後藤翔太
参政党 · Japan
“ありがとうございます。 技術の進展も著しいということですので、非常に難しい采配になってくるかもしれませんけれども、是非、全ての方が納得いくような運用をしていただければというふうに思います。 〔理事古賀千景君退席、委員長着席〕 最後に、本改正法案の話題から少し外れますけれども、戦時加算を取り上げさせてください。 著作権分野において、我が国がサンフランシスコ講和条約の締結以来抱えてきた問題が戦時加算ですね。戦時加算とは、戦時に相当する期間を通常の著作権保護期間に加算することで、戦争により失われた著作権者の利益を回復しようとする制度のことです。そして、この制度は、日本は、一部の外国作品、著作権保護期間を約十年延長しなければならないという義務を負っています、また負わされていますね…”
“ありがとうございます。 〔委員長退席、理事古賀千景君着席〕 もう一つ、類似制度から示唆を得るために御質問させてください。 私的録音録画補償金制度は、政令で指定するデジタル方式の機器、媒体に対して、あらかじめ二次使用料を織り込んで機器を販売してもらい、私的使用のための録音、録画について権利者に補償金を還元するという制度でしたが、メーカー側の協力がなかなか得られず、制度が形骸化してしまったと評価されています。実際に管理団体であった私的録画補償金管理協会、SARVHですね、これは二〇一五年に解散してしまい、権利行使が不可能な状況が生じていました。その後、ブルーレイレコーダーが対象となったことで、管理団体、私的録音録画補償金管理協会、今度はsarahですけれども、これが昨年から補…”
“本法案の成立だけでなく、様々なところとの調整も大変難しいところもあるかもしれませんが、是非進めていただければと存じます。 続いて、徴収に関して今お伺いしましたので、分配についてお伺いしたいと思います。 JASRACで知られる著作権集中管理制度に関しては、以前から、インディーズやマイナー曲、爆発的な大ヒットには至らないものの長期間売れ続ける作品を指すロングテール作品に不利な環境であるというような指摘があったと聞いております。 その原因には、分配額を統計的に決めるサンプリング方式がありました。サンプリング方式の場合、利用された楽曲のうち一部のみが調査対象となって、楽曲が利用されたにもかかわらず、著作権料が分配されないことがあるという批判が寄せられたそうです。 そこで、JASR…”
“参政党の後藤翔太でございます。中条先生の後で大変恐れ多いのですが、どうかよろしくお願いいたします。 著作権法の一部を改正する法律案について、主に徴収、分配の観点からお伺いしたいと思います。 まず、二次使用料規程の決定プロセスについて取り上げたいと思います。 文化庁の資料を拝見しますと、指定団体が二次使用料規程案を作成し、利用者代表との協議を経て二次使用料規程を確定する運用が想定されていると読み取ることができます。 しかしながら、この二次使用料については一九六一年のローマ条約に根拠が存在し、また、レコード演奏・伝達権についても一九九六年のWIPO実演・レコード条約にて明確化されていたにもかかわらず、今回の法制化にはかなりの年月を要したというふうに考えます。よって、利用者は二…”
“参政党の後藤翔太でございます。よろしくお願いいたします。 まず、改めて辺野古沖転覆事故の再発防止について提起したいと思います。 私は、四月十六日の文教科学委員会の質疑において、本件につき、教育行政の観点から再発防止のための予防措置を講じるべきであると述べました。そして、この根幹にあるのは、論争上にある問題を、主権者教育、政治的教養の教育の題材として取り上げる際に、その取扱い方を考えることだと思っております。 先日の質疑では、教育活動の逸脱、政治動員、教育の名を借りた政治活動を禁止している法令は既に存在すること、そして、学校教育において、政治的中立を保ちながらも政治的にデリケートな論争上にある問題を取り上げて自由に議論する学習環境を可能にするための原則であるボイテルスバッハ…”
“ありがとうございます。 続いて、大学入試における入学者選抜のところに進みたいんですけれども、この大学入試における女子枠の導入の政策的な根拠になっているのは文部科学省の高等教育局長の通知である令和五年度大学入学者選抜実施要項ですね。配付資料の表三を御覧いただきたいというふうに思います。例えば、理工系分野における女子などというところが該当部分ですね。 この通知が発出された後、国立大学理系学部では、女子枠を導入する大学は二〇二三年入試の四校から十二校、二十七校、三十四校と増加し続けております。 ここで、先ほどの第六次男女共同参画基本計画を思い出していただきたいのですが、基本計画の策定後に令和九年度大学入学者選抜実施要項は発出されています。しかしながら、内容を確認すると、令和五年…”
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“ありがとうございます。 私としては、もう一段踏み越えた対策、対応が必要なのではないかというふうに考えております。というのは、この通知というものは、そもそも学校の設置者に宛てたものであり、その内容がそのまま学校や教員にまで届くわけではないということです。通知や補助教材のほかに、学校や教員の実務上の判断を助ける具体的な運用方針がないと、運用方針がないことがこの問題の核心であるというふうに考えております。この結果、教育と政治活動の境界が曖昧なまま運用が現場任せとなり、結果的に教育活動の逸脱が見過ごされてきたのではないでしょうか。 配付資料の四ページ目を御覧いただきたいと思います。 これは、こちらで考えてみたものですけれども、例えば沖縄在日の米軍基地の問題を扱う場合にはこのように考えるべきといった具体的な運用方針を示すことが、教育活動の逸脱、教育の名を借りた政治活動を防止するとともに、論争性を前提として中立性が手続的に担保され、現実の具体的な政治的事象を取り扱いやすくなるというふうに考えてみました。 ここで、大臣に伺いたいと思います。”
“改めて局長にお伺いしたいと思いますが、辺野古沖転覆事故のような、教育活動の逸脱、教育の名を借りた政治活動を防止する予防措置の観点から、この対応というものは本通知の発出で十分というふうにお考えなのでしょうか。そうでない場合は、併せてどのような施策をお考えになっているか、お聞かせください。”
“ありがとうございます。 今、学校への適用というお言葉いただきましたけれども、今回私が取り上げたボイテルスバッハ・コンセンサスというところにはある一定の考え方、普遍性があるということから、例えばガイドラインのような性質を持つものに対してなじみやすいというような考えを私は持っております。 しかしながら、今回の事案ですね、辺野古沖転覆事故の発生を防ぐことができなかったというところに関しましては、教育現場への浸透、実装に当たって、やはりこういった、これまでの教育基本法の理念やまた通知が浸透し切れていなかった、そういったところがあるというふうに考えます。 事故の発生を受けて、文部科学省は四月七日に三局長連名の通知を発出しております。論争上にある問題、主権者教育、政治的教養の教育に関する記載は五ページ目にありますが、その内容を抜粋したものが配付資料三ページ目でございます。私自身もしっかりと確認をいたしました。盛り込まれている内容を要約しますと、平成二十七年十月二十九日発出の局長通知の再周知、そして学校への要望、学校設置者への要望ということになっています。”
“ありがとうございます。 今回に関しまして、政府として、国として徹底的な対応が必要だというふうに私も考えております。 ここで、一つ御紹介させていただきたいと思います。今回の、取り上げましたボイテルスバッハ・コンセンサスという考え方を法規制に反映させている国がございます。 配付資料の二ページ目を御覧ください。 これは、イギリスの教育法、エデュケーションアクトから該当部分を抜き出したものと、その私訳でございます。第四百六条が圧倒の禁止の原則、第四百七条が論争性の原則に対応しているということが読み取れます。 ここで、また局長にお伺いしたいと思います。ボイテルスバッハ・コンセンサスを法規制として組み込んでいるイギリスのこの事例、こういった事例をどのように評価されますでしょうか。御意見をお聞かせください。”
“ありがとうございます。 重ねて、局長にお伺いしたいと思います。 このような通知があるにもかかわらず、改めてですけれども、今回のような事件に関して、事故のように、報じられているような、教育活動の逸脱ともいうべき政治動員、教育の名を借りた政治活動が一部の学校で行われてきたのはなぜだというふうにお考えでしょうか。そして、なぜそれが見過ごされてきたのでしょうか。是非お考えをお聞かせください。”
“平成二十七年十月二十九日発出の文部科学省初等中等教育局長通知、高等学校における政治的教養の教育と高等学校等の生徒による政治的活動について、この内容は直接的に参考にされたかどうかは分かりませんが、ボイテルスバッハ・コンセンサスの原則と大きくずれはないという認識ですが、いかがでしょうか。”
“学問と政治において意見が分かれる問題は、教室においてもそのように扱われなければならないというものです。三つ目は、生徒志向の原則です。生徒が実際の政治状況と自分の関心、利害を分析できるようになることが政治教育の目的であるというものです。 ボイテルスバッハ・コンセンサスには日本的な文脈の再構成が必要であるといった意見もあるようですけれども、学校教育において政治的中立性を保ち、政治的にデリケートな問題を自由に議論する学習環境を可能にするための原則として、ある一定の普遍性があるというふうに受け止めております。 この表の二列目を御覧いただくと、文部科学省の通知はボイテルスバッハ・コンセンサスの原則と重なる部分があるというふうに確認しております。ちなみに、この通知は、二〇一五年に成人年齢が引下げの際のもので、投票権、選挙権を有する高校生が学校に在籍することになるため、学校における主権者教育、政治的教養の教育を取り巻く環境変化に対応するためのものでした。 ここで、政府参考人にお伺いしたいと思います。”
“ありがとうございます。お立場は承知しております。 論争上にある問題というところですけれども、これは強い感情を引き起こし、コミュニティーや社会を分断させる問題であることから、教育の場におけるその取扱いについて、特に欧米各国で議論されています。中でも有名なものがボイテルスバッハ・コンセンサスです。これは、当時の西ドイツにおいて、冷戦下の激しいイデオロギー対立が政治教育に分断をもたらしたことから、一九七六年に大学の政治教育学者が、政治教育に関する見解の対立をどのように扱うべきかに関して合意を目指して協議を行い、会議終了後に発表されたものでした。ボイテルスバッハ・コンセンサスは、目標や構想に関する実質的な合意というよりは、授業の実施に関する基本原則の合意というべきものです。 配付資料の一ページ目を御覧ください。 ボイテルスバッハ・コンセンサスの三つの原則と文部科学省局長通知の文言を対比した表を用意いたしました。一つ目は、圧倒の禁止の原則です。教員は、生徒を自分の見解をもって圧倒し、生徒が自らの判断を獲得するのを妨げてはならないというものです。二つ目は、論争性の原則です。”
“御遺族のことを思うと言葉がございません。この場をお借りして、お悔やみ申し上げます。 本件に関して文教科学委員として私にできることは、このような事故が二度と起こらないように、教育行政の視点から予防措置を講じるよう求めることであり、それは論争上にある問題を主権者教育、政治的教養の教育の観点から議論することであろうというふうに思っています。 この度、辺野古沖転覆事故は、特定の政党の支援を受けた団体の政治活動である辺野古基地移設抗議運動に生徒が動員された疑いがあり、実際に学校が抗議活動への参加をお願いしていたことが報道でも明らかになっています。このことは、学校が特定の政党を支持し、又はこれに反対するための政治教育、その他政治的活動をすることを禁じた教育基本法第十四条第二項に反しているのではないかというふうに考えられます。 ここで、大臣に伺います。 辺野古沖転覆事故の原因となった平和教育は教育基本法第十四条第二項の観点から問題があったというふうに考えますが、いかがでしょうか。また、法規範が存在するにもかかわらず、このような教育の名を借りた政治活動が見過ごされてきたのはなぜだとお考えでしょうか。”
“参政党の後藤翔太でございます。よろしくお願いいたします。 さて、大臣所信には多様という言葉が六回登場しています。 日本社会が共有できる普通が失われたと言われる現代において、人々は多様な価値観にさらされています。そして、多様な価値観は論争性を伴います。学校教育においても、特に社会科教育において、コントロバーシャルイシューズ、論争上にある問題というテーマが存在します。 二〇一五年に発刊された欧州評議会の白書では、論争上にある問題を、強い感情を引き起こし、コミュニティーや社会を分断される問題と定義しています。政治的な側面から学校教育に関心のある方は、この論争上にある問題に何かしらの思いを持っていらっしゃる方がいらっしゃるのではないでしょうか。 そこで、今回の質疑では、学校における論争上にある問題を取り上げ、その中でも主権者教育、政治的教養の教育、そして教科書問題を取り扱いたいと思います。主権者教育、政治的教養の教育というと、皆さんはまず平和教育を連想されるのではないでしょうか。 本年三月十六日に発生した辺野古沖転覆事故は誠に痛ましく、私自身胸を締め付けられる思いでございます。”
“ありがとうございました。 お三方からの意見、非常に参考になりました。再エネ政策に対して、岐路、分岐点に立たされている我々としては非常に、それを考える上で非常に勉強になりました。 本日はありがとうございました。”
“ありがとうございました。 続けて、山下参考人にお伺いしたいと思います。 再エネ導入に関しまして、その技術をいかにうまく調和モデルとして提案して導入を推進されてきたというふうに認識しておりますけれども、その上で、先ほどお示しのとおり、様々な問題が起こっていることも事実だと思います。 そういったところでいくと、再エネという技術や設備、それに問題があったのか、それとも一方で、それを進めていこうとするその政策、それに対して問題があったのか、いろいろな問題に対するその問題の所在というところは異なってくるというふうに思うんですけれども、山下参考人は改めてこの問題の所在が実際どの辺にあるのかというところを想定しているのか、お考えをお聞かせください。”
“ありがとうございます。 続けて、森田参考人にお伺いしたいと思います。 今のお答えの中に含まれていたかと思うんですけれども、技術流出というところはしっかり止めなければなりませんが、二〇四〇年の例えば二十ギガワットの目標、山本参考人からはその目標がそもそもどうなんだという御意見いただいたと思うんですけど、それが目標だとすると、今お話しいただいたような推進、進み具合は一社だけで可能になるのか、それとも、技術流出は当然止めなければいけませんが、チーム日本としていろいろと取り組んでいくことはあるのか、そういった方向性の取組はあるのか、是非お聞かせいただけますか。”
“ありがとうございます。 続きまして、森田参考人にお伺いしたいと思います。 ペロブスカイトの太陽電池、技術のところでいくと、その材料となるヨウ素は国内で取れるということで、国内電源という観点では非常に期待できるというふうに思っています。 一方で、シリコン太陽光発電のところでいくと、シェアをやはり他国に奪われてきたというところから、絶対に二の轍を踏んではならないという観点もあると思います。 そういった観点から、この技術をしっかりと国内のものにしていくというところで、大切な要素はどのようにお考えか、お聞かせください。”
“発電プロセスではCO2を排出しないということで、環境負荷は低いというふうに考えられていましたが、設置から廃棄までを考えると、景観破壊や土砂崩れ、また生態系の破壊までも考えられる可能性があると。 そして、コストが増えるということですね。再エネ賦課金、また電気代の高止まり、そして再エネ推進に対して経済負荷がむしろ掛かってくるということも問題視されているというふうに考えております。 こういったことを踏まえて、まず山本参考人にお伺いしたいんですけれども、第七次エネルギー基本計画で、日本は、二〇四〇年、再エネ電源を四割から五割、最大電源としてしていきたいという方向性を示しているというふうなことなんですけれども、この現行路線を突き進んだ場合、エネルギー安全保障や、また国民生活はどのようなところに到達するというふうにお考えか、是非御意見お聞かせください。”
“よろしくお願いいたします。参政党の後藤翔太と申します。 本日は、お三方から異なる立場からの重要な示唆、また情報をお示しいただきまして、誠にありがとうございました。 今回のお話を伺って、私の整理なんですけれども、山本参考人からは、そもそもの再エネ政策の是非、ホワイですね、森田参考人からは、ペロブスカイト太陽電池への革新的技術、つまりホワット、そして山下参考人からは、技術、どのように導入して活用していくのか、ハウを、そういった観点でお話しいただけたというふうに思っております。 これらを踏まえて、改めて日本のエネルギー政策を考えてみたときに、今回の再エネの部分につきますと、改めて日本は非常に分岐点に立たされているのかなというふうに考えております。 問題を改めてこちらで考えて整理すると、まずは依存の問題です。石油のところで中東からの脱却を図ろうとして太陽光パネルを例えば推進しようとすると、そうすると太陽光のサプライチェーンで、又は鉱物で中国に依存度が上がってしまった。 また、次は環境破壊ですね。”
“ありがとうございました。 本日の議論を通じて、日本語教育は、単なる言語習得の支援ではなく、日本社会を形作る極めて重要な政策であるというふうに認識しております。 日本というネーションは閉じたものではなく、言語と規範を有することで参加し得る開かれた共同体であるというふうに考えます。そのような観点から本施策が推進されていくことを強く期待し、私の質疑を以上とさせていただきたいと思います。 ありがとうございました。”
“ありがとうございます。 私もそうでしたけれども、外国に行ったときに、日本がどんな国なのか、どういった考え方を持っているのか、そういったことをしっかりと明確に伝えられる日本人が育っていくということは非常に重要かなというふうに考えております。 最後に、大臣に伺いたいと思います。 今回、予算案にある外国人への日本語教育の充実という施策は、日本が開かれたネーションを意識し、外国人がどうしたらネーションの一員になれるのかを示す観点においても非常に重要であるというふうに考えております。改めて、この施策の持つ意味をどのようにお考えになるか、お伺いできればと思います。”
“日本人が日本というネーションを対外的に主張、説明できるようになるために、教育行政やカリキュラム編成にどのような工夫が必要か、お伺いしたいと思います。”
“ありがとうございます。 ただいまこちらからお伝えしたことは日本側から外国人に対する、そういった日本語教育の方向性をお伺いいたしました。 ただ一方で、今度は、今、外国人に対する教育のお話をさせていただきましたが、今度は日本人に対してという観点でございます。先ほど申し上げたとおり、外国人に対しては日本人のルール、考え方を理解していただくことが重要ですが、一方、日本人は、内面化している規範を明確に外部に伝えていくという点では日本人は必ずしも得意ではないというふうに考えます。古くはルース・ベネディクトの「菊と刀」に例があるように、日本人には国際的にも特殊な規範意識を有していることが知られています。しかし、例えば、言わなくても分かる、察するといった規範意識から、日本人はそれを積極的に言語化しようとしてきませんでした。例えば、これは共同体としての意識を共有するという開かれたネーションという観点からは課題があるというふうに考えます。 ですので、次は日本人に対しての教育という観点で政府参考人にお伺いしたいと思います。”
“令和八年度予算の事業では、日本語指導のカリキュラムやガイドラインを作るとされていますが、ここには言語だけではなく、日本人が内面化している規範を学ぶという観点も重要だと考えますが、いかがでしょうか。”
“ありがとうございました。お考えをいただけました。 ただ、このようなことをいろいろと考えますと、日本というネーションを特徴付ける要素は、血縁や情緒ではなく言語と規範をしっかりと共有するということに求めるべきではないかというふうに考えます。規範という意味では重要なのは、パブリックとプライベートを分けるということです。特定の宗教、特徴的な例ではイスラム教が挙げられますが、プライベートな信仰をパブリックな公教育に持ち込むことを求める傾向が知られています。かつてのフランスのライシテは見本として紹介されることが多くありましたが、残念ながら、イスラム系移民の増加によりその原則は揺らいでしまっているというふうに考えます。 日本人は和を重んじると評価されることが多くありますが、これは言い換えると、公共の場では自らを抑制し他者の平穏を妨げないという社会技術と言えます。このような規範を共有すると、このような共有、失礼しました、このような規範を共有することを日本というネーションが求めているということは明らかだというふうに思います。 ここで、政府参考人に伺いたいと思います。”
“お笑い芸人の黒塗りメークは黒人差別と指摘され、歴史的にはチャモロ人やカロリン人に対する差別表現であったことが想起されることもありません。 ここで、大臣に伺いたいと思います。 異なる背景を持つ人々を自分たちのネーションに包摂しようとする際起こり得る問題や課題に対し重要な示唆や教訓をこの歴史から学べる、学び取れるはずだというふうに考えますが、是非、大臣の考えもお聞かせください。”
“ただ、C式委任統治領は自国領ではないため、現地人は帝国臣民ではなく島民と呼称されたり、一等国民、二等国民、三等国民といった差別的な序列が内面化されていたり、さきに述べたとおり、通える学校が異なっていたといった同化意識と反する二重構造があったことも事実です。 しかし、日本史の中で、近代は唯一日本が対外的に拡張する中で民族的な背景の異なる人々を領域内に抱え込んだ時期です。特に、南洋群島は背景の相違が顕著であり、そこで行われた施策は、ネーションという観点から振り返り、現代の外国人問題に生かすことができる教訓があるはずです。 ですが、残念なことに、日本から南洋の記憶は薄れています。サイパン島の観光地としての人気が下がっていることは知られていますし、南洋群島に当たるミクロネシア連邦、マーシャル諸島共和国へのフライトにはお金と時間が掛かり、容易に行くことはできません。かつて怪獣映画で見られた、例えば「モスラ」のインファント島のような南の島が登場することもほとんどなくなりました。”
“ありがとうございます。 文献でも非常にデータが少ないということが指摘されているので、そのような回答だろうというふうに考えておりました。 もう一段、この歴史を掘り下げて考えてみたいと思います。 ここで行われた教育は、公民化政策や同化政策として、戦後は情緒的な批判をもって総括されています。しかし、このことが歴史的な評価や振り返りを限定的なものとし、真に得られる教訓が見落とされている可能性があるのではないかと私は考えました。 同化政策を行うということは、その善しあしの評価をする前に、前提として、南洋群島の現地人は日本人と同化できる、すなわち教育によって日本人になれると当時の多くの日本人が認識していたことを意味しており、また、これは、日本というネーションが本質的には、閉じたネーションではなく、開かれたネーションであるということを示唆しているというふうに考えます。”
“ここで、日本は、領域の中に、これまで包摂した東アジアの人々とは背景の異なるチャモロ人やカロリン人と呼ばれる人々を抱えることになりました。南洋群島を委任統治するための省庁である南洋庁が設立され、現地人向けの教育制度、インフラを整備しました。最終的には、公学校、公学校補習科、木工徒弟養成所という中等教育レベルまで学校が設立され、実際に運営されていました。南洋庁設置以降、現地児童は公学校に、日本人児童は小学校に通い、同じ学校には通いませんでしたが、教員と公学校と小学校間での異動は頻繁にあり、日本人教員と現地児童が教育を介して触れ合いを持ちました。要するに、日本は、こうした日本語を用い、教育を通じて、異なる背景を持つ人々を同じネーションに包摂しようとした歴史があるということです。 ここで、政府参考人に伺いたいと思います。 南洋庁は終戦後に廃止されましたが、南洋庁が南洋群島で実施していた共同体を拡張しようとした教育行政の蓄積が文部科学省に引き継がれているところはあるのでしょうか。”
“ありがとうございます。 今、先ほど私は日本語を入場券と表現しましたが、これはネーションが拡張可能であるということを意味しているというふうに思います。ただ、ネーションは拡張可能ですが、無限ではなく、会ったことがなくても同じ仲間と思える範囲にとどまると指摘されています。 今、日本というネーションにある戸惑い、つまり、外国人問題は、これまで自分たちのネーションを構成してきたものとは異なる背景を持つエスニックな人々と直面していることにあり、同じ仲間だと思いづらいということが問題だというふうに考えます。 ただ、日本というネーションがそういった異なる背景を持つ人々に直面したのはこれまでの日本の歴史で現代が初めてなのかというと、そうではありません。歴史を遡ると、一九一九年、日本は第一次世界大戦のパリ講和会議により、旧ドイツ領のミクロネシアを国際連盟の委任統治領の南洋群島としてC式委任統治をすることになりました。C式委任統治は併合ではないため、自国領土とはできないものの、実態的には隠された併合と呼ばれていたそうです。”
“現地語がネーションへの事実上の入場券であるとすると、日本社会での共生を望む外国人に対して、日本語は社会参加とコミュニケーションのための共通規格として位置付けられるのではないでしょうか。このように明確に定義することが日本人、外国人双方の安心と秩序の形成につながると考えますが、御意見を伺いたいと思います。”
“翻って、現在、外国人問題は、国籍によって権利義務を明確にする法的な解決が方法として施行されているという印象を受けますが、今あらゆる場面で生じている日本人と外国人との衝突はネーションの問題、つまり共同体としての感覚を共有できていないことにある、そういうふうに考えます。 日本国籍を今この瞬間取得したことをもって直ちに日本人の地域コミュニティーがその人を仲間とみなすかといえば、そうとは限りません。本当の意味での共生を考えるのであれば、我々の根底にある認識や意識、世界観や社会観を左右するものは何かということに向き合う必要があるというふうに考えます。 これを考える上で、中井氏は、言語の違いが特に重要であり、同じネーションとみなすためにも最も重要視されやすいのは、現地語を話すか否かであるというふうに指摘します。つまり、日本語教育は、日本人としての共同体意識を持つ上で非常に重要だということです。 ここで、大臣に伺いたいと思います。”
“ありがとうございます。 このような、言語は単に一つの手段にとどまるものではなくて、日本人の感性を理解してもらう上でも非常に重要であるというふうに考えます。 さて、我々参政党は、昨年の参議院選挙において、日本人ファーストというキャッチコピーとし、多くの支持をいただきました。また、その一方で、否定的な評価も受け、賛否の意見はそれぞれかみ合わなかったと認識しています。別の陣営を応援する方からは、そもそも日本人とは誰のことを言っているんだという問いかけもあったようです。 私の個人としての考え方ですが、私が日本人と言うときには、人種、レースではなく、ネーションを意識しています。中井遼氏の著作、「ナショナリズムとは何か」においては、同氏は、ネーションは共通の言語、領土、経済生活、日常的文化のうちに現れる心の特性に基づき、歴史的に構築された共同体と定義しております。これは、必ずしも民族的同質性を意味するものではなく、例えばスイスやベルギーのように、多様な民族によって構成されつつも共通の帰属意識を持つ国家も存在します。”
“参政党の後藤翔太でございます。よろしくお願いいたします。 本日は、予算案のポイントにある外国人に対する日本語教育の充実という取組を起点に質疑を進めさせていただけたらというふうに考えております。私は、この政策を単なる教育政策の一つではなく、今後の日本社会の在り方、すなわちどのように共同体を形成していくのかというテーマと密接に関わる重要なものだと認識しております。 まず初めに、大臣に伺いたいと思います。 外国人の児童生徒から成人まで日本語教育を充実させるこの取組は、どのような問題意識や目的意識に基づくものでしょうか。端的にお伺いできればと思います。”
“ありがとうございます。 消費者行政は極めて重要であるにもかかわらず、国民の強い理解、関心を得られにくく、予算的にも人員的にも厳しい状況、運営を強いられているというふうに理解しております。 理想的には、消費者庁が十分な予算を獲得し、それをてこに地方消費者行政や消費者団体にも予算獲得がしやすくなってほしいというふうに思っております。しかし、それが難しい現状であっても、消費者庁にできることはまだあるのではないかということを考えまして、今回、この一例として適格消費者団体と自治体との連携の事例を取り上げさせていただきました。 消費者ファーストというところで、消費者行政が更にいい形で実現されていくような期待をお伝えし、私の質疑を以上とさせていただきます。 ありがとうございました。”
“先進的な事例ということで御評価いただきまして、お伝えしたいというふうに思っております。 続いて、大臣に伺いたいと思います。 前段で取り上げた論点整理に示された消費者団体のボランタリズムや専門性にフリーライドしている状況を改善し、広義の消費者行政全体を持続可能とするためにどのようなことができるでしょうか、お考えを伺いたいと思います。”
“ただ、これらが全国的に行われていない理由、課題点として、守秘義務に対する過度な萎縮、国の明確な指針、ガイドラインの欠如、情報提供手続の煩雑さ、連携の意義、効果の理解不足などが挙げられます。 それらの課題を解決するために、消費者庁がガイドライン、QアンドAを策定すること、モデルとなる覚書例を共有すること、情報提供手続の簡素化、定型化、自治体職員向け研修、説明機会の制度化、連携実績の見える化と評価が提案されています。 ここで政府参考人にお伺いしたいと思います。 消費者と地方消費者行政の間をつなぐ適格消費者団体が地方消費者行政と連携問題を解決し、より消費者のために働くことを、ここで提案された内容、特に指針、ガイドラインの策定、モデルとなる覚書例を共有することを是非行っていただけないでしょうか。 また、先ほど例を挙げたホクネットさんに対する御評価もコメントいただけたらと思います。”
“消費者団体には届出制度があるわけでもないため、活動を休止してしまったとしてもその事実は認識されず、知らないうちに消費者と行政の間をつなぐ基盤が失われていっているという現実もあります。 そのような環境に応じて辛うじて活動を維持しているのは、適格消費者団体と生協であると聞きました。特に、適格消費者団体は、極めて公益的な活動をしているため、意識的にお話を伺うように心掛けています。 先日、北海道の特定適格消費者団体であるホクネットさんが北海道や札幌市と行っている先駆的な連携スキームについて伺い、現状の課題と提言をいただきました。 配付資料の一ページを御覧いただきたいと思います。 通常の覚書と対比すると、北海道における覚書の工夫が際立つのではないでしょうか。適格消費者団体には手口の情報が恒常的に入っていることを求めているため、年一回の申請で消費生活相談の情報や手口の情報がメーリングリストで入ってくるようになっています。 配付資料の二ページ目を御覧ください。”
“ありがとうございます。 前回、大臣に足を運んでいろいろ全国を聞いて回るといいよというアドバイスをいただいて、私も全国を回ってまいりました。その中で、やはり、ただ、今おっしゃられたとおりの御発言ありましたけれども、現実は厳しいものだというふうに考えております。 また、地方消費者行政は権限が限定的であること、経験、人員が不足していること、予算が限定的であるといった課題に直面しているというふうに考えます。また、そうした状況が生じる分野では、消費者と行政の間をつなぐ団体の活躍が期待されています。消費者行政の分野では消費者団体がそれに該当します。 ただ、消費者団体を取り巻く状況は更に厳しいというふうに感じております。二〇二三年に公表された内閣府消費者委員会の消費者団体の現状及び今後に向けた論点整理は、消費者団体のボランタリズムや専門性にフリーライドしている状況を指摘しています。確かに、消費者はほとんどが労働者であり、事業主に雇用される身として事業側の利害関係者でもあります。そのことが消費者としての利害のみを主張しづらい状況をつくっているのかもしれません。”
“参政党の後藤翔太でございます。 早速ですが、消費者庁の予算を眺めてみると、この予算額が少ないのではないかというふうに感じました。百四十四億円というのは、経済産業省の一般会計三千七百五十四億円と比較すると四%弱でしかありません。 日本における消費者行政は、産業振興、事業者育成の間接的、派生的なテーマと扱われてきた歴史があり、産業における生産者優位の流通も、流通システムも相まって、消費者庁が発足して十五年が過ぎようとする今もなおこのような状況にあるというふうにうかがわれます。 消費者行政の司令塔である消費者庁の予算配分が少ないということは、消費者行政に対する理解が十分に得られていないことを意味し、またその影響は地方自治体や消費者団体にも及んでいくことになります。 ここで大臣に伺いたいと思います。 消費者庁の予算を十分だとお考えでしょうか。産業側、事業側である経済産業省の予算と比較してどう思われるか、お伺いいたします。また、どうしたら消費者行政のプレゼンスを上げることができるか、簡潔にお願いいたします。”
“ありがとうございます。 大臣の人生を通じた哲学的な、そういった観点もお聞かせいただけて非常にうれしいなというふうに思いますし、私もその谷からはい上がって登っていかなければならないというふうにいつも感じております。 改めてですけれども、全国市町村の教育委員会連合会からお話を伺ったところ、教員の働き方に関しては教職調整額の増額以上に三十五人学級の実現が有り難いというふうにおっしゃっていました。 二〇二三年の意識調査でも、ウェブモニターの半数以上が肯定的だというふうに回答しており、受け入れられている施策であるというふうに考えます。その一方で、政策議論においてはアウトカム設定が学力偏重であり、日本型学校教育の目的と少しずれが生じる可能性ということを今回指摘させていただきました。 令和の日本型学校教育の実現という目的の手段であるということを忘れずに、施策の不断の見直しと検証を行っていただきたい旨をお伝えし、私の質疑を終了させていただきます。 ありがとうございました。”
“ありがとうございます。 最後に、日本型学校教育に対して個人的に思うところを述べ、大臣のお考えを伺いたいと思います。 PISAなどにおいて日本人は平均的に高い学力を有している結果が示されているものの、その一方で、自信がないことが指摘されています。これは、いわゆるダニング・クルーガー効果でいうところの絶望の谷にいる人が多いということを示しているのではないでしょうか。学校教育の出口が絶望の谷に設定されてしまっているということです。 全ての子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びが絶望の谷を越え、啓蒙の坂、継続の大地に導くものであってほしいというふうに考えております。この点については、大臣、どのようにお考えでしょうか。”
“ありがとうございます。 以上を踏まえて、改めて大臣にお伺いしたいと思います。 令和の日本型学校教育の実現のために、中学校三十五人学級のもたらす効果について、知徳体の観点から総括した御意見をいただければと思います。”
“ありがとうございます。 社会情動的スキルは小学校以上に重要になる可能性がありますので、是非そちらの観点もお考えいただければというふうに思います。 続いて知徳体の体の部分です。言い換えられるならば、健康についてはどのようにお考えになるでしょうか。令和の日本型学校教育の答申では、新型コロナウイルス感染症への言及が複数見られます。そのように言及するわけではありませんけれども、クラスサイズが縮小すると児童生徒同士の接触機会が減るため、多少の感染症リスク低減効果があるかもしれませんが、意見が割れているようです。 この健康への影響は最も検討されていないのではないでしょうか。例えば、運動を通じた身体的な要素、学級の雰囲気を通じたメンタル的な要素が考えられ、後者は社会情動的スキルでも触れられた安心感なども影響するというふうに考えます。また、教員が一人一人の体調変化に気付きやすくなり、健康面や安全面まで目が行き届くようになるような指摘があります。 ここで政府参考人に改めて伺いたいと思います。 クラスサイズが、体、すなわち健康に与える影響をどのように考え、評価しますでしょうか。”
“ありがとうございます。 まさに徳の部分ですけれども、社会情動的スキルというふうに置き換えたときに、この社会情動的スキルの影響を検証した研究では、クラスサイズ縮小による社会情動的スキルの改善効果が見られないといった指摘や、小学校の不登校を減少させる効果は認められるが、いじめ、暴力を減少させる効果は余り見られないといった指摘、中学校の学校生活の安定感や帰属感を増す効果があるといった指摘があります。 改めて政府参考人に伺いたいと思います。 徳、すなわち社会情動的スキルに対し、クラスサイズの縮小の効果をどのように期待されますでしょうか。”
“これまでのクラスの議論が日本型学校教育の視点に立つと学習効果偏重であったのではないかという指摘があるように思いますが、政府参考人に御意見を伺いたいと思います。”
“ありがとうございます。いろいろなお立場や視点によって考え方、意見が異なるということも考えさせられました。 改めて付け加えさせていただきますと、少人数学級の効果に関する知見がしばしば整合しない原因としては、学級の異質性、すなわちクラスにいる児童生徒の特徴や構成によって、少人数学級の効果が異なるということが指摘されています。つまり、クラスを平均的に見てしまうと効果の捉え方を誤る可能性があるということだと思います。今後の政府の効果検証では、この学級の異質性という観点も是非念頭に置いていただければというふうに考えます。 さて、私はこの議論もそうですけれども、先行研究や報道を検索していて、アウトカム、結果の設定が学習効果偏重なのではないかということを感じております。 最初に述べたとおり、日本型学校教育は子供たちの知徳体を一体で育む教育ですけれども、このうち、知の側面が重視されているということだと思います。 一方、徳と体についてはいかがでしょうか。”
“ありがとうございます。 続いて、文部科学省の政府参考人に伺いたいと思います。 今回の小学校三十五人学級導入の効果を現在どのように総括していらっしゃいますでしょうか。附帯決議の求める効果検証に触れながらもお答えいただきたいと思います。”
“二〇一一年と二〇二一年の予算編成時の立場を踏まえてお答えいただきたいと思います。”
“ありがとうございました。 先ほども目的と手段が入れ替わらないようにしなければならないという言葉がありましたけれども、改めて目的を確認させていただいたという次第でございます。 また、今、クラスサイズの標準が一九八〇年に四十人とされてから変わっていなかったので、約四十年間動かなかった数字だということをおっしゃっていただきましたけれども、改めて、なぜ動かなかったのか、その一因を考えると、クラスサイズの効果によって知見がしばしば整合的ではないというふうにあると言えると思います。実際、二〇一一年及び二〇二一年の予算編成過程では、財務省と文部科学省が学習効果に対するエビデンスを取り上げて対立していました。 小学校の導入が完了した現在において、両省庁はどのように考えているのか関心があります。二〇二一年改正の際には、衆議院文部科学委員会、参議院文教科学委員会共に効果検証を行うことを求める附帯決議を行っています。 ここで、まず財務省の政府参考人に伺いたいと思います。 小学校の三十五人学級導入が完了いたしましたが、その効果をどのように捉えていらっしゃいますでしょうか。”
“そして、個別最適な学びが、ICTの活用と少人数によるきめ細やかな指導体制の整備によって実現される指導の個別化と学習の個別化を通じて学習者にもたらされるものと読み取れます。 ここで、大臣に伺いたいと思います。 令和の日本型学校教育、失礼しました、学校教育答申と併せて本施策の論点を考えると、従来的な協働的な学びを維持しながら個別最適な学びを追求するための適正な学級規模であるか否かに帰着するというふうに考えますが、認識に相違はないでしょうか。お考えをお聞かせください。”
“参政党の後藤翔太でございます。本日もよろしくお願いいたします。 議題である義務標準法の一部改正ですが、挙げられている三つの改正点のうち最も注目されているのは、学級編制の標準の改正、いわゆる中学校三十五人学級です。学級規模、クラスサイズを小さくする理由について、二〇二一年頃の文部科学省の資料には、ICTの活用と少人数学級を車の両輪として令和の日本型学校教育を実現すると記載されており、当時の萩生田文部科学大臣もそう語っている報道があります。 令和三年一月二十六日に中央教育審議会が行った令和の日本型学校教育の構築を目指してという答申に目を通してみると、令和の日本型学校教育とは、全ての子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びと書かれています。 このうち、協働的な学びが従来の日本型学校教育、すなわち学校が学習指導のみならず生徒指導の面でも主要な役割を担い、様々な場面を通じて子供たちの状況を総合的に把握して教師が指導を行うことで、子供たちの知徳体を一体で育む教育を指しています。”
“加えて、文部科学省の事務の皆様から法案やグランドデザインに関する思いを伺っており、始まりは三党合意だったとしても、高校改革につなげていくんだという強い意思も感じておりました。自治体の無償化の恩恵を受けた経験のある家庭の声も聞きました。現に、無償化を織り込んで進路選択をして、入学を楽しみにしている家庭もあると思います。本法案に賛成しないということは、そういう方々の痛みを背負うということだと分かっております。 ですが、やはり、この法案を多角的な視点から徹底的な分析がなされていない状態で成立させることは、余りにも無責任であると言わざるを得ません。公立高校が衰退すれば、日本の教育環境が壊れれば、決して元には戻らない。それを理解した上で、責任を持って、覚悟を持って考え、判断しなければならないというふうに思います。 今回の質疑、委員会での議論を通じて、あらゆる懸念点、将来のリスクを背負ってでも本法案を可決すべきとは考えられるものではありませんでした。今この瞬間の目の前の利益のために日本の未来を支える教育の基盤が危ぶまれることは決してあってはならないことを申し上げ、私の反対討論といたします。”