後藤翔太
参政党 · Japan
“ありがとうございます。 技術の進展も著しいということですので、非常に難しい采配になってくるかもしれませんけれども、是非、全ての方が納得いくような運用をしていただければというふうに思います。 〔理事古賀千景君退席、委員長着席〕 最後に、本改正法案の話題から少し外れますけれども、戦時加算を取り上げさせてください。 著作権分野において、我が国がサンフランシスコ講和条約の締結以来抱えてきた問題が戦時加算ですね。戦時加算とは、戦時に相当する期間を通常の著作権保護期間に加算することで、戦争により失われた著作権者の利益を回復しようとする制度のことです。そして、この制度は、日本は、一部の外国作品、著作権保護期間を約十年延長しなければならないという義務を負っています、また負わされていますね…”
“ありがとうございます。 〔委員長退席、理事古賀千景君着席〕 もう一つ、類似制度から示唆を得るために御質問させてください。 私的録音録画補償金制度は、政令で指定するデジタル方式の機器、媒体に対して、あらかじめ二次使用料を織り込んで機器を販売してもらい、私的使用のための録音、録画について権利者に補償金を還元するという制度でしたが、メーカー側の協力がなかなか得られず、制度が形骸化してしまったと評価されています。実際に管理団体であった私的録画補償金管理協会、SARVHですね、これは二〇一五年に解散してしまい、権利行使が不可能な状況が生じていました。その後、ブルーレイレコーダーが対象となったことで、管理団体、私的録音録画補償金管理協会、今度はsarahですけれども、これが昨年から補…”
“本法案の成立だけでなく、様々なところとの調整も大変難しいところもあるかもしれませんが、是非進めていただければと存じます。 続いて、徴収に関して今お伺いしましたので、分配についてお伺いしたいと思います。 JASRACで知られる著作権集中管理制度に関しては、以前から、インディーズやマイナー曲、爆発的な大ヒットには至らないものの長期間売れ続ける作品を指すロングテール作品に不利な環境であるというような指摘があったと聞いております。 その原因には、分配額を統計的に決めるサンプリング方式がありました。サンプリング方式の場合、利用された楽曲のうち一部のみが調査対象となって、楽曲が利用されたにもかかわらず、著作権料が分配されないことがあるという批判が寄せられたそうです。 そこで、JASR…”
“参政党の後藤翔太でございます。中条先生の後で大変恐れ多いのですが、どうかよろしくお願いいたします。 著作権法の一部を改正する法律案について、主に徴収、分配の観点からお伺いしたいと思います。 まず、二次使用料規程の決定プロセスについて取り上げたいと思います。 文化庁の資料を拝見しますと、指定団体が二次使用料規程案を作成し、利用者代表との協議を経て二次使用料規程を確定する運用が想定されていると読み取ることができます。 しかしながら、この二次使用料については一九六一年のローマ条約に根拠が存在し、また、レコード演奏・伝達権についても一九九六年のWIPO実演・レコード条約にて明確化されていたにもかかわらず、今回の法制化にはかなりの年月を要したというふうに考えます。よって、利用者は二…”
“参政党の後藤翔太でございます。よろしくお願いいたします。 まず、改めて辺野古沖転覆事故の再発防止について提起したいと思います。 私は、四月十六日の文教科学委員会の質疑において、本件につき、教育行政の観点から再発防止のための予防措置を講じるべきであると述べました。そして、この根幹にあるのは、論争上にある問題を、主権者教育、政治的教養の教育の題材として取り上げる際に、その取扱い方を考えることだと思っております。 先日の質疑では、教育活動の逸脱、政治動員、教育の名を借りた政治活動を禁止している法令は既に存在すること、そして、学校教育において、政治的中立を保ちながらも政治的にデリケートな論争上にある問題を取り上げて自由に議論する学習環境を可能にするための原則であるボイテルスバッハ…”
“ありがとうございます。 続いて、大学入試における入学者選抜のところに進みたいんですけれども、この大学入試における女子枠の導入の政策的な根拠になっているのは文部科学省の高等教育局長の通知である令和五年度大学入学者選抜実施要項ですね。配付資料の表三を御覧いただきたいというふうに思います。例えば、理工系分野における女子などというところが該当部分ですね。 この通知が発出された後、国立大学理系学部では、女子枠を導入する大学は二〇二三年入試の四校から十二校、二十七校、三十四校と増加し続けております。 ここで、先ほどの第六次男女共同参画基本計画を思い出していただきたいのですが、基本計画の策定後に令和九年度大学入学者選抜実施要項は発出されています。しかしながら、内容を確認すると、令和五年…”
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“今例に挙げたようなWBCの独占配信の件は、短期的に収入が上がったとしても広く国民の観戦の機会を与えることができず、中長期的に見れば、そのスポーツを目指す子供たち、またファンが減少する可能性もあるというふうに考えます。 このような中、行われた昨日の検討会、どのような内容が話し合われたのか、政府参考人にお伺いします。そして、日本のスポーツ界の放送の在り方の是非を、是非、大臣にもお伺いしたいと思います。”
“ありがとうございました。 日本の放映権、スポーツ放映権においてはまだ伸び代があるというふうに今感じましたし、一方で、スポーツ競技団体も自分たちの価値を高めるためにしっかりとした取組をしなければならないという御示唆もいただけたというふうに思います。 また、続いて、ちょっとまた今度は逆の観点から放映権ビジネスについても御質問を更に続けさせていただきたいと思います。 先般開催されたWBC、ネットフリックスでの独占配信がされましたが、これによって日本国民多くの方がこの試合を生で見ることができなかった、そういった声も聞いております。それを踏まえてか、ちょうど昨日ですね、スポーツを観る機会の確保及びスポーツ放映に関する検討会が行われたというふうに認識しております。 また、ちなみに欧州では、ユニバーサルアクセス権ということで誰もが自由に情報にアクセスする権利というものを確立し、EU指令にも組み込まれているということを認識しております。”
“ありがとうございます。スポーツの価値が決して下がることのないように、是非そういったところもお願いいたします。 では、続きまして、どのように今度は収益を上げていくかという観点からの御質問をさせていただきます。 北米の四大プロスポーツ、メジャーリーグ、NBA、NFL、NHLありますが、放映権のビジネスが最大の収入源であるということが知られております。一方、日本でも、JリーグやBリーグでの取組が進んでいますが、しかし、この北米スポーツと日本のスポーツには規模の格差が存在し、また、日本による放映権のビジネスの拡大には様々な課題があるというふうに感じております。 この課題に対し、日本のスポーツはどのような取組が可能であるか、また、この日本スポーツ界に不足していることはどのようなことか、政府参考人にお伺いしたいと思います。”
“ただ、私は、この状態に甘んじていたらスポーツが衰退するというふうに考えており、スポーツの自立を促すためにも、特に最高峰であるプロリーグが更なる発展を遂げることに期待をしております。 その中で、この発展を妨げる、決して放置してはならない問題から取り上げたいと思います。それは、違法なスポーツ賭博です。 二〇二四年に、国内居住者が海外サイトを経由して違法に国内外のスポーツに賭けた金額は約六兆四千五百億円であるというふうに推計されています。この数値は、文部科学省の令和八年度一般会計予算の一・一倍、スポーツ庁の令和八年度一般会計予算の百七十五倍にも当たる額であり、つまりこの衝撃的な数字は、つまりこれだけの量、スポーツの価値が毀損されているということでもあるというふうに考えております。 この問題を放置されることは決して許されない、この違法賭博、またスポーツの価値の毀損に対して、政府はこの状況をどのように受け止め、どのような対策を講じているのか、政府参考人にお伺いしたいと思います。”
“参政党の後藤翔太でございます。 今回は、プロスポーツをテーマに質問させていただきたいと存じます。 私は、選手、監督、コーチ、解説者、また観客として、あらゆる立場でスポーツに関わり、そして育てていただきました。また、選手、チームが高い頂に人生を懸けて勝負する姿に何度も心を揺さぶられました。スポーツには、人の心を動かし、社会に活力を与え、人も豊かにする、そんな価値があると思っております。一方で、スポーツを持続可能性という観点から見たときに、それは難しく、私は、スポーツは誰かの善意で成り立っているのではないかというふうに思っています。 そもそも、スポーツはビジネスとして稼ぐために生まれたわけではないため、合理的に収益を上げることが困難な性質を持っています。そのため、プロスポーツであれば、スポンサー企業、支援者、自治体に支えられ、また部活、地域クラブであれば、先生やスポーツを愛しているボランティアやコーチの貢献によって成り立っている、そのように考えます。”
“はい。 担えるのか、そういった視点を含めて、エネルギー政策を貫く理念を検討すべきと考えます。 以上をもちまして、私の意見表明とさせていただきます。ありがとうございました。”
“その上で、我々参政党は、かねてより訴えてきた、より安全性が高く環境負荷も少ない次世代原発の開発と導入に注力することは、この平和利用の現代的な意義を具体化していく一つの筋道となると考えております。 そして、脱炭素が本当に新たな問題を……”
“資源国による資源ナショナリズムや資源獲得競争に対応して、サーキュラーエコノミーの社会実装も推進すべきでしょう。 二〇〇六年頃から人口減少と高齢化に背景に進められてきたコンパクトシティー、あるいはコンパクト・プラス・ネットワークの考え方は一定の合理性を持つ一方で、コロナ禍や災害の経験、そして地域分散の価値が見直される中で、必ずしも当然視されなくなったように感じます。日本の国土にあまねく人が住み、地方が地方として存在することは、日本人の生活圏を維持するためにも重要です。何より、私は特色ある地方が失われてしまうことをとても悲しく思います。 地方の存続のためには、エネルギーを地産地消することも大切です。エネルギー自給率や電源構成比から見ると微々たる量かもしれませんが、中小水力発電や地熱発電、バイオマス発電はこういった文脈で真価を発揮することが期待されます。 そして、本日の政府に対する質疑でも申し上げましたが、戦後日本のエネルギー政策の象徴的な物語であった原子力の平和利用について総括し、その現代的な価値を見直すべきだと考えます。”
“近年は、化石燃料に依存する火力燃料の電源構成における比率を下げ、再エネ発電の比率を上げていくことで対外依存を和らげる効果が期待されましたが、再エネ発電シフトは化石燃料依存を鉱物依存に変化させるだけで、対外依存はなくならないことが明らかになってきました。 加えて、日本のこれまでの施策を見るに、国際分業によって世界中が豊かになるといった牧歌的な期待をグローバリズムに抱いてきたように思います。しかし、国際社会は独占や寡占を取り締まる法も執行機関も存在しない以上、グローバル経済のプレーヤーは、国際社会において経済的な合理性を持って資源分配するとは限りません。資源輸出国は、政治的な力を動員して経済学的には非合理な手段にも訴えることもあることから、経済安全保障という概念が注目されているのは皆さんも御承知のとおりだと思います。 今のところ、どこまで行っても資源輸入国であり資源の消費国である我が国は、賢い買手として依存管理のポートフォリオを組まなければなりません。その中には、南鳥島の鉱物開発、ペロブスカイト型太陽電池の研究開発の促進も手段として含まれます。”
“このような状況を鑑み、我々参政党は拙速な再エネ推進政策の見直しを求めておりますし、実際に日本の再エネ政策は分岐点に立っていると理解しています。二〇五〇年カーボンニュートラルという目標についても、目標そのものが独り歩きし、国民負担、産業競争力、エネルギー安全保障、地域環境への影響について十分な検証を欠いたまま進められるのであれば、こちらも拙速と言わざるを得ません。 とかく、脱炭素追求はイデオロギー的な色彩を帯びる面がある一方、昨今では、むしろ一種のビジネス、すなわち強大な市場や利権を生む産業として展開されているとの指摘も世界中に強まっており、我々はそうした潮流にも懐疑的なまなざしを向けています。 また、近代日本は資源の対外依存に悩まされてきたと言えます。この資源の対外依存は、自給といった本質的な解決策が現実的ではないため、適切な管理を常に追求しなければなりませんが、それに失敗してしまったのがさきの大戦と言えます。つまり、資源の対外依存の管理は日本の生命線です。”
“参政党の後藤翔太でございます。 三回の参考人質疑を通じて多くの貴重な知見をいただくとともに、日本を取り巻くエネルギー事情について改めて考える機会をいただきました。その内容を踏まえて意見を述べさせていただきたいと思います。 二〇一一年の東日本大震災を受けて原発が停止し、その穴を埋めるように再エネ発電、特に太陽光発電がFIT・FIP制度の後押しもあって急拡大しました。この急激な変化を受け入れる準備がなされていなかったこともあり、特に地域住民と発電事業者の間に深刻なあつれきを生むことになりました。私の出身地である大分県に赴き、由布市、日出町でヒアリングを行いましたが、結局、国の対策はなおざりで、問題の解決には条例制定など自治体の施策を待つことになったようです。 確かに、当時の国民感情、国際社会のまなざし、電源の制約がある中で、解決策を太陽光発電に求めるしかなかった事情は理解しております。しかし、この再エネ発電の推進が日本中に地域問題を拡散してしまいました。”
“どれだけ豊かになるのか、そういったことを考える必要があると思いますので、引き続き御検討いただきたいというふうに思います。 ありがとうございました。”
“ありがとうございました。 政策を示す上では、やはり国民がそれをやること、実行することによって……”
“つまり、国家又は世界が主導していくというよりは、このグローバル企業の方向性に国が合わせるよというところでは、この日本の、我々国民の生活がなおざりにされているのではないか、そういったことも考える国民もたくさんいらっしゃると思います。 そういった中で、現在たくさんの課題がこの脱炭素、再エネ政策というところでは浮上しているというふうに思いますが、それを超えてでも、この日本国民に負担を強いてでもこの脱炭素を進めていこうというシナリオがどこにあるのか、環境省にお伺いできればというふうに思います。”
“ありがとうございます。 我が党も原子力の最大活用というところには賛成しています。ただ、それを前向きに動かすためには、政府の強い覚悟、決意を持ったストーリーを国民に訴える必要があるというふうに考えますので、引き続きお願いいたします。 では、続いて、脱炭素政策について御質問させていただきたいというふうに思います。 先ほどの御説明があったとおり、脱炭素への取組の重要性ということをお示しいただいたと思います。ただ、この先ほどされた説明とは逆に、現在、世界的には脱炭素に対して懐疑的な見方だったり、また、再生、再エネが進むことによってコストが上がり、生活が苦しくなっていくということであったり、また、この経済産業省の資料の三十六ページに、これ、説明が飛ばされていたんですけれども、グローバル企業の方向性ということが示されています。それに対して国が合わせていくんだよと、そういった資料に私は感じました。”
“今のところで、済みません、追加で御質問させていただきたいんですけれども、震災から十年たった第六次エネルギー基本計画では、可能な限り依存度をまず下げるというふうにお示しがされていたと思います。 十年以上もその方向性が続いていたということで、原子力の新設の案件が喪失して、将来への見通し、そういったところに希望が持てずに、そこに関わろうとする人も少なくなっているという認識です。この谷に向かった原子力発電をこの上昇気流に乗せていくためには、相当強い決意や覚悟が必要だと思うので、こういったストーリー性を是非お伺いしたいなというふうに思います。 今回の経済産業省から出された資料の五十三ページに、原子力が直面している課題の対応性、方向性といったところもございますが、この課題と今後の方向性をコネクトするシナリオが、ストーリーが必要だというふうに思います。是非そこをお伺いできますでしょうか。”
“そういった中で、現在、Sプラス3Eということで、安全性は非常に強くうたわれていると、示されているというふうに理解をしていますが、原子力の平和利用というようなシンボリックな物語は当然時代とともに意識されることが少なくなっていて、技術論や、また電源の合理性といった手段としての原子力発電の側面から再稼働に向けた議論が進んでいるというふうに考えます。 ただ、戦後の日本が被爆国でありながら原子力活用を踏み出す際に原子力の平和利用というシンボルを必要としたように、今回の福島原発事故、これ、こういった大きな災害を乗り越えていく、その事故を乗り越えていく、そのためには、我々日本にとって非常に強い大きなシンボルやまたシナリオが必要だというふうに考えております。 そういった点を踏まえて経済産業省にお伺いしたいと思いますが、このようなシンボル、その必要性をどのように考えていらっしゃいますでしょうか。また、震災をこういった乗り越えていくためにどのような物語を示す必要があるとお考えになるか、お聞かせください。”
“ただ、その一方で、戦後のエネルギー政策を考えていくと、その政策のシンボルはその資源の獲得とは別のところにあったというふうに考えます。このシンボルが原子力であり、また原子力の平和利用という物語であったというふうに考えます。原子力は戦後、当時の最先端分野ですから、それをしっかりと平和利用できるということは科学技術立国の象徴だったと思いますし、また、被爆国だからこそできる核の平和利用、それを先導していくという動機付けがなされてこの原子力の導入が進んでいったというふうに考えております。原子力の最盛期でも三割ほどの発電量ということですけれども、このエネルギー政策の話題がしっかりと原子力にフォーカスが当たったということは、そういった背景があるというふうに考えております。 また、この物語によって原子力の平和利用という名の下に安全神話がつくられ、また、一般国民がそれを受け入れることによって原発は安全であると誰もが信じる社会基盤が構築されたというふうに思っています。ただ、結果としては、この神話と実態に乖離があり、最終的には大震災での事故につながったというふうに考えております。”
“参政党の後藤翔太でございます。 今回は、国際情勢の変化とエネルギー安全保障、また脱炭素、カーボンニュートラルへの取組、またそういった課題、そういったところも御説明いただいたというふうに思っております。 今回、いろいろと御説明された課題というところは、それは認識できたんですけれども、私としては、今回説明されなかったところにも大きな課題があるのではないかというふうに考えております。それは、このエネルギー政策を進めていく上でのシンボルや物語の欠如ということだというふうに考えております。こういった観点から、特に原子力発電、また脱炭素政策にフォーカスを当てて御質問させてください。 まず、エネルギー安全保障という観点でいけば、資源が乏しい我が国においては、輸入の多角化、そういったところは当然考えられるというふうに思います。また、今回の中東情勢の変化というところでも、冒頭御説明いただけたというふうに思っております。これがエネルギー安全保障の上での核心だということは私も理解しています。”
“ありがとうございました。エネルギー安全保障についていろいろな観点で考えていかなければならないということを改めて感じさせていただきました。 ありがとうございました。”
“ありがとうございました。 続きまして、瀧口参考人にお伺いしたいと思います。 今回お示しいただいた内容は、地域やまた国のシステム構造を大きく変えるような御提言だったというふうに思っております。そういった中で、まず地域のところなんですけれども、私、ちょっと小水力発電についてちょっと調べてみまして、砂防堰堤を活用するというところだと国内に六万基既にあって、そういった発電可能性があるポテンシャルは三千七百ほど。そして、今利用しているのは、発電しているのは六十基ほどというところで、やはりここがなかなか進みにくいところはあるのではないかなというふうに考えているんですけれども、こういったところを、やはり更に水力を進めていくためには必要な要素というか、考え方はどういったものになるでしょうか。是非お伺いしたいと思います。”
“ありがとうございました。 続いてお伺いしたいんですけれども、動静脈連携ということで、もう少し、そこの連携が課題だということだったと思うんですが、もう少し分解すると、設計、製造、販売、利用、回収、リサイクル、そういった観点が必要かなと思っているんですが、その中でも、よりサーキュラーエコノミー推進していくために重要なプロセスといいますか領域はどういったところだというふうに思われるでしょうか。また、そういったところに国がまさにサポートする、そういったことは考えられるのかどうか、是非お伺いしたいと思います。”
“ありがとうございました。 続いて、所参考人にお伺いしたいと思います。 今回、サーキュラーエコノミーという概念の非常に重要度を御示唆いただいたというふうに思っております。また、これはプラネタリーバウンダリー、つまり、地球に限界があり、またエネルギー安全保障という観点からも今回のところは非常に重要な観点だというふうに考えております。 そういった中で、サーキュラーエコノミーの基本原則の中で、廃棄物は設計上の選択の結果であると。つまり、廃棄物をそういった最初の段階でリサイクルできるように設計しておかなければ廃棄物が出る、利活用できないということだというふうに思っておりますが、様々な産業や分野を御覧になっていて、そういったそのサーキュラーエコノミーの観点からその設計段階で進んでいる分野、またいまいち進んでいないというふうに思われる分野、またそれをどうしたらいいのかというところで御見解いただきたいと思います。”
“参政党の後藤翔太でございます。 本日は、お三方から非常に貴重な御提言、また御示唆をいただいたと思っております。本当にありがとうございました。 今般の世界情勢は、政治的思想、特に反グローバリズム、自国優先主義、そういった傾向から国際情勢も非常に変化しておりまして、その観点においてはエネルギー安全保障の重要度というものは非常に高まっている、そんな時代に突入したかなというふうに思っております。そういった中で、最後の瀧口参考人からの、アメリカ人の方からですかね、大変だね、頑張ってねという言葉はまさにそういったことを示唆しているのかなというふうに考えております。 そういった中で、まず山地参考人にお伺いしたいんですけれども、山地参考人がお勤めになっているRITEの方で、カーボンニュートラルを達成するのであればこのような電源構成であるというシナリオの論文を拝読いたしました。その中で、水素やアンモニアを燃料とするような、そういった期待度も感じられたんですけれども、改めて、未来のエネルギーとしての期待度、どのようなものか、お聞かせいただきたいと思います。”
“ありがとうございます。 日本を守る重要なインフラですから、日本の政府がしっかりと介入できるそういった意思決定の状態を築いていただきたいというふうに思います。 改めて、我々参政党は、再生可能エネルギーの無秩序な拡大には反対しておりまして、ただ、その代替電源として現実的な選択肢の原子力発電の有効利用ということは訴えております。ただ、このバックエンドの問題を解決しない限り、原子力推進は絵に描いた餅となっていくというふうに考えますので、科学的不確実性、地域間の公正、世代間の倫理、そして事業継続、そういった全てに対して真剣に向き合っていかなければならないということを訴えまして、今回の質疑とさせていただきます。 ありがとうございました。 ─────────────”
“日本の電力インフラを支えるこういった大切な企業に対して、外国の意思決定が入ってくる可能性ということに対してどのように考えているのかお伺いしたいと思います。大切なインフラですから、日本人が日本人のための意思決定をしていくことが非常に重要だというふうに考えますが、是非お願いいたします。一つ質問飛ばしておりますので、お願いいたします。”
“ありがとうございます。 最後に、東京電力の事業継続につきましてお伺いしたいと思います。 知識、経験、法的責任の継承を考えていくときに、この担い手である電気事業者が事業を継続していくということは大前提でございます。特に、東京電力ホールディングスは、原子力損害賠償・廃炉等支援機構が株式の過半数を保有する実質的な国有企業と言ってもいいとは思います。 ただ、キャッシュフロー計算書を見ると、投資活動によるキャッシュフローが毎年大幅なマイナスで、営業キャッシュフローを大きく上回っている投資超過の状態が続いています。これは単純な赤字ではないというふうに考えます。廃炉、賠償という巨大な負の遺産と将来の電力インフラの両方の投資に対して、本業の稼ぎ以上のリソースが投じられると、そういった特殊な事業フェーズだというふうに考えます。 そして、今、同社は、資本連携先の募集を開始しているということを聞いています。外資の参画も選択に入っているというふうに感じます。 ここで御質問を差し上げたいと思います。”
“丁寧な御回答、また責任のある御回答、ありがとうございました。 続きまして、世代間の問題について御質問したいと思います。 地層処分は数万年、数十万年単位の隔離を前提しております。私もこれを聞いたときびっくりしたんですけれども、数万年です。我々の文明史がせいぜい数千年であるということを考えると、この途方もない年月を要するということが分かります。そういった観点からすると、当然なんですけれども、未来に生まれてくる将来世代は、今の意思決定に対して声を上げることはできません。 そこで、放射性廃棄物ワーキンググループの中間まとめによると、回収可能性と可逆性、つまり、未来、新しい技術や倫理観、価値観が変わってきたときに、必要が生まれればその地層処分したものを取り出せる、また、今の決定を覆せるという仕組みが盛り込まれています。 ただ、ここには根本的なジレンマがあるというふうに考えます。回収可能にするということは隔離を弱めるということで、可逆性を持たせるということは確実性を損なうということです。 こういったジレンマに対しては、政府はどのような方針で向き合っているのか、政府参考人にお伺いしたいと思います。”
“ありがとうございます。 続いて、地域間の公正の問題について、大臣政務官にお伺いしたいと思います。 高レベル放射性廃棄物の最終問題は、典型的なNIMBY問題、ノット・イン・マイ・バックヤード、つまり自分の裏庭には置かないでというような問題だというふうに考えております。都市が電力を消費し、地方がそのリスクを引き受ける。この構図に関しては、日本学術会議も二〇一二年の回答で倫理的問題を指摘しております。 二〇一五年の基本方針は、従来の自治体応募待ちから政府主導へと政策を転換しております。 ここで私が危惧しているところは、この選定が、地質的に最適な場所ではなく、社会的に抵抗の少ない地域に押し付けられていないのかという懸念でございます。選定プロセスや合意形成プロセスにおいて政府はどのように向き合っていらっしゃるのか、原子力の進んでいる海外事例も踏まえてお答えいただきたく、お願いいたします。”
“この基本方針を踏まえて、いろいろな角度から御質問させていただきたいと思います。 最初に、科学的不確実性の問題です。これは政府参考人にお伺いしたいと思います。 この放射性廃棄物は、地層処分が国際的なコンセンサスであるということは承知をしております。しかし、日本は世界最大級の変動地帯であり、地震、火山、断層や地下水、地質の不安定さは、日本が有する特有のリスクと言っても過言ではないというふうに考えます。そのような国で地層処分を進めることには十分な検討が必要だというふうに考えますが、政府の方針と施策、その進捗について御説明いただければと思います。”
“この問題は、限定的なエネルギー政策の話だけではなく、科学的不確実性、地域間の公正、世代間の倫理、これら三つが複雑に絡み合う、社会全体の問題です。そして、これらの課題に真正面から向き合わない限り、震災と原発事故を経験した我々日本社会が原子力発電の拡大を受け入れることは難しいというふうに考えています。 ただ、その一方で、AIの普及による電力需要の増加が見込まれ、そして、再エネ急拡大がもたらしたゆがみへの対策も急務です。原子力を見直す上でも、バックエンド問題を避けて通ることはできないというふうに考えます。 そこで、今回は、高レベル放射性廃棄物の最終問題を中心に質疑をさせていただきたいというふうに考えます。 まず、これまでの経緯を簡単に確認させていただきたいと思います。 最終処分に関しましては、二〇〇八年以降、原子力委員会、日本学術会議、資源エネルギー庁の専門会議において報告が出されております。そして、二〇二五年に政府は、特定放射性廃棄物の最終処分に関する基本方針を閣議決定し、政策は実装段階に入っているというふうに考えます。”
“参政党の後藤翔太でございます。よろしくお願いいたします。 今回の調査、質疑を通じまして、我が国のエネルギー安全保障をめぐる状況を考えますと、様々な制約条件を前提として、常に電源構成のベストミックスを追求しなければならないということを理解しております。その中で、近年のエネルギー政策を振り返りますと、東日本大震災と福島第一原発事故が契機となり、原子力発電が停止いたしました。ただ、その発電量を埋めるために再生可能エネルギーへの傾斜を強め過ぎた結果、現在、トレードオフとして多くの問題が生じることとなりました。現在、再エネ対策は、政策は岐路に立たされているというふうに考えます。その中で、改めて、原子力発電が注目されているというふうに認識をしております。 ただ、しかしながら、この原子力発電も大きな問題を抱えているというふうに考えます。それがバックエンドの問題です。 使用済燃料の取扱いから処理、処分までのプロセス全体を指す言葉ですが、その中でも最も困難な課題が、高レベル放射性廃棄物の最終処分です。”
“ありがとうございました。是非、日本の知の総和を広げていくためにも、前向きな検討をお願いしたいと思います。 今回、質疑では国立館の検索性、アクセス性、国立近代史博物館の不在、国立沖縄博物館の構想について取り上げました。このような御紹介した内容もありますが、様々な問題も指摘されておりますので、そういった改善も含めて是非前向きな御検討をよろしくお願いいたします。 以上をもちまして、私の質疑を終わらせていただきます。ありがとうございました。”
“こうした意義も踏まえて、国立沖縄自然史博物館の構想に対してどのようにお考えでしょうか。科学技術分野の国立館である国立科学博物館や日本科学未来館の役割に触れながら是非お答えいただきたいと思います。”
“また、文献では、国立科学博物館は自然史領域と産業技術史領域の両方を含む総合博物館ですが、本来的に基礎科学と応用科学、工学は区別して考えるべきという、そんな概念があるということも指摘されています。基礎科学である自然史領域と応用科学、工学である産業技術史領域は伝統も研究風土も評価の物差しも異なります。国立科学博物館が総合博物館であることによって自然史博物館としての発展を窮屈なものにしてしまったのではないかという指摘もありました。 そこで、新たに沖縄県に国立自然史博物館を設立しようという構想があります。国立沖縄自然史博物館は、標本保存、研究を中核機能とし、国際拠点性を有する施設を目指しています。英国のロンドン自然史博物館、フランスの国立自然史博物館、米国のスミソニアン国立自然史博物館のような国際拠点がアジアには存在しないことから、この空白を埋めることが求められております。 そもそも、国立自然史博物館設立は、一九五八年に日本学術会議が発表した自然史研究センター構想まで遡るもので、日本学術界の悲願だと言えるというふうに考えております。 その上で、文部科学大臣に御質問をします。”
“ありがとうございます。 以前の文教科学委員でも申し上げましたけれども、歴史は学問であり、本来的に学問のことは学問に委ねるべきだというふうに考えています。一方、国民が近現代史に冷静に向き合い、それぞれの考えを育む環境を整備する観点から、国立近現代史博物館は必要ではないかなというふうに御提案させていただきました。 続いて、国立沖縄自然史博物館の構想を取り上げたいというふうに思います。 自然史博物館に関しましても、日本学術会議が二〇一六年に提言を出しています。自然史博物館計画は、知の保存を図るための自然史科学の研究、インフラ機能、国家レベルの自然情報のアーカイブ構築への対策と言えます。提言で指摘されていますが、文化系であれば、京都、奈良、東京、九州の四つの国立博物館は生涯学習支援を主たる任務として、国立民族学博物館と国立歴史民俗博物館は研究を主たる任務としています。国立館で自然史領域を扱っているのは国立科学博物館ですが、博物館機能を備えた研究所というよりは研究機能を備えた博物館であり、生涯学習を主たる任務にしていると指摘されています。”
“また、このような国立館がばらばらに設置されている、つまり体系的に設置されていないのではないかというような疑問も湧いてまいりました。 このような状況を踏まえて、大臣にお伺いしたいと思います。 国民が特に日本の近現代史について体系的に学び、またこの歴史を後世に残していくために、このような大規模な国立館の設置というところは意義があり、重要であるというふうに考えますが、是非大臣の御意見を伺いたいと思います。”
“ありがとうございます。引き続き充実を図っていただくよう、是非前向きな対策をお願いいたします。 続いて、博物館が担うもう一つの重要な役割について取り上げたいと思います。 四月十六日の文教科学委員会で、私は、社会科の教科書、特に日本の近代史について取り上げました。 今の日本がどうしてこのような状態にあるのか、その回答が詰まっている近現代史を知ることは共同体としての日本人のナショナルアイデンティティーに思いをはせることであり、その際に博物館の果たす役割も非常に大きいものというふうに考えます。 しかしながら、日本には近現代史を主たるテーマとした大規模な国立館は設置されていないという状況です。私は、この現状を鑑みまして、どのようなものがあるのか、私自身も、しょうけい館、昭和館、平和祈念展示資料館、領土・主権展示館を実際に訪れてまいりました。いずれも、必ずしも広くないスペースではありましたが、工夫を凝らした展示を行っていました。ただ、どの施設も外から見て認識しやすい造りにはなっているわけではありませんでしたし、一日中いられるようなほどの大きさではありませんでした。”
“設置者は独立行政法人国立美術館であるにもかかわらず、指定施設にも該当せず、博物館類似施設に分類されております。 ここで、政府参考人にお伺いしたいと思います。 この国立館を網羅的に検索できていない状況、つまり知の総和に対して容易にアクセスしづらいという状況は国民の機会損失にもつながるというふうに考えますが、どのような御認識でしょうか。また、このアクセスを容易にするために今のような一覧にするのも一つの手段かなと考えますが、いかがでしょうか。”
“ただ、この状況に対して二〇二一年答申では、個別法令と博物館法が両輪として体系を構築しているため、実務上は国立館を博物館法の登録対象とする必要は必ずしもないというふうに述べております。しかし、本当に実務上何の問題や課題がないのかというと、私は違うのではないかというふうに考えております。 配付資料を御覧いただきたいと思います。 こちらの表は、国や独立行政法人が設置者となる施設について、先ほど申し上げた分類の二つ目の指定施設と、三つ目に該当する調べられる限りの博物館類似施設をこちらでまとめたものでございます。 黄色で網掛けした部分は指定施設についてですけれども、こちらは文化庁のホームページから検索することが可能でした。しかし、網掛けが掛かってない白い部分ですが、こちらは博物館類似施設について網羅的に検索する手段がなく、その存在をあらかじめ知っているか偶然に行き着くかでなければたどり着くことが非常に困難でございました。この表に挙げた以外に更に幾つあるのか、それすら把握できていない状況でございます。更に注目いただきたいのは、国立新美術館や国立工芸館です。”
“ありがとうございます。 改めて、こちらで先ほどの国立館が法律上どのように分類されているのか調べてみました。 博物館と呼ばれる施設は実は三つに分類されております。博物館法の登録を受けた登録博物館、登録の対象外ながら文部科学大臣が博物館に相当すると指定した指定施設、そして博物館法上の位置付けすらない博物館類似施設の三つです。国や独立行政法人が設置する国立館は、一つ目の登録博物館には入れず、二つ目か三つ目に分類されているということで、二〇一七年の提言はこのことを指摘しています。 では、なぜこのようになっているのかといいますと、この理由は博物館法が制定された一九五一年に遡ります。当時、国立の博物館は既に文化財保護法という別の法律の下に置かれており、博物館法の対象から最初から外れておりました。その後、国立館が独立行政法人として運営される形に変わってもこの構造は引き継がれました。二〇二二年の博物館法改正でも登録できるのは国及び独立行政法人以外の法人に限るとされておりまして、国立館は登録博物館となれないまま今日に至っているということです。”
“その中で、二〇一七年の提言では、国や独立行政法人が設置者となる施設を国立館と呼称した上で、これらの施設が博物館法上の博物館登録の対象とならないということが制度のゆがみであるというふうに指摘しています。 これ、非常に難しいなと思っているんですけれども、つまり多くの人がイメージする博物館が、これは法律上、博物館として登録されていないという現状があると思います。これは法制度の問題だと思うのですが、一般の国民にとっては非常に難しいなというふうに考えているのですが、この法制度、大臣は国民に分かりやすい制度だと言えるというふうにお考えでしょうか。御意見お伺いさせてください。”
“参政党の後藤翔太でございます。本日もよろしくお願いいたします。 さて、早速ですけれども、質問に移らせていただきます。 四月二日の文教科学委員会では、現在日本社会が抱えている外国人問題に対し、ネーション、共同体意識の共有という観点から日本語教育の重要性を議論させていただきましたとともに、言葉は、歴史、文化、価値観が凝縮されたものであり、共同体の形成を支える根幹だということをお伝えさせていただきました。 ただ、共同体の記憶を伝え、共有するものは言語だけではないというふうに考えます。歴史や文化の実物を収集、保存、展示することを通じて人々が共同体としての記憶を形成、継承する場として博物館もその一つと、機能として挙げられるというふうに考えます。 そこで、今回の質疑は博物館を主題として取り上げたいというふうに思います。 まず、近年の博物館行政の動向としては、学術会議の提言及び見解、文化審議会の答申、二〇二二年の博物館法改正等が挙げられます。”
“ありがとうございました。 ただ、今回の事故、そしてそういったそれを防ぐためのもう一個深い対策というところはまだ練られていないというところを感じておりますので、より政府が責任を持った対策、政策を打ち出していくことを期待して、私の質疑を以上とさせていただきます。 ありがとうございました。”
“ありがとうございます。 今大臣のお考え、お聞かせいただきましたが、しかしながら、社会学的なテーマ、例えばジェンダーなどの多様性、公平性、包括性、いわゆるDEI、そういったところに関しては、論争性の原則に基づく多元的な提示ができていないのではないかというふうに感じております。これは、社会学領域の政治性が非常に強く、学問自体に政治的、思想的な偏りが存在するということが一因なのではないかというふうに考えております。 メディアやSNSなどの言論空間の受け止めを見るに、社会学領域のテーマの多くは論争上の問題に属するというふうに考えます。このような場合、学問のことは学問に委ねるという原則を守るだけでは構造的に政治的思想の偏りの混入を防ぐことはできないというふうに考えます。 ここで、改めて大臣に伺いたいと思います。 教科書がよって立つべき学問領域自体に政治的、思想的な偏りが存在して、学問に委ねるだけではこの中立性が担保できない場合、政治、行政はどのように対応すべきとお考えでしょうか、お聞かせください。”
“しかし、ほかの時代の歴史や数学、理科のように、冷静に取り扱われる環境を目指し、生徒が自らの判断を獲得することができるようにすべきだというふうに考えます。 その上で、大臣に御意見を伺いたいと思います。 二〇一四年の検定基準改正により、圧倒の禁止というところは制度的に手当てされているはずです。しかし、現実には、近代史教育、とりわけこの第二次世界大戦に関しては、感情的な圧倒、特定の歴史観を、失礼しました、感情的に圧倒され、特定の歴史観を植え付けられたと感じている国民が少なからず存在しています。制度と現実のこの乖離をどのように認識されていますでしょうか。また、生徒が感情的に圧倒されることなく、自らの判断で歴史を受け止められる教育環境の実現に向けて、大臣のお考えをお聞かせください。”
“二〇一四年に教科書用図書検定基準が改正され、社会科については、特に、未確定な時事的事象について記述する場合に特定の事柄を強調し過ぎていたりすることはないことを明確化する、近現代の歴史的事象のうち、通説的な見解がない数字などの事項について記述する場合は、通説的な見解がないことを明示され、児童生徒が誤解しないようにすることを定める、閣議決定その他の方法により示された政府の統一的な見解や最高裁判所の判例がある場合はそれらに基づいた記述がされることを定める、この三項が追加されています。ここにはボイテルスバッハ・コンセンサスの圧倒の禁止の原則が明文化されているというふうに読み取りました。 ただ、今申し上げたように、我が党に寄せられる声に耳を傾けると、近代史、特に第二次世界大戦に関する記述において、感情に働きかける教育体系において児童生徒が圧倒され、一方的な価値観を植え付けられているというような強烈な問題意識を持っている方がいらっしゃるということが分かります。確かに、第二次世界大戦に関しては、余りの壮絶さから感情の動きを喚起しないことは難しいかもしれません。”
“教科書は学問という知の総和を土台としており、学問の一部をアウトプットしたものであるという認識を深めました。すなわち、本来的には、教科書は学問マターであって、学問のことは学問の世界に委ね、政治化するべきではなく、政治が関与する余地もないというふうに感じました。 しかしながら、それでも教科書に対して政治の役割が期待される部分があるという理由は、学問の名を借りた政治活動が教科書においても潜んでいるのではないか、つまり、学問にも政治が入り込んでいるので、異なる政治の力で学問から政治を切り離して、それによって中立を図るべきだというふうに考えていらっしゃる国民が一定数いるというふうに考えております。”
“ありがとうございます。 ただいま学校側に期待するというお言葉ありましたけれども、期待するだけではなく、こちら側がしっかりと御提示していく、示していくということも改めて必要かなというふうに考えております。 改めてですけれども、我々参政党は、この名のとおり、国民の皆様に政治に参加してもらう、政治参加を促すことを大切にしております。そして、教育においては、論争上の問題が今おっしゃったように適切に扱われることが重要なことだというふうに考えています。今回の事故に関して、二度と同様の事故を引き起こさないようにするために、あらゆる角度から真意を探り、そして行政的に対応していくことを求めてまいりたいと思います。 さて、続いてですけれども、今回の論争上の問題というところにおいて、社会科の教科書も該当するというふうに考えております。そして、教科書問題に対する姿勢としても、先ほど挙げましたボイテルスバッハ・コンセンサスの原則は適用可能だというふうに感じております。 私は、先日、大手、高等学校の歴史教科書会社からヒアリングを行いました。”
“私は、今回、辺野古沖転覆事故のような教育活動の逸脱、教育の名を借りた政治活動を防止する予防措置の観点から、教育における論争上の問題に向き合う上でよるべき原則、現状の文部科学省の施策に不足があるということを考え、今回お伝えしました。教育と政治活動の境界が曖昧なままで運用が現場任せとなり、結果的に教育活動の逸脱が見過ごされている現状を改善するため、実務上の判断を助けるような具体的な運用方針を定める必要など、より踏み込んだ対策はお考えになっているでしょうか、お聞かせください。”