谷田川元
立憲民主党・無所属 · Japan
“洋上風力発電に対して一番安い価格で落としておきながらやらない、この二つの綱領に違反すると社員も言っているわけですよ。 三菱商事の社長が、八月二十七日の記者会見、恐らく責任を感じて辞任表明をするんじゃないかと私は思ったら、全くそういうことはなかった。 それで、何と、大臣、その記者会見の前日の三菱商事の株価は三千二百六十三円、現在の株価三千六百七十四円、株価は上がっているんですよ。つまり、株主は撤退を評価しているわけですよ、結果的に。いろいろな要素はあるかもしらぬけれども。 恐らく、先ほど申し上げたように、中西さんは常務時代に、三つの海域を安い売電価格で、自分の責任で落札したわけだから、当然、社長として事業を完遂させたいという気持ちが強かったと私は思いたい。しかし、やはり株主…”
“だけれども、空前の利益を上げた、天下に名立たる総合商社の、業界ナンバーワンの三菱商事が撤退するようなことを許しては絶対駄目だと。そのためにも、組織のトップの大臣、経産大臣と国交大臣が、直接三菱商事の社長に会って、これは国家の命運が懸かっている、撤退しては駄目ですよということを絶対示すべきだ、そう申し上げたんですよ。 ところが、残念ながら、経産大臣も国交大臣も、三菱商事の社長に会ったのは、八月二十七日の撤退記者会見が終わった後ですよ。幾ら文句を言ったって後の祭りですよ。 では、私は副大臣と金子大臣に聞きたいと思うんだけれども、政治家として是非答弁していただきたい。 私は、この間の国交委員会では、中野国交大臣を前にして、不遜ながら、私が大臣だったら、すぐにでも三菱商事の社長に…”
“私は、お二人に、政治家として答弁してくれと言ったんですよ。駄目です、それじゃ。申し訳ないけれども、最近使われなくなってしまったけれども、昔よく伴食大臣といったんですよ。御存じですか。権限がなくて、役人の操り人形になっているような人のことって伴食大臣というんですよ。いや、残念ながら。 まあ、もちろん、役所の人間は優秀な方が多い。その人たちの顔を立てないといけない。だから、余り大臣が先行してやるのはいけないと言うけれども、この洋上風力発電の第一ラウンドは国家の命運が懸かっているプロジェクトなんですよ。その意識を持たないと駄目なんですよ。そこで、やはり政治家としての腕の見せどころなんですよ。それを放棄するんですか。 副大臣は大臣に対して遠慮があるかもしらぬから、国交大臣、この洋…”
“いや、もう時間がないので余り言いたくもないけれども、ちょっとだらしなさ過ぎるよ。三菱商事が約束違反で撤退したわけだから、それに対して、せめて早く次の事業を展開するためにも早く無償で提供しろと何で強く言えないんですか。非常に問題があると思うよ、今の答弁は。 それから、一つ、私は、三菱商事については、多くの、三菱商事と仕事をした人とか社員の方からも話を聞いて、やはり、三菱商事の綱領というのがあるんですよ。これは、四代目社長の岩崎小弥太さんという方の訓諭を基に、一九三四年から行動指針として、そして、二〇〇一年一月から、三菱グループ各社の金曜会で申し合わせた現代解釈というのがあるんですよ。 所期奉公、処事光明、立業貿易。その二つ、まず所期奉公は、現代語訳はこういうことなんですよ、…”
“立憲民主党の谷田川元です。どうぞよろしくお願いします。 今日は、三菱商事が洋上風力発電から撤退した問題を徹底的にやりたいと思います。 実は、萩生田元経産大臣、二〇二一年の十二月に、三菱商事が、秋田沖二か所、銚子沖、三か所を総取りしたんですね。 そのときは、もう売電価格が一番安くて、本当にこれで採算が合うのか、各方面からそういう意見があった。萩生田さんも国会答弁で、三海域を一社だけで任せて本当に大丈夫か懸念を持っている、そういう話をされているんですね。 それで、私は、実は、萩生田経産大臣に今から二か月ほど前に会いに行って、いろいろ話を聞きました。そのとき、萩生田さんは、そのときの経緯については、野党から要求があれば是非国会の場で証言してもいい、そうおっしゃっていただいたんで…”
“非常に重要な点ですよ。 やはり、会社のトップが、当時は常務だったけれども、世間では、さっきも言ったように、三つ総取りしたことが功績と認められて社長になった人だとみんな思っているわけですよ。その当時の責任者と経産大臣が会っているわけだから、それも経産大臣の要求で。これは非常に重要な事実ですよ。それさえ担当者が把握できないということはおかしい。猛省を促したいと思います。 それで、私、四月四日にこの場で質問したんです。二月の上旬に、三菱商事が、再評価をする、ゼロベースで見直すと言い出したから、こんなことはあり得ないと。だって、三菱商事って、皆さん、数年前の決算で、何と一兆円もうけているんですよ、一兆円。今でも数千億円もうけているわけですよ、純利益でね。確かに、洋上風力発電で、損…”
The complete record
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“これは後に、末浪靖司さんというジャーナリストが、アメリカ国立公文書館から、当時のいろいろな公文書をしっかり調べた結果、アメリカの圧力がこれもこれもかということであって、その結果、日本は基本的に米軍は国内法が適用されないと、当時の大河原北米局長がそういう答弁をしちゃったんですよ。 その前の答弁は、一九六〇年の安保条約改定をめぐる国会審議の政府答弁で、当時の高橋条約局長はこう言っているんですよね。米軍に対して日本の法令は原則として適用されると。ところが、残念ながら、一九七三年の大河原答弁をいまだに外務省は踏襲しているわけですよ。 私は二年前の国交委員会で、どうして百八十度変えるようなことをやったんだ、少なくとも高橋答弁と大河原答弁は全く違うことを言っているよと。原則適用されるのが一般国際法の真っ当な考えですよ。それに対して、大河原さんは、規定がなければ、原則何も規定がないところは適用されませんと百八十度違う答弁をしたわけですよ。そのときに外務省はすごいなと思ったのは、私はあのときに、これこそ牽強付会の答弁だ、自分の都合よく解釈する、そう言ったけれども。”
“当時の外務大臣は大平正芳さん、防衛大臣が、当時は防衛庁長官ですけれども、増原さんという方。当時は、米軍が進むのを阻止されたときに、お二人は国会で、国内法があるんだから、米軍もしっかり国内法を遵守してもらいたい、そう答弁しているんですよ。 それに対してアメリカは非常に危機感を持って、その年の八月三十一日と九月一日のホノルルにおける日米首脳会談、田中総理のカウンターパートはニクソン大統領、そのときに強く言ったんですよ、とにかくこれを何とかしてくれないと困ると。 その結果が、その年の十月の十七日に閣議決定された。それは何かというと、それまでは道路交通法では、重量オーバーしても緊急車両は通ってもいいとなっていたんだけれども、しかし、緊急車両プラス、警察だとか消防の訓練だとか、あと米軍の車両もいい、それは法律の適用外にする、そういう閣議決定をしたんですよ。”
“何で全面返還を目指しますと言ってくれないんですか。非常に残念です。 それで、私、二年前の国交委員会でも、外務省の担当者に来てもらって、悪の元凶というものが一つある、そういう指摘をしたんですよ。 それが、一九七二年の田中内閣のときに、横浜港のノースピアに向けて、当時はベトナム戦争で、ベトナム戦争で破損した戦車をアメリカ軍の在日米軍基地で修理して、それを横浜埠頭に運んだんですよ。それで、当時の横浜市長は飛鳥田一雄さんといって、社会党の委員長を後にやられた方ですけれども。 とにかく、あのときは、旧社会党の皆さんは、ベトナム戦争反対だ、日本はベトナム戦争に加担すべきじゃない、だから、何とか戦車をベトナムに送るのを阻止したいということで、道路交通法の制限施行令というのがあって、それは、重量をオーバーした場合には通っちゃいかぬとなっているわけですよ。ところが、あのとき、米軍の戦車は重量オーバーだといって、当時横浜市は、その橋を通っちゃいかぬということで、それで、それに勢いづいて市民団体なんかが詰めかけて、アメリカの進行を阻止したわけです。 当時、その直後の国会答弁を私は読んだんですよ。”
“もう一度申し上げますね。いいですか、大臣。 二〇〇八年の六月の参議院国土交通委員会の答弁、当時の公明党の冬柴大臣の下の航空局長の鈴木さんは、引き続き全面返還に向けて関係省庁と協力しながら努力してまいりたいと、ここまでおっしゃっているんですよ。 なぜ二〇〇八年に言えたことが今言えないんですか。是非、全面返還を目指しますと言ってください。”
“私は、実は、二年前の国交委員会でも、斉藤大臣に、同じ公明党の冬柴大臣が大臣のときに、航空局長が全面返還に向けて頑張りますと言っているんだから、是非、全面返還に向けて私も頑張りますと言ってください、そういう話をしたんだけれども、残念ながら、斉藤大臣は同じ言葉を繰り返すのみ。関係省庁と協議し、米軍と調整してまいりたいと。 何で全面返還を目指して頑張りますと言えないんですか。是非大臣に言っていただきたいんですが、いかがですか。”
“お手元に私の資料、配られていますね。見ていただきたいんです。 二〇〇八年の九月が最後の、八回目の横田空域の返還ですね。その直前の政府の答弁、当時は冬柴国土交通大臣の下の鈴木航空局長が次のように言っているんですよ。 平成二十年度に横田空域全体のあり得べき返還に必要な条件の検討を完了するということとされておりますので、削減後も引き続き全面返還に向けまして関係省庁と協力しながら努力してまいりたいと考えておりますと。極めて明快な、全面返還を目指して、こう言っているんですよ。 しかし、残念ながら、その後もずっと行くと、国交大臣の石井さん、外務大臣の河野さん、茂木外務大臣も同じような、全面返還を要請するとかそういう言葉は一切使われずに、今大臣もおっしゃったように、関係省庁と協力しながら米軍と調整してまいります、この表現に終始しているんですよ。”
“非常に残念ですね。 じゃ、大臣、横田空域は、日本は敗戦国だからアメリカが管制するのはやむを得ない、そういうことを言う人もいますよ。だけれども、同じ敗戦国のドイツ、イタリアはそういうことをしていないんですよ。原則国内法を適用して、それで、アメリカ軍もドイツ、イタリアの航空法に適用されてやっているんですよね。 沖縄県が、今から二年ほど前に、世界各国でアメリカの地位協定がどうなっているかというのを調べたんですよね。それで、つまり、国内法適用を原則とするという国がもう日本以外全てなんですよ。ドイツ、イタリア、ベルギー、イギリス、オーストラリア、フィリピンと。日本だけが国内法原則不適用、そういうことなんですよ。 私は、是非、敗戦国であっても、イタリアとドイツは国内法適用ということで、航空管制も自国でやっているわけだから、日本もそれを目指すべきだと思うんですが、いかがですか。”
“何で差し控える必要があるんですか。だって、横田空域、問題だという認識をお持ちであるならば、当然、外務大臣におなりになったんだから、政府高官、誰でもいいですよ、横田空域に関して私は関心を持っていますというぐらい言ってもいいじゃないですか。どうなんですか。”
“私の千葉県は入らないんですが、静岡が入っているんです。是非認識をしてください。静岡県の北東部、入っているんです。ですから、横田空域について、やはり国民にもう少し関心を持ってもらうことを是非大臣もお願いしたいと思うんですよ。 それで、大臣はもう就任されて五か月がたちました。アメリカ政府高官とは何度もお会いになって会談されていると思うけれども、一回でもいいから、横田空域について話題にされたことはありますか。”
“ちょっと大臣、通告していないんですけれども、もし分かったら答えてください。 横田空域は一都九県にまたがるんですよ。大臣の御地元は静岡県、私は千葉県なんですよ。静岡、千葉県、それぞれ横田空域に入るか入らないか、お分かりになりますか。”
“立憲民主党の谷田川元です。 今日は、横田空域の問題についてを中心に質問したいと思います。 上川大臣、よろしくお願いします。 私は、二年ほど前に、国交委員会で横田空域について質問したんですが、何か二〇〇八年の九月が八回目の返還なんですよね。それからもう何だかんだ言って十四年近くがたっているんですが、オリンピック前に、横田空域の一部を日本の方で一元的に飛行管制するということはあったけれども、しかし、二〇〇八年以降、全然返還されていないんですよね。 何となく、何かもう政府は横田空域の返還を諦めているんじゃないか、そう思えるような、過去の議事録を見まして、そう思っているんですね。そんなことはないということを是非今日は確認したいという気持ちを持って、上川大臣に質問したいと思います。 それで、一九五二年に、サンフランシスコ講和条約で日本は占領から解放されて独立国になりました。しかし、横田空域、残念ながら、日本の領空であるにもかかわらず、その航空管制は米軍に任せている。これは私は異常事態だと思いますが、大臣はそう思われませんか。”