佐々木真琴
国民民主党・無所属クラブ · Japan
“ありがとうございました。 昨日までちょうど長崎で開催をされておりました、中西部太平洋まぐろ類委員会の北小委員会というものが開催をされておりまして、ここでは太平洋クロマグロの漁獲枠の拡大についての議論がなされておったわけですけれども、メキシコからの反対がございまして、枠の拡大には至らなかったといったところが昨日の報道でありました。 これに対して、全漁連を始め、地域の漁業者の皆様から大きな落胆の声が上がっているわけでございます。とはいえ、資源の持続可能性を確保するために、資源管理を科学的にしっかりとやっていくといったことが重要であることは、皆さん承知いたしているところだと思います。 一方で、日本としては、今回の委員会に際しては科学的根拠にのっとって枠を拡大する方向で提案をして…”
“つまり、世界の次世代加速器装置、ILC関係については、いずれか一つにもう既に決まっているといった状況ではなくて、費用負担の面、技術の面、人材の面、国際的な運営体制を含めて、各国が今後の道筋をまだまだ模索をしている段階にあるというふうに認識をいたしております。 だからこそ、ILC誘致活動が始まって、今、十四年たちました。国内候補地が北上山地ですというふうになったのが二〇一三年八月でありますので、国内の候補地決定から数えるともう十三年といった形になります。ですので、今、この国際情勢の中で、改めて日本として国際共同研究の新しい形を提案する機会として捉えるべきではないかというふうに考えております。 議連の中でもあったのが、ヨーロッパがなぜ我々よりも前進しているのかといった構造上の…”
“だからこそ、必要なのは、日本だけが努力をしても、ルールを守っても、海外の誰かがルールを守らなければ、漁業者の理解を得ることも難しいですし、資源を守るといったところが結局守られないといったことになってしまいますので、その中で、外務省としても、海洋資源の保全であるとか適切な利用といったものに取り組んでいただいているところでございます。 外交青書二〇二六においても、外務省は、海洋生物資源の持続可能な利用であるとか、違法又は無報告、無規制漁業、いわゆるIUU漁業と言われますけれども、そういった国際的なルールにも積極的に取り組んでいることが示されております。 まずはこのIUU、違法な漁業の規制についてお伺いしたいと思いますけれども、日本では、国内漁業者に対しては、先ほど申し上げまし…”
“ありがとうございます。 この問題は、日本はすごく守っているんだけれども、今御説明いただきましたとおり、違法の皆さんが全体の漁獲の二〇%を占めているといった状況です。これを漁業者の皆さんは分かっておられますので、俺たちはこんなに頑張って、マグロももっと捕りたいと思っているけれども、そういうルールだから仕方ないと。すごく厳しい状況の中で、それを踏まえて、ルールにのっとって漁業をしているわけですので、ここはより厳しく国際社会に対して訴えていく必要があるというふうに思っております。 IUU漁業の中でも、違法漁業防止寄港国措置協定というものがあります。つまりこれは何かといいますと、違法に漁をした船舶が港に入らないようにしましょう、港に入って魚を降ろして流通させることができると結局一…”
“ありがとうございます。 旅券法改正のときも、質疑の冒頭で私が触れさせていただきましたパスポくん、私と、審議官の胸にもついていますので、是非改めて見ていただければというふうに思います。 今御説明いただきましたとおり、申請件数も昨年より二倍以上であるといったところも含めて、大変大きな改正だったんじゃないかなといったところを、今、改めて感じたところです。 あわせて、二点目をお伺いさせていただきたいんですけれども、事前の体制強化、今御説明いただいたとおり、体制の強化であるとか呼びかけをしっかりとしていただきました。需要を平準化するための情報発信にも取り組んでいただきました。そうした事前の周知や呼びかけについては、どのような効果があったというふうに分析をされているのか。 また、先ほ…”
“皆さん、おはようございます。国民民主党・無所属クラブの佐々木真琴です。 本日も質問の機会をいただきまして、ありがとうございます。 また、本日、外務委員会最後の質疑になろうかと思いますけれども、まず、旅券法改正後の運用状況からお伺いをしていきたいというふうに思います。 ここにいる皆さんとともに議論させていただきました旅券法が、七月一日から施行されております。これについては、皆さん御承知おきいただいているとおり、旅券の手数料の引下げを含め、新たな制度がスタートしたと承知をしております。今回の改正は、日本人の海外渡航や国際交流を後押しするとともに、受益と負担の在り方を見直す大変意義のある制度改正だったと受け止めております。 一方で、審議の中で、議論させていただいた中では、手数料…”
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“治安状況が不安定な地域、医療体制が十分ではない地域、急速に状況が変化する地域など、国内勤務とは大きく状況が異なる環境で職責を担っている方も多くいらっしゃいます。その意味で、外交を支える人材が安定して働ける環境をどのように整えていくのかということは、日本の外交力そのものにも関わる重要な課題だと認識します。 外交政策や国家戦略がどれほど立派であったとしても、それを実際に現場で担う人材が十分に力を発揮することができなければ外交の実効力は高まらないと思います。つまり、人材政策というものは外交政策の基盤そのものであると考えます。 そこで、今回の改正制度の内容そのものだけでなく、外交を支える人材の働き方という観点で質問をさせていただきたいと思います。 まずは、今回の法改正の趣旨について伺ってまいります。 今回の改正では、在勤基本手当の見直しや配偶者手当の見直し、同行子女手当の新設、そして在外単身赴任手当の新設など、在外勤務の実態に即した制度の見直しが盛り込まれていると承知をいたしております。”
“ありがとうございます。 本来であれば私は地元で追悼式に出たかったなと思っておりますけれども、今ここにいるのも、皆さんに押し上げていただいたことと、そして今、私がやるべき使命だなと思っておりますので、その思いを胸に、質疑に入らせていただきたいと思います。 本日は、いわゆる名称位置給与法についてでございますけれども、通告に従って質問をさせていただきたいと思います。 まず、外交というのは、午前中の質疑でもありましたけれども、制度でも組織でもなくて、現場に立つ一人一人がいて成り立つ国家の最前線だというふうに認識をいたしております。 在外公館で勤務されている外務公務員の皆さんは、異なる文化、異なる社会制度の中で、日本を代表してお仕事をされてくれていると思います。日々の業務は、政府間の交渉や国際会議への対応だけでなく、日本企業の活動支援であったりとか在留邦人の保護、今も鋭意活動されてくれていると思います。緊急時の邦人退避対応など、多岐にわたると認識いたしております。 また、外交の場というものは必ずしも安定した環境ばかりではないというふうにも認識しております。”
“それも含めて、やはり当たり前な状況というものはないんだということを感じる一日だったと思います。 私自身も、母と連絡を取れたのが、約一週間ぐらいずっと連絡が取れずに、安否も分からない状況が続いておりまして、父とは幸い早く合流することができまして、長靴を履いて、波が引いた後の町を歩きました。片側二車線ある国道四十五号線という大きな道路の真ん中におうちが流れて、立っているのを見たりですとか、丸太が家に刺さっているのを見たりですとか、私がふだん通っていた通学路が全く違う光景になっていたことも思い出します。いつも歩いていた道ですとか町の風景も、当たり前が全て壊れた瞬間であったと思います。 だからこそ、ここは外務委員会ですけれども、当時、様々な国の皆さんからも支援いただきまして、私たちを助けてくれたと思っております。私が十四歳から二十九歳になったということは、あの年に生まれた子供たちは、今、十四歳、十五歳になろうとしております。震災を経験したことがない子たちがたくさん増えてきますし、世界でも知らない人が増えてくると思います。”
“地震が来たら机の下に潜るという、本当に誰しもが想像できる当たり前すらも行動できないぐらいの大きな地震だったと感じております。その後、校庭に避難しましたけれども、昨日の東京もちらっと雪が降りましたけれども、あのような天気で、とても寒かったことを思い出します。 そして、それと同時に、私は中学二年生でしたけれども、その翌日が卒業式で、中学三年生たちが、本当に五分前、十分前ぐらいに学校を出て帰宅の途についたところでありまして、先生たちが、自転車があるやつは自転車を貸せと言って、自転車に乗って、百人ぐらいいる私の先輩たちを全員迎えに行ったことも思い出します。その先生たちの迅速な判断と行動によって私たちの学校は被害者が出ることはなかったので、本当にすばらしい行動だったなと今でも感じております。 その後、体育館に避難しましたけれども、電気が、ぶら下がっているタイプの電気だったので、ふだん私はそこでバスケットボールをしていましたけれども、いつも普通にバスケをしているコートでこんなに怖い思いをするのかと思ったことも思い出します。”
“国民民主党・無所属クラブ、佐々木真琴です。 本日も質問の機会をいただきました。どうぞよろしくお願いを申し上げます。 まず、皆さん触れてもおられますけれども、東日本大震災から十五年を迎えたというところでございます。我々の会の冒頭でも皆さんと一緒に黙祷させていただきましたが、三月十一日、十五回目を迎えました。風化させないという言葉はたくさん聞きますけれども、非常に難しいなと私自身も感じておるところでございます。 岩手県宮古市で震災を経験しまして、私の宿命は、皆さん、一人でも多くの方々にあのときのことを伝えていくことであったりとか、それを教訓にこれからの世界へと生かしていくことが大事だというふうに感じております。 前回お話しさせていただいたとおり、岩手県宮古市で生まれ、十四歳で東日本大震災を経験いたしております。震災は、私にとっても、当たり前というものの価値みたいなものが全て崩れ落ちた瞬間だったなと感じております。 もう少しで二時四十六分を迎えますけれども、私は、その当時、中学校の教室におりました。”
“最後に、私、今回、幾つかのテーマ、幾つかといっても二つしかやれなかったんですけれども、三つか、やれたんですけれども、一見ばらばらに見えるかもしれませんが、私の中ではやはり全て共通しておりまして、日本が国際社会で語る言葉と国内で生きる実態を一致させられているのかというところが一点と、地域はやはり置いてきぼりなんじゃないかというふうに絶対に見せたくないので、そこを一致させていきたいというふうに思っております。 また、日本の強みを未来の戦略として、これから、人と人から始まるものが外交なんだというところを皆様と一緒に確認をする時間にできたこと、大変うれしく思っております。是非ともこれから、茂木外務大臣とともにもっともっと前に進める外交を進めてまいりたいと思います。 本日はありがとうございました。”
“ちょっとまた勉強していこうと思います。ありがとうございます。 昨年、外務大臣、外務委員会において、我が党の深作委員の質問に対して茂木大臣が、日本らしさというところで、単に和平調停をするだけではなくて、それらを復旧復興、新たな国づくりにシームレスにつなげていく、そんな日本外交の特性として満たしていければいいと思っているというすてきな答弁をいただいておりまして、まさにそこだなというふうに思っております。 和平ももちろん大事ですけれども、それと同時に、是非ともこの防災という分野を進めていただきたいなと思っております。日本はこんなに災害を経験した国ですので、是非ともこの経験を世界の未来に対しても生かしていく責任があるなというふうに感じております。”
“例えば、フランスであれば人権についてよくやっているなとか、ドイツであれば気候外交、韓国はデジタル政府モデルというような、北欧諸国がジェンダーをよく進めているなといったところで、それぞれ、国際社会における明確な外交のブランドというか、この国といえばこれだなというものを築いておるかと思います。日本も、開発協力、たくさん積み重ねてまいりました。しかし、もっとできるんじゃないかな、中心的なブランドとして十分に位置づけられたとはまだ言い難いのではないかなというふうに感じております。 東日本大震災を経験した当事者の視点からいくと、災害対応は、一過性の支援だけではなく、直後から復旧期、復興、そして長期的な地域再生まで、様々なフェーズごとに異なる支援と伴走が必要なものでございます。それを分かっている私たち、日本に住む者だからこそ、優位性を持ってやれるのではと考えております。 是非とも、今でも既にやっていると思いますけれども、もう少し茂木外務大臣が、戦略的に防災をもっと打ち出していくというところをお考えいただけないでしょうか。”
“私自身も大学時代に、国際交流基金の取組の中で、アジア九か国の皆さんと防災の勉強をしに行ったんですけれども、私を除く八か国の皆さんが口々に言うのが、絶対に日本から防災を学びたいんだというふうにいつも私に言ってくれていました。その姿を見て強く感じたのが、日本の防災、減災の経験は国際社会から確かな評価を受けているということです。そして、単なる技術移転ではなくて、共に学び、共につくる、共創の営みでもあるというふうに考えております。 外務大臣は、経済外交の第一の柱として、日本が優位性を持つ技術力、イノベーション力を外交面で後押しし、新規市場を創出するとも述べられておりましたし、気候変動、自然災害といった地球規模課題については、人間の安全保障の理念の下、取組を推進し、議論を主導するともおっしゃっておりました。 私は、この日本の防災こそがもっと強力な柱の一つになっているのではと考えております。命を守る力は、同時に経済を守る力でもあります。防災は、人道支援であると同時に経済安全保障でもあると考えております。 ここでお聞きしていきたいのが、防災をもっと戦略的に打ち出していきませんかというところです。”
“ちょっと大げさかもしれないですけれども、外務省であったりとか茂木外務大臣の動きによって、本気で前に進めるのか、地域、東北がまた新たに新しい挑戦をしようと思えるような雰囲気を私たちの手でつくっていくことができるんじゃないかなと思っておりますので、是非とも先ほどの勢いでこれからも続けていっていただきたいなと思っております。 では、そのまま続いて、次の分野の質問に入らせていただきます。 自然災害や防災という分野について質問をさせていただきます。日本が持つ防災の力をいかに外交の中で使っていくかというところの点について伺います。 先ほど大臣からもありましたとおり、世界有数の災害大国であり、それと同時に防災大国でもあると考えております。二〇一五年に仙台で開催された第三回国連防災世界会議において採択された仙台防災枠組、私もその場におりましたけれども、現在の国際的な防災の基本指針となっております。 この中でも特に特徴的なのが、災害後のことだけではなくて、事前の防災をしっかりやっていきましょうという考え方が、これこそが日本の経験から入った、盛り込まれたものだというふうに認識をいたしております。”
“ありがとうございます。 様々な機会で是非たくさん食べていただいて、おいしいな、安全だなと思っていただけるといいなと思っております。 なぜこの問題を取り上げたかというと、二〇五一年に向けて、廃炉に向けて動いているわけですけれども、やはり、専門家の声を聞くと、もう少しかかるんじゃないかという見通しを持っておられるようです。そうなったときに、今二年ですけれども、まだまだ処理水の件も続いていくんじゃないかなというところを懸念をいたしておりまして、長期にわたるということが東北にもたらす影響、その解像度を皆さんと一緒に上げたいなと思っておったところです。 やはり、この問題が、輸入禁止がずっと続くというところが平行線をたどると、東北の水産業にとっては極めて厳しい状況がずっと続いていくのではないかというふうに危惧をいたしております。いつ何が起こるか分からない状態で商売をするですとか販路を開拓していくというのはなかなか難しいですので、このまま平行線をたどり続けるのではなくて、やはり前に進めていく分岐点を外交のトップの動きによって変えられるんじゃないかなということを思っております。”
“しかし、依然として一部の国では禁輸が継続をしているというところ、これから、この規制について外務省はどのように感じておられるのか、そして、二年が経過してもなお越えられない壁をどのように認識をして、何が残っているとお考えなのか、茂木外務大臣の考えをお聞かせください。”
“今、その海に関わる課題としてALPS処理水の海洋放出がございます。これがよくないということでは全然なくて、次のステップを一緒に考えていきたいという意味での質問になります。 ALPS処理水の海洋放出から今二年がたちました。その中で、今年についても八回に分けて放出を計画をされております。IAEAの報告書でも、国際的な安全基準には満たしているというところで最初から放出をしているわけですけれども、科学的な安全性はずっと担保された状態でいるけれども、二年たっても輸出が禁止されているところがございます。放出から二年が経過した現在の国際社会の受け止めを、外務省としてどのように総括をしておられるかをお伺いしてまいります。 IAEAの包括報告書公表を受けた各国への説明であったりとか、在外公館を通じた政府、メディアへのブリーフィング、様々なレベルで皆様が御努力されていることは理解をいたしております。”
“ありがとうございます。 私は元々市議会議員をしていたんですけれども、地域の中ではなかなか、まだ国も県ももうちょっとやってくれたら市でもやれるんだろうなというところもたくさんありましたので、是非どんどんリーダーシップを取ってやっていただければなと思います。 また、その育成された皆さんがロールモデルとなって各地に入っていくことで、そういう生き方ができるんだ、女性も声を上げていいんだというような姿勢を見せていくことが全国各地で同時多発的に起きていくとよりよいなと思っておりますので、是非とも、今年度から始まった取組、次年度以降も力強く進めていただければなと思っております。 では、テーマを変えて、福島第一原発の廃炉及びALPS処理水について伺ってまいります。 先ほど原田委員の方からもALPS処理水、少々触れてくれておりましたけれども、私からも関連したようなところで質問させていただきます。 私自身、港町で育ちまして、海とともにずっと生きてまいりました。漁業者、水産関係者、流通に関わる皆様、そしてその御家族、海は生活そのものであり誇り、私たちの誇りだというふうに思っています。”
“まずは、女性たちが抱えるもやもやというような気持ちを共有できる仲間がいるところから始まるというふうに考えております。 その上で伺ってまいりますのが、外務省としてこのプログラムを通じて最終的にどのような状態を目指しておられるのか、伺ってまいります。今、この取組のロードマップがあるのだとしたら、どの段階にあるのか、伺います。 というのも、ネットワークを形成するということは大変大切で、私も、そこがあるからこそ次のステップがあると考えますけれども、それと同時に必要なのが、制度や意思決定の仕組みをどう変えていくのかということだと思います。国際社会でのインプットを得た若者や研究者が、日本に戻った後、地域に戻った後に、地域社会や政策の現場でどのように活躍をしていくのか、政策をつくっていくのか、その環境をどのように設計していくかが重要であると考えます。 ジェンダー次世代ネットワークを、単なるネットワーク形成にとどめず、制度的な変化や地域での実装につなげていく具体的な戦略が必要だと考えます。茂木外務大臣のリーダーシップで新しい仕組みをつくっていくお考えはないか、お伺いします。”
“その中で、極めて前向きな姿勢を持っていると認識をいたしておるんですけれども、では国内の状況はどうなんだと目を向けたときに、私は今、人口四万五千人ぐらいの町に暮らしているんですけれども、まだまだジェンダー平等とは言えない状況があるなというところを感じております。 是非、外務省として、WPSの推進やジェンダー平等の推進、国際的なスタンダードへのコミットメントを表明している中で、日本の国内でどのように実装されているのか、どのように把握し、評価されておられるのかを伺ってまいります。 国際的にリーダーシップを取るお立場であるからこそ、国際社会と約束をするだけではなくて、その約束が日本各地でどのように反映されているのかというところを、世界との、地域とのギャップを把握されているか、茂木大臣の率直な御意見をお伺いします。”
“理解いたしました。では、積極的に共に歩んでまいれればと思います。 では、次に、世界と結んだWPSの約束と日本各地の状況について伺ってまいります。 外務省からWPSの説明もいただきましたところ、二〇〇〇年の安保理決議から、その後から日本が二〇一五年、一九年、二三年と国家行動計画を策定してまいったこと、さらには、二〇二五年には決議二十五周年を迎えたということで、日本がノルウェーとともにWPSフォーカルポイントネットワークの共同議長も務めているというところも把握をいたしております。国際的にとても重要な役割を担っていると思っております。 また、様々な国際会議の場においても、ジェンダー平等の推進であるとか、国際的なスタンダードへのコミットメントを我々日本としても表明をして、条例の批准であったりとか、国際的な枠組みに積極的に関与をいたしております。”
“力強い御決意と、これからのことも聞かせていただきました。ありがとうございます。 では、改めてここから質問に入らせていただきますけれども、まずはWPSについて伺ってまいります。女性・平和・安全保障の認識について伺います。 先日の大臣の外交演説の中で、日本らしい人権外交、そして女性・平和・安全保障、いわゆるWPSを積極的に推進するという大変力強いお言葉をいただきまして、その言葉、とても心強いなと思いました。 一方で、先ほども原田委員のときにもありましたけれども、所信の中ではWPSという文言はございませんで、ちょっと残念だなと思ったところでございましたが、WPSを積極的に推進するというお考えに変わりはないという理解でよろしいか、まず確認をさせていただきます。”
“そして、改めて、十四歳の子供が二十九歳の大人になるまでの十五年間を支えてくださいました皆様に、そして世界中の皆様にも感謝をいたします。震災で生かされたこの命をこれから皆さんのために使っていきたいと思っております。 その上で、まず一つ、茂木外務大臣にお伺いさせていただきます。 東日本大震災から十五年がたとうとしております。当時、外務省としても、各国との調整や支援の受入れなど、外交の現場で大きな役割を果たしてくれたと思っております。十五年という節目を迎えるに当たり、当時の国際社会との連帯であったり、外交の取組、どのように振り返っておられるのか。そして、これからも外務省として、東北とともに歩み、国際社会とのきずなを大切にしていくんだという姿勢について、茂木外務大臣のお考えをお聞かせください。”
“そのときに、世界はつながっているんだ、未来を変えられるんだと強い確信を持ち、今ここに改めて立っております。 つまり、何が言いたいかと申しますと、外交の力の強さをここにいる皆さんと改めて共有をさせていただきたいと思っております。外交とは国家間の交渉だけではないはずです。人と人から始まるものだと思っております。一人の少女の絶望を希望に変え、人生を、そして地域の未来を根底から変えるもの、すさまじいエネルギーを持ったものだと感じております。 戦争も紛争も、そして災害も、最後に乗り越えるのは人の力でございます。災害はいつ来るか分からないけれども、特に戦争や紛争、やると決めるのも、やめると決めるのも、そして説得をさせるのも人だと思っております。だからこそ、私は今日、外交の力を信じる当事者の一人として、そして被災地から送り出された一人として、日本の外交が本当に国民の、そして地域の未来を照らし出せているのか、茂木外務大臣と真っすぐにお伺いをさせていただきたいと思います。”
“国民民主党・無所属クラブの佐々木真琴でございます。 先日の初当選から初めての外務委員会での質疑でございます。どうぞよろしくお願いを申し上げます。 この場に立って、改めて皆さんの顔を見て、今、自分のことを思い返すと、今から十五年前、東日本大震災のとき、真っ暗闇の中におりました十四歳が、今、十五年たちまして、二十九歳、皆様とともに外交を語る場にいるということ、大変光栄だなと思っております。 当時、私は岩手県宮古市におりました。坂を下りたら津波が来ていた、そんなようなエリアで生まれ育ちました。あのとき、被災地に、そして被災地の子供たちに真っ先に手を差し伸べてくれたのが、同じ岩手県の内陸の皆様、そして日本各地の皆様、さらには世界各地の皆様でございました。直後の米軍のトモダチ作戦を始め、復興期には外務省も、後押しをしていただきまして、トモダチイニシアチブという子供、若者の支援の取組、多数ございました。 私自身も、その一環の中で、カリフォルニア大学バークレー校の土を踏み、外務省飯倉公館で、ミシェル・オバマ夫人と、女性のエンパワーメント、もっと頑張ろうねと握手を固く交わさせていただきました。”