古庄玄知
自由民主党・無所属の会 · Japan
“ちょっとさっきのを久保先生にもう一度お伺いしたいのですけれども、今現実に後見人を付ける場合は、お医者さんに診断してもらって、お医者さんの方からこの人は保佐なのか補助なのか後見かという診断書を書いてもらって、それを家庭裁判所に持っていって後見の申立てをして、それで裁判所がその書類を見て、あるいは身近な人たちの意見とかを聞いて、そしてどれにするかというふうな決め方をしていると思うんですけど。なかなか、先ほど久保先生の言った、ずっと一緒に生活して一緒に世話をしている状況であればどういう意思なのかというの分かるかと思うんですが、今言ったような、お医者さんの診断書を持って裁判所に申請して認めてもらうというだけではなかなかそこまでは難しいんじゃないかなという気はするんですが、その辺り…”
“自民党の古庄です。 参考人の先生方、本日は、お忙しいところを大変ありがとうございました。 まず、三名の方々に、久保先生、上山先生、星野先生の順番にお伺いしたいと思います。 今回の法改正は、後見、保佐を廃止して補助人に一本化すると、必要に応じて本人の意思も尊重しながら補助人を付けていくという、こういう改正だろうと思うんですが、判断能力が極めて低い方もおられると思うんですね。自分の意思をきちんと表明できない方もたくさんおられると思うんですけれども、そういう判断能力が極めて低い方にとって、保護することが可能な制度だというふうに思われるのでしょうか。その辺についてはどのように御認識でしょうか。済みません。久保先生から。”
“改正民法十条では、補助開始の審判を受けた者が精神上の理由により事理を弁識する能力を欠く常況にある者で、必要があると認めるときは、特定補助人を付する旨の審判をすることができるというふうに規定されております。 この特定補助人というのが、改正前の後見人に匹敵すると思われます。ここで、できるというふうに規定されているということは、必ずという意味ではありません。事理弁識能力がない常況にある者であっても、普通の補助人しか付かない場面も多く存在するというふうに思われます。 そこで、この点に関して質問いたしますが、補助開始の場合は事理弁識能力が不十分であったけれども、その後、事理弁識能力を欠く常況になった場合に、この補助人から特定補助人へとスムーズに移行できるのでしょうか。”
“そうすると、本人の同意があったかなかったかという点に関して争いが生じてくる場面も多々出てくるのではないかなというふうに思います。 それで、取引の相手方からしてみると、後日、その同意があった、なかったかという、そういう争いに巻き込まれたり、それがひっくり返されたりしたらたまらないと、そういう思いから、高齢者相手の取引を控える者も出てくるのではないかなというふうに考えられます。 そこで質問ですが、そういうふうな、取引を控えたり、あるいは後日争いに巻き込まれたりということに関して、取引の安全性に対して配慮しなければならないと思うのですが、今回の法案において取引の安全性というのは配慮されているのでしょうか。”
“まあ、いろんな理由があるということは分かりますが、これ民間の感覚とはかなり離れているんじゃないかなというふうに思っております。民間だったら、いきなり三十万円にしたら、その瞬間に客が離れて経営が成り立たなくなりますね。例えば、弁護士が、顧問料、一か月三万円だったのを来月から百万円にしますよと言ったら、この先全部逃げていきます。 そういうふうなことをしないために民間は一生懸命に知恵を絞っているんですけれども、行政の方は、これ政令で決められるとか、独占的に制度を運営しているので、行政がこういうふうな金額でやればできると、そういうふうな考えが根底にあろうかというふうに思います。これが、私は官僚組織特有の危うさというものを感じておるところです。 そこで、今回この改定をするに当たり、…”
“是非そういうふうにお願いしたいと思います。 日本はこれから人口減少社会に入っていきます。優秀な外国人材に日本で暮らしたいとか日本で働きたいと思ってもらえる国でなければなりません。ところが、突然負担が三十倍になる国とか行政の都合で制度が急変する国、そういうふうに思われてしまえば、日本の信頼にも関わってくるんじゃないかなというふうに思います。 私は、今回の問題は、単なる手数料だけの問題ではなく、日本社会の在り方そのものが問われていると思っております。そういう中で、この日本の国が外国人政策をどういうふうに持っていきたいのか、その指針というか展望というか、どうもその辺がはっきりしないんですけれども、その辺について、どういうふうに持っていきたいのかというその辺の長期的、総合的な展望…”
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“そうすると、共同親権にしたからといって親子交流が必ず実現されるという、そこまでは考えられないよと、こういう御見解だというふうに認識いたしました。 もう一個質問ですけれども、現実に離婚する場合は、仮に共同親権があろうと、どっちか片一方が子供と一緒に生活して、どっちか片一方は子供とは離れるという、そういう生活の仕方になるんですけれども、その共同親権にした場合、子供と離れたいわゆる別居親ですね、別居親が具体的に子供をどういう形で養育することができるのか。ちょっとその辺、理解しにくいので、その辺、どういうイメージを持っているのか、教えてください。”
“今のが法務省の考え方ということを理解いたしましたが、今度は親子交流についてお伺いしたいと思います。 実は私が取り扱った案件で、母親が単独親権を持っていて、六歳、五歳ぐらいかな、ちっちゃい男の子の母親が親権者だったんですけれども、その父親に会わせないという案件がありまして、うちの事務所に来て、母親が、何とかちゃん、あんたパパに会いたくないねと言ったら、子供の方がパパに会いたくないという返事をするので、じゃ、裁判所にその子供さんだけ連れていって、パパとそのおじいちゃん、おばあちゃんがいる面会交流室というところに連れていったら、もう本当、子供がそのパパに飛び付いて、それを後ろからそのじいちゃん、ばあちゃんが見ていて涙を流していると。そういうシーンを私見たことがあります。 だから、やはりこの親子交流、これ仮に親権があろうとなかろうと、親子の交流というのはこれは途切れさせてはいけないなというのが私の個人的な意見なんですけれども、これ、共同親権を導入すれば親子交流というのは必ず実施されるのか。それはもう今と同じように、人によって交流をさせないという、そういう場面もあるのか。”
“そうすると、法務省とすれば、この共同親権を導入することによって、子供を連れて出ていくということは減ってくるだろうという推測だと、そういうふうに推測していると、そういうふうな理解でよろしいですね。”
“済みません、分かりやすく言ってもらえませんか。ちょっと抽象的でよく分からなかった。資するというのはどういう意味、減るという意味ですか。”
“こんにちは。自民党の古庄です。 前回に続きまして、質問させていただきたいと思います。 今回は、共同親権、離婚後、合意がない場合にも裁判所の判断で共同親権を認めるというか共同親権を認定するというか、そういう場合があるというのが大きな問題となっておりますが、まず局長の方にお伺いしたいんですけれども、共同親権にするかせぬかというところで子供の奪い合いというのが大きくクローズアップされておりますけれども、これ共同親権にして、共同親権にすれば、子供の奪い合いというんですかね、子供を連れてその今住んでいるところから外に飛び出すというふうな事案というのは減るんでしょうか、それとも分からぬという答えになるんでしょうか。その辺は局長のお答えをいただきたいと思います。”
“また話が振出しに戻るかも分かりませんけど、その子の利益という概念が、もう判断者によって右に行ったり左に行ったりするような概念だと思うんですが、そのどっちがいいのか判断しかねるというケースというのはあると思うんですよね。そうしたときに、裁判官が、ううん、右に行こうか左に行こうか迷っているときに、原則がなくて、どっちでもいいんじゃと、子の利益に合致すると思えばどっちでもいいんじゃというふうになるともう判断者の恣意的な判断を呼びかねないので、むしろある程度原則的なものをつくったらいいんじゃないかなという、そういう意見もあります。 これ質問なんですけど、裁判の場合、一般原則で、立証できなかったら原告敗訴というのがあるじゃないですか。これ本件の場合にも、さっきの例で、医者の方が子供の利益に合致するのか芸術家の方が子供の利益に合致するのか判断付きかねた場合は、原告、すなわち訴えた側が負けるという、そういう理解でよろしいんですか。”
“そうすると、今の回答は、どちらが原則、どちらが例外というそういう関係性にはないという、そういうお答えでよろしいんですかね。”
“そうすると、共同親権の方が、こういう言い方は悪いのかも分からぬけれども、耳触りはいいんですよね。二人から生まれた子供なので二人で育てましょうというのがいいから、一般の人はそれは共同親権の方がいいなというふうに思っている人多いかも分からないけれども、その辺のアンケートを根拠として出されていますが、そのアンケートが具体的にどういう内容だったのかということをちょっと私把握していないので、その点についてはちょっとこれ以上コメントは控えたいと思います。 それで、次の質問に行きますけれども、今回の改正法案の条文見てもよく分からないんですけれども、その単独親権と共同親権のどちらかが原則でどちらかが例外であるという、そういう原則か例外かという、そういう関係はあるんですか。”
“メリットもあればデメリットもあると、そういうことですね。 そうすると、ちょっと、メリットというのはちょっと抽象的で私よく分からなかったんだけど、まあメリットもあると、そういう見解でしょうが、そのメリットとデメリット、どっちの方が大きいんですか。”
“じゃ、今度は逆に、離婚後の共同親権を導入することによってデメリットもあると思うんですけれども、このデメリットは具体的にどういうものが考えられますでしょうか。”
“まあそういう答弁を何回もやっているんですけど、具体的によく分からないんですわ。だから、今の答弁を、具体的にどういうメリットがその子供にもたらされるのかというのを説明してもらいたいんですよ。具体的に、例えば例でも構いませんから、こういう例が、こういう場合は共同親権にした方が絶対いいんだという具体的な例を答えてもらえませんか。”
“それで、今回の法案は、離婚後も共同親権を認めると、認める例が、認める場合があるということなんですけれども、その共同親権を認めることによって子供にもたらされる利益というのはどういうものが考えられるんでしょうか。”
“この前、沖野参考人でしたか、何か沖野参考人は、裁判やったとしても、それによって、裁判が解決したときにいい結果が生じるかも分からないから一概に裁判が悪いとは言えないみたいな、何かそういうふうな発言だったと思うんですけれども。 裁判をやること自体、別れたお父さんと現在一緒に住んでいるお母さんが何か月かに一遍裁判所に行く。で、家に戻って、今日の裁判はああだったこうだった。それで、裁判所からは調査官が家までやってきて、今どういう感じとか聞かれること。要するに、裁判をやっていること自体が子供にとって決して利益じゃないというふうに私は考えております。 離婚した後、共同親権で夫婦の意見が異なった場合、その手続の流れとすればどういうふうになりますかね。”
“それで、済みません、突然の質問であったかも分かりませんけど、それで、離婚した後に別れた夫婦がずっと裁判をしているということ、そういう事態も想定されるわけなんですけれども、これは子供にとって利益なんでしょうか、不利益なんでしょうか。”
“まあそういう答弁になるだろうと思っていましたけれども、ただ、その個人の判断者の価値観によって大きく左右に行くと思うんですね。 判断者が、いや、医者の方が絶対いいと、人の命も救えるし、経済的にもいいんだと、だから医者の方がいいと。芸術家なんかなれるかなれぬか分からぬと、そんな危ないばくちみたいな人生を歩ませるのは良くないと判断者が考えれば医学の方に行くのが子の利益だと。あと、何となればというのをいろいろ理屈か理由を付けてそういう選択をするでしょうし。で、今度高裁に、負けた方が高裁に持っていって、高裁の人が、芸術の方がいいんだと、おいおい、医者はあんまり良くねえと、そういうふうな、医者に対するそういうふうな悪印象を持っている高裁の裁判官だったら、いや、もう一審判決は棄却して判決を次のとおり変更するということで、芸術家の、母親の言うとおりに行けというふうになるかも分かりません。 それで、結局それでも分からぬのでまた最高裁に持ち込まれるというパターンが仮にあったときに、大体何年ぐらい掛かると御認識ですか。”
“子の利益というのが非常に分かりにくい。 例えば、まあ例えばですよ、医者の夫婦が離婚しましたと。その旦那さんの方はもう三代続く大病院のお医者さんですと、で、奥さんの方は、そのお医者さんがもう何人も何人も彼女をつくるので、それにもう耐え切れずに子供を連れて離婚したと、仮にそういう例があったとしますね、仮定の話。そういうときに、お医者さんは医者の四代目をつくりたいから医学部系に絶対やりたいんだと、だけど奥さんの方は、いや、医者になるとまたどんなことになるかも分からぬから、もっときれいな芸術家の方に、道にやりたいんだとか、そういう進路をめぐって対立があったときに、そのどちらが子供の利益にとっていいのかという判断を裁判官が果たしてできるんだろうかと。 特に、家裁の裁判官というのは若い裁判官が多いですから、まだ独身だったり子供さんがいなかったり、当然離婚はしたことがないとか、そういう人がたくさんおるので、そういう人たちにそのちっちゃい子供の進路を判断させて果たしていいんだろうかなと、ちょっと荷が重過ぎるんじゃなかろうかなというのが私の意見ですが、竹内さん、何かあります。”
“その意味で、今回の法律が、裁判所が判断する、裁判所が判断するというのは果たしてどうなのかなというふうに思っております。 まあ今までは私の個人的な意見ですけれども、じゃ、竹内さんにちょっと質問させてください。 今回、法律改正をしようとしているわけですけれども、これは子供の利益に資するから実施すると、そういうふうな理解で我々はよろしいんですかね。”
“で、弁護士費用は高いんじゃないかということを言われます。 そこで、資料三。これ弁護士費用。そこに、弁護士の費用は、最初に着手金といって事件を受けるときいただくお金と、成功報酬といって一定の成果をもたらした場合にいただくお金の二種類があるんですが、着手金といって、例えば任意交渉が受任して二十二万。それから、話ができなかったので離婚の調停を申し立てて十一万。それから、調停が成立しなかったので一審、二審、三審と三回裁判やりましたという場合、それで結果的に勝ちましたという場合、それでいくと、離婚訴訟を三審で終了した場合、百二十四万。それから、任意交渉だけで終了した場合でも六十九万。 これ、大体、うちの田舎の方は相場的な金額なんですけど、こういうふうなお金が掛かる。そこでもう諦めるという方がかなりたくさん、多いのではないかなというふうに思っておりますので、何かトラブルがあれば裁判所に来ればいいじゃないのという発想は間違っているんじゃないかなと。なかなか裁判所はたどり着けないところであるというふうに私は認識しております。”
“そのときのBさん、あんな女に絶対に子供をやらぬ、何ぼ金を取られても構わぬ、逮捕されても構わぬというのがそのときのBさんの私に対する気持ちの吐露というか、こういう状況でした。 こういうのが現実の、その離婚とか夫婦別れの、夫婦別れというか、離婚とか夫婦が別れるときのその現実なんですね。だから、そういう現実を見てきていると、離婚した後、夫婦が仲よく子供に関して親権を行使しましょうと、あるいは、裁判所が見て、この夫婦は仲よく共同親権行使できるから、本人たちは嫌だと言っているけれども、裁判所が何とか共同親権を認めさせようというのは、かなり難しいんじゃないかなというふうに思います。 それと、先ほどの具体例のA、Bの二つ例を挙げましたけれども、この中には離婚するときの様々な問題点というか、これが分かるんですね。まず、離婚するときは冷静な状態じゃないと。それから、お互い憎しみ合っていると。それから、もう離婚用紙に名前さえ書けば離婚できると思い、親権のことまでそんなに考えていないという人もかなりいるんですね。それから、難しいことは弁護士頼まぬと分からぬという人もかなりいます。”
“その後、妻が子供引渡しの仮処分を申請しました。裁判所はそれを認めました。しかしBさんは渡しません。今度、裁判所が、執行官が何度も説得に行くんですが、Bさんは追い返して会おうとしません。妻が間接強制の申立て、要するに引き渡さなければ一日三万払えという申立てをして、それが裁判所で認められました。しかしBさんは引渡しをしていません。 その後、妻が離婚、親権を求めて調停の申立てをしましたけれども、これは不調に終わりました。 その後、本裁判を妻の方が起こしました。裁判所の一審は妻の訴えを認めました。Bさんが高等裁判所に控訴しました。そうしたら、二審、高等裁判所は、もう紛争は発生してから四年たっていると、だからもうBさんの方を勝たせると。その理由は、もう子供の生活環境がBさんの下ででき上がっているからだと、今更環境を変えて女性の方に子供を移動させることはできないというのが高等裁判所の理由でした。妻は上告しましたけれども、最高裁は上告棄却しました。 その時点で間接強制金は三千万円以上になっていました。”
“だけど再婚はしていないと。そういう状況です。 この人に連絡を取って、その後どうなったのというふうに私聞いたら、今、国会の方で離婚後の親権の問題が論じられているんだけど、どう思うのと聞きました。そうしたら、この人は、離婚後共同親権になれば子供と自由に会えるので共同親権がいいと言っているんですね。面会交流を強制できるとは知らなかった。養育料は払ったことがない、取決めもしていない。子供の親権がないし、会えないのに払う必要はないのではなかろうか、相手の方から請求もされていないと。国会で離婚後共同親権が争いとなっていることは聞いたことがあると。共同親権になれば、子供に自由に会えるし、養育費も払わなければならないと思っていたと、こういうふうに私に答えたんですね。これに対する評価はまた後で言わせてもらいます。 今度、その次のBさん。これ、二〇〇〇年に妻が、子供、女の子、二歳を連れて佐賀の実家に戻りました。Bさん、子供に会わせてくれと言って妻の実家へ行きました。子供をだっこするや否や車に乗り込み、自分の実家に帰ってきましたと。以後、妻や妻側の人間を全く寄せ付けておりません。”
“そこで、妻の方が親権者変更の申立てをしましたけれども、離婚届で父が親権者になることを認めているじゃないかという裁判所の理由で負けました。 その後、申立人は宮崎に、申立人ってこの女性の方ですね、宮崎に帰ったので、宮崎の法テラスに依頼しました。若い女性弁護士が担当しました。間接強制という、履行しなければお金払えという制度があるんですけど、それがあるんだけれども、その女性弁護士は、相手が会わせてくれないならもうこれ以上は無理よというふうに言われて、それで会うことを諦めました。 その後、別れた夫は再婚し、新しい妻との間に子供ができました。再婚相手に二人の子供に対する愛情は感じられませんでした。そこで、次女が小学生の頃、お母さんに会いたいというふうに連絡があったんですけれども、会えませんでした。 二〇一六年に親権者変更の調停を起こそうとしたんですけれども、そのとき元旦那さんの方は東京に住んでいたみたいですが、子供さんが東京にいたいと言うので調停を取り下げました。もう子供さんもかなり今大きくなっているので、インスタグラムかなんかで子供さんを捜して、現在は連絡が取れていると。”
“それで、余り抽象的な話ばかりして分かりにくいと思うので、何十件か何百件か分かりませんけど、やった事件の中で私が記憶に残っている案件をちょっと紹介させてください。現実はこういう感じなんです。 資料一、Aさんの場合。これ、二〇〇二年に結婚しました。二〇〇三年に長女出産、二年後に次女を出産。二〇〇五年頃、夫婦仲が悪化したので、夫の用意した離婚届に署名し、家を飛び出しました。子供を置いたまま自分一人で飛び出して、そのうち帰ってくるというつもりだったみたいですね。ところが、その離婚届には親権者の欄に父親ということが書かれていましたと。飛び出したときは、もう名前だけ書いて早く離婚したいということで、名前だけ書いて飛び出しましたと、内容をよく見ていなかったと。家を出ている間に、夫は仕事がありますので、和歌山の実家から夫の母親が来て子供二人を連れて、あんた大変でしょうから私が連れて帰るわと言って和歌山に子供二人を連れて帰ったということです。 その後、母親の方が、母親というかその妻の方が面会交流の申立てをして認められました。しかし、夫は会わせてくれません。その後、夫は和歌山に戻りました。”
“だけど、運よくどこかの法律事務所にたどり着いたと、実はこうこうこういう案件があるんだけど、何とかなりませんかというときに、その相談者の方が聞くのは、まず第一、私は勝てますかというのを聞きます。次に、時間がどのくらい掛かりますかと。その時間、どのくらい掛かりますかと聞いたときに、いや、多分二年ですかね、三年ですかねという答えをしたら、そんなに掛かるんですかと。今度、じゃ、お金はどのくらい掛かるんですかと聞かれて、いや、このくらいですかねと言ったら、ええっ、そんなに掛かるの、私、月収十万ちょっとのパートしかやっていないんだけど、そんなに払えないわよと言って、もう法律事務所に来なくなる。そういう人がかなり、大半いるんですね。だから、裁判所までたどり着く人というのは極めて少ない。なるべく裁判所に行かなくてもいいような解決がいいのではないかと。 そういうことを様々考えますと、総合的に考えると、今回の法案は、メリットとデメリットを比較したときに、メリットよりもデメリットの方が多いんじゃなかろうかと。そういうデメリットが多い法案を作って果たしていいんだろうかというのが、私自身、素朴な感情であります。”
“確かに、共同親権、二人から生まれた子供なので、一人なんで、二人で育てるというのはこれは理想だと思いますけれども、現実にはそうはいかないのが常なので、だから、これを変えるんであれば、きちんとした具体的な立法事実、それ相応の根拠が必要だろうというふうに思います。これが二点目。 三点目。裁判所にげたを預け過ぎじゃないかなというふうに思います。分からぬときは裁判所に決めてもらえというのがこの法案の骨子みたいですけれども、それほど裁判所が信用に値する存在だと私は思っておりません。とともに、裁判所というのは、国民から見たら非常に遠い存在で、近寄り難い存在だと思います。あたかも富士山と同じように、遠くから見ればきれいだけれども、近くに行くまで遠いし、登るのは高い、もう途中でみんな富士山に登るのをやめてしまいます。それと同じ存在が裁判所じゃないかなというふうに私は思っております。 もうちょっと具体的に言いますと、まず、問題があった場合、一般の人はどうするかというと、まず、自分一人では分からないので、誰かに弁護士知らぬですかねというふうに聞きます。余り弁護士と親しい人というのはそんなにおりません。”
“今回は民事なのでそこまでは厳しく言わなくてもいいかも分かりませんけれども、ある一定のその価値基準というか基準を示してもらわないと判断者が判断に困るんではなかろうかということで、こういう曖昧な条文を、文言を条文の中で多用するということは、条文の作り方としていかがなものかなというのが第一点。 第二点が、この離婚後単独親権、七十七年間変わってこなかったと、それが今回、七十七年目にしてこれを変えようとしているわけですから、これは大きな転換になるわけですね。であるのであれば、それ相応の具体的な根拠がなければならないんじゃないかと、立法事実といいますかね。今までの大臣の御答弁や局長の答弁を聞いていても、余りそこに具体性が認められないと。こういう例もあるからと言うんだけど、それが一体何件ぐらいあって、どれくらいあるのか分からない。 そういうふうなことで、立法事実としてはいいんだろうかと。”
“だけど、じゃ、一体何が子供の利益なのか、そこにはやっぱり判断する人間のその価値観、主観というもの、これが大きく介在してくるんではなかろうかというふうに思います。 判決を書くのが裁判官でしょうから、裁判官からしてみると、一定の事実認定をして、かくかくしかじかでこれが子供の利益なんだよというふうに言えば判決は書きやすいと思うんですけれども、果たしてそれが子供の利益と言えるかどうか。その意味では、川合委員が何度も指摘していましたように、子供の利益って一体何なのと、ある程度の客観的な目安というか基準というか、これがないと非常に分かりにくいと思います。 これが例えば刑法の条文であれば、例えば子供の利益を侵した者は懲役十年に処すみたいな判決になれば、明らかに罪刑法定主義違反で憲法違反の条文ということになろうかと思います。”
“自民党の古庄です。 大臣がいらっしゃらないということで、基本的に民事局長の方にお伺いしたいと思います。 今回の民法の改正に関しましては、いろいろ改正点は多岐にわたると思うんですけれども、一番争点になっているのが離婚後共同親権を導入することの是非ということだろうというふうに思っております。 私、離婚当事者が合意する場合、これまで共同親権にしてはならないということは行き過ぎではないかなと考えておりますが、各委員の方々から御指摘がありました、合意がない場合に裁判所が共同親権というふうに認める場合もあるという点の法務省の御説明ですけれども、ちょっと私、この点についても何点か問題性があるんではないかというふうに考えておりますので、ちょっとその点について、今回の法案の条文と照らしながら、まず自分の意見を言わせてもらいたいんですが。 まず、今回の法案、子供の利益という極めて抽象的かつ曖昧な概念を多用しています。私が数えただけで、今回改正法案、十四回、子供の利益という言葉が出てくるんですね。子供の利益というのは非常に耳触りのいい美しい言葉。”
“ありがとうございます。 済みません、沖野先生にお尋ねしたいんですけれども、先生は法制審議会の委員をされていたということですけれども、先ほど私が熊谷先生に質問したように、裁判所に持ち込んだら時間が掛かる、それから費用が掛かる、そういうマイナス面というか、そういうのについては法制審議会のときに議論に出たんでしょうか。”
“そうすると、もう諦めるというのが多くて、その辺りもかなり大きな問題となっていますので、そういうふうな債務名義に基づいて強制執行するとかせぬとかというよりも、そもそもそういう払わなければペナルティーがあるんだと。同じような検討もされたというふうに先生言われていましたけれども、そういうふうに、やっぱり子供というのは国全体で育てていくというそういう考えに立てば、刑罰を科すとか何らかのペナルティーを科すという考え方もいいのかなという感じはするんですけれども、まあ同じことになるかも分かりませんけど、先生のお考えをもう一度聞かせていただければと思います。”
“ありがとうございました。 恐らく、実務担当している弁護士はみんな同じような感覚を持っていて、何でもかんでも裁判所に決めてくれ、決めてくれと言っても時間が掛かり過ぎる、また、弁護士を付けないと無理だと、手続がややこしくて、法的な判断も難しくて。そうすると、弁護士をまず探さなければならない、弁護士を探しても弁護士費用を払わなければならない。また、裁判所に行って、長いこと調停委員だ、調査官だという人たちと対応してようやく結論が出ると。家庭裁判所の裁判官も少ないと。時間が掛かると。 私なんかも、やっぱり、相談に来る方は、まずどのくらい掛かりますかと聞いて、いや、このくらい掛かりますと言ったら、はあって、そこでため息を漏らして、じゃ、お金はどのくらい掛かりますかと聞かれて、このくらい掛かりますと言うと、えっ、そんなに掛かるんですかと。”
“そうすると、済みません、今の御回答は、増えるかどうか分からないけれども導入すべきであると、まとめればそういうお答えでよろしいんですかね。”
“参考人の皆様、御苦労さまでした。自民党の古庄玄知と申します。 私、昭和六十年から大分で弁護士活動をしております。今回、参議院というこういう席をいただきまして、質問させてもらうことになりました。 それで、時間が限られていますので、まず四名の、四人の方に質問をしたいと思います。同じ質問です。で、済みません、時間があるので、二分以内に何とか回答いただければと思います。 まず、本件は、共同親権、これを導入するかどうかということが一番大きな問題点ですけれども、この本法案が通った場合、離婚した夫婦間の争いは減ると思うのか、増えると思うのか、また、そういうふうに考える根拠についてお答えください。 それと、仮に増えるというふうに考えた方、増えても共同親権は導入すべきだというのか、やめるべきだというのか、また、その理由についてもお答えください。 済みません、沖野先生からよろしくお願いします。”
“それをもって、私の質問時間が来ましたので、これで終わりたいと思います。ありがとうございました。”
“要は、心証を取る前の段階は、もう検察官が逮捕、検察官がもう起訴している以上は有罪であると、そういう心証を取っていて、無罪の推定ではなく、これは有罪の推定を取っていたんではないか、それが現場の感覚であるというふうに我々は思っております。 そして、我々現場の弁護人にしても、否認をしたり黙秘をしていると、ああ、それはもう保釈は無理だなというふうに諦めるところがあるんですね。そうすると、やっぱりこれは、弁護人もこの人質司法に加担しているところがあるのかなと。幾ら無理でも何度も何度も保釈の請求をして、それに対して争わないといけないかなという自戒の、自戒の意味も込めて人質司法ということを考えたいというふうに思っております。 我々とすれば、検察庁が幾ら身柄を取ろうとしても、あるいは身柄を取ったとしても、最後は裁判所が救ってくれる、最後は裁判官がいるんだと、こういうふうな刑事司法であってもらいたいのですが、現実は、裁判所は検察庁を追随して、検察庁の後ろ盾になっている。これが現実であって、最後は裁判所が守ってくれるというふうに言えないところが非常に残念であるというふうに思っています。”
“要するに、被疑者、被告人の身柄の拘束に当たっては、裁判所の方が令状を審査した上で拘束する必要があるのかないのかを判断すると、それが令状主義ですね。 このテーマである人質司法については、裁判所が極めて緩やかに令状を発付している。そして、保釈については、保釈するのが原則であって、罪証隠滅のおそれは極めて厳格に解さなければならないのを極めて緩く解していて、検察庁にお墨付きを与えるような運用がされている、これが人質司法と言われるゆえんではないかなと、弁護側とすればそういうふうに思っているんですけれども。そうなると、人質司法と言われるそれは、検察庁に対する言葉であると同時に、むしろそれ以上、検察庁を抑制する立場にある裁判所に対する言葉でないか、あるいは裁判所も人質司法に大きく貢献しているのではないかというふうに我々は思っているところです。 私が、うちの事務所が実際にやった無罪判決が十か月目に出た事件がありましたが、八か月間ずっと身柄拘束されていました。八か月後に公判をやって、証拠調べをやって、恐らくその時点で裁判官が無罪の心証を持ったと思うんですが、八か月たってからようやく保釈が認められました。”
“そうすると、八十九条の四号に、必要的保釈の除外事由として、被告人が罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由があるとき、これは保釈を認めなくてもいいと、こういうふうになっていますが、そうすると、この相当の理由というのは緩やかに解していいんでしょうか、それとも例外事由なので厳しく厳格に考えなければならないというふうに捉えるべきなんでしょうか。これ、法律の一般的な解釈の話で結構なんですけど、お答えいただけますでしょうか。”
“では、今度、保釈についてお伺いさせてもらいたいと思います。 刑訴法の八十九条は、保釈の請求があったときは、次の場合を除いては、これを許さなければならないということで必要的保釈を規定しておりますが、これは保釈するのが原則であると、こういう理解でよろしいですか。”
“刑事裁判の原則に無罪の推定ということがあるんですけれども、この点については裁判所とすればどういうふうに考えておられるんでしょうか。”
“自民党の古庄です。 前回に続きまして、人質司法についてお尋ねしたいと思いますが、今日は法務省ではなくて裁判所の方にお伺いしようというふうに考えています。 人質司法という言葉があることについては裁判所も御認識と思いますけれども、この意味と、どういう点が問題なのか、それとともに、こういうふうに今の日本の刑事司法が人質司法というふうに言われていることについての裁判所の御見解、御認識をお伺いしたいと思います。”
“やっぱり、刑事事件においては、身柄の部分というのが非常に大きくて、それが有罪か無罪かに関係してきたり、場合によったらその拘束状態を早く脱したいので、やってもいないことをやったと。で、それが何年もたった後に、いや、本当は俺はやっていないんだという、再犯、再審に結び付いたりいろいろするわけなので。 それによって、検察庁、警察は、ミスしたぐらいで軽く考えるんではなくて、それによって一人の人生が台なしにされるということと、今回民事裁判もやっていますけれども、これ適正に捜査していれば、一億六千二百万円、税金払わなくても済むわけですよね。だけど、これをやっぱり最初の捜査の段階、これは起訴の段階、これに間違いがあったので、まあ高裁に行ってどうなるか分かりませんけど、少なくとも一審では一億六千二百万円を税金から払えという判決が出ているわけなので、国民にもその負担がかぶさってきているので、是非、その身柄の点については、法務省の方として身柄を取る場合の教育というか考え方というか、それを徹底してもらいたいと思います。 以上です。”
“最後の質問になりますけれども、大臣にお伺いします。 検察官に対する人権教育の必要性、これについて是非大臣の方から御意見賜れればと思います。”
“また法務省にお尋ねしますけれども、法務省におかれましては、その検察官に対して、被疑者、被告人の人権に配慮した適切な捜査、公判を行う能力を向上するためにどのような研修を実施されているのか、お答えください。”
“さっき大臣の御答弁で人質司法というのはあり得ぬというふうにおっしゃいましたけれども、実は私の大分の事件で、大麻の有償譲渡、十か月身柄拘束されました。十か月後判決、これ無罪です。 そういうふうに、認めなければ身柄を出さない、自白を迫る。先ほどの四回目逮捕された人なんかは、何回逮捕されるか分からぬから、もう何でもいいと。結局、認めたら罰金で終わったんですね。だから、こんなことなら最初から認めたらよかったなという話になったんですけれども。 そういうふうに、否認すれば何遍でも逮捕するというのを、人質司法というのが現実にやっていますので、それは是非御認識いただいて、それを改善するために検察庁としてどうすればいいか。そんなことないんだよというふうに、ないから関係ねえんだよというんじゃなくて、真摯に受け止めて、それを改善していくにはどうすればいいかということを是非法務大臣には検討していただきたいというふうに思います。 また、刑事事件における検察官の役割は警察の役割とはちょっと違うと思うんですけれども、この刑事事件における検察官の役割、特に対警察との関係ではどうなのか、法務省の松下局長、お願いします。”
“七月三十日までに検察の方が証拠開示をすると、そういうふうな約束を裁判所にしていたんですが、七月三十日になっていきなり公訴の取消しの申立てをしたと、これによってこの刑事事件は終わったと、こういう案件です。 これについては、被告人側の方から民事裁判が起こされまして、去年の十二月二十七日に東京地裁が判決を出しまして、一億六千二百万円を払えということで判決が出ました。そのとき、裁判所に証人で出た担当警部補が、この事件そのものが捏造だったというふうに証言しております。また、その判決の中で勾留や起訴そのものが違法であるというふうに民事の裁判官は判示しております。現在、原告、被告、双方控訴して控訴審で係属中と、こういう案件があるんですけれども。 法務省にお伺いしますけれども、第一回前にこの公訴を取り消すと、普通はあり得ない話なので、十一か月も三人の身柄拘束して、やっぱり裁判無理だから取り消すというふうなことをやっているのですけれども、この刑事事件、どの点に誤りがあったというふうにお考えでしょうか。”
“資料一、大川原化工機事件というのがありました。先ほど、拘置所の処遇が悪いということで、それを訴えたのについて、それは第一審では認められなかったみたいなんですが、この刑事事件の概要は、そこの概要に書いていますけれども、軍事転用可能な噴霧乾燥機というのを無許可で販売したということで、外為法違反で大川原化工機の社長と常務と相談役の三人が逮捕、勾留をされました。何回も保釈申請したんですけれども、これが認められずに、十一か月身柄拘束されました。その間に相談役という方が進行性胃がんにかかっているということが分かりまして、保釈請求もやっぱりこれ認められませんでした。最後、勾留執行停止には直前になったんですけれども、その相談役の方は胃がんで亡くなりました。 第一回目の裁判が二〇二一年の七月十五日にやるはずだったんですけれども、検察官の方が第一回の期日を延期してほしいということで延期の申立てをして、八月三日まで延期されました。”
“甲乙丙丁、四人に個別に配ったから犯罪が四つ成立するんだということもあり得るという形で現場はやられたんですけれども、それだと、百人に配りましょうという共謀をすれば百回逮捕、勾留ができるという、そういう理屈になるんですね。まあそれはお答えできないと思いますけど。 そのときに実際どういうふうにやられたかというと、否認していました、で、三回逮捕、勾留されました、一日につき二十三日です、だから三回やられると六十九日、約七十日。もう三回ずっと否認していて、ある警察が、よく頑張ったと、じゃ、もう帰っていいよというふうに、帰っていいよと言われて、警察の玄関を出たら別の警察が、御苦労さん、がちゃってまた手錠を掛けたんですね。 これは一部の例かも分かりませんけど、是非法務大臣に知ってもらいたいのは、現場ではそういうことが行われているということです。今あるかどうか知りません。だけど、今から何年か前はそういうことが現実にありました。私が実際に弁護したんだから、これは誇張でも何でもないです。 今度大臣にお伺いしますけれども、人質司法という言葉を御存じでしょうか。御存じなら、その言葉の意味について御説明ください。”
“そうしたら、この場合、場合によったら、甲に対する買収、乙に対する買収、丙に対する買収、丁に対する買収と、四つの犯罪が成立する可能性もあるというわけですね。”
“そのとおりですね。 私が現実にやった事件で、こういう事件がありました。ある選挙違反事件で、今から十数年前、ある日にちの午後三時から五時までの二時間、選対本部でA、B、Cの三人で共謀して、甲乙丙丁の四人に二十万円ずつ配って買収することを決めたと。この共謀に基づいて、指示された候補者のDさんがこの四人に二十万円ずつ配った容疑で逮捕されました。 これについて、共謀したとする人たちはみんな容疑は否認していましたけれども、この案件のときに、容疑は、罪は一つでしょうか、それともそれ以外でしょうか。”
“法テラスの話は以上で終わりまして、次の話に移りたいと思います。 まず、法務省の担当者にお伺いしたいんですけれども、一罪一逮捕・勾留の原則というのが刑事訴訟法の大原則としてありますけれども、これの意味についてお答えください。”