくことは非常に大事なことだとは思っていますが、とはいえ、過去において、もちろんそれは自由なんですけれども、その法文、法案に対して御自身の解釈を対外的に発信することによって誤った情報発信になっていることも私は散見されるなと思っています。玉虫色であるがゆえに、自分の解釈を重ね合わせて、こういうふうに決まったのだと言って、それが拡散されていくことは私は望ましいことじゃないと思っています。”
“もう一点、養育費を払っているから共同親権として認められるのだ、直ちに認められるのだというのも解釈としては間違っていますよね。”
“ただ、それに対して、全て実子誘拐なのだ、略取誘拐なのだというふうに決めつけて言うような関係性の中で、要件にあるような人格尊重義務が果たされているとはおおよそ言えないと思いますので、先ほど大臣が一般論として、そういうような相手に対して犯罪行為をしているぞというふうに言う人にとっては一般的にそういう義務を果たしていないと思うという答弁をされたことは大きい一つの指針だと思います。 これは、冒頭申し上げたとおり、どういう場合においては単独、どういう場合には双方合意していなくても共同になり得るのかということが物すごく判断が分かれているというか、不安になっている方が多いので、単純にですけれども、DVやDVのおそれ、それが存在しない場合においても、当然ながら単独親権と認められることはありますよね。いや、うちはDVもない、DVのおそれもない、だから共同親権なのだということではないですよね。”
“日々、日常からお互いを犯罪者と罵り合っているような方々がいるのかどうか私は分かりませんけれども、やはりそれは、離婚をする中において、相手に対して一方的に犯罪行為を犯したと決めつけた言動をするのは、私はもうこの人格尊重義務を失っていると思うんですね。 その意味において、今までは、子連れで別居することに関して、理由があって別居していることに関して、略取誘拐だというふうに一方の親を罵る、まあ、罵っていない、指摘でもいいですよ、相手を犯罪者、犯罪を犯している人だ、あなたのやっていることは犯罪行為だというふうに一方的に言い、それをまた対外的に、ソーシャルメディアでも結構ですし、友人に対してでもそうですけれども、相手に対してその理由自体の存否を確認するまでもなく、及び、確認したとしても一方的に相手に略取誘拐なのだというふうに言っているような方は、私は、今、前段で一般論とお話しいただいた人格尊重義務を損ねていると思いますけれども、大臣、どう考えますか。”
“いや、大臣、ぽっと出ても駄目ですよ。あんたね、あんたなんて犯罪者だよと言われたら、それは言われた側にしてみれば、言った側はぽっと思わず言ってしまったと言うのかもしれないですが、言われた方にしてみれば、犯罪者だと言われることというのは物すごい大きいですよ。 なので、ぽっとでも駄目ですよ。やはり私は、相手を犯罪行為を犯しているぞと言うような関係は父母相互間の人格尊重義務を損ねていると思いますが、改めて、答弁、どうですか。”
“さっき、最低限のやり取り、最低限のコミュニケーション、大臣として、最低限のコミュニケーションというのは、父母間が非常に葛藤が高くても、事子供のことに関してはしっかりと話し合い、コミュニケーションを取った上で物事を決めていけるような状態を指すのだという話でした。 この人格尊重義務というのは、とはいえ父母間において人格の尊重義務はありますよねということを言われていて、例えばですけれども、父母の一方が相手に対して、あんたは犯罪者だ、あんたは犯罪行為を犯しているというようなことを言い合う関係というのは、人格尊重されているかどうかというのはどう考えますか、大臣。”
“なるほど。何かしら、夫婦間においては感情が高まっていろいろ言い合うことはあるかもしれないが、事子供のことに関してはコミュニケーションを取るというのは、ただ言い合うだけではなくて、物事をちゃんと決めていくような、そういう関係が整っているかどうかということですよね。なるほど、ブレークダウンできました。 過去、三谷議員とか他の先生方が言われているところにもあったのであれなんですけれども、夫婦間において様々なことを話し合うことがまず大事で、協力して子供のためにやっていくということが大事だということを言いながら、今までの答弁、局長とかの答弁の中でいうと、本改正案によれば、親権の指定の裁判においては、様々今法文のことを言っていただいた、父母相互間の人格尊重義務や協力義務を遵守してきたかどうかも考慮要素に一つ入りますという話がありました。 これは、なので、単純に、お互いが罵り合っているとしても、お互いの人格をちゃんと尊重しましょうよということが父母間において大事だということでよろしいですよね。答弁のことです。”
“お互いがもう罵り合ったとしても、事子供のことに関しては何かをちゃんと話し合っている。ただ、そのときにも、おまえの子育ての仕方おかしいよ、いやいや、あんたの子育てだっておかしいじゃないかという概念に基づいて、いや、離婚というのはそういうことでしょう、そういうことも含んでいるでしょう。そのときに、単純にやり取りはできている、お互いが、あんたの子育ての考え方はおかしいよとか、そういう教育方針がおかしいよ、いやいや、あんたの方がこういう教育方針がおかしいんだよと言っていること自体が、さっき大臣が言った最低限のコミュニケーションにさすがに該当はしないですよね。 ちゃんと、コミュニケーションというこの含意は、お互いが子供のことについて話合いをする中において、親権を共同して行使していくわけですから、何かをちゃんと決めていく、そういうことができる環境にあるのを最低限のコミュニケーションと言われているのでよろしいですか。”
“いや、コミュニケーションといっても、広義の意味のコミュニケーションといえば物すごい広いですよ。メールで、大臣と僕はつながっていないですけれども、あなたはちょっと駄目な大臣だよと、それで、何言っているんだよというふうに返すのもコミュニケーションですよ。 ただ、この文脈における、どういう状態なのかといったら、最低限のコミュニケーションが成り立っている、子供の利益のために最低限のコミュニケーションが成り立っていることが大事なのだと言われる際には、そのようにお互いがお互いを非難し合う状態であっても、最低限のコミュニケーションが成り立っているというんですかと言っているんです。大臣が言われた定義です。”
“最低限のコミュニケーションというのが大臣から概念として出されました。 この最低限のコミュニケーションというのはどういう状態なのかというのが大事だと思うんですよね。お互い、離婚するわけですから、一般的には仲よくはないですよ。お互いに対して非難し合うときもあれば、単純に、お互いとして、非難はないけれども、この人と一緒にやっていくのは難しいと合理的に冷静に理解している場合もあると思います。 いずれにせよ、その最低限のコミュニケーションというのは、物事を話し合って、コミュニケーションというのはいろいろありますよね、メールは届く、そのメールに対して返す、これもコミュニケーションですが、あんたなんて最低よと言われて、おまえこそ最低だろうと言っているものも、一応コミュニケーションにはなっていると考えるんですか。”
“父母間の葛藤が高過ぎて、審判のタイミングですよ、そういう場合においても、困難と言えるのか言えないのか、どういう場合がこの親権を行うことが困難であると認められる場合なのか。僕が一番関心があるのは、困難ではないなというふうに審判するその状態というのは、極限値でいうとどれぐらいの状態まで、いや、これは困難とは言えないなと言える状態なのかを、それをちゃんとお話ししてくださいよ。そこを、裁判官、人それぞれに任せますというのは、余りにも無責任ですよ。 大臣、どういう場合ですか。今、局長が何か調べているから。”
“もう一回御指摘を、ちゃんと言いますけれども、父母が共同して親権を行うことが困難であるとは認められないときであっても、単独親権を判断することはあり得ますよね。”
“だから、親権者の定めとして、単独親権という判断が下りることはありますよねと言っているんです。”
“ほぼ何も言っていないに等しいと思うんですけれども。 法文上は、父母が共同して親権を行うことが困難だと審判のタイミングで認められたら単独親権になるわけで、これは一点確認しておきますけれども、もちろん、父母が共同して親権を行うことが困難であるとは言えない場合でも、単独親権になることは当然あるんですよね、制度上。”
“いや、判断するタイミングはまさしくそこだとは分かっているんですけれども、その時点で、判断のタイミングで、この父母に関しては共同して親権を行うことが困難な状態にあることをもって、その判断のタイミングで、これは無理だなと判断するのか、いや、将来的にこの父母たちが共同で親権を行使することは難しいなと審判のタイミングで判断するのか、未来予測的なものを入れるのかどうかというニュアンスです。”
“もし真摯な本人同意に基づいたもの以外も認め得る法案を通していくのであれば、まさしくそのことについて書かれている八百十九条七項二号の「父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき。」、その前段にもいろいろありますけれども、この辺の解釈というものをはっきりと政府としては示していく、審議の中で明らかにしていくことが必ず必要だと私は思います。 という点で、この八百十九条七項二号の「父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき。」というものの具体的な解釈について聞きたいと思います。 まず、この「困難である」という判断は、どの時点における困難性をいつ判断するのか、御答弁をお願いします。”
“寺田です。よろしくお願いします。 参考人の方をお招きをしながらいろいろな御意見を聴取し、そしてまた、委員から様々な点を指摘して議論しているんですが、審議を聞いておられる方及びこの法案に対して様々な思いをお持ちの方からの意見を聞く限りにおいて、実質的にやはり本人同意、共同親権と認められる、判断される場合には、まずは本人同意があるケース、しかも、その本人同意は真摯な合意に基づく本人同意から、共同親権という仕組みを始めるのであればやっていくのが、私は、様々な懸念というものを払拭するのではないかなと思います。 やはり、この八百十九条、まあ七項二号のことは後でやりますけれども、本人たちが同意していないにもかかわらず裁判所が判断することができるという仕組み自体が、多くの方々に対して、特にDVや、DVのみならず、夫婦の不和及びモラルハラスメントも含めて、一緒に過ごしていくことができないと判断している父母間において共同親権という新たな仕組みが裁判所によって判断されるのではないかという強い懸念が、この法案に対する大きな声を生んでいるんだと私は思います。”
“時間が来ました。 先ほど与党議員の出席の態度やら政務官の態度について言及もしましたので、時間が足りなくなりました。牧原さん、ちゃんと弁償してくださいね。 本当に質疑時間をちゃんと取らないと、これは本当に現場が困りますよ。裁判官たちも困るでしょうし、もちろん裁判官たちによって判断される御家族、お子さん、お父さん、お母さん、全員困りますよ。立法者の意思をちゃんとこの審議の中で示すべきです。 様々な事情があると思いますが、しっかりと質疑時間を取っていただくことをお願いして、終わります。”
“一般論を述べていただきましたけれども、普通に運用を想像していて、離婚の直後というか、離婚の話合いをしている最中は最も高葛藤ですよ。それで、時間を置いているにもかかわらず、調停でも落ち着かず、当然ながらお互いの合意も調わず、審判まで上がってくるレベルのものが、改めて、五年たって、お互い争って調停でもうまくいかなかったけれども、裁判官として、やはりこの人たちは二人でやった方がいいよねという結論になるには、どういう要素なんだろうと、逆に探し切れないので思うんです。これは来週含めてやりたいと思います。 残り三分なのであれですけれども、八百二十四条、裏側の方にその条文だけ載せていますけれども、一方の親が単独で行うことができる行為の範囲について、先日はパスポートの取得を枝野委員がやられていましたけれども、人工妊娠中絶の手術に関して、一方の親が単独で行うことができる行為かどうか、御判断をお示しください。”
“制度的には、離婚後の人に対しても、共同親権に親権変更する申立てができるように、成立すればなるんでしょうけれども、これは本当に認められるケースはあるんですかね。”
“それか、一定程度、いや、それは片方だというふうな話で決まっているのかもしれません。 本当に、これがこういうふうに上がってきたときに、どのようなケースが想像されて、そこに対してどういう判断を下すべきかというのは、冒頭申し上げた、立法者としての意思をちゃんと定めておかないと、余りにもその部分に関して裁判所に丸投げするのは私は問題があると思っています。これは来週含めてやりたいと思います。 既に離婚が成立されている方にも、当然ながら、今もありますけれども、親権を変えるという申立てが行われる中で、共同親権というものが施行されれば申し立てられますが、これは、離婚後に関しては、昨日もいろいろお話を聞きましたが、離婚直後が最も葛藤が高い、お互いが、離婚するという大きな決断をする上で対立しているわけですから。ただ、時間を置いたら少しずつカームダウンしていくというのが一般的な傾向だと思うんですが、それでもなお、お互いの対立、お互いが合意点を見出せず、審判まで上がってくるというのは、離婚時よりも相当、もう根本的に難しい間柄なんだろうなと想像できます。”
“想像するんですよ。お互いが、この八一九条の二号の中で、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるとき、これはちょっと、来週の火曜日にも質疑に立ちますので、もっとブレークダウンしてやりたいと思うんですけれども、一般的に、私はまだ、まだと言ったら駄目だな、離婚したことがないので、どういう関係の中で物事を話し合っていくのかというのは当事者として分からないんですけれども、多分相当な、お互いの中での葛藤というか対立がある中で話合いが進められていくと思うんです。その中において、お互いが、調停に入りました、調停委員の方々を含めて、背中をさすられながら、お互い、子供のため考えようよということを言いつつも、それでも調わないものが審判として上がってくると思うんですよね。 私は、そういう状況の中で、この八一九条の二号の、父母が共同して親権を行うことが困難でないと審判できるケースはどれぐらいあるんだろうと思うんです。 本当に父母が共同して親権を行うことができるような環境であるならば、審判になる前に、お互い話し合って何か決めているはずですよ。”
“それで終わりのはずだったんですけれども、長かったですね。 あと、先ほどからDVの話も出ていますけれども、先日のしばはし参考人が言われていたことは非常に示唆に富んでいるんですが、親が争わないことがとても大事で、それが子供の福祉であり、子供の利益だということを言われていました。 DVのような関係ではなくても、いわゆる不仲、不和、実例として私の周りであるのは、食卓を囲んでも父母間が全くしゃべらないとか、あからさまにお互いが冷たい対応をし合っているということ自体は、幼児であれば別として、一定程度の物心がついた子供であれば、夫婦間がおかしいことはよく分かって、通じるし、それ自体が物すごく子供の心理に与えることは、これは子供を育てたことがある人は、当然、目の前で見ているでしょうし、周りの方から聞く機会もあると思います。 DVのみならずです、父母の関係が不和、不仲、今申し上げたような冷戦関係も含めて、DVはしていないですよ、ただ、完全に不仲の場合においても共同親権が認められる余地はあるんですか。”
“私、法曹家でも何でもないのであれですけれども、子供にとってどちらが親権者としてふさわしいのかという一方を決める際においては、当然ながら、父親と子供の関係、母親と子供の関係、母親と父親の親権者としてのふさわしさというものを子供と照らし合わせながらやるでしょうから、父母間の関係というものがそれ以上に優先して評価される対象にはならないはずですよ。 ただ、今回の法案の規定の中において、まさしく、この二号に書いているとおり、父母が共同して親権を行うことが困難であると認められるときは単独にしますと言っているわけですから、この3番自体は、単独親権を決める際よりも物すごく重要視されますよね、共同親権を考える際にはと言っているんです。これは当たり前のことじゃないですか。”
“どのような価値観を持って見るかではなくて、法文を素直に読んでいくと、私自身は、親権者を決める判断に当たっては、単独親権よりも共同親権を判断する際の方が考慮要素が多いと思うんです。 そのために、すごい当たり前のことですが、簡単な絵を作りました。単独の親権を判断する際には、例えば、父と子の1番及び母と子の2番、この1番と2番が、どちらが親権者としてふさわしいのかということを判断の基本的な要素にすると思うんですが、共同親権になると、当然ながら、父母間の関係が、この八百十九条にも書かれているとおり、重要視されるわけですよね。 これは、単純なたてつけの説明の話ですけれども、親権者の判断に当たって、単独親権よりも共同親権の方が判断の際の考慮要素が多いという考え方について、どうお考えですか。”
“重ねて聞きますけれども、共同親権の方が認められやすいというような見方と同様の立場に立ちますか。”
“局長、この単独親権の方よりも共同親権の方が認められやすいんだというような見方に対して、どのようなお考えをお持ちですか。”
“こういうことを、恐らく子育てに本当に主体的に関わっていないと理解できないですよ。やっていますか。 私も今、子供がバスケットボールクラブに通うために様々探して、それがどのような会場で、どのような頻度でやられ、どういう人が集まっていて、それに通わせることによってどれぐらいお金がかかって、どういう人間関係ができるのかということを一個一個、時間をつくりながらやっていますよ。皆さんはそれをやっていますか、本当に。 そんなことも分からないで、その生活基盤を全てなげうって出ていかざるを得ない環境を子供の連れ去りと一般的に使っていることに私は強い違和感を覚えます。 具体的な質疑に入ります。 八百十九条、今日、お手元の方に資料を配りました。条文を並べたことと、簡単な絵を示しているんですが、最初に大臣にお聞きすること、ちょっと時間の問題があるので飛ばしますけれども、離婚後の親権の指定、判断において、一般的に、単独の指定よりも共同親権の指定の方が認められやすいというような話が流布されています。”
“一個一個分解して申し上げたいんですけれども、保育園を選んだり、幼稚園を選んだり、学校の先生やその友達との関係を一生懸命つくったり、どんな塾がいいだろう、どんな習い事がいいだろう、その習い事をやっているようなクラブはどういうところなんだろうということを情報収集して、ようやく選んで始まっている習い事や塾、困ったときに頼ることができる、いわゆるママ友、パパ友、近所との子育ての関係のための人間関係、子供のことをよく知って長年ずっと診てくれている小児科医だったり歯医者さん、使い慣れた公園だったり、何が危険かどうかということをよく分かっている公園だったり、そして日常的に通っているスーパーとか、そういうものが生活基盤であって、これらを築くのにどれぐらいの苦労をしているのかということを本当に分かって言っているのかと私は思います。 これらの全てのものをリセットしてやり直すということ自体がよほど、相当大きな決意だということを私は理解した上で言葉選びをするべきだと思います。そんな大変なことをリセットしてまでも逃げる大きな理由があるということは、私は一般的に想像がつきます。”
“DVがなくても、両親の不仲や対立関係によって子供に相当な影響を与えることは、先日の参考人の質疑の中でもはっきりとお述べになられている方がいらっしゃいましたけれども、離婚することで守られる子供の利益だってたくさんあるわけで、もちろん、子供がいなくても、共にいることがつらい夫婦関係ということも、継続することがどれだけつらいことかということは、自分の周辺の友人たちの悩みを見てみても思います。 それと、自民党の先生から、子供を連れて主にお母さんが逃げたことに関して、子の連れ去りと表現されていること、一般的に使われていることにも違和感を持っています。 まず、いろいろなケースがありますので全てが全てとは私は申し上げませんが、一般論として、何の理由もなく、一度築いた生活の基盤を全てなげうって、子供を連れて逃げていくことがどれだけ大変なのかということを本当に理解されてその用語を使われているのかなと私は思います。生活の基盤というのは何か、皆さん想像できますか、ちゃんと。”
“再三、与党の皆さんも野党の皆さんも、それぞれの価値観を持ちながら、物すごく大事な法案で、誰かを救ってあげたいとして本気でやっている審議ですし、それぞれの悩みを抱え、代弁しながらやっていると思いますので、大事だと思うんです。なので、そういう環境を整えることは、この委員会、この法案に対しても本当に大事だと思いますので、よろしくお願いします。 いろいろな価値観があるので余り申し上げたくないんですが、先ほどから自民党さんの質疑を聞いていて、その家族観やその視点というものに強く違和感を持ちました。とむさん、いらっしゃいますかね。後でちゃんと機会を設けながらお話があってもいいと思うんですが、先ほどの発言の中で、DVや児童虐待がなければ離婚しにくい社会がいいというのには、甚だ強い違和感を私は持ちました。”
“我々委員会側が、お忙しい中、頭を下げて来ていただいてお話をしていただいているにもかかわらず、離席をしている。一瞬ならいいですよ。誰もいなかったですよ、この二列目、自民党も公明党も。 そういう態度でこの法案に向き合っているということに、私は甚だ大きな、問題点を抱えているというか、そういう態度でやるんだったら、一回引っ込めて違う法案をやった方がいいですよ。もっともっと時間を取ってやれるような環境で、真摯に向き合う態度が私は欲しいと思っております。 中野さんにも聞いておきますが、あなたは政務官ですよ。法案の提出をお願いしている立場にもかかわらず、参考人質疑のときにどんな態度でしたか。ずっと寝ていましたよ。たばこも何度も吸いに行っていましたよね。そんな態度で政府がいるんだったら、立法府として受け止めて審議したくないですよ。どういう自覚をしているんですか。”
“寺田です。 早速始めます。 この民法の改正案の提出には、法制審を含めて相当多くの議論が費やされて、また、与党内においても、慎重派、賛成派、両方から意見があって、それを何とかまとめなきゃいけないという目的のもので、相当な部分が玉虫色の法案になっている。このままであれば、立法者の意思というものが全く示されないまま裁判所に丸投げするということになってしまうことを大変危惧しております。 そのような事態になったら、私は立法府の一員ではありますけれども、立法府の怠慢そのもので、職務放棄に近いと思っていますので、いろいろな御事情はあると思いますが、その責務を果たすために十分な質疑時間を取ることを、委員長を含め各理事にはお願いを申し上げたいというふうに思っています。 そのような大事な法案ではあるんですが、一言苦言を申し上げたいんですけれども、この委員会の環境というものは、先日までを見る限り、本当にふさわしくないと思います。 先日、参考人質疑を行いましたけれども、この二列目、誰もいなかったですよ、途中で。何を考えているんですか。”
“共同親権なんて、国会でそんなに大きい議論になっていないですよ、質問回数を調べてみれば分かりますけれども。それでも出してきているんですから。世論調査でいったら、全然、選択的夫婦別氏の方が賛成の人たちの数は多いですよ。もうその理屈は成り立たないですよ。それでも、法制審で結論が出て、要綱案まで出ているにもかかわらず、法務省として出さない理由があるとしたら、ちゃんと答えてほしいと思います。 これは次に持ち越したいと思います。 時間が参りましたので、以上で終わります。”
“いや、共同親権の方が割れていますよ。選択的夫婦別氏制度なんて、自民党の中でも賛成の議連があるんですから。はっきり言って、よっぽど共同親権よりも世論の方向性はほぼ確定的ですよ。もうその理屈は成り立たない。答弁書を書くんだったら、違う理由で書かなきゃいけないですよ。 だから、出す努力をしたらいいんですよ。その検討をしませんか。”
“私は、これは大きい話ですし、今後もし、共同親権の法律が可決をされた後に、もちろんその中の議論もありますけれども、判断をされるときに、大臣の御発言というのは大きいですからね。そういう価値判断の中でやっていくわけですから、議論はあると思います。 共同親権を出したからと僕は連鎖的に言うつもりはないですけれども、選択的夫婦別氏制度ももう一回法務省で出すべきですよ。あと自民党だけですから。その中で相当な議論を、後ろで秘書官が今、そこを読めと言っているかもしれませんけれども、大臣、一番最初、ゴー・トゥー・マリッジですよ。僕は結婚だけが若者の幸せなんて全く思っていませんけれども、確かに、言われるとおり、結婚を望みながらちゅうちょされている方に対して、その障壁を取り除いてあげたい、あげたいというのはおかしいですね、取り除くべきだと立法府の人間の一人として思います。 これは、出す検討を始めませんか、選択的夫婦別氏制度。検討です、出す検討。民事局は大変かもしれませんけれども、もう一回自民党と勝負したらいいですよ。もうここだけですから。検討してみてください。どうですか。”
“僕、共同親権に対しての賛否は、それはその法律のときに申し上げますけれども、ちゃんと夫婦別氏のときにも、子供の利益みたいなことも要素として考えておきながら、そっちを放置しておいて、共同親権のときだけ出てきて、子供の利益に資するかどうかの判断なんだという話になっているのは、ちょっと整理できていないですよ。 はっきり言って、公明党さんもこの間、予算委員会で、導入せよという話を大臣に対して石川さんがされていましたけれども、あとは自民党の問題なんですよ。党内でちゃんと整理してくださいよ。一方で、共同親権のときにはこういうふうに整理をやってきているんですから。いや、だから僕は共同親権に賛成だとか言っているわけじゃないですよ。部会長、ちゃんと整理してくださいよ。 僕、大臣は結構大きい話をしたと思いますよ。要は、離婚後共同親権を導入して、名字が違う者同士が親権を行使することになると子供の利益が損なわれることに対して否定しなかったわけです、そういうケースもあり得るというわけですから。”
“じゃ、離婚後、名字が違う者同士になった場合には、当然ながら、今の大臣の御推測があるわけですから、子供の利益が損なわれることがあり得るという前提の中で、子供にとってどのような利益が、利益を得るのか得ないのか、損なわれるのかというような議論がまさしくされるわけですよね。結構大きい話だと思いますよ。 僕、牧原さんとか物すごい推進しているから言いたいんですけれども、一方で、選択的夫婦別氏のときには、導入に関しては、党内において、名字が違うんだったら子供にとってよくないのだとぎゃあぎゃあぎゃあぎゃあと、ぎゃあぎゃあと言うとまずいか、すごい声高に言う人がいるわけですよ。それで止まっているわけですよ。いや、だって、共同親権は出てきましたけれども、もう選択的夫婦別氏なんてとっくの昔に法制審も通り、要綱まで出て、それなのに通していないわけですよ。”
“論理的にあり得るというか、論理の話を今しているわけで、まさしくこれから出される共同親権の法律の中においては、子供の利益というものを物すごく大事にしているわけですよ。そのときに、一方で、選択的夫婦別氏制度のときには、はっきり言いませんでしたけれども、導入に反対する声の一部の中に、親権を行使する者自体の名字が違っていたらそれは子供の利益を損なうのだという意見があることを法務省として認めているわけですよ。その上で、今、大臣も、そういうことになったら子供の利益を失うこともあり得ると言っているわけですよね。 なので、もう一回聞きますけれども、共同親権を導入して、名字が違う者同士が親権を行使することになりますから、子供の利益は損なわれることがあり得るんですね。”
“名字が違うことによって、親権を行使する際に子供の利益が損なわれるケースがあると今お認めになりましたよね。まあそれをそういうふうに言うかどうかは別として、共同親権を導入して、名字が違う者同士が親権を行使することになりますけれども、子供の利益を損ねることがあるわけですね。”
“問いに対して違うことを答えないでくださいよ。子供の利益に資するかどうかということを聞いているわけですよ。 これは何で聞いているかというと、皆さん御承知のとおりで、今回、共同親権の中でその文言が出てくるわけですよ。そこに対して、皆さんが法律の中で書いて価値判断を取っているわけですよ。子供の利益に資するかどうかというところが。 婚姻中に名字が違う者同士が親権を行使することが子供の利益を損ねるかと問われたら、どう答えますか。”
“めっちゃ具体的に聞いていますよ、俺。法務省に書いて、紹介している内容なんですよ。これを基に結構いろいろなところから議論はされていて。 だから、反対理由に、名字が同じであることが子供の利益に資するんだという意味で選択的夫婦別氏に慎重な立場を取っている方々がいるわけですよね。そういう意見があるわけですよ。この意見に対してどのようにお考えですかと聞いているんです。”
“法案提出するのかどうかという話をしているときに情報提供という話は、全然逃げていて。 法務省のホームページを見ると、本件に関していろいろあって、選択的夫婦別氏制度とは何ですかとか、QアンドAがいろいろあって、もう一つに、選択的夫婦別氏制度の導入に対する賛成意見や反対意見はどのようなことを理由とするものでしょうかと法務省の中にはあって、反対意見の中に三つぐらいあって、夫婦の同氏が、同じ氏であることが日本社会に定着した制度だと言っている人もいる。個人の自由の問題じゃなくて公的な問題なのだと言っている人もいる。三つ目に、家族が同じ氏となることで夫婦、家族の一体感が生まれ、子の利益にも資することなどが理由なのだと言われているんですけれども、この反対理由の、名字が同じであることが子供の利益に資するということは、大臣としてどのように捉えていますか。”