櫛渕万里
れいわ新選組 · Japan
“奥能登の高齢化率は五〇%を超えると言われています。確かに頻発する地震に不安を覚える人はいたとしても、誰も高齢化してから自分のふるさとを離れたいと思う人はいないですよ。決定的に被災者支援が足りていない。 我が党の山本太郎代表は、ずっとこのことを警告してきました。何度も能登半島に足を運んで、能登半島地震で、奥能登、国土面積のたった〇・四六%という地域さえも国は救えずにどうするんだ、被災者支援や復興にもっとお金をかけて支援に力を入れてくれ、放置をしないで人々を救ってくれ、こう訴えて、過疎地域だから、人口減少地域だからお金を使わない、コンパクトにコンパクトに、こういうことなのか、このような追及をずっと政府にしていたんです。 ほぼその懸念が当たる形となり、このような状況を招いている…”
“私も発災して二週間後に輪島と珠洲を訪れていますけれども、もう既にそのときから自治体職員は疲弊し、本人もその家族も被災者なんですよ、被災者が被災者を支援するというこの枠組みが既に破綻しているということは、もう既に十四年前、東日本大震災であれだけの津波と原発事故を負って全てを失った被災自治体の悲鳴の声、ずっと訴えがありましたよね。だからこそ、被災したときに、自治体だけでなく、災害NPOや民間団体の経験や知見を活用して被災者支援をどう最大化していくのか、このことがずっと問われ続けて、そのために実効性ある仕組みをつくろうじゃないかということがこの間議論されてきました。 今年の八月も、能登半島は再び豪雨に見舞われています。一週間降り続いた雨は、昨年九月の大雨の雨量を超えているんです…”
“この日本では、災害が激甚化して頻発化しているんですよね。もうそんな悠長なことを言っている場合じゃないんじゃないですか。こうしたネットワークとか現場の連携を無償のボランティアに頼るのはやめた方がいいです。行政はノウハウがないんですよ。先ほどもほかの委員からもありましたけれども、避難所の運営とか技術系の支援の在り方とか、例えば、ブルーシートの張り方、あるいは土砂撤去のやり方、こうしたところを職員は分からないんですよ。それをずっと、阪神・淡路大震災以降、災害NPOが蓄積と知見、技術を積み上げてきているんですね。ここを、防災庁設置の中でも、先ほど大臣言われていましたが、蓄積、しっかり政府の中にためて、それを活用していくということがこれからの方向性なんじゃないですか。 本当にやるべ…”
“誰が選ぶのか、基準は何かと聞いたところ、内閣府防災の政策統括官が担当し、提出された書類の要件を満たせばそのまま登録するというお答えでした。 これでは、政府のお墨つきが欲しいから、そうした理由だけで申請する団体が出てきたり、説明会に参加したある団体に聞くと、書類の手続が大変で時間がかかるだけで何がメリットなのか分からないとか、むしろ、活動が中途半端に公開されて評価が低いと判断されたときのデメリットが大きくなりかねないという警戒の声もあります。実績がある団体ほど、登録してもしなくても、これまでどおり自主的に真っ先に被災地に駆けつけるわけですから関係がないという声も聞こえてきますよ。 つまり、本来、災害救援団体のホワイトリストを作成したいという政府の意図とは裏腹に、よく現場を知…”
“急遽、可能性のある地域の家庭へ飲料水の配布を行ったのは、そうしたNPOや連携されている団体なんですよ。幸い人的被害や床上浸水は免れたそうですけれども、またしても能登半島に大きな爪痕を残しています。 大臣、こうした現場や被災者をいかに助けていくのか。今年五月にそのために災害関連法が改正されたわけですが、どういう運用になっているのか、伺っていきたいと思います。 まず、被災者援護協力団体の登録制度についてです。 そもそも、れいわ新選組は、この制度は、行政の命令の存在と災害NPOやボランティアが重んじる自主性とが相入れない点や救助費が支給されない点など、反対の立場ですが、それ以前に、この制度そのものがこのままだと悪影響が出かねないと懸念しています。 というのも、十月に第一弾として…”
“大臣、質問に答えてください。中間支援団体や、実効性ある制度にするために提言しているんです。 こうした制度設計が何で問題になるかといえば、初めから、官民連携と言いながら、現場を知る中間支援組織や災害NPOの専門性ある人たちと事前に話をしない、そして制度設計に関わらせない。一方的に後から登録してくれと言ったって、それは実態として機能しません。 今、災害が発生するたびに、現場では、災害NPO、行政、社会福祉協議会、地域による行政書士会や司法書士会、土地家屋調査士会など士業団体や企業など、多様な主体が連携することが不可欠ですよね。これは本当に反省していただきたい。 そして、次の質問として、今度の補正予算、ここに、官民連携による被災者支援のネットワーク構築に四億四千万円計上されてい…”
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“これは、災害や紛争による被災者への人道対応の最低基準というもので、今から二十七年前に国際的に定められています。被災者には尊厳ある生活を営む権利があり、援助を受ける権利があるという明確な理念の下に、具体的に……”
“また、もう一つ重要な点は、イタリアの災害ボランティアは専門職であり、国が身分を保障している点です。 日本では阪神・淡路大震災の一九九五年がちょうどボランティア元年と言われましたけれども、それから三十年がたちますけれども、ボランティアに対する社会の認識や国の制度が追いついていないと思わざるを得ません。同じボランティアといっても多様であり、専門性の高いNPOは、この間、震災対応で大変活躍しています。災害ごとにいち早く現場に行って、ノウハウや知見を蓄積して、専門性を要する、こうしたNPOが今でも各地の被災地復興を支え続けています。 こうした多様な団体が災害救助法を活用できるよう、制度を見直したり、国が身分を保障したり、あるいは公務員として採用するなど、彼らの経験と蓄積の力を国として最大化させる、こうした新しい仕組みをつくるべきだと思います。官民連携というふわっとした言葉でやっている感を出すのではなくて、こうした市民安全省のような常設の国家組織の機能を是非参考にしていただきたいと思います。 そして、見ていただきたいのが次のパネル、スフィア基準です。”
“例えば、これを見ていただくと、災害NPOや専門ボランティアが被災地に派遣される場合には、原則最大二週間は日当と交通費が国から保障される。そして、ボランティア団体が市民安全省の建物にオフィスを構えていて、地下にある司令部では平時でも二十四時間三交代制でモニター監視や情報収集を行っていたり、また、NPOは、単に災害時に活動するだけではなくて、平時から教育や訓練などを行い、十八歳から二十歳の若者の教育も引き受けています。受講者には給料まで出るというプログラムがあるそうです。それによって、専門知識や技能を持ったボランティアが全国に百万人、こうした規模で組織をされている、そして、災害直後から稼働するシステムが構築されているということであります。 また、避難所では、市町村の職員は避難所の運営をしません。被災地以外の自治体のボランティアが支援に入り、救援活動できる体制がふだんからできている。そして、災害直後からベッドや温かい食事、清潔なトイレを提供し、被災地への出発は発災から二十四時間以内だそうです。”
“JVOADとかの日常的なネットワークの存在は私も存じ上げております。ただ、こうした情報共有や官民連携、こうしたレベルではもうないんじゃないかということを申し上げているんですね。大事なのは、問題はその先なんですよ。非常時になったときに、被災地に現場を移して、実際に緊急救援や問題解決をどう図っていけるのか、費用はどうしていくのか、こうした身分保障も含めた在り方を改めてレベルアップさせていかないと、こうした本当の意味での連携というのは難しいと思います。 イタリアの例を見てみたいと思います。パネル三を見てください。 これはイタリアの避難所であります。プライバシーが確保されたテントが設置され、内部には簡易ベッドと暖房器具が完備されています。また、食堂用の大きなテントが準備され、避難所で提供される食事は温かいものが基本。メニューは、パン、パスタ、ハム、野菜、ワインつきだそうですよ。それがなぜ可能なのかというところが更に重要です。 次のパネルです。 イタリアにある市民安全省、これが防災と市民保護を目的とした国家組織として存在している、このことが、先ほどの安心できる避難所を実現させているわけですね。”
“つまり、被災自治体によって格差が出てしまうこともあるわけでして、食事や炊き出しの調整というのは、避難所において命をつなぐ被災者にとって大変重要です。こうしたミッションを被災自治体に任せるのではなくて、行政、自治体、そして自衛隊、NPO、炊き出し自体のバッティングを避ける意味からも、経験を積んだ災害NPOや団体に調整を任せる、これがむしろ被災者のニーズに寄り添えるということになると思います。 政府にお聞きいたします。 専門性を持つ災害NPOが初動から行政と連携して避難所運営や食事、炊き出しの調整を担うことができるよう、制度の見直しをしていただけませんか。短くお答えください。”
“むしろ、平時から、避難所運営に知見のある災害NPOと連携をしたり、避難所運営リーダーなどの人材育成にもっと力を入れて、非常時になったときには全員でいち早く派遣する、駆けつける、こうした支援する側にも予算をつけて、被災者や自治体を助ける人材を増やす方がよほど大切であると考えます。 また、食事や炊き出しについても、今回、初動から支援に入った災害NPOにお聞きしますと、過去の災害では、災害救助法を活用した、行政から支援団体や自衛隊へ提供された食材そして被災者への弁当、これが初動においてなかった地域があるということでした。 法律上、行政がベースラインとしているパン、おにぎり、弁当、これは一人当たり千円くらいの基準のものが提供されることになっているんですけれども、発災四日目に、七百人ぐらいの避難所において、一食分の食料配布がおにぎり一個だった、こうした避難所もあったそうです。道路事情など、調達が難しかった可能性もありますけれども、災害救助法の運用に対する自治体の理解や自衛隊への依頼の在り方などの問題もあったのではないかということが、現場から指摘があります。”
“はい、大丈夫です。熊本の出身の政治家、松村大臣にと思いました。 熊本もまだ復興していない、途上ですので、私も何度も熊本の被災地にも行きましたけれども、是非、有権者の皆さん、残念がっておられると思いますので、大臣としての御答弁、今後お願いをしたいと思います。 さて、避難所についてなんですけれども、そもそも、災害救助法における日本の避難所は中長期的な避難生活を想定していません。だから、学校の体育館などが避難場所になっていたり、備品も少ないんですね。そして、市町村の地域防災計画でも、多くの場合、避難所の運営は被災した住民が主体になっています。しかし、実態として、高齢化も進んで、被災者任せはもう限界ではないですか。 役所もそうですよ。被災した自治体職員がずっと災害対応に当たっており、今回も、珠洲市の副市長や職員は元日から三週間詰めっ放し。これは三・一一も同じ状況でした。こうした被災者任せの避難所運営は抜本的に見直すべきだと考えます。 元々、自治体職員も、実際の避難所を運営する経験が多いわけではありません。被災経験のある自治体が応援に来て、支援に当たるなどしています。”
“お願いします。 そして、この続きとして、広域避難や仮設住宅などについて山ほどお聞きしたいことがあるんですけれども、次に、避難所の在り方に入っていきたいと思います。 パネル二枚目を御覧ください。 これは、日本の避難所、三十年前からのものを、今回に至るまで、代表的なものを並べさせていただきました。大臣、どう思いますか。約三十年前の阪神・淡路大震災、そして十二年前の東日本大震災、そして熊本地震、そして今回、避難所の環境がほとんど変わっていないんじゃないでしょうか。 大臣は熊本出身の政治家でもございますので、ここは大臣としてではなく、熊本の政治家として一言お願いできないでしょうか。大臣が難しければいいです。大丈夫です。”
“そうであれば、大臣、政府の地震リスク評価の遅れによって現場の危機管理が行き届かず、大きな被害につながったことになりますから、少なくとも九割以上の被害家屋については、家屋の全壊から一部損壊に至るまで、被災者生活再建法、そして災害救助法において、けちな上限金額を定めずに、再建にかかる費用の八割を国が支給する、残り二割は自治体や義援金でカバーする、それぐらいやるべきではないですか。大臣、いかがですか。”
“私は、NGO出身でして、国内外で様々な災害支援に携わってきましたけれども、地盤がこんなにもへこんで沈んでしまい、破壊されていた状況は初めて見ました。 そして、住まいです。両市とも、調査した建物のうち九割以上が損害家屋、被害家屋と発表されました。大半が木造家屋で、耐震基準を満たしていなかったからと言われますけれども、それ以上に、四メートル以上もの海底隆起、これによる地殻変動がどれほどのものだったのか。私も輪島市の門前町の鹿磯漁港へ行ってきましたけれども、文字どおりの、人知を超える巨大な揺れだったということが現実としてはっきり分かりました。 午前中の質疑で林官房長官が、活断層の長期評価について、国の公表が遅れたということをお認めになりました。”
“れいわ新選組の櫛渕万里でございます。 まず、冒頭、能登半島地震の犠牲になられた皆様に心からお悔やみを申し上げるとともに、今なお被災された方々へ心よりお見舞いを申し上げます。 本日は、震災関係に絞って質問をしてまいります。 私も、一月十九日から二十二日にかけて、奥能登の珠洲市と輪島市の被災地へ行ってまいりました。発災から三週間たっておりましたけれども、珠洲市の副市長は、元日のときの服そのままに、役所の皆さん百人以上の方々と詰められておりました。本当に、とにかく初動の一週間は大変だった、特に下水、やっと仮設トイレが届いたときには、トイレは神様だ、そう思ったということをおっしゃっていました。役所の給湯室には雪入れのバケツも置いてあったんですね。雪を解かして水を確保されていた、それが現実でありました。 パネル一を御覧ください。 水の不足、今でも珠洲市のほぼ全域で断水が続いており、一部地域では仮復旧でさえ四月以降と報道されています。そして、写真にあるように、マンホールが一メートル近くも飛び出し、それが連続してぼこぼこと表に露出をしている。”