阿部知子
立憲民主党・無所属 · Japan
“そして、六番目に書いてございますが、ガザのみならず、ヨルダン川西岸における入植地は、違法にイスラエルが占領を拡大していると。 私は、こういうことを国際社会が一つ一つ是正していかなければ、永遠にかなわぬ主権になってしまうと、強くこの点を懸念しておるわけです。今回やっと、何度も申しますが、薄氷の和平合意が成った、このことは、これ以上の殺りくをやめてほしいと誰もが思った結果で、歓迎をいたしますと同時に、そこで生きる人たちが、当然、自分たちの地として自分たちの主権を確立していけるために、取り払わなければならない壁があるように思います。 もう一点指摘をさせていただきますが、この間、この二年間に、国際刑事裁判所あるいは国際司法裁判所が、ガザ地区で起きていること、あるいはヨルダン川西岸…”
“先ほど、十月七日のことで、大臣のお誕生日と申し上げて失礼だったかもしれませんが、私は、正直、この日、大変驚愕というか、驚きました。 もちろん、それまでの中東におけるイスラエルとアラブ諸国との衝突というのはずっと繰り返しておりましたので、こうしたことが起きておかしくはなかったのかもしれませんが、急襲、アタックという形で起きたこと、また、その後、イスラエルが自衛のための報復ということで繰り広げられた様々なことを思うと、この二年間は大変心を痛めることが多かった日々でございます。 そして、今大臣が御答弁いただきましたが、日本の外交というものは、そもそもオイルショックのことを考えてみましても、田中角栄総理の頃に遡っても、日本が多く中東に依存しているということもあって、この地域の平和…”
“立憲民主党の阿部知子です。 本日は、質問のお時間をありがとうございます。 まず、茂木外務大臣ですが、二〇一九年の九月から二〇二一年の十月四日まで外務大臣をお務めでありました、安倍内閣と菅内閣。今回、それに次いでの御登板で、大変今、外交が重要な時期ですので、御期待を申し上げております。 そして、振り返れば、大臣が前回お務めになった時期以降起きておりますこととして、ロシアのウクライナ侵略、あるいは、この間、薄氷の停戦合意を見たと言われます、パレスチナ・ガザ地区でのイスラエルとハマスの戦闘。軍事力行使のハードルが大変下がっております時代だと思います。それゆえに、また、外交というものの重要性も、そこに至らせないための重要性も大変あるところと思います。 私は、本日、大部な資料を出さ…”
“上に掲げてある表は、ランセットという医学誌に発表された、ガザでの子供たちの栄養失調、資料におきまして八の上段でございますが、二〇二五年の一月から三月、短い期間の停戦がありました。このときは、辛うじて物資が、月にして一万八千台のトラック、日に直すと六百台のトラックが入りましたことで、少し飢餓状況は改善をいたしましたが、その後また三月から戦闘が再開され、飢餓が極限に達し、餓死が起こるということがこの医学誌からも明らかでございます。 では、今回の停戦以降、果たして物資はどのように搬入されておるかということで、ここ十月までの搬入量、十一月はまだ集計がございませんけれども、必要とされる、月にして一万八千台のトラックに比べれば、二千台という、九分の一くらいになりましょうか、まだまだ足…”
“日本は、元々、中東のイスラエル・パレスチナ問題では、二国家共存、二つの国家が共存するということを目指してやってきたわけでありますが、一九四七年になりましょうか、イスラエルは既に国家として樹立されましたが、一方のパレスチナはそのような形にはならず、しかし、日々の生活を支える医療とか教育とかあるいはごみの処理に至るまで、UNRWAという機関が国連機関として担ってきた長い歴史があり、また、今はガザのことがフォーカスされておりますが、シリアとかレバノンとか、周辺にパレスチナ難民が発生したその全体を支えて、中東地域の人間の安全保障、そして、それがひいては平和構築につながるとやってきた日本の長い支援の歴史もございます。 そして、そういう中で、今回、先ほど申し述べましたトランプ大統領の…”
“今の御答弁ですが、先ほど引用させていただいた二階堂当時官房長官の御発言の中にも、国連憲章にのっとってパレスチナの人たちの自決権を認めることを日本は支援すると。五十年たってもほとんど変わっていない状況にあるんだなということは、とても深刻なんだと思います。そのために具体的に何をしていくかがなければ、希望しても期待してもそうならない事態が続いてきていると思わざるを得ません。 例えば、今大臣の御紹介くださいました項目十九を引用したところでいえば、パレスチナ改革が誠実に実施される中で、パレスチナの民族自決権と国家性への信頼できる道筋云々となっておりますが、これをするために何が必要かということで、下のソムディープ・センさんが御指摘のところで、例えば四番目、ガザの解放、二〇〇七年以来続…”
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“そして、どんな論文を取捨選択されたかという中で、私が委員長に是非お尋ねしたいのですけれども、今日、私が厚生労働委員会でこの問題を取り上げることとも深く関係しておりますが、住民等々の地下水や水道を通じた汚染はこれまでも各地で報じられ、吉備中央のような高い、活性炭を捨てた、そこから地下水を汚染して、それが水道に行ったなどの例もありますが、職業暴露、PFASやPFOAを作っていて、使っていて暴露された方々について、果たして、食品安全委員会では一体幾つぐらいの論文を精査されたでしょうか、委員長。”
“そのことが及ぼす影響は、最終的には人体に来るわけです。だから、厚労省が関係ないとは全く言えないし、しっかりとここに目を凝らしていただきたいというのが一問目のお願いであります。 そうした中で、食品安全委員会では、TDI、どのくらいの量を摂取すると体に毒性をもたらすかということで、昨年の六月二十五日に各々、PFOS、PFOA、二十ナノグラム・パー・キログラムという値を報告されました。これについては国民の中からも多くのパブコメが寄せられまして、アメリカに比べて大変高いとか、論文を恣意的に取捨選択している、すなわち、不都合な真実が書かれた論文は採用せず、自分たちで持ってきた論文でやっているのではないかというような指摘がございます。 まず、食品安全委員会委員長にお尋ねしますが、私は、この前、環境委員会でもお尋ねしましたが、そういう国民からの声が出ること自身、最も信頼されるべき食品安全委員会の信頼性を損なうものなんだと思います。そして、なぜそういう声が出るかというと、九回、ワーキンググループといって議論をしたんですけれども、そのほかに、秘密会というか、明らかにされない会合を二十四回持っていた。”
“私が伺いたかったのは、大臣、これを見て広がっていると思いませんか。ホットスポットになったところが多いという、本当に単純なことです。それゆえに、国民の多くが不安を持っています。 また、数値につきましても、大臣にお手元、三ページ目の資料を見ていただきたいのですけれども、これは摂津、大阪で、最も高い二万六千ナノグラム・パー・リッター、地下水ですけれども、これまで測ってきた値の中で、環境省が測ったものとしても最も高い地下水の値が出ております。そして、実はもう既に、ダイキンという工場がありますが、そこではPFOS、PFOAは使用を止めております。しかし、地下水には高い値が残り、それは軽減もされておらない。すなわち、巡り巡れば、水、私たちの飲む水にも、土にも、大気にも、あらゆるところに広がるという実態で、それが健康被害を引き起こす可能性が高まったということと思っていただきたいです。 私が冒頭申し上げたように、本日の質問は、健康被害がどうであるかということに焦点を合わせて聞かせていただきたいです。残留性が高いということなんです。消えない。フォーエバーケミカルと言われています、消えないから。”
“大臣に一枚目をお示ししたのは、実は、PFOSとかPFOAは、二〇二〇年に水道管理項目となると同時に、環境についても同じような管理目標設定が作成され、要監視項目とただいまなっております。今後、水道については、水質の基準項目にもう一段持ち上げられるというところで今作業が進んでおりますが、そうすると、環境の方も伴って、例えば排水基準とかも出てまいります。 極めて重要な発表だと私は思うので、大臣の御認識を問いたいのですが、開けて二枚目を御覧いただきますと、環境省による調査の推移から見る五十ナノグラムを超えるような地点が日本全国でどこほどあるかというものを経過表にしてみました。令和五年の近々のものは、測定した地域は二千七十八地点で、うち二百四十二がオーバーをしております。また、都道府県も三十九にわたり、二十二県でオーバーの観測がされ、そのほとんどが地下水というところになっております。 これは令和三年から、先ほど言った要監視項目になりましたので検査数が拡大しておりますが、それのみならず、すなわち汚染の陽性スポットと見られるところの数が増えております。”
“公害で認定される、極端なというか、症状の強い方は別ですが、長きにわたる水銀中毒がもたらす様々な症状について、私は医学的検証が本当に不十分だと思います。だから、いつまでも認定という線切りで分断されて、救済される人、されない人、多く裁判が起こる。もっと本当の意味で患者さんに寄り添って、その方を支援していく体制が私は改めて厚生労働省にも求められていると思います。 そういう観点をお伝えしました上で、今回は、PFASの問題でも同じようなことがあろうかと思いますので、その観点から御質疑をさせていただきます。 冒頭、大臣には一枚目を御覧いただきたいのですが、これは、PFAS、有機フッ素化合物の管理における水質に関する水道と環境の体系というのがございます。大臣も御承知のように、水道については、二年ほど前、環境省に移ることになって、ただ、今もって厚労省も水道水の管理等々には、共管してやっておられます。一方の環境中の公共用水や地下水については、これは環境省が測定することになっておりまして、その近年の測定が四月二十五日に、令和五年度公共用水域水質測定結果及び地下水質測定結果というもので発表をされました。”
“立憲民主党の阿部知子です。 本日は、厚生労働委員会の皆さんの御配慮で質問の時間をいただきましたこと、まず冒頭、感謝申し上げます。 そして、私が本日取り上げたいのは、この委員会、労働安全衛生法の改正でございますから、PFOA、PFOS等の有機フッ素化合物の管理と、また、そこで働く方々の健康障害について取り上げさせていただこうと思います。 私は現在、環境委員会に所属しておりまして、実は、五月の一日の日に、水俣病の慰霊祭、六十九年になります、最初の患者さんが一九五六年に確認されてから六十九年、来年七十年を迎えますが、その慰霊祭に水俣へと行ってまいりました。そこで感じましたことは、慰霊祭ですから、亡くなられた方への慰霊ではあるんですけれども、なおも続く健康被害に苦しむ方々について、ほとんど救済の手がないという現実であります。 なぜそうなるのかということを考えると、実は、厚生労働省から環境省が分離して、主に水俣対策とともに発祥した省庁が環境庁、当時はでございますが、しかし、そのときに、厚生労働省が本来担うべき健康についての影響が私は大変手薄になったと思います。”
“それを自治体の負担でやらせないでください。ちゃんと補助を出してやるべきです、血液も土壌も。 以上です。終わらせていただきます。”
“それを次のページのグラフにしてございますが、PFOAで最大値が七百十八・八ナノグラム・パー・リッター、米国等ですとPFAS七種類で二十ナノと決めておりますから、一つで七百、それが年余にわたった、当然、住民は不安であります。血液検査を求める、そして健康影響を検査したい、でも、これは全部自費なんです。自費というのは、町が出す、健康については自分が出す。そして、このフレコンバッグが置かれた土壌汚染についても、町に測定のガイドラインだけ渡して、全部あとは町がやれと。町のせいではありません、こんなものが飛んできたのは。そして、全部あとは町の自己責任にされる。 せめて、環境大臣、土壌について、私はリスク管理の対象だと思うんです。水から土壌に行って、食べ物、体と行くコースもあるわけです。今日、時間の関係で省略して申しますが、リスク管理は、今、ペットボトルの水と、そして水道水の基準値の設定しかありません。もう何年も前から私は、土壌をリスク管理対象にすべきだと思ってまいりました。ますます吉備の例を見てそう思います。 大臣、最後の御答弁、いかがでしょう。”
“吉備中央は、この環境委員会でも御視察に行ってくださいました。簡単に言うと、活性炭、処理されたものを森の中に放置いたしまして、そのフレコンバッグの一つには四百五十万ナノ・パー・リッター、もう私たちの見たことのないような値のPFOAが検出をされました。 私も行きました。山の中で、沢でした。そこから上に水を揚げて、浄水場に持っていって、そこからまた家庭に配水された。二〇〇八年からそのフレコンバッグはあったのではないかと言われる、十数年に及ぶ汚染であります。 住民は一昨年の暮れから血液検査を求め、町は今年になってその結果を公表されましたが、また、この結果が驚くべき高さであります。私は、この二年ほどPFAS問題をずっとやってまいりまして、いろいろな血液検査、それぞれ地域で住民が測ったりなさったものも含めて一覧にしてございますから、これを委員長も見ていただきたいですが、これまで発表された値を更に飛び越えて、高い血液検査のデータが示されております。”
“本当に抽象性で、意味がないと思うんですよ。 例えば、アサリは高いんですよ。じゃ、アサリを食べるな、食べたらPFOS、PFOAが、特にPFOAが高いからかとか、こんなことを書くくらいなら、例えば吉備ではナスが高くなりました、それは食べるなとか、そういうことを書くなら分かるんです、摂取の制限は。 でも、全く抽象的で、委員長自身だってイメージがないことを、なぜこういう文章にして国民に発信しますか。幾らホームページにそういうのがあったって、イメージできませんよ。まず、委員長自身がコミュニケーションのリーダーなんですから、何を言いたいのか、国民に何を伝えたいのか、そこが決定的に欠けているから、このTDI、毒性問題についても国民が不安に思うんですね。 今日、これ以上の御答弁がないものと思いますから、恐縮ですが宿題にさせていただきますので。この問題は非常に深刻です。私は食品安全委員会の信頼を損なうと思っておりますので、委員長として強く自覚していただきたい。 そして、最後になりますが、吉備中央での最近の血液検査について触れさせていただきます。”
“ホームページに掲載してあるからとか、そういうのでは、もはや国民の不信は取れません。特に、秘密会議を行われた二十四回という問題が大きく響いていて、これは議事録も私たち国民からは見ることができないわけであります。 おまけに、食品安全委員会の書かれたものを見ると、食品安全委員会としてのリスクコミュニケーションの基本が、一貫性、公正性、客観性及び透明性、この透明性がないということは今私が申し上げましたが、加えて、一方的な発信に終始しており、さらに、私がびっくりした文章があります。一方、PFOS、PFOA等のリスクを過剰に懸念して食生活を変更することには、栄養学的な過不足をもたらす等の新たな異なるリスクが生じると書いてあるんですけれども、PFOSやPFOAを過剰に摂取、懸念して食生活を変更するというのは、委員長、具体的にどういうことだと思いますか。 私は、これは意味不明、こんなことを書いて出すから、国民はもう本当に何を言っているのと思うんです。例がありますか、懸念して、PFOSやPFOAの過剰摂取になるから摂取を制限して栄養が偏る、例があったら教えていただきたい。いかがでしょう。”
“その理由は、いわゆる食品安全委員会が不採用にした様々な論文の中身は、他の文献に内容の重複ありとか、記録がないので説明するのは難しいと表向きはされておりますが、PFASによる影響が、がんとか、体に、健康にいろいろ害をなすというようなものについての削除が多いということが指摘されて、私は、こういう審議会で元論文自身が不適切だと言われた例をこれまで経験をしておりません。 そういう中で、食品安全委員会は、先ほど、ワーキンググループでリスク評価をして、これからリスク管理に行き、さらに、リスクコミュニケーションといって、国民との対話、双方向の対話を担われるわけですが、その元データがおかしいと言われていることとか、九回の表向きのワーキング以外に二十四回、いわゆる公表されない会議を持っていた、こういうことがあるだけで、国民は不信が高まると思うんです。 さて、食品安全委員会として、どんなリスクコミュニケーションをしていかれましょうか。御答弁をお願いします。”
“今日は食品安全委員会の委員長にもお越しいただいておりますが、昨年の六月二十五日に、ずっと引き続いたワーキンググループ九回の報告を受けて、食品安全委員会として、いわゆる今社会的にも広く問題になっているPFAS、PFOA、PFOSの二つについて、各々二十ナノグラム・パー・キログラム摂取のTDI、毒性を表さない量として、それが食品安全委員会によって発表をされ、そして今、これはリスク評価と申しますが、リスク管理として、ペットボトルの中の水のPFASの濃度と水質を基準値に変えて、しっかりと管理できるようにという二つの作業が進んではおります。 でも、この基準値自身がどうなのかということは後ほど大河原さんが御質問されますので、私はそこには触れず、お手元のペーパーには、そもそもこのワーキンググループが、ある意味で透明性や公平性や科学的な信頼性を欠いているのではないかという指摘が現在多く起きております。”
“私がるる申し上げたのは、それでは救済されないから、道を開けと申し上げたんです。その経過は存じております。しかし、この特措法の精神は何か。救済を受けるべき方々をあたう限り全て救済となっております。早くに救済することは大事です。でも、あたう限り全て救済というのがこの特措法の理念だと私は思います。 現実が理念にたがえている、沿わないことを大臣は深く認識した上で、水俣に行っていただきたい。そうでなければ、こんなにたくさん訴訟が起こるはずもないし、それから、この地域と定められたところ、その特措法の地域以外からも、患者さんとして認定されるべき方が裁判でも、大阪地裁でも出ているわけです。その現実に環境省が向き合わないと、幾ら特措法が議員立法だからといって、その精神を受けてやるのが行政ですから、救済されませんので、よろしく大臣には今日の私の指摘を受け止めて行っていただきたいと思います。 引き続いて、残された時間で、PFASの問題に移りたいと思います。”
“ところが、特措法は、期限を区切ってしまって、この処分、出された判定について不服申請もできない、再申請もできない中で、新潟県の当時の泉田知事は、これは行政が下した判断であるので、不服申請は受け入れるべきだということで受け入れられて、平成の二十七年と二十八年だと思いますが、四人の方が新たに特措法の一時金の対象になりました。 私は、これは非常に泉田知事の見識だと思いますし、二年で区切ったって、そこまでに申請できなかった人もいるし、症状がその後出る人もいるし、そこで区切ってしまったことで、あたう限りの救済ではなくなってしまうというふうに考えられたんだと思います。どんな患者さんがそうやって救済されたかは、お手元の資料の四枚目、五枚目につけてございますが、いずれにしろ、この四人は、新潟では不服申請をして、異議申立てをして認められた、特措法で。ところが、熊本にも鹿児島にもこういう道はありません。 大臣に伺いたいのは、これは今の法律の運用では解決しないんです。ここに再申請の道を開くか、それとも行政の不服申請、異議申立てを受け入れて、もう一度見直すか、その二つがこの特措法には準備されておりません。”
“今の大臣の御答弁で非常に重要なことは、期限を区切らず申請が認められると。ということは、病気は変わるということなんですね。 ところが、そして、それを充実させていただくのは私はやぶさかではないですけれども、その後に作られた特措法は、二〇〇四年の関西判決だったと思いますが、これにのっとって、公健法では救済されない、しかし水俣病を否定されない方がいるんだということを前提に、あまねく広く救済をしましょうというので特別措置を定めて、およそ二年という期限を区切ってスタートした法律であります。 しかし、これについても、二年で区切られたこと、あるいは、自分はその当該場所ではないところに暮らしていたけれども、そこからの魚を買ったなどで裁判に訴えるしか道のない方がたくさん出て、それが第二次訴訟という形で今も続いております。 その中で、公健法の方では、下した認定が処分として認められて、不服申請も再申請もある。”
“ところが、パーキンソン病のお薬を使っても反応性がすごく悪い。やはりこれは水銀が脳の中に蓄積したことによる水俣病としての影響であろうというふうに考えられて、CランクからBランクに認定が変わりました。 私がこのことを通じて思ったのは、長い年月観察すれば最初の判断と当然違ってくる、それは、病状がより顕性、明らかになる、あるいは他のものが否定される、加齢によっていろいろなものがより加わってくるなど、時間経過というものが病気には重要なんだと思うのです。 大臣、これは、私がこの委員会に所属して、公害等の調停委員会からいろいろお話を聞いて、こういう方が九十一人、認定のランクづけが変更。でも、すごく少ないんです。六百人近い方が申請していますから、本当にこれも針の穴を通すより細い道ですが、でも、その道を通ったところに一つの、時間経過を見て病状が明らかになるということがあったように思います。 私の今のような御紹介、そして、もっと私は公健法はしっかりと再申請や不服申請に応えてほしいと思いますが、大臣のお考えをお願いいたします。”
“開けて次のページには、いわゆる公健法によって認められた患者さんのスキームについて御紹介しておりますが、先ほど申し上げましたように、令和六年六月末現在までに、自分が水俣病だから公害の健康被害補償法で救済してほしいと申請された方は三万五千九百二十一人に及び、約二万人近くが棄却をされて、認定は三千人。取り下げられた例もございます。 こういう中で、この公健法というスキームには、棄却された場合、違いますよと言われた場合に、再申請と申しまして、いや、やはり自分は水俣病だと思う、もう一回審査してほしいというスキームと、それから、棄却された行政処分に対して不服申請を申し立てる行政的救済と、加えて、水俣病と認定されているんだけれども、症状が進んでランク分けを見直してほしいという申請など、いろいろな、まあ細い細い道ですけれども、道が残されております。 その一つとして、水俣病と認定されて、最初Cランクと言われた患者さん、ABCと分ければ、水俣病の中では比較的、軽度とは申しませんが、症状が軽いとみなされた方が、この方はパーキンソン、最初診断で、それは水俣病じゃないよと言われていました。”
“大臣に二ページ目にお示ししたのは、今多く被害者の皆さんが求める、いわゆる感覚障害、末梢優位の感覚障害があるものは水俣病と認めるべきだという主張、私はこれは非常に当を得ていると思いますが、それで見ると、ここの裁判、あるいは認定を求めた方に関してだけでも、七万二千三百人がいわゆる水俣病による感覚障害が医師によって確認されている。しかし、救済ははるかに及んでいないという現実があることを、まず大臣には深く認識していただきたい。 そして、何らかの救済、これは、例えば公害で認定される、あるいは政治決着で解決がされる、あるいはこれから問題にする特措法で救済された方を含めても、いわゆる補償金をもらった方、あるいは療養手当の方、両方合わせても四万九千四百三十七人に満たない。当然、私は、裁判も起きるし、いろいろな患者さんたち、被害者の不満の思いは募ってまいると思います。 そこで、今日は大臣に提案がございます。”
“引き続いて、今大臣の御答弁の中にもありましたが、いわゆる水俣病は、公害病としてその救済のスキームができ上がったのが昭和四十九年、一九七四年で、最初に水俣病と公式確認された患者さんは一九五六年のことですが、それから七十年と言われているのが今日でありますが、その間、先ほど申しました、伝染病じゃないか、風土病じゃないか、遺伝病じゃないか、いろいろなことが言われて、しかし、水銀を食べたことによるものだということから、公害健康被害の補償法に結びついていくわけです。 この公健法は昭和四十九年に始まって、ここに申請をされた患者さんの数は三万何がしを超えておりますが、現実に公健法で認定された方は三千人、一割もいきませんでした。棄却された方もおられますし、そして、この認定された方も、その後、症状の進行で認定時のランクの変更ということも重ねてまいりました。”
“今大臣のおっしゃったことは、いずれも重要だと思います。特に、小中学生にしっかり知ってもらう。データベース化する。 と同時に、行政に携わる自治体職員についても、もう若い人たちはほとんど、自分の体験の中に御存じない方も、熊本県ですらそうであると。そうすると、例えば、水俣病として今裁判中の方が関西にもおられますし、全国におられます。やはり自治体職員について、再教育と言っては失礼ですが、いろいろ、例えば資料館を訪れてもらうとか知識をもう一度伝えるとか、そういう丁寧な取組が私はこの事件から必要とされているなと改めて思いました。 大臣、うなずいていただきましたので、そのように総務省とも調整をしていただきまして、是非とも自治体職員にも学びの機会をちゃんと与えていただいて、その中で、私は、行政に携わる人が被害を訴えてこられた方に対してきちんと対応できるようにお願いをしたいと思います。よろしくお願いします。”
“そして、今、被害者の皆さんが、例えば裁判で、あるいはその他の手段で救済を求めれば、ある人は仮病であると言われ、お金欲しさかと言われ、非常に苦しい立場に立っておられる。その思いを訴えようとして、伊藤大臣とのマイクの時間があったけれども、三分で切ってしまう。私は、本当に深刻な事態が水俣に行かれる浅尾大臣の前には待ち構えているんだと思います。 そして、そのことにしっかりと応えていただきたい。私なら環境大臣としてこれをしたいとか、せっかく大臣になっていただいた、私は同じ神奈川で、昔から浅尾さんとは実は隣同士の選挙区でありましたので、よく存じ上げています。誠実で実力もおありです。その大臣が、七十年たって風化にさらされている水俣病、例えばこういう宇城市の問題、どのように考えられて、行政に対してもどう働きかければいいのか、被害者に応えるには何をすればいいのかについて、御答弁をお願いいたします。”
“今御答弁されましたが、果たして現行法の丁寧な運用で解決するんだろうかと。 よく水俣病は最終解決というふうな言葉を使われますが、正直言って、水銀を食べて、その水銀が与える影響というのは年余にわたり、それから、ここまでというものがなかなかないと思います。言えば、根本解決というふうな言葉に言い換えた方がいいのではないかと思います。 その観点から大臣に更にお伺いいたしますが、お手元の資料、これは熊本県の宇城市というところで作られたカレンダーであります。この宇城市は、ハンセン病や水俣病のことをより多く市民に知ってもらって、市民の教育とともに偏見、差別を越えていこうと思って開始されたと思うのですが、ところが、このカレンダーには、ハンセン病、水俣病などの感染症を正しく知ってもらうとありました。 水俣病は感染病ではありません。かつて感染病と言われたときもあるし、遺伝病と言われたときもあるし、その長きにわたる苦しみの中から、原因は水銀に汚染された魚を食べたことである、食中毒、食べてしまったことが及ぼす長い影響であるということ。このように、当たり前のことが私は風化している、七十年という年月の中で。”
“立憲民主党・無所属の会の阿部知子です。 早速、質問に入らせていただきます。 来年は、いわゆる水俣、鹿児島や熊本の水俣病から七十年、そして新潟水俣病から今年六十年を迎えます。ちょうど一年ほど前、前の環境大臣の伊藤さんが式典に行かれて、そのときマイク切り事件というのが起きまして、被災者、被害者の皆さんも大変心を痛めているさなかであります。 大臣には、四月三十日から二日間かけて、この慰霊祭、今年水俣に行かれるそうですが、どういう思いを持って、そして、御自身の役割が何であると考えて慰霊祭に御出席されますでしょうか。浅尾環境大臣にお伺いします。”
“今大臣の御答弁にありましたように、二〇一七年四月の二十五日、厚労省の医政局医療経営支援課でハンセン病療養所管理室長から、現状のまま各療養所に保存する方針であるという旨を発表をされております。私は、もちろん多磨に移せとか言っているのではないのです。生活の場であったところで資料が保存されることは大事、だけれども、それに見合う予算が充実をしておらない。人員もまたしかりであります。 私は、皆さんとても一生懸命やっていただいていると思います。大臣、カルテ保存と一言で言いますが、行ってみたらよく分かる、どのような状態で置かれているのか。それを一つ一つ丹念に繰り出して保存していく作業は、これから膨大になります。 是非、厚労省のもし医政局がなさるのであれば、それに見合うお金と人手の見積りと、また、入所者の意見も聞かなければなりません。複眼視です。医療だけではないのです、生活があって、人権があって、隔離した歴史があって、これら全てがきちんと日本の厚生労働行政の一こまとして残るようにお取組をいただきたいが、最後の御答弁をお願いいたします。”
“しかし、私は、それに一貫して厚生労働省が応えていないのではないかという懸念を持つわけです。二〇一〇年に学芸員の配置がありまして、その後も、実はそれに見合う対応がないと私は思っております。 是非ここを今般のサリン事件を端緒にやっていただきたいし、部署も、最後につけました、組織図。サリン事件は大臣官房、それから医政局が入所者の手当て、健康局が多磨の全生園の資料館などなどですが、多磨に見合うような、きちんと私は体制を整えていただきたい。多磨は大変よい資料館になっていると思います、健康局の管理でありますが。 今、医政局が預かっている療養所、ここでの資料をどうしていくかが問われていて、その体制をしっかりと根本的に見直していただきたいと思いますが、いかがでしょう。”
“もう大変心もとない、やる気が感じられない。 学芸員は、ほかにも仕事があるわけです。そして、申し上げましたが、これから既に分かった八百四十二件プラス千件のカルテを探っていけば、もっと同じような問題が出てくるわけです。従来の体制でやれると思わないでいただきたい。本当にそれはもうびっくりです。 本当はもう少し何かなさっているんじゃないかと前向きに期待をしたいですが、今、今日の公式御答弁はそこまでですので、大臣にはよくこれは現地からのお声も聞いていただいて。 私は、境園長も非常に前向きにやっていただいていますし、それを担保するものを厚生労働省としても保障していくべきだと思うんです。と申しますのも、実は、園に残された様々なカルテを含めた資料の保存というものは、二〇〇一年に国賠訴訟が患者さん側の勝利に終わりますけれども、それが問題になっていた一九九〇年代の後半頃から、各療養所の医師や学芸員の皆さん、当時学芸員と言わないですけれども、問題意識を持って特に園の医師たちは集まって、ここにある特別な公共性を持ったカルテ、関連資料をどう保存していくかということを何回も回を重ねて御論議であります。”
“申し訳ありませんが、電子化するにもスキャナーが不可欠なんですよ。では、どこからそのお金は出るんですか。もう実際に出したんじゃないですか。もうちょっとちゃんと答えてほしいですけれども。私は、これがうまくいくことを願っての質問ですから。 もちろん、例えば資料を取るために東京と往復する費用とか、これは広がりが大変あるので、他の費用百四十万円はそれはそれでよしといたしますが、カルテの保存ということの膨大な事業でありますから、そこに皆さんどう考えて備えをつくっておられるのでしょう。 もしこれ以上の答弁が出ないのであれば、大臣にお願いしたいです。私は、本当に本気で取り組むための、例えば恵楓園に聞かれてもいいと思うんですね、現場から、これこれこれにはこれくらい必要だと、皆さんそれは思っておられると思うんです。そこをもう一度きちんとお聞きいただきまして準備していただきたいが、どちらからの御答弁でもいいです。”
“人件費がなければできませんで、別はどこから出るのでしょう。 正直申しまして、カルテのスキャナーというものでも四百万円ほどいたします。大臣もサリンのところでおっしゃっていますが、とにかく当初四百四十万ほどを地下鉄のサリンでは、全額それがカルテのスキャナーではないですけれども、かかるということを想定してなっております。 では、果たして恵楓園の場合は、百四十万円というのはちょっとびっくりで、通常の予算は幾らで、ここに幾らを補填されるのでしょう。”
“それはお幾らですか。そして、本省においてという意味は、例えば資料館は医政局の管轄でありますが、どこがお金を出されるという意味でしょう。”
“もちろん自治会の皆さんも、いわゆる人体実験ではないかという指摘がある中で調査を求められていると思うんです。同時に、そこに勤務されている医師たちは、今日の新聞記事にもつけましたが、境先生を始めとして、やはり人権の観点からこれを明らかにしたいということを望んでおられます。学芸員のお力もかりたいと。 さて、言うはやすく、行うにはお金と人手が要るわけです。それについて、例えば厚生労働省はどのような御準備があるのか。今までの仕事もやりながら、負荷も加わるわけです。その辺りを大臣としてはどうお考えであるかを私は伺いたいです。”
“これは、ハンセン病資料館の中で、医師や学芸員の皆さんが一生懸命、カルテや関連する日誌、日記ですね、これをたどりながら明らかにした事実であって、加えて、当時、戦時中ですね、満州において、七三一部隊と言われるところでもこの虹波の実験がちょうど同時並行で行われていた。ハルピンの方の記録は、これはみんな戦後焼かれて、ないわけです。そういうことがかいま見える記録が恵楓園の方には残っているわけです。 これは、先ほど申しました医療でもあり、社会的事象でもあり、検証すべき厚生労働行政でもあるので、厚労省が主体的に、私は、カルテの保存、検証、アーカイブス化を行っていただきたいと思います。 引き続いて、次のページに新聞記事で幾つかを出してございます。今私が簡単に申し上げて、大臣も虹波投与の検証支援を行うというふうに言ってくださっている記事が昨年の十一月三十日にございまして、その後、幾つかの事象が明らかになりましたのでつけ加えさせていただき、また、調査の着手も始まっておると聞きますが、大臣としてはどんな支援をお考えでありましょう。”
“私が御指摘したいのは、ここにカルテがあるということなんですね、残されて。本当に大臣も一度、もしかして行かれたかもしれませんが、残されたままなんです。今、それの整理を、アーカイブス化をどうしていくかという問題が関わっておりまして、私は、一般的なことと違って、そこに確かに残されたものがあるというところから出発をしていただきたいんですね。そこで権利に結びつくようにということであります。 引き続いて、同様に、この間問題にされておりますのは、幾つかの療養所で、いわゆる虹波、これが、お薬なんですけれども、ハンセン病の患者さんに効くのではないかというので、四二年、戦前から、四七年まで、いわゆる治療実験をされた。その該当する方の数は八百四十二名、分かっただけで。また、ここで新たにカルテのある方を調べていくと、もっと多くの方が被験者となっていたのではないかという事実が判明をしております。”
“協力と言うと主体的に思えませんが、結局、このハンセン病の問題は、国、地方自治体、そして厚生労働行政、もう全て、医療の名において、患者さんたちを隔離し人生を奪い、時には子供を持つ権利を奪ってきた。もう大きな負の歴史ですので、是非、主体的責任も自覚していただきたいと思います。 同様に、今回のこの旧優生保護法による補償の中に、これまでなかった人工妊娠中絶を受けられた方に、これは御存命でないと駄目なのですが、一時金として二百万円の支給が個々に決められました。これも同様に、現存、現在御存命な方のカルテ等々をたどれば、実は、ハンセン病施設においては、クローズであるゆえにそのデータが残っているということがございます。 これについても同じ答弁かもしれませんが、それは厚労省しか持っていないんですよね。是非この権利がきちんと担保されるように御尽力いただきたいが、いかがでしょう。”
“私のお願いしたいのは、ちょうど自治体が、様々にある施設に入所しておられた方あるいは台帳から探れた方を、プッシュ型にして、あなたにはこういう権利がありますよとお知らせをしているわけです。せめて厚生労働省は、これは自らが起こした厚生労働行政の影だと私は思っていますから、それをきちんとお伝えする義務があるんだと私は思います。 法の枠組みがこども家庭庁にその給付を命じているということは、存じております。しかし、協力すべき責任も私は厚生労働省にあると思います。特に、一時金をもらわれた方はもう分かっていて、亡くなられたかどうかも分かっていて、その御家族に、センシティブだと思います、御家族の訴訟もあったくらいですから、人生被害を訴えているのは御家族も同じです。その方たちにきちんと補償がされるよう、大臣は、もしかしてこの場ではそこまでしか、所管があるので御答弁できないかもしれませんが、私の申し上げたことをしっかり認識していただいて、実際にその方たちが補償に結びつくように是非お願いしたいですが、いかがでしょう。”
“残念ながらそのような御答弁になろうとは思っておりましたが、例えば優生保護法において、国がそうした法律を作ったことに都道府県もいわば協力をさせられる形で実際には手術が行われました。国がやったことに対して都道府県もそれを協力して、実際に補償をしていこうという動きは既に幾つかの県でもあるわけです。 ハンセン病療養所の特殊性は、その中に患者さんを閉じ込めてしまった、それは大きなマイナスですけれども、同時に、カルテもあるし、御存じでしょうか、身分帳というものが、例えば熊本の恵楓園などでは、ここは一九〇九年から入所者を受け入れておると思うのですが、残されているわけです。私も行ってみて初めて驚きましたし、身分帳には、どこに生まれて、どこに逃亡してとか、そういうことも書いてございまして、本当に貴重な資料であります。 しかし、それは厚生労働省の協力なくしては、こども家庭庁も容易に入手もできませんし、検証もというか、お伝えすることもできないわけです。”
“今度の国賠訴訟に当たっては、御遺族も含めて一千五百万円となってまいっております。 これをしっかりとその当事者、権利を持った方にお届けするに当たって、ハンセン病資料館の中にある資料を最大限活用していただきたい。もちろん、今これはこども家庭庁の所管となっておりますが、資料をお持ちなのはハンセン病資料館であります。 大臣のお手元に、右側に、一体そうした一時金支給の方の数はどのくらいであったか、特にハンセン病に関してリストアップをしていただきましたところ、百三十八名おられる。このときは生きていらしても、お亡くなりになった方に今この千五百万円の問題が生じてくるのだと思いますが、この点についてはどのようなお考えで臨まれるでしょうか。”
“大臣も今御答弁のように、このサリン事件の場合は危機管理、それから恐らく同様なものは、コロナ禍においてダイヤモンド・プリンセス号が横浜に寄港したときの対応とかも、あるいは医療カルテも、私は大事な保存すべきものになっていくと思っております。 そうした急に襲ってくるものと同時に、もう一つ、長いこの厚生労働行政の中で厚生労働行政が起こしてしまった負の遺産ということについても私は検証が進むべきと考えまして、次に、ハンセン病の資料館に残された様々な資料並びに診療録についてお尋ねをいたします。 開けて四ページ目になりますか、大臣に見ていただきたいのですが、この度、一月の十七日に、旧優生保護法による優生手術と人工妊娠中絶などを受けた方に対して、国賠訴訟についての政府側の判断が示されました。長年いろいろな裁判があった中で、私もこれはいい決断と思っております。 同時に、この優生保護法下において優生手術を受けられた方については、従来は一時金の三百二十万円が補償をされておりましたが、これは、今回の国賠訴訟となる以前は、御存命な方、生きておられる方に三百二十万円。”
“私は医者なので、こうした医療分野のカルテの保存というのは、正直言って、電子カルテにもなりましたし、五年間の保存じゃなくて、より永久化されやすいと思いますが、今回のサリン事件のもう一つの肝と申しますが、これはオーラルヒストリーで関係者の証言を求めて、それを記録化していくということにあるかと思いますが、その辺りについては大臣はいかがお考えでしょう。”
“今の大臣の御答弁は、この研究班、研究事業の結果報告のところにも指摘されておりますように、歴史的知的財産の保全ということと、それを永久保存という形にしていく。 医療は常に社会の一部でありまして、その貴重な医療における資料と、それが社会的にどのような事象であったかということを複眼的に見ていく作業というのは、日本では正直言ってなかなかなかったことかと思います。原爆症にしても水俣にいたしましても、原爆症は、カルテをABCC、アメリカが持っていってしまっておりますし、直後何があったかということは、ずっと伏せられておりました。 本来、医療というものをしっかりと後世に伝えるためにも、今大臣がお取り組みいただいた今回のサリン事件を端緒とする取組は私は大変高く評価しておりますが、もう一つ確認です。”
“立憲民主党の衆議院議員の阿部知子です。 そして、福岡大臣には、御就任おめでとうございますと今頃言って申し訳ありませんが、私は今、厚生労働委員会に所属しておりませんので、今日が初めての福岡大臣への質問の機会を得ましたことを感謝をいたします。 今日、私が取り上げたいと思っておりますのは、公共性の高い医療分野のカルテ等を始めとする資料のアーカイブス化ということでございます。 大臣のお手元にも示させていただきましたが、去る二月十四日の新聞報道記事によりますと、地下鉄のサリン事件、ちょうど三十年前のことになりますが、そのときの被害者のカルテや周辺の関係者の証言もアーカイブス化していこうという、私は、これは大変よい試みだ、画期的な試みだと思っております。 実は、これらのいわゆるアーカイブス化に先んじて、ずっと厚生労働省は、科学特別研究事業として、アーカイブス化に伴ってどんな課題があるかということを検討してこられたかと思います。そのときにどのような御指摘がなされて、また課題は何であるかについて、大臣の御認識を伺います。”
“御異議なしと認めます。よって、江渡聡徳さんが委員長に御当選になりました。 江渡聡徳さんに本席を譲ります。 〔江渡委員長、委員長席に着く〕”
“これより会議を開きます。 衆議院規則第百一条第四項の規定によりまして、委員長が選任されるまで、私が委員長の職務を行います。 これより委員長の互選を行います。”
“今、吉備のことをお答えでしたので。ただ、吉備での検査項目、特定健診とか、がん登録によっておりまして、必ずしも一人の方の健康状態を経年、経時的にフォローしておりません。これは水俣でも一緒ですので、ここをしっかり踏み込まないと、私は、実際のデータがない、ないで終わると思います。指摘させていただいて、終わらせていただきます。”
“早口で申しましたので、とにかく私もびっくりしたんです。何でダイキンのものが綾部まで来るんだ、あるいは岡山の吉備まで行くんだと。でも、そこまで拡大しているということを念頭に対策をしていただきたいと思います。 最後の質問ですが、汚染された土壌やあるいは水について、除染ということを実証実験等々で環境省は取り組んでおられます。農作物への影響も農水省が取り組んでおられます。やられていないのが血液に関してでして、これは、血液は、いろいろ環境省の発表とか書かれたものを見ますと、それを測ってもすぐ病態と結びつけられないから、あえて言えばやらないことになっておりますが、逆に、これだけあちこちで高い高いと言われておる現状の中で、その高いと言われるところをある意味モデルにして、実証的に、経年的に追っていただく、それから健康も一緒に追っていただく、それで初めて国民も安心できるのだと思いますが、血液検査について非常に後ろ向きなことが気になる。それから、これは医療と合わせないと意味が出てこない。 この指摘について、大臣はいかがでしょうか。”
“大臣には、今、水質の基準のことをおっしゃっていただきましたが、排水基準ということについても、これは私は是非お願いをしたい。と申しますのは、水俣で工場からの排水基準が遅かったことが湾全体に広げて、今あるような状況につながっておりますので、排水基準のきちんとした設定。例えば熊本の六つの工場も、いずれも法令違反はしていないのです。だけれども、高いものを出せば、それだけ周辺地域に様々な不安を呼んでおりますので、是非排水規制についての御検討もお願いしたいですが、いかがでしょうか。”
“そして、そのとき環境省とかと御質疑をいたしますと、もう製造はPOPs条約で禁止されているから、そこからの汚染ということはある意味考えなくてよいというような御認識であったかと思うのですが、実は地下水にも何万というものがたまっておりまして、これも規制値がないので、排水規制の規制はどうしたらいいのかということを、そのとき、私は大阪府にも行きましたし、ダイキンの方とも会いましたし、でも、そのような、彼らも困惑をしている状況であります。 そして、のみならず、先ほど私が御紹介した綾部とか岡山の吉備は、実は、このダイキンで排出したとされるハイドロPFASというものが今回分析をされております。すなわち、ダイキンの工場で地下水に出ているのはもちろんですが、それを活性炭で取ろうとして、取ったものを今度はどこに置くか。産廃事業者に持っていけば、そこからまた広がっていっております。産廃処分場というものがなかなかトレース、トレーサビリティーに入っておらずして、そのうちにここまで拡大をしてしまっているんだと思います。”
“端的な御答弁で、ありがとうございます。 まず今大臣が一点目におっしゃった、水質基準という形で、明確にそれを基準値として超えてはならないというふうに目標設定の項目から一段上げることは大変重要と思いますし、期待も申し上げております。それができないと、今度は、これは並行して並んでいますので、環境中への排水の規制もできない。連動しておりますので、是非その点は、今大臣が明確に御答弁いただきましたので、鋭意御尽力をいただきたいと思います。 そして、実は、私がこの問題を初めて取り上げたのは二年ほど前の厚生労働委員会で、大阪摂津市のダイキンという、これは製造工場でありました、有機フッ素化合物の。”
“四番目、兵庫県明石ですが、これも同じように産廃の施設で、ここは、産廃場の出口で測りますと、PFOAで十万ナノグラム、そしてPFOSは千五百ナノグラムですけれども、この周辺、幾つかの産廃場がございまして、それに関連するところが高く出ております。また、産廃場でも処分型と管理型で汚染の程度が違います。 次、恐縮です、今度、熊本です。これは六つの産廃場から高い値が出て、ただ、今、産廃の排水基準というのはございませんので、法令違反をしたわけではないけれども、各地に汚染が広がっているということであります。 つらつら申し上げて恐縮ですが、大臣、今後この環境委員会を所管してくださいますし、PFAS規制というのは大きな時代の課題となっておりますが、今私が御紹介したような状況に対して、大臣としての、今日初めて伺いますので、御所見を伺います。”
“次のページは、海上自衛隊の千葉下総航空基地周辺の汚染でございますが、これは、丸で囲ってある中が基地ですが、そこから雨水排水路を通じて周辺が汚染された事案で、中で消火剤を使ったところだけじゃなくて、外に排出するところにも汚染が広がっており、この自治体では、さわやかプラザというところに飲用水用の給水栓を別に用意して、ここからくんでいただいているという事案であります。 三番目、次々恐縮ですが、これは京都の綾部というところで、水源の里と言われる大変美しいところですが、ここでも天野川という川が汚染されて、そこから犀川、由良川と広がっていく汚染ですが、では、なぜ天野川が汚染されたかというと、その近くにもう使われていない産廃場があって、そこからの汚染源であるということが、これは京都府の調査で既に明らかであります。周辺の土壌の汚染もあり、自治体では努力してその水の迂回路を造って農業をやっておられるというところです。”