阿部知子
立憲民主党・無所属 · Japan
“そして、六番目に書いてございますが、ガザのみならず、ヨルダン川西岸における入植地は、違法にイスラエルが占領を拡大していると。 私は、こういうことを国際社会が一つ一つ是正していかなければ、永遠にかなわぬ主権になってしまうと、強くこの点を懸念しておるわけです。今回やっと、何度も申しますが、薄氷の和平合意が成った、このことは、これ以上の殺りくをやめてほしいと誰もが思った結果で、歓迎をいたしますと同時に、そこで生きる人たちが、当然、自分たちの地として自分たちの主権を確立していけるために、取り払わなければならない壁があるように思います。 もう一点指摘をさせていただきますが、この間、この二年間に、国際刑事裁判所あるいは国際司法裁判所が、ガザ地区で起きていること、あるいはヨルダン川西岸…”
“先ほど、十月七日のことで、大臣のお誕生日と申し上げて失礼だったかもしれませんが、私は、正直、この日、大変驚愕というか、驚きました。 もちろん、それまでの中東におけるイスラエルとアラブ諸国との衝突というのはずっと繰り返しておりましたので、こうしたことが起きておかしくはなかったのかもしれませんが、急襲、アタックという形で起きたこと、また、その後、イスラエルが自衛のための報復ということで繰り広げられた様々なことを思うと、この二年間は大変心を痛めることが多かった日々でございます。 そして、今大臣が御答弁いただきましたが、日本の外交というものは、そもそもオイルショックのことを考えてみましても、田中角栄総理の頃に遡っても、日本が多く中東に依存しているということもあって、この地域の平和…”
“立憲民主党の阿部知子です。 本日は、質問のお時間をありがとうございます。 まず、茂木外務大臣ですが、二〇一九年の九月から二〇二一年の十月四日まで外務大臣をお務めでありました、安倍内閣と菅内閣。今回、それに次いでの御登板で、大変今、外交が重要な時期ですので、御期待を申し上げております。 そして、振り返れば、大臣が前回お務めになった時期以降起きておりますこととして、ロシアのウクライナ侵略、あるいは、この間、薄氷の停戦合意を見たと言われます、パレスチナ・ガザ地区でのイスラエルとハマスの戦闘。軍事力行使のハードルが大変下がっております時代だと思います。それゆえに、また、外交というものの重要性も、そこに至らせないための重要性も大変あるところと思います。 私は、本日、大部な資料を出さ…”
“上に掲げてある表は、ランセットという医学誌に発表された、ガザでの子供たちの栄養失調、資料におきまして八の上段でございますが、二〇二五年の一月から三月、短い期間の停戦がありました。このときは、辛うじて物資が、月にして一万八千台のトラック、日に直すと六百台のトラックが入りましたことで、少し飢餓状況は改善をいたしましたが、その後また三月から戦闘が再開され、飢餓が極限に達し、餓死が起こるということがこの医学誌からも明らかでございます。 では、今回の停戦以降、果たして物資はどのように搬入されておるかということで、ここ十月までの搬入量、十一月はまだ集計がございませんけれども、必要とされる、月にして一万八千台のトラックに比べれば、二千台という、九分の一くらいになりましょうか、まだまだ足…”
“日本は、元々、中東のイスラエル・パレスチナ問題では、二国家共存、二つの国家が共存するということを目指してやってきたわけでありますが、一九四七年になりましょうか、イスラエルは既に国家として樹立されましたが、一方のパレスチナはそのような形にはならず、しかし、日々の生活を支える医療とか教育とかあるいはごみの処理に至るまで、UNRWAという機関が国連機関として担ってきた長い歴史があり、また、今はガザのことがフォーカスされておりますが、シリアとかレバノンとか、周辺にパレスチナ難民が発生したその全体を支えて、中東地域の人間の安全保障、そして、それがひいては平和構築につながるとやってきた日本の長い支援の歴史もございます。 そして、そういう中で、今回、先ほど申し述べましたトランプ大統領の…”
“今の御答弁ですが、先ほど引用させていただいた二階堂当時官房長官の御発言の中にも、国連憲章にのっとってパレスチナの人たちの自決権を認めることを日本は支援すると。五十年たってもほとんど変わっていない状況にあるんだなということは、とても深刻なんだと思います。そのために具体的に何をしていくかがなければ、希望しても期待してもそうならない事態が続いてきていると思わざるを得ません。 例えば、今大臣の御紹介くださいました項目十九を引用したところでいえば、パレスチナ改革が誠実に実施される中で、パレスチナの民族自決権と国家性への信頼できる道筋云々となっておりますが、これをするために何が必要かということで、下のソムディープ・センさんが御指摘のところで、例えば四番目、ガザの解放、二〇〇七年以来続…”
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“是非、予備費からでもどこからでもいいです、だって環境省が未然に調べていれば計画は立てられますけれども、そうではないから事態はぼこっと出てきて、そこで本当に不安が募りますので、大臣にはもうこれ以上お尋ねしませんので、念頭に置いていただきたい、この吉備の件は。 でも、まだまだあるんです。今度は兵庫県の明石市で実は、それに行く前に申し訳ないですが、今のところで再生処理の問題に少し触れさせていただきます。 大河原さんが廃棄物の処分のところをお尋ねになりましたが、吉備はなぜこういうことが起きたかといえば、実は、再生処理をするんだといって、業者さんが粒状活性炭にしてPFASを吸着させて、それをまた剥がせば再利用できますので、運び込んでいたわけです。でも、再利用せずに長年放置して、現状では廃棄物になったんですけれども。 果たして、この再処理という期間はどんなモニターがされているのか。ノールールなんです、ノーチェックなんです。結果、なれの果て、放置され、廃棄物となって見つかって、高い濃度であった。やはり経過でそれをチェックする体制がなかったことこそ、大きな問題と思っております。”
“私は、当然、予備費だって使っていいと思います。予算は有効に使うためにあるんです。特に命の安全、安心のためにこそ使っていただきたいし、大臣、次のページを見てくださいますか。 資料八、これも町が独自に測った資材置場周辺の土壌のPFOS、PFOAであります。置場の方、置かれていた直近のところは十六万とか、赤い印がついていますから見ていただければ。そして、その周辺ですら四十五とか高く、PFOAだけでですよ。当然、合わせれば水質基準も超えてまいります。 これは、国の土壌の基準がないからといって待っていられないんです。だって、そこが明らかに汚染源なわけです。これを見ただけでも分かりますよね。置場の周辺は万とか十万の単位で高いわけです。周辺が少しずつ減っていく、汚染は薄まっていくからですよ。 環境省から人が行っているなら、それくらいのことは、私がこれを出さなくたって、申し訳ないが把握していただきたい。その上で、住民の不安に応える環境行政をやっていただきたい。”
“そこで、大臣、先ほどのお話ですが、今度、吉備町は、このデータに基づいて、三月三十一日、三十日でしたか、から町として自分たちで測るということを決めました。当然お金がかかります。先ほど私が申し上げたかかる費用、専門家は送っていらっしゃるそうですから、分かると思います。どういう方法で、どれだけの人を測り、どういうデータを得るか。その費用の負担までお願いしたい。 町にしたら、青天のへきれきです。上の方に置かれた資材置場から飲む水まで汚染され、住民の子供まで高い濃度が出たとなれば、それだけで言えるわけではないけれども、やはり不安が募り、測定を希望されるのは私は当然の思いだと思いますので、是非この費用負担をお考えいただきたい。もう一度お願いいたします。”
“そして、左側に地図がございますが、この資材置場はダムに向かう水系の上の方にございまして、このダムがポンプアップしてくんでいるということで、ダムの水も汚染をされ、ダムから下域も高い濃度が出たということであります。誰もこのフレコンバッグからPFASが出てくるとは、正直言って、こうした事態が発覚するまでは思っていなかったということであります。 事態は更に深刻なことに、ここで、住民が不安で、住民同士で測定した、専門家にお願いして測定した血液中のPFASの濃度。PFOAとPFOSと、四種類合わせて四PFASを測るのが最近は多うございますが、その中で、十歳以下の子供でもPFOAが百五十一・九。私は、子供のデータでこんな高いものを見たことがありません。いかに水域が長年にわたって汚染されたか。 この二十七名、自分たちでお金を出して測った全員が、ドイツの基準にもアメリカの基準にもはるかに上回るのみならず、子供が高く出ている。これは、本当に、私は放置できない深刻な事態だと思います。”
“私がこういうことをわざわざ確認いたしますのは、日本におけるPFAS関連の国の取組が、例えば、後ほど国土交通省にも触れますが、農水省、環境省、厚生労働省、様々に、本当に連携して、私は会議体を持って全体像を把握する必要があるんだと思いますので、その意味で、大臣のリーダーシップを今お尋ねをいたしましたので、よろしくお願いいたします。 次に、先ほど大河原さんのお取り上げになりました吉備中央町、もう少し私の方で深掘りしてみたいと思いますが、資料の七ページを御覧ください。 ここは、私が、実は昨年の十二月二十六日に現地に行って、フレコンバッグが置かれていた、今は撤去されてこのような、野原のようになっていますが、この土壌にいっぱいPFASがしみ込んでいる。ここには、野積み状態で、むき出しで三百個のフレコンバッグがあった。当初は六百個だったらしいですが、それがだんだん、三百個になってきているというところで汚染が発覚をいたしました。四百五十万ナノグラム、これまでで最高値がこの土壌からも出てきているわけです。”
“起きている事態は、吉備でもそうですが、異常値が非常に高く出ると、その自治体は当然住民の健康を守るために持ち出しで、自費で、あるいは自治体のみならず、実は自治体がやった例は吉備、今度始まりますけれども、あとはみんな手弁当で、住民のカンパで、自分たちの不安を解消するために測っているのであります。 それは、余りにも国としての対策が遅れてしまっているし、せめてそのことにお金を出す。測定にはお金がかかります。せめて、本当は計画を立てて、さっきの高く出る地点、汚染源となりやすいところは、環境省もわざわざ自治体にここで示しているわけですから、そういうところはモニタリングをなさればいいのです、環境省が。でも、事が発覚してから住民が不安で測って、そして、これまでは自治体すらお金がないから、それを測ることができませんでした。 大臣にあっては、是非、測定のための費用の予算を国として獲得していただきたい。これは地域主権でも何でもなく、環境汚染を防止するための国策、国の姿勢なんだと思います。大臣、いかがですか。”
“私が申し上げたかったのは、これは地方に丸投げして済む問題ではないということなんです。バイデンの例を挙げたのは、国家プロジェクトなんです。国が、汚染の未然防止のために、測定も計画を立てて行うということなのであります。 次のページを見ていただくと、このことがよく分かると思います。資料六であります。 これは、今、正直言って、魚のおなかからも高いPFOAなどが出てまいりまして、相模川ですけれども、大変住民の不安が強いわけです。 もちろん、これまでも、先ほど御紹介した二〇〇九年から二〇二二年における環境省のモニタリングにおいて、ここは魚、貝類もやっておりますが、一万五千ピコグラムという、パー・リッターという、これはナノに直すと十五ナノですが、現在、相模川の支流の魚から出ているPFASは十四万ナノグラムとか、これは肝臓と身を分けて、肝臓にはたまりますから、身が二万九千ナノグラム。今までは十五ナノグラム、環境省が見てきたものは十五。でも、ここで出てきた魚、これは全国で幾つかありますので、一番高かった相模川を取り上げましたが、ここほど違うのですね。”
“逆に言えば、先ほどの地図のように次々と出てきているのは、自治体がそうした事態に直面して、自分たちで測らねばと思った地域であります。 大臣に二点伺います。 環境省として、これだけの地域がリスクがあるんだということを一から五に挙げておられますので、もう少し予見的に、先んじて調査を計画されてはどうかということと、二つ目は、自治体が測る場合に、先ほど吉備には環境省の方がいらしていると言われましたが、費用も人材も全部自治体持ちなんです。測定方法もまだ普及しておりません。全部自治体が持つんです。こうした状況では、本当の全体像は把握されない。 測定時の費用負担、そして人材派遣、このことをしっかりと行うべきと思いますし、計画を立てて、環境省の方からリスクを勘案して測定の計画を立てる、この二点について御答弁をお願いいたします。”
“分析していきますと、パターンの特徴がございます。これも大臣は既に御承知と思いますが、PFOSの多くは基地でありますし、PFOAは摂津が多いので、ダイキンの関係かと思います。 私が今大臣にお願いしたいのは、この間の水質調査は、当初は環境省が幾つか決めていたのですけれども、その後は自治体にお願いして、自治体から上がってきたものを公表をされております。逆に、自治体が上げてこなければここには載ってこないという構造を取ってございます。 開いてもう一枚目、資料の五ですが、ここには、環境省が自治体に対して、こういうところが測定して高くなる、地点選定についてはこうしたことを考えていただきたい。泡消火剤、それから有機フッ素化合物の製造、使用の実績がある施設、廃棄物処理施設、下水道処理施設、その他となっておりまして、そういうところで実際に高く出た自治体が報告をして、それのデータと、一方で環境省がモニターしたデータと、二つ並んでいるのです。でも、私の懸念は、もし自治体が言ってこなければ汚染が見つからない可能性も多々あります。”
“その意味で、この前、環境省がある市民団体の皆さんに御説明に使われたときに大変違和感が出た発表ですので、くれぐれも、定点観測のところはこうだけれども、現状においては幾つか指摘されるところがあるというふうに、国民とのリスクコミュニケーションをされた方がいいかなと思うので、あえてここにお示ししました。 開いていただいて三枚目、これは、先ほどの環境省の水質調査等々に基づいて、あるジャーナリストの方が作られ、セミナーで話されたことですが、現在、これだけの地点で、いわば、暫定目標値をはるかに上回るPFOS、PFOA汚染が、環境省の資料からも読み解くことができます。 ここには、さっき大河原さんが取り上げられました岡山の吉備中央町も出ておりますが、また、基地の汚染がずっと指摘される沖縄はもちろんですが、各地で、東京もそうですし、様々な形で汚染が指摘をされております。 そして、また開いていただいて、私は、環境省のいただいた資料を全部並べて、どういう特徴があるかということを見たのですが、PFOSとPFOAを合わせた上位地点が大阪府と沖縄、そして、PFOSが上位、これが沖縄、PFOAが上位、これが大阪。”
“全国的に満遍なく汚染が拡大しては困るので、ただ、だがしかし、三都道府県増えておりますし、地点では三十四増えておりますし、増えているという実態は環境省としてもお認めになった方がよろしいと思います。 今大臣のお答えは、私のお示しした環境省が提出しておられる国内の検出状況、経年変化、これはちょっと検査方式が違っておりますが、二〇〇九年から水、生物、底質等々をチェックしてきて、これについては低減傾向があるというふうな報告をなさってございます。 私は、これは非常に誤解を生みやすいと思うんです。定点的にモニターしているところでは確かに低減傾向があるのかもしれないけれども、一方で汚染拡大地域があるということですから、では、何をしなければいけないかというと、汚染源を確定して、汚染の拡散を防止するという、そうした発想に立っていただかなければならないデータだと思っております。”
“今年度でいえば、超過地点というかこの暫定目標値を超えたところは、十六都道府県で百十一ということでありまして、これは、暫定目標値を超過した地点の、ここには二百五十と書いてありますが、重なったところ、一回のところを二回測ったりしてございますので、地点数でいうと十六都道府県で百十一地点、河川が三十六、湖沼が一、海域はゼロ、地下水は七十四となっておりますが、昨年度に比べても三県、三十四地点増えております。 すなわち、エリアも増えて、高く測定されるところも増えておるということですが、大臣にあっては、まず、この暫定指針値を超える場所が増え続けている、こういうことについてはどのようにお考えでしょう。”
“今、大河原委員から言われましたように、これは、環境汚染としても、今後の体への影響から見ても大変重要ですので、対策の遅れが逆に様々な問題を惹起しているように思いますので、今日はその観点から、大河原さんが幹をお示しくださいましたので、私は枝葉の部分になるかと思いますが、質疑をさせていただきます。 まず、環境大臣としての認識をお伺いしたいのですが、環境省は、今度からは飲料水もそうなっていると思いますが、あとは水系、河川とか等々含めて水の管理ということを担っておられまして、そのための調査というものも毎年なさっております。 お示しいたしました資料の一、国内の検出状況というのは、水系におけるこのPFASの基準値、暫定目標値を超過した地点が一体幾つあるかということで、令和元年度から、実は四年度もデータをいただきましたので、令和元年度から令和四年度までの調査の結果でありますが、調査地点も増えておりますし、暫定目標値を超過した地点も年々増えております。”
“立憲民主党の阿部知子です。 ただいまの大河原委員の御質疑に引き続きまして、PFAS問題を質疑させていただきます。 大河原委員からの御質疑は、極めて根本的な、基本的なところを、環境省に対する期待を込めてお話をされたと思います。 実は、私がこのPFAS問題を最初に取り上げたのは、昨年の五月、厚生労働委員会でございました。当時、アメリカ・バイデン大統領の下に、PFAS問題は国家を挙げての、二兆円とか三兆円規模の大きな予算がつく、あらゆるところで様々な有機フッ素化合物が使われ、それが拡散していくことに対して、特に環境健康被害などについて万全の対策を取ろうという意思の表れとして、当時の厚生労働大臣であった加藤勝信さんに御質疑をいたしました。残念ながら、その時点では、加藤大臣はこの問題は余り御存じなかったと思います。”
“大臣に聞けなくてごめんなさい。 私は、医政局の問題ではないのではないかということを申し上げたかったです。被害者とも健康局が歴史の継承、検証をお約束されたわけで、更に御検討いただきたい。額が増えたことは存じておりますが、また引き続き努力していただきたい。学芸員も足りませんし、よろしくお願いいたします。 終わらせていただきます。”
“先ほど大坪健康局長も御答弁でしたが、ここの学芸員の予算は健康局から出ております、運営費は医政局から出ております、極めていびつな形だと私は思うんです。どんなものを計画して、どんなものを歴史検証しようかというときに、最初は各館百万円、今は三百万円、これが医政局のマルメ予算の、この入所者の患者さんをケアするための予算の一環で、元々、交流館というものがそういう歴史でできたものですから、そこからお金が出ています。 でも、これからは歴史検証ということが大きく前面に出なければならないし、入所者が少なくなっていく、機能が館として落ちていく、そのままでは残せないと思いますので、是非、健康局の役割として、歴史に残すために、現地の交流館へのお金はどこから出るのか、そのことも含めて支援の在り方を考えていただきたいですが、時間の関係で、大臣でいいですか。じゃ、短くお願いします。”
“資料の七枚目になりますが、見ていただきたいんですが、これは菊池恵楓園でお作りになっている、いわゆる優生手術を含めた人工妊娠中絶を受けられた入所者が何をどう思い、何を残しているか。もちろん、手術件数等々はいわゆる行政文書、公文書に残りますが、こうした、受けた方が思ったこと、何であったかは、今度は資料館の中の文書に残されるという形になっております。この両方が合わさって、何が起きたかが分かるわけであります。 私は、ここに書かれている、大変、ここで、例えば、菊池恵楓園歴史資料館図書室所蔵で、番号が振ってあって、それがどこの、資料整理番号C一―一―二十八とか書かれていることは、そのようにもう資料が整理されているということであります。それだけ園が一生懸命やってこられたことでもあります。それを、全体、園にそれだけの陣容がない場合もありますし、しかし、好事例として考えていただいて、何が起きたのかが立体的に歴史に残るよう、是非大臣にはこれから御尽力をいただきたいと思います。 さて、最後に、予算のことを聞かせていただきます。”
“私がお手元につけました資料の三が長野県の事案で、知事が直接記者会見をされて、県としての資料保管の在り方等々も検証するということでございます。 また、今大臣の御答弁は、私の資料の四以下でございますが、国立ハンセン病施設における資料保存についてということで、厚生労働省も様々に園にも通達、メールでですがお出しになって、調査をされております。 しかし、調査の手法が必ずしも統一されていない部分もあり、物は切り方、見方で変わってまいります。私は先ほど菊池恵楓園の例を挙げましたが、菊池恵楓園は、骨格標本の問題もございまして、非常に、資料をどう保管するか、そして、身分帳などもほとんど残されておりまして、それらを事務方と学芸員の皆さんで熱心に残そうと努力をされております。 今日お配りした資料のページの五の下の方に、各園が現在どこまで資料を整理しているかというものの厚労省のおまとめがございますが、ここにはちょっと数値の違和感が残るとも言われております。”
“どう分析すべきかも難しいと思います。その辺を是非、厚労省も自らのことと考えてやっていただけまいかと思いますが、いかがでしょう。”
“解剖録と申しませば大変重要な書類であり、それが園のどこかに埋蔵されているというか、埋もれてしまっている実態もあるわけです。もちろん、医政局の皆さんが園の管理としてそういう調査をなさる、あるいは、場合によっては学芸員の皆さんも状況を御一緒に見ながら、どうやって資料を保存するかという大事なときにかかっております。 決して園の意向や関わるNPOの皆さんの意向を無視せよというものではなくて、国賠訴訟とは、国が何を起こしたかについて国として検証することを意味いたします。私はその意味で、この間、様々に起きている事案を考えたときに、もう少し、今の園の所有する資料の調査、あるいは県の調査もまだ答えが出てまとめられておりませんので、大臣にお願いしたいのは、こうしたものは貴重な歴史資料であります。内閣府の方でも公文書管理に関わる部署等もおありですし、県にも公文書管理の部署、あるいは様々な専門家もお持ちです。もちろん、園が中心になり、今何があるか、どう生かすかを考えていくべきと思いますけれども、適宜適切に国からも助言すべきと思います。 ウェートが分かりません。どれだけのものかが分かりません。”
“今おっしゃったような状況にこれまでもあるわけです。しかし、これからを考えますと、入所者は減っていかれます。 また、先ほど大臣がおっしゃった長野県におけるいわゆるらい病患者並びに血統、家系調査の結果が流出をいたしまして、これは、県の警察が持っていた資料が、県のどこかに保管されていたであろうが、それが流出した。よく被差別部落の方の戸籍の流出が問題になりますが、それと同じように、癩病患者並血統家系調、これは明治三十二年のものですが、流出をしております。県における資料の保管、これもまだ原因も分かっておりません。 同時に、園における資料の保管も共に問題になっております。例えば、二〇一四年、菊池恵楓園で骨格標本というものの資料が出てきて、これがどうしてこうした形でそこに放置されているのか。あるいは、二〇二〇年には今度は解剖の記録、やはり菊池恵楓園で三百八十九人の解剖記録。さらに、二〇二〇年、邑久光明園、引き続いて、二〇二一年には長島愛生園など。長島愛生園では千八百三十四人の解剖録、邑久光明園では約千百八十四件の解剖録。”
“大臣は私のためを思って次の質問の答えも併せて御答弁であったかと思うのですが、私はここでは学芸員の問題を少し掘り下げたいと思いまして、現在ここに十四名の学芸員がおられて、どの館も学芸員の不足だという声が上がっております。 一応これは委託契約で笹川財団になさっていますが、委託契約の書面を見ますと、定員二十人と、常勤二十人となっておりまして、しかしこれは十四人であります。括弧して追加募集中とかありますが、私は、委託契約書を見ると、その数がそもそも充実されることというような書きぶりになっていて、なぜこれでまた同じ委託契約が財団になされているのか、もう少し努力していただかないとお任せするのもなかなかだと思います。 実は、前回、田村大臣にいろいろお尋ねして、資料の保存とかは鋭意大変努力していただきました。私は感謝しておりますし、でも、この学芸員問題は、政府が直接ではなくて財団に委託するという形、委託契約でございますので、その委託するときにしっかりと現員保障といいますか、定員を満たしていただくようにこれは強く要請をしていただきたいところですが、大臣、何か。じゃ、大坪さん。”
“さて、そうやって入所者の減っていく療養所ですが、同時に、そこには社会交流会館というものが設けられるようになっております。これは、二〇〇一年に国賠訴訟、政府がそれを受け入れまして、その後、二〇〇二年、資料館施設整備等懇談会というものが持たれて、多磨全生園の資料館、あるいは栗生楽泉園にございます重監房などを国立の施設として、あと、各園に社会交流会館というものを持っていこうという計画でありますが、見ていただきますと、十三園いずれも、主な課題と書いておりますが、専従職員が不足しているとか、入所者が高齢者で語り部がいないとか、あるいは運営費が不足とか、大変これは深刻な状況が並んでおります。 これは、実は四年ほど前、田村大臣のときにも御質問したことがあって、少しよくなっているかなと期待したんですけれども、ちょっと、改善よりは後退かなと思うところもございますので、大臣は、これについて何か御所見があればお願いいたします。”
“今日示した資料は、実は、平成二十八年から経過を追っていただきました。外来診療というのはもう一九六〇年代から始めているところもおありで、ここに書き切れませんでしたが、見ていただきますと、今大臣御指摘の奄美和光園の三千三百九十一、平成二十八年は六千八百六十三、もう少し多うございました。コロナ等々もございましたので、必ずしも今の数値がそのままとは思いませんが、こうした先進的な試み、特に皮膚科という科は診療科でなかなかお医者様の数も地域によってはおられませんし、また、奄美和光園ではフットケア、足のケアも一般外来でやっておられます。 医療で隔離したものは医療で戻していくということも私は重要だと思っております。その前提に、大臣がおっしゃるように入所者の皆さんのお気持ちと、またその園全体の運営があろうことは心得ておりますが、様々な、今後の減っていく入所者の皆さん、しかし、地域にもう一度戻りたい、あるいは地域とつながりたいという思いをどう実現していくかで、大臣には今日少しお話をいたしましたので、よろしくお願いいたします。”
“同時に、大臣に、資料の二枚目、お示ししてございますが、これは、ハンセン病施設というと入所施設だけと思われがちですが、実は、ハンセン病で退所された後、外来を通院したい方、あるいは、積極的に地域の患者さんの特に皮膚科の診療などをやっていただいているところ、それで一番先進的な取組は、奄美和光園というところで、ここは、地域の患者さんも一緒に診てさしあげる、入所者自治会がそれを希望されたということで、地域に開かれた医療ということになっております。 ハンセン病も伝染力の低い感染症ですから、これだけが分け取られて隔離なされてきたことには歴史的経過もあると思います。しかし、再びそれを地域に開くということも考えられていかねばなりませんし、各病院の医師の数などもあるとは思いますが、こうした試み、例えば沖縄の宮古にある南静園でも熱心でありました。あと、駿河の療養所というところも、これはハンセン病の隔離政策があるときから、患者さんを外に出して外来で治療するためということで、外来診療に取り組んでこられました。”
“医師の人員確保に御尽力いただいていることは、例えば外務省に、海外公館にお勤めだった方が帰国されて勤められるなど、いろいろな工夫をされていることは承っております。 一方、私が今お尋ねしたかったのは、やはり、この五年間の削減でどんな影響が出ているのか、少し実態を調べるべきだと思います。 例えば、お手が御不自由なので直接お皿に口をつけて食べ物を食べる、取らなければいけない、介護にも看護にも人手がかかる、入浴も同じです、そこで事故に等しいようなことが起きているということで、入所者の皆さんも大変御心配であります。安心して療養できるために一番大事なのは、やはり事故防止であります。命にも直結いたしますので。 これは是非、医政局としてもそうした実態をお調べいただきまして、ヒアリングもしていただきまして、しかる後に、どの程度の人たちのサポート、医療、看護体制が必要かを検証していただきたい。単に数値ありきではないということ、大臣お分かりと思いますので、是非そのようなことをしていただきたいと思います。”
“私は武見大臣にお伺いしたいですが、この五年間の一〇%削減で果たしてどんな事態が起きているのか、厚生労働省としては入所者の安全面、あるいは入所者からの御意見など聞き取りをなさったのかどうか、そして、そもそも削減ありきではない対策が必要とされると思うが、いかがでしょう。一点目です。”
“既に指摘されているように、入所されている方が減少し、御高齢化されて、さらに、元々ハンセン病による病以上に、例えば施設内で作業活動などに関わったために手足の変形がひどいなど、また様々な問題を抱えておられます。そして、現状減っていく入所者数等々を考えると、いわゆる存続の危機に関わると言われているところであります。 患者さんの入所者、全療協などからも、しかし、ここで命が最後まで支えられる体制を望むということは繰り返し協議会等々でも発言されていると思いますが、厚生労働省にあっては、この間、特に看護体制において人員削減を実施しております。二〇一五年から一八年はいわゆる定員削減の実質、枠除外ということがなされてきましたが、二〇一九年から二四年にかけては五年間で一〇%の削減ということになり、今年また二〇二五年以降の見直しがなされるところであります。”
“今大臣の御答弁にもありましたように、国連が調査中であると。そのことをもって支援を停止した国と再開した国がございます。毎日、百人から百五十人の子供たちが死んでいきます。刻一刻の問題と思います。人道ということを考えたときに、どちらかに寄るものではない、そこにある命をどう支えるかであることは、大臣も、人間の安全保障・外交議連をやってこられましたので、どなたよりも御存じと思います。改めて私から要請しておきますので、御答弁はそれ以上のものがないと思いますので、この件についてはここまでといたします。 さて、本日は、ハンセン病対策についてお伺いをいたします。 大臣は、三月八日の所信の中で、ハンセン病の元患者の御家族への補償制度を着実に実施するとともに、ハンセン病に対する偏見、差別の解消等に全力で取り組みますというふうにおっしゃっておられます。 そして、大臣、まず一枚目の資料から御覧いただきたいですが、ここには、現在十三あるハンセン病の療養所で、入所者の数、そして平均年齢というものを昨年の五月一日現在の数値で挙げさせていただきました。”
“大臣は政府の中で特に重要なお立場と先ほど申し上げた見識をお持ちと思いますので、UNRWAへの支援の再開、急がれますので、大臣からも是非政府全体をプッシュしていただきたいが、いかがでしょう。”
“立憲民主党の阿部知子です。 冒頭は、予告、通告しております以外の質問で恐縮ですが、武見大臣にお願いいたします。 武見大臣は、現在、厚生労働大臣でいらっしゃいますが、元々、外交、経済、幅広い見識をお持ちの方と思っております。そして、今年二月の予算委員会で、私が、現状、パレスチナのガザ地区における人道状況が極めて深刻になっておると。その中で、パレスチナの難民救済支援事業を担うUNRWAへの資金停止ということを日本政府が決めて、現地からは保健局長、清田さんがわざわざ日本に来られて、何とか本当に命をつなぐために再開をしてほしいということをお話しにもなり、辻外務副大臣にもお伝えしたと伺っております。 この件に関しましては、最近、カナダとスウェーデンがUNRWAへの資金の再開ということを始めております。人道状況の悪化等、一定の国連での調査の進捗を見てのことでもあろうかと思います。また、公明党の皆さんは、政府に、UNRWAへの支援再開を申し入れられております。”
“一九九八年に自由権委員会、二〇一六年に女性差別撤廃委員会、そして二〇二二年、障害者の権利委員会、いずれの委員会でも指摘されています。 加藤大臣には今日初めてのことだったかもしれませんので、なかなか指摘が届かなかったのは残念ですけれども、是非、被害に遭われた方にお会いになって、何であったのかをもう少し自覚していただいて、大臣の活躍に期待をしていますから、よろしくお取り組みください。 以上です。”
“そして、大臣は、同時に、子供、子育て担当でもありますが、障害者施策の担当大臣でもあります。この国連の権利に関する委員会の総括所見についてどのように受け止められ、今後、政府の中で進めていかれるか、最後の資料です、お答えをお願いいたします。”
“指摘したいのは、それでは駄目なんだということなんです。SNSは、さっき冒頭で特設サイトでお示ししたように、それから、情報というのは、あふれても、身近で誰がそれにアクセスできるかをサポートしないと情報は生きてこないわけです。 大臣のお手元に、資料の最後のページになりますが、ちょっと一つ明石市の事案を抜かして、国連の障害者のための権利に関する委員会というところの勧告がございますが、日本に対しての総括所見は、全ての被害者が明示的に謝罪され適当に補償されるということと、全ての事例の特定と、支援の提供を含む各個人全てにということで、支援の提供がなければ実際には結びつかない、その意味を取れないという事態が多いということで、五年やってきても、幾ら広報を流しても届かないんだと思います。 ちなみに、茨城県では、県の独自調査で記録が保存されていた施設等を訪問して説明及びリーフレット配布等を依頼する。独自調査で記録が保存されていた施設にアクセスしてお願いをする、そこまで個別に丁寧にやらないと情報は届かないということをしっかりと考えていただきたい。”
“これをよく見ていただくと、そこで取り組んでいる取り組み方がやはり申請に結びつきやすいんだと思います。 是非、この次、五年延長、何年延長か分かりません、国会で決めることですが、しかし、今までの手法を同じようにやったら救済されないということも多くなりますので、先進事例に倣って、よいところを学んで、どうすれば、個人情報の保護は壁なんですよ、だってその方のことを、個人情報だけれども、あえてこういうことはないですかと寄り添いながらお尋ねするという手法です。そのように見直していただけまいか、どうでしょう。”
“優生保護法の審議会にかかって、そこでのデータが残っているものが多く、大半であります。でも、二万五千のうち、個人を特定できないものも含めれば六千五百五十、特定できたものは、手術もというのは三千八十九。既にもうそこで減ってございますが、それらにどうアプローチできるか。都道府県とも相談する。もう一度やり方を考え直していただきたいと思うんです。 大臣に、次のページの資料、七ページ目に載せてございますけれども、この中では、一時金の申請について、相談件数があって、請求に結びついたものの数がございます。 この中で、よく見ると、例えば、相談件数、茨城県は、九十六件のうち、請求受付件数になったのが五十四。半分行っているんですね。茨城県が何がよかったかということをしっかり私は政府として見ていく必要があるんだと思います。 茨城県では、各施設にもお声をかけて、そこで手術された方などについて、個人情報保護をしっかりしながら申請に結びつけておられます。一番ある意味比率のいい成績であります。山形県も、取組が、相談件数九十件で請求受付件数五十。”
“その手法がうまくいっていないから十分な救済が行き届かないんだと思います。 一時金の支給のときに、最初の一年で三千四百人という計画を立てました。五年たっても千八十四人であります。同じ手法を繰り返しても、結局、最も救済すべき相手には届かなくなるんだと私は思うので、今日取り上げさせていただきました。 連綿と同じことをやればいいのではないし、五年やって成果がなかなか得られていなかったら考え直してみないと、声も出せない人がいるし、自分が過去そういうことを受けたことを知り得ない人もまだまだいるんだと思います。 ちなみに、この分厚い報告書の中で、二万五千人のうち、個人の名前が分かっていて手術したという証拠が残っている方が三千八十九人おられると、この資料にあります。それは、分かっているゆえにアプローチできる方かもしれません、こちら側から。しかし、一時金の救済法には本人の申請を待つとなっているので、アプローチするのがなかなか難しい、放置されたままだと思います。 そこで、例えば各都道府県が間に入って、というのは、優生保護法の審議会は、都道府県がやって、その数を国に上げました。”
“受け止めるためには、調査をしなければ受け止められないのです。ハンセン病のときに、最終的に国家賠償になりましたけれども、その後、調査検討会というものを委託して、国としてハンセン病に対しての隔離政策について検証、検討を行いました。残念ながら、優生保護法についてはそうしたことは全く行われておりません、行政としてですね。この分厚いものは、国会図書館と調査室がやってくださいました。五月には大法廷の結果も出ようかと思います。しかし、それは司法の話です。行政が何をしたか、行政がどうであったかが極めて重要と思います。ただ、それはこども家庭庁ではなかったので、私が懸念するのは、厚生労働行政がどこにも検証されずに抜け落ちたまま、次に行くことです。 大臣として、新たに請け負ったことではありますが、そうした問題を是非閣内で提起していただきたい。とても重要、行政は自らを見直して前に進むということは私は重要と思いますので、いかがですか。”
“私は、国会図書館や調査室の労を多とする、本当に頑張っていただいた、でも、まだまだ出てきていないものがあるし、国としてしっかり調査する必要があると考えます。 大臣、国として謝罪の意を表しているとおっしゃいますが、例えば、欺罔というのはだますことです、それから、競ってもっとやりなさいという通達も出ていた、そういうことは御存じなかったと思うし、それは大臣のせいではないと思いますが、国自身が、そういう厚生労働省の行政としての見直しをしていないところからくると思うんです。 私が今日御紹介したようなことについて、たくさんしゃべって申し訳なかったけれども、どのようにお受け止めですか。”
“もう一つ、続いて、下の資料は、実はこれは、一時金の支給の二十一条に伴って国が設置した、国立国会図書館と衆参の調査室に命じた約三年をかけた調査の中でも出てこなかった厚生労働省の資料でありますが、これは地方のいわゆる公文書を扱うところから出てきたものですが、これは各地方の実績数を挙げて競わせる、予算どおりにいっていないじゃないか、もっと頑張れという資料であります。 ここも赤線を引いてございますが、予算上の件数を下回っている実情であります、各府県ごとに実施件数を比較して、極めて不均衡であります、これで、要するに、不均衡を是正せよ、すなわち増やせよということになっております。繰り返しますが、この下の段の資料は、六花出版というところの本から持ってきました。 国の、物すごく立派な、そして私は、調査室、頑張られたと思うんですけれども、これだけの資料、いろいろな当時の文献も集めたこの資料の中にもまだ漏れがあって、この下の、地方から保存されているものというのは、ここには幾ら探しても出てまいりません。”
“例えば、ここに資料として上げさせていただいたのは、渡辺さんが手術を受けられた当時の状況であります。 開いて、ページの五枚目となってございますが、ここには、いわゆる四条、十二条と書かれていますが、四条は遺伝などを防止するため本人の同意なく行われた手術、十二条は遺伝でなくても精神疾患であればという形で増えた手術。見ていただきますと、大体一九五三年から五七年頃にピークがございます。 この頃、国は何をしたのかということで、引き続いて次のページを御覧になっていただけますか。ここには、厚生事務次官の通達がございます。簡単にまた赤を引いてございますが、もし手術を受ける方が嫌がられたりした場合には、身体の拘束、麻酔薬の施行又は欺罔、これはだますということですが、等の手段を用いることも許される場合があると解しても差し支えない、これが厚生労働事務次官の通達であります。 国として真摯に反省するとは、厚労省が出してきた通達そのものの中に大きな人権侵害があることを認めることであります。”
“大臣には、次のページの、今年の二月に精神神経学会が出された優生保護法に関する声明というのを御覧になっていただきたいんですけれども、赤線が引いてございますが、これは、学会として被害者の方々に謝罪するということと、自らに問いかけて過ちを繰り返さないという表明であります。 実は、二〇一九年に一時金の支給が決まった後、医学会では、自らの行為を検証して、医学会の連合会、次いで産婦人科学会、そしてここにある、今年の二月に精神神経学会、大体関わった医師は産婦人科の医師か精神神経科の医師でありましたので、自らの行為を振り返り、アンケートを取り、こうした謝罪文を上げておられます。 私は、先ほど大臣が国としては謝罪の姿勢を示しているとおっしゃいましたが、残念ながら国としての明確な謝罪はなく、例えば、一時金支給は、立法府として関わった全て我々はという形でまとめられております。私は、真摯に、国が何をしたかを見直さないと、これからも我が国の中でいわゆる優生思想をどう反省していくかということが明確にされないと思います。大臣は、そのことの認識が、私は少し区別されていないんじゃないかなと思います。”
“一例目の裁判が起こされたのが平成三十年であります。もう令和が六年になろうとしています。一刻一刻亡くなっていく命です。 この亡くなられた方、渡辺さんとおっしゃいますけれども、この方が優生手術、両側の睾丸を摘出されている手術ですが、本来これは優生手術の中でそうした適用という形には挙がっていないものでありますが、それを実施されました。元の御病気は何だったかというと、変形性の関節症、関節が悪くて少し足が御不自由だった。それをもって、この方は十歳過ぎに睾丸を摘出されました。意味もきっと分からなかったろうし、その後、自分の体の不調を抱えながら七十年近くを生きてこられて、そして、彼が残した言葉は、国は謝ってほしい、そしてきちんと国による賠償をしてほしい、自分がなぜそういう行為を受けたのか、本当に納得できないという言葉を残して亡くなっていかれました。”
“もう一つ御質問ですが、この旧優生保護法による被害を受けた方、法律自身は一九九六年に廃止をされているわけですが、その後、一切国による救済のないまま今日まで来て、裁判が起こされました。全国で三十九人の被害者が国賠訴訟、国家による賠償を求めた訴訟を起こしておられます。これまでに既に六人お亡くなりになりました。 お亡くなりになると、例えば国家補償でもその権利がなくなってしまいますので、一刻も早い救済というものが必要と思いますが、私が今日大臣に御紹介したいのは、お手元に資料として載せさせていただきましたが、前二枚は、優生保護法をめぐる経過と、それから今一時支給が始まっている支援金についての経緯が書いてございますが、開いて三枚のところに、謝罪してという訴えを出していた男性が今年の二月に亡くなられました。 裁判の原告であって、熊本地裁で去年の一月に勝訴をされたときには、本当にうれしい、これまでの様々な奪われた自分の人生を思って、これは本当にうれしかったという言葉がありながら、国が控訴いたしましたので、三月十三日の福岡高裁を待っておりました。その間にお亡くなりになりました。”
“立憲民主党の阿部知子です。 今日は加藤大臣に御質問をいたします。テーマは、優生保護法に基づいて優生手術を受けられた方への謝罪と被害救済についてでございます。 昨年の四月、こども家庭庁が発足いたしまして、それに伴って、二〇一九年、議員立法で成立いたしました旧優生保護法に基づく優生手術等を受けた者に対する一時金の支給に関する法律の所管が、それまでの厚生労働省からこども家庭庁に移管をされました。大臣も概略御存じと思いますが、いわゆる優生手術を実施された被害の方は約二万五千人。そのうち、同意が不要、医師の判断で優生手術適用とされた方が一万六千四百七十五人、本来の同意であったかどうかは別として、一応同意を必要とする者が八千五百十八件で、計二万五千となっております。 今、加藤大臣は、この旧優生保護法の被害救済のためにこども家庭庁で特設サイトというものを開いてございますが、これを御覧になったことがおありでしょうか。ないか、あるかだけで大丈夫。”
“上川大臣が、所信の演説でWPSのことをお触れになりました。平和、女性、そして、これから私たちがそれを世界で広げていくこと、是非御尽力いただきたいと思います。 終わらせていただきます。”
“今、武見大臣から御紹介のあった清田さんはお医者さんでもありますが、もう十年以上、UNRWAの医療部門の総括、統括をやってくださっています。そのことによって、保健センター内の医療や地域の基幹病院との医療もつながっている。 今、もう大変、本当に大変落ち込んでおられます。どうやっても、目前で、薬はない、麻酔薬がないから足を麻酔なく切らなきゃいけない子供たち。私たち日本ができる最大の支援は、何といっても人道支援であり、特に健康とか母子の分野でありますので、外務大臣とお力を合わせて、是非よろしくお願いしたいと思います。 そして、今日、お手元に、八枚目の資料でつけさせていただきましたが、今、このUNRWAへの支援が停止されることに対して、各所から懸念の声、国連グテーレス事務総長、WHOテドロス事務局長、EUボレル外交安全保障上級代表、そして、実は、ブリンケン国務長官からも、今すぐUNRWAの活動が、ほかに代わって果たせるものがないのではないか、短期的には誰もいないとして、UNRWAが役割を果たし続けることが必要だというふうに、これはBBC、インタビューでお答えになりました。”
“是非、武見大臣は国際的にも御活躍でありますので、こうした活動も力強くサポートしていただきたいですが、いかがでしょう。”
“是非よろしくお願いいたします。 今、パレスチナでは、孤児世代と呼ばれる世代が多くなりました。戦争で親を失い、自分の出自が分からなくなっていく、人間のアイデンティティーにとって極めて深刻ですので、今、UNRWAをめぐる世界の様々な疑義はありますけれども、その中でも、日本はきちんと対面でやってきたということもございますので、やれる支援はできるだけ継続をしていただきたい。 そして、武見厚労大臣、お待たせいたしました。 今日、今のUNRWAとJICAの母子手帳の資料は六ページに写真でお示ししてありますが、ガザの子供たちやお母さんと日本の子供たちやお母さんがZoomで会議をした去年のことでございます。 もう一つ、この間の戦闘の激化の中で、実は、WHOの緊急医療支援調整ユニットというものがございまして、ここにもJICAが協力をして、パレスチナとエジプトの国境での、逃れてくる、特に赤ちゃん、子供たちについてエジプト内の病院で受け入れているわけですが、どんな医療ニーズがあるかなどを、JICAも調査に人を派遣して、そしてWHOとの協力の下、やっておられます。”
“ただしかし、この根幹、国としての根幹を過つことのないようによろしく、是非、官房長官にお願いをしたいと思います。 そして、私は、特に小児科医でありますので、上川大臣に伺いますが、日本とパレスチナの関係で申しませば、JICAという組織が、UNRWAと協力して、この十五年以上、中東地区、特にパレスチナ、難民になり、親とばらばらになり、自分の出自が分からなくなってしまう子供たちに対して、母子手帳の普及活動というものを極めて熱心にやってまいりました。 また、オンライン化して、データも保健センターから地域の病院につなげる、ある意味、日本よりも先を行っているところまで私はJICAが活動してくれたと思います。そして、それにもUNRWAという窓口がございました。 先ほど大臣は、手錠をしての出産ということの非人間性をおっしゃいましたが、やはり、妊娠して赤ちゃんを産む女性たち、その生まれ出る赤ちゃんに対しての支援は、私は人道のスタートだと思います。 こうしたJICAの一連のこれまでの実績について御存じでありましょうか。”